欠陥人生 拳と刃 作:箱庭廻
君たちは強いよ。
参加する。
そう言って、山下さんが無造作に前に踏み出した。
「じゃあ、えーと、そちらかな?」
ぐるんと首を回して、バンダナを被った山下さんの目が向けられたのは――カポエラ使い。
山下さんとカポエラ使いの男の視線が交錯して、ニヤリと青年が笑った。
「あ? オレとやるつもりか」
「受けてくれると助かる。女性を投げるの、ちょっとな……」
肩を竦める山下さん。
「いや、僕もいやなんだけど」
それってどう考えても僕に押し付けているよね?
あと一応女性に対しては優しくしたい気持ちはあるよ、こう見えても。
「あらあら、嬉しいですけど。男女平等って言葉は知ってます?」
ニコニコと笑みを浮かべる薙刀使いの女性。
それに山下さんはこう返した。
「いや、武器を持っている同士がぶつかるのが一番公平じゃないかな?」
「ええー」
もっともらしいこと言ってるけど、僕の意思は無視ですか?
「それもそうですわね。では、しょうがないですからそちらに譲りますわ。顔は好みですので、残念ですが」
「安心しろ。こいつを蹴り倒したら、本戦でお前も蹴ってやるからよ」
「それはないから安心してくれ。じゃ。短崎、頑張れよ」
「――僕の意見がまったく反映されていない件について」
はぁっとため息を吐き出して見せるが、誰も聞いちゃいない。
カポエラ使いと山下さんが対峙し、僕の前には薙刀使いの女の人がしなやかなに構えた。
だから僕も右手の握りを確認し、竹刀の尖端を垂らす。
息を軽く吸い込んで、体を斜めに傾けて、構える。
「ま、しょうがないか」
「いやそうなら、降参してもいいんですよ?」
周囲の声、視線が集まる中、浴衣姿の女性はそう言ってくれるが。
「やめとくよ」
僕はそれを飲み込めるわけが無く、横に首を振って――踏み出した。
前へ、前へと跳び出す。
「勝ちたいから」
距離を詰める、間合いを潰す、間境いを超える。
そうでなければ勝てない。
「なら来なさい」
薙刀使いが笑う。
微笑みながら、薙刀の握り手を握り締めて、動いた。
ゆっくりとした動き。
けれど――瞬きした瞬間、その先端が胸の前にまで迫っていた。
「なっ!?」
飛び込んでくる一撃に、僕は慌てて後ろに下がって避ける。
横には避けない。
左右に避ければあの薙ぎ払いの餌食になるし、槍などに対して行える行動は前後だけという鉄則がある。
左右に避ければ間合いを詰められずに、むしろ無駄な動きとして次の一撃に餌食になるだけ。
攻めるのならば前に進むしかなく、逃げるのならば後ろに下がることだけが唯一の正解。
「やはり、動きが速いですね」
にこりと楽しそうに微笑みながら、黒くなびいた髪を揺らして目の前の彼女が足取りを軽くする。
横に一歩、前に一歩、横に一歩、ゆらりゆらりと不規則に動きながら、近寄ってくる。
僕は警戒する。
裾が長い浴衣、足に嵌めたのは純白の足袋だろうか。
剣道におけるすり足、上下に揺れない移動方法。裾で足元が隠れる、それで前後の距離感が曖昧になる。
人間は無意識に上下に動く動作で距離感を測っている。
眼球は所詮二次元にしか映し出さず、三次元に感じるのは脳内で処理しているからだ。
物の高さ、動き、影、色合い、大きさ、音、などを各感覚器官で感じて、それらを統合的に脳内処理しているだけ。
それらを誤魔化し、人を騙すための工夫が武道にはある。
縮地法あるいは無足之法と呼ばれる歩法。
すり足と呼ばれる歩法。
全身を一斉同時に動かす順体法による等速度運動。
人間の限界は意外に近くて、だからこそ誤魔化す方法がある。
認識しろ。
意識しろ。
間違えるな、見間違えるな、騙されるな。
(負けるな、動きの速度ならば負けないのだから)
呼吸を整え、唾を飲み、気合を入れる。
僕が踏み出す、僕が動く、僕が進む。
それに対し、彼女が間境いに迫る、圧迫する。
長い長い薙刀の間合い、下手に踏み込めば一足一刀どころか一足一突きで終わる。
距離は四メートルを縮めて、駆けるように迫る自分。目を見開いて、その挙動を警戒して――
「っ!?」
薙刀が震えた。
構えられていた薙刀が駆けた。
まるで先端から誰かに引っ張られているかのような勢いで飛び込んでくる。
風切り音、ブレるような打突の動きに僕は足を止める。右手の竹刀で尖端を弾く、横薙ぎに叩きつけた。
剣尖と先端が激突する、互いに破竹の音が響いた。
「っ!」
「軽い、ですわ」
薙刀を弾いて、凌いだと思う。
けれど、所詮右手による片手打ち。
僅かな軌道逸らしと速度を落としただけでしかなく。
右手は痺れて、伝わってくる感覚はひたすらに重く圧し掛かる。
(殴り合いは不利! 何とか躱して飛び込むしかない!)
