欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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六十六話:何の因果だろうね

 

 

 何の因果だろうね。

 

 

 

 

 高音・D・グッドマン。

 そう書かれた対戦相手に聞き覚えがありすぎたし、他のところに書かれている佐倉愛衣にも聞き覚えがあった。

 確認した途端、周りを軽く見渡したけれど――金髪の少女と付き従う赤毛の子の姿は見えない。

 

「どうかしたのか?」

 

 僕の態度に長渡が尋ねてくる。

 

「え、あ、いや。ちょっとね。明日の対戦相手を探してた」

 

「……知り合いか?」

 

「顔を知っているレベルだけどね」

 

 そう、それだけだ。

 というか、僕が見た限りでは武道系に入っている様子は見れなかった二人。

 ネギ先生の関係者かもしれないが、何故参加しているのだろうか?

 ……ただの賞金目当て?

 

「長渡ー! 明日はバトルあるよー!」

 

「って、うおい! うるさい、怪我してるんだから駆け寄るな!!」

 

 古菲部長がきゃっきゃと声を上げて、長渡に駆け寄ってきた。

 それをうっとおしそうに、或いはマジめに下がりながら長渡が対処している。

 山下さんと大豪院さんも他の二人と一緒にもばしばしと手を叩き合ったり、或いは「山下……運が悪かったな、あの子が相手で」と慰められている。

 

「ま、まあな。でも、出来る限り抗ってみせるぞ!」

 

 と、何故か悲壮な決意をしている山下さん。

 あれだけの実力があるのに、エヴァンジェリン相手には勝ち目が薄いのだろうか?

 長渡からは合気が使えるようだと、前に教えてもらったけれど。

 

「まあいいや。今日は疲れた」

 

 やっぱり竹刀じゃなくて、木刀にするべきだったか。

 あーでも、今の僕だと手加減出来ないしなーと