欠陥人生 拳と刃 作:箱庭廻
壊していいよな?
開始の言葉。
それとと同時に跳ね上がる手。
「え?」
――手っ取り早く、傍の奴を叩く。
縮地法、前に目を向きながらも体を横に倒し、空手着を来た男の懐に踏み込んだ。
大地を踏む、震脚の震え、
勁を練り込む、螺旋を意識しながら足首から複数の関節を持って捻りを加えて、手をその脇下に打ち込んだ。
移動しながらの発勁、即ち長勁。
「がっ!」
打ち込んだ男が後ろに吹き飛ぶ。その光景よりも早く一撃の手ごたえを知覚する。
放物線を描くようなぶっ飛び方、出来るだけ内部ダメージを削るために斜め上に打ち込んだ勁である。
多少痛むだろうが、入院するほどではないはずだ。
「かっ!」
血流が巡り出す、熱の発生。
息を小刻みに吐き出しながら、周囲に湧き立つ熱気を噛み砕いた。
(一人)
歓声。
騒音。
視界を巡らせれば誰もが殴りあう。誰もが戦い出す。
俺が行動する必要もなく戦いは始まり……俺が求めなくても敵が来る。
「中武研の長渡と見た! 勝負を挑む!!」
正面から名乗りを上げる男が一人。
背丈の低い小柄な体、とはいえ筋肉質な肉体が身と取れて、その手にはトンファー、格好は革のジャケット。
足取りは軽く、鋭い。弾丸のようだ。
「きなっ。叩き潰すけどよぉ!」
吼える。
周囲の熱気に引きずられたのかもしれない、俺は腰を落とすこともなく前に踏み出した。
地面を蹴る、相手との距離は三メートルを切る。
接敵、肉体の接触は二秒も要らない。
「望むっ」
相手が笑う。
狂暴な笑みで、その手に携えた二振りのトンファー。
「ところっ!」
騒がしい気炎が叩き付けられた。
その先端が――飛来するように飛び込んできた。顔面、胸部狙いの打突が二つ。
打ち出される一瞬前、肩が回るのを視認し、下から左右に両手を跳ね上げる。
迎撃。
樫の木で出来た硬いトンファー、その尖端を受け止めずに左右から叩くように撃ち払う。
「ぐっ!」
小纏。
トンファーの直進と同時に合わせてぶつけた手の甲、それと連動して手首を捻る。
左右から門を開くような動き、観音扉開きの化剄。
「だらぁ!」
地面を蹴る、踏み込むと同時に曲げていた膝を伸ばし、爪先で加速する。
硬いトンファーに手の痛みを感じながら、直進してくるトンファー使いに跳ね上がるように膝蹴りを打ち込んだ。
分厚い相手の胸にめり込む、自分の膝の感覚。
「がっ!」
胸板を蹴り抜いた。
相手が痛みと衝撃でたたらを踏む、俺は地面に着地しながら足首を回す。
爪先から旋回し、重心を廻し、体軸を理解しながら後ろを向いて。
「寝てろぉ!」
――後ろ回し蹴り。
鳩尾を叩き潰すように、打ち込んだ。
衝撃と手ごたえが伝わって、からんっとトンファーが落ちる音がした。
相手がげぇえと唾液を吐き出しながら、お腹を押さえて前のめりに膝を突く。
「悪いな」
「じ、ぐょっ」
スタンッと蹴りに使った足を床に叩き付けて、静かに詫びる。
それに相手は嗚咽を漏らしながら、悔しそうに俺のことを見上げていた。負けを理解はしているだろうが、悔しさはある。
当たり前だ。
簡単に敗北なんて認められない。
「さて、と」
軽く息を吐き出しながら、俺は場所を変えようと足を動かそうとした時だった。
「うわー!」
「なんでこいつ、かてえええ!?」
「しかもでけええ!!!」
声がした。
騒がしい気配に気付いて、目を向ける。
そこには――"回転する上半身"があった。
「あ?」
一瞬目蓋を揉み解して、また上を見て、視線を戻したくなるような光景。
上半身、革ジャケットを着た男がグルグルと上半身を回しているのが。こう横回転に。
長い人工物っぽい髪を生やし、サングラスを顔にかけて、着ている革ジャケットの裾をそれはもう凄い速度で回している。
両手を左右に広げて、扇風機もかくやの勢いで歩き回りながら参加者たちを薙ぎ倒す人型の嵐というべきか。
あえていおう。
――人間じゃねえ、やっぱり人間じゃなかった。
「どうなってんじゃー!? あいつの身体は!?」
「どうみてもメカじゃねえか!!」
誰かが叫んだ言葉に、俺は思わず叫んだ。
どっからどうみても人間じゃねえだろ。
いや、マジで。
『おっと只今情報が飛び込んできました! Aグループで大活躍中の彼、田中さんは工学部で新開発中のロボット兵器。【T-ANK-α3】らしいです! 愛称は田中さんだそうですねー!』
「ロボットって、参加していいのか!?」
思わず誰かが叫んだ、当たり前の理屈だった。
しかし。
『ご安心下さい! ルールにはロボットが出場してはいけない、というルールはございません! まほら武道大会は異世界人から未来人、例え宇宙人でも参加頂ける大会です!』
「常識で考えろ、あさくらぁああ!」
ルールに書いてないからってやっていいことといけないことがあるだろう!?