腰を低くし、なんとか入り込もうとするが。
「させませんわっ」
僕の狙いを悟り切っているとばかりの薙刀使いの動きが激しさを増した。
加速する先端。
――打突が飛び込む。
一度引く、それでも攻め込んでくる。竹刀で捌き、後ろにバックステップしても、間髪入れずに刃が降り注ぐ。
顔面を狙うそれを後ろに退いて躱す。
薙刀の先端が落下し、足を断とうとするそれに飛び下がって回避する。
さらに地面を叩いて弾むを掛けて繰り出されたのは逆袈裟の一刃、手首をぐんっと弾き上げる、喉元を狙うような一閃。
「ちぃつ!?」
後ろも振り返らずに着地したあと、僕は右手を床に叩きつけながら仰向けに倒れた。
頭上をすり抜ける斬撃、薙刀の一撃。
(ここしかない!)
薙刀の刀身が、そして握り手が見えて。
僕は左肩から倒れこみながら、頭上に向かって脚を振り上げる。
まだ僅かに動く左肘上を使って体を支える、床に叩き付けた右手の甲が、指が擦り剥けて痛みを発するが、構わずに蹴り上げた。
――薙刀の握りを。
「っ!?」
幾ら両手で支えていても、脚の力は手の三倍。
しかも上に切り上げるような角度。力で押し込み、添えるのは楽勝。
がんっと鉄棒でも蹴り上げるような感覚と共に、大きく弾き上げられる薙刀が見えた。
前のめりにたたらを踏む薙刀使い。それを見る暇もなく、僕は蹴り上げた足を廻し、右側に体を回した。
ごろりと転がる、右手を支えに跳ね上がる。
膝を床にぶつける、痛みがある、けれど構わずに立ち上がる、跳び出す。
「なっ、待ちなさい!」
薙刀を握り直した薙刀使いの女性の声が聞こえる。
けど、無視。僕は床を蹴って、焼けたようにずきずきする右手で竹刀を握り締めたまま迫った。
角度としては彼女の側面近く。
横に一度転がり、彼女が振り返る前に距離を詰められた。
斬撃を、打ち込む。
「っ!」
大きく横薙ぎの薙刀の一撃があった。
だけど、それは大振りの薙ぎ払いで、重圧感は今までよりも格段に薄い。
槍で代表される長物でもっとも重圧感を感じるのは打突だ。
一番速度があり、一番射程が長く、一番反応しにくい。
一度かわされれば挽回が難しいという欠点があるが、古今東西戦場における最強武器の一つとして槍が持ち上げられるのにはそれが理由としてある。
けど、それがもっとも都合よく打ち出せるのは正面位置だけだ。
振り向く暇もなく側面、背後から襲い掛かれば打突は無い。
だから、胴体を殴り飛ばすように振り抜かれた薙刀に対して、僕は躱すことを選択する。
「なっ!?」
僕は薙刀を避けた――"地面に飛び込むことで"。
胴体の高さに対してしゃがむだけでは当たる。
だからといって、後ろに下がればまた仕切り直しになるだけ。
跳躍で躱すにしても長渡ほどの軽業が使えるわけじゃない僕は体を張るしかない。
勢いはそのままに、体を重力に任せた。土下座でもするようなしゃがみかた、気分的にはスライディング土下座。
重力に従い、前のめりに左肩をぶつける。どしんっと痛みが走って、顎だけはぶつけないようにしたが、勢いがあるから痛い。
薙刀が頭上を通り抜ける、風切り音。
それを感じ取りながら、僕は倒れる瞬間に後ろに回しておいた右手を前に薙ぎ振るう。
地面を掃除するような軌道、竹刀斬撃。
それは手首のしなりと大降りの振るった腕の延長戦に従いながら――薙刀使いの足を払った。
「っ!?」
ぱしぃんっと響く音に手ごたえあり。
こう見えても右手は鍛えている。
手首のスナップだけでも不安定な女性の片足ぐらいは払える。
浴衣の裾が翻り、艶かしい太腿を曝け出しながら薙刀使いの女性が体を崩した。
長物使いの弱点。
どうしても得物が重く、なおかつ長いものの重心バランスを支えるために姿勢を安定させて、腰などに意識をいれないといけない。
以前槍術を先生のところで習っていたから分かる。
一度崩したバランスを立て直すのは難しいと。
「くっ!?」
しりもちを付くように転んだ薙刀使いの女性。
「遅いっ!」
彼女が慌てて立ち上がろうとする、その前に僕が組み付いた。
勢いに任せて突進し、竹刀の鍔元を押し込みながら押し倒す。
ガランッと勢いに任せて零れ落ちた薙刀が、床に落ちた音が響いた。
「きゃ!?」
悲鳴を上げる彼女。
艶やかな黒髪を床に垂らし、目を白黒させる彼女。
その首筋に竹刀の刀身を押し付け、睨み付けながら言った。
「……降参するかい?」
大体僕と同じぐらいの背丈。
年上の成人女性に対して言っていい口調だとは思わなかったが、余裕が無い。
右手は痛いし、ぶつけた膝がズキズキするし、汗が額から噴き出し続ける。
肺の奥からもれ出る息は我ながら熱くて、溺れそうだった。
「はぁ。わかりました、降参します」
見下ろす眼下。
薙刀使いが両手を肩の上に挙げて、降参する
「ありがと」
よし、勝った! と僕は内心ガッツし、首筋から竹刀を退けた。
「で、いい加減手を離してくれません?」
何故か顔を赤らめて、ボソリという薙刀使いの声が聞こえた。
? 竹刀は退けたよ?
「手?」
「……セクハラで訴えてもいいですか?」
半眼でそう言ってくる薙刀使い。
その視線は何故か僕の右手ではなく、左手を向いていて。
「まさか」
僕は視線を下ろし、左腕を見た。
相変わらず感覚の無い左腕。自分でも目で見ないと分らない肘から先。
その左手は――目の前の女性の"胸を掴んでいた"。
浴衣の下、シャツ越しに見て分かるふくよかな乳房にめり込むように僕の左手が指を埋めていた。
「うわーお」
なんだこの事故。
感覚が無いから現実感は無いが、黙って見ているわけにはいかない。
左手は相変わらず動かないので、右手で掴んで引き剥がし、僕は立ち上がりながら退いた。
「――失礼。わざとじゃない」
「でしょうね。狙ってやったのなら殺してますが」
にこりと殺意ある笑みを浮かべる、薙刀使いの人。
ああ、怖い。
しかし、なんで掴んでいたんだろうか? 動きを止めようと思ったから動いた? 感覚は無いのに。
そんな疑問を抱きながら、僕は(そういえば、山下さんは?)と視線を動かした。
そして。
「くそっ!」
僕は見たのだ。
「結構速いな」
叩き込まれる蹴撃。
――"それを笑って捌く山下さんの姿を"。
カポエラ使いが床を蹴る、流れるような速度で山下さんの顔面を蹴り飛ばそうとソバットを放つ。
足を畳み、空中で矢を放つように撃ち放つ打撃。
それへ一直線に山下さんの顔面のあった位置に吸い込まれて――
「あぶね」
"空"を切る。
山下さんが僅かに首を曲げて、前に向かって添えられた手によって、ソバットの軌道がギリギリ山下さんの顔を掠める。
空中でカポエラ使いが体を捻り、片足の爪先を床を蹴り、そこから円状に打ち下ろす軌道に切り替えるが。
「なぁっ!」
その足を掴まれて、次の瞬間――"カポエラ使いが空を舞っていた"。
「っ!?」
「はっ!?」
回転。
山下さんに蹴りかかったと思ったら、カポエラ使いが山なりに吹っ飛んでいた。
体勢も取れずに山下さんの背後で、背中から床に叩きつけられる。
「がっ! ……ど、どうなって、やがる?」
カポエラ使いが苦痛に呻くが、受身も取れていない。
ただパクパクと口を開いて、悪態を付くだけが彼の限界だった。
「――ただの、合気だ。悪いが、寝ててくれ」
軽く片手で髪を掻き上げて、山下さんがそういった。
そして。
『Hグループ。脱落者18名を確認! 山下慶一と短崎翔、予選突破決定しました!! おめでとうございます!』
それが僕らの予選会の終了だった。