暢気にリポートを続ける朝倉の声に叫んで。
『ン?』
グルリとロボ――田中の頭部がこっちに向いた。
嫌な予感。
『――データ参照。中国武術研究会所属、長渡 光世と判断。第一種装備で排除します』
「っ!」
俺の名前を呼んで、グルグルと回転していた身体を止める。
俺は身構える。
ターゲットにされた!?
「ち、こいやぁ!」
腰を落とす、ロボットといえども動きはそこまで馬鹿げていないはず。
茶々丸の例外があるが、あれはまさに例外。エヴァンジェリンの手によってだからだろう、あのふざけたSFアンドロイドは。
現行技術で考えれば、動きは鈍いはずだ。
強度は知らないが、引き倒して、頭部を破壊すればなんとかなる。
――そう考えたのだが。
『Junp-Unit――展開』
田中が足を屈めて、ジャキンッという音共にかかと辺りからなんかが展開された。
金属パーツのようでいて、蒸気を吐き出している。
「なんだ!?」
俺は軽く横に駆け出しながら、警戒しようとして。
『テイクオフ』
どんッと轟いた轟音に、意識が埋められた。
「え?」
電源コードを引きずりながら、田中の巨体が一瞬で視界に飛び込んでくる。
身長にして二メートル近い巨漢、人間だったら体重八十キロ以上はありそうな太い体つき。
その鉄塊が飛び込んできた。
「な、ぅぶっぁああ!」
意識が追いつかない、把握しようとして。
顔面を殴り飛ばされた。
ぶっ飛ぶ、意識が掻き消されそうなぐらいに重い一撃。
「うぇ……が、あ、ぁ?」
身体が床を転がる。
ゴロゴロと転がって、ようやく止まった時に俺は殴られたことに気付いた。
同時に鼻から鼻血が流れていて、頬がズキズキした。
「ぁ――っ!?」
痛みに少しだけ呆然として、すぐに我に返って跳ね上がる。
鼻血を吹き出し、ぬるぬるとした生臭い香りを肺に流し込んだ。
「てぇ、なぁあ!」
見上げる、立ち上がる。
田中はそこにいた。
振り下ろした拳をそのままに、機械音を響かせながらこちらに目を向ける。
他の参加者には目も向けない。
いや、殴りかかろうとしてもその速度と動きに警戒して、誰も近寄らない。
俺と奴のタイマンステージ。
確信する――こいつを倒さないと進めないのだと。
「……チッ。まったく、これからだからロボットは嫌いだ」
現行技術を無視した機動。
手前はどこのロボットアニメキャラだと思う。
人型機動兵器は好きだが、対峙はしたくない。
乗るから楽しい、生身で戦っても拳を痛めること必須だから。
そして、同時に思い出す。
「茶々丸といい……顔面から殴りやがって」
鼻から流れる鼻血。
右手の甲で拭う、ぬるぬるとした生臭いもの、紅い液体。
鼻が熱い、頬が熱い、ズキズキする。歯は折れていないが、酷くむかつく。
だから。
「朝倉ぁあああ!」
視線を揺るがさないままに、叫ぶ。
司会の少女に呼びかけた。
『おや、長渡選手から呼びかけが。なんでしょう?』
「確認するが、こいつをぶっ壊しても構わないよな!」
あとで賠償責任なんて齎されるのは真っ平だ。
だからこその確認。
『えーと……あ、はい! 大丈夫です! 工学部からもその覚悟はあると、むしろ倒せるならどうぞ! ということです! 皆さんも頑張って、人間の力も見せてやってください!』
朝倉の言葉と共に歓声が上がる。
見物客たちの声。
俺は構える、声を無視して倒すことを決める。
「こいよ、デカブツ。手から電撃は出せねえが、殴って、壊すぐらいは出来るぜ」
『戦闘続行。排除シマス』
田中が足を向けた。
ガションという足音と共に踏み出す、そして滑らかに次の足を踏み出す。
重心バランス、姿勢制御。ホンダとAIBOの技術とかとまるで違う。
まるでSFみたいだと笑って。
「――だけどな、現実は甘くねえよ」
見知らぬSFロボットに負けるような現実は認められない。
飛び出す。
力強く。
踏み出す。
呼吸を練る。
呼吸を整えなくては何も出来ない。酸素を貪り、血肉に流す。
箭疾歩、距離を詰めての打撃。
飛び出す一瞬前に後ろのコードを狙うべきかと考えたが、背後に回る余裕は無く、同時に目の前の奴は叩き壊さないと気が済まない衝動があった。
「っぉ!」
体重を乗せた打撃。
それを上から下に、斜めに突き刺す槍のように田中の顔面に打ち込んだ。
掌底は隙だらけの田中の顔面にめり込んで――ずきりと右手が痛んだ。
(駄目か!)
手ごたえから判断。
通じてない、表面は合成ゴムかなんかか。中には頭蓋骨より硬い金属の手ごたえがある。
同時に突き出していた足で田中を蹴り飛ばし、離れる。
浮遊感と吹き付ける風の感触。
離れた俺の胴体を砕くように豪腕が振り抜かれていた。風を切る、金属製の打撃。
背筋が震える、俺は踵から着地しながら位置を踏み留める。
ザリザリと靴底が音を立てて、摩擦熱を発しながら、旋転。
「これなら!」
勁を巡らせる、地面を蹴り飛ばし、それとは逆の足を跳ね上げる。
遠心力と跳躍力を重ねて撃ち放つ――後ろ回し蹴り。
「どうだぁあ!」
俺は吼えた。
ごうんっと田中の首筋に踵がめり込んで、ぎちりと音を立てていた。
……手ごたえあり。
首筋が奇怪な振動を発する、田中の掌底で割れていたサングラス。その下にある無機質な紅い眼光のアイセンサーが小刻みに揺れて。
『頚部ダメージ、耐久加圧30%オーバー――想定範囲ナイダト判定』
ガシリと足首を、掴まれた。
「っ!?」
田中の左腕、それが俺の足首を掴んで掲げられる。
俺は同時に跳んで、もう片方の足で田中の顔面を蹴り抜いた。鼻から下辺りに、蹴り上げるように。
ゴキリと不気味に歪む、つっかえ棒となって俺の両足が軋むが。
それでも田中の腕は止まらずに上へと持ち上げられて。
「ちぃっ!?」
右足から吊り下げられた。
靴を脱いで脱出しようにも足首を掴まれている。
しかも滅茶苦茶痛ぇ。
万力のような強さで、掴まれていて、脚を捻ろうとしても動かない。
全体重が右足にかかる。まるで鉄棒を片足だけで支えている時のよう、いや、それ以上に悪い。
両手で地面を押し上げて、腹筋で跳ね上がり――それよりも早く田中が動いた。
『反撃、カイシ』
脚が引っ張られ、視界が回った。
「!?」
回る、回る、回る視界。
足首が痛む、ギリギリと嫌な音を立てて、血液が止まっているよう。
加速度で内臓が悲鳴を上げて、加速する光景に絶叫が洩れそうだった。
ジャイアントスイング、といえばいいんだろうか。
浮遊感と視界の光景にそれとしていいようがない。
声は出せない、悲鳴しか出そうにないから。
振り回されながら左足を振り上げる。せめて加速を止める妨害をしないと。
だが、その瞬間、体が回った。
「ぅつ!?」
横にではなく、縦に。
田中の手首が回転する、だから同時に"俺の体も回転したのだ"。
その証拠に先ほどまで上しか見えなかった視界が、床を見ている。
『サヨウナラ』
そして、声が聞こえた。
田中の電子音声。
「ぁあああっ!?」
どういう意味だと叫ぼうとして――悲鳴になった。
体が解放された。
投げ飛ばされたのだ。
体が吹っ飛ぶ、慣性に従って、空を飛んでいた。
床が見える、浮遊感に産毛が逆立っていた、自分の悲鳴すら切れ切れに聞こえて。
――受身が取れるか?
自問する。
――この速度で?
反問する。
――リタイア?
可能性が高い。
床が見えて、俺は手を伸ばす暇もなくて、体をぶつけるしかなくて。
多分重傷を負う。
下手すれば死ぬかも。
そんな考えがゆっくりとした世界の中で悟っていた。
くそったれと思う。
――それでも手を伸ばす。
反則だと毒づく。
――速度に逆らうな、回れ。
負けたくないと叫びたい。
――片腕一本折れても、まだやれるはずだ。
だから。
「っと、あぶなーい!」
視界に飛び込んだ誰かの影に、俺は目を丸くした。
え?
と思う暇もなく、誰かが俺を受け止める。
が。
「げぶっ!」
「ぎゃぁああ!」
口から出てきたのは醜い悲鳴だった。
俺はぶつかった衝撃に。
誰かは受け止めた衝撃に。
お互い叫んで、それでもなんとか――停止した。
ざざざっという摩擦音と共にそいつが止まる、俺を受け止めて。
「い、ってええ! なんだ?」
「それはこっちの台詞、だ。痛い」
「って、あ?」
聞き覚えのある声だった。
俺は地面にへたりながら、顔を上げて。
そこにいる友人の顔を認識した。
「だ、大豪院?」
「よう」
挨拶をしてくれたのは大豪院 ポチ。
拳法着姿で、ぶっとい眉毛を持った濃い顔の友人がそこにいた。
「なんでここに? ていうか、さ、参加してたのか」
「その通り。同じAグループだったんだが、気付かなかったのか?」
そこまで周りを見渡す余裕は無かった。
まてよ?
「他の奴らは? 参加してるのか?」
「皆来てるぞー。山下はGで、豪徳寺はB。んで、おれと中村は」
「どりゃー!!」
景気のいい声がした。
振り向くと、そこには田中と殴り合う胴衣姿の中村がいた。
田中の豪腕を化剄で流し、沈墜勁――体を落とし、体重を乗せる勁によって脚払いを繰り出し、怯んだところを拳で殴っていた。
時折硬そうに殴った手を離して、ぶらぶらと振っているが。
殆ど互角に渡り合っている。
「っ」
……強いと思った。
羨ましいぐらいに高い攻撃力に一瞬嫉妬して。
「でたらめだぜ、アイツ」
「え?」
「山下の打撃で動きが落ちねえ。おれも加わる、長渡はどうする?」
大豪院が床を鳴らした。
構える、加わる気配。犬歯を剥き出しに、強い険相。
それを見て、俺は少しだけ息を飲んで。
「三対一は汚いかねぇ」
胸に抱いた嫉妬を誤魔化すように、茶化した言葉しか出てこなかった。
「ロボ相手だぜ? 一人じゃ勝てない」
大豪院が少しだけ笑う。
そして、ぼそりと呟いて。
「卑怯かもしれないが……あいつを倒したら、俺たちで予選を決めたいなぁ」
殴りあいたいのだと。
いい機会なのだと。
俺に目で言っていた。
「さて、いくか。大豪院 ポチ! 参る!!」
血気盛んに吼えて、大豪院が跳び出した。
床がずしりと音を立てる、その脚力にひび割れる。
凄まじい身体能力、風のような速度で田中に蹴りかかる。
それを見て。
俺は。
「しゃあねえな」
拳を握り締める。
右手にべったりとついていた鼻血を舐めて、不味い味に舌を苛める。
不味い。
だから、もう。
「負けねえ」
誓って、屈めて、走った。
予選は勝ち残る。
友達と戦ってでも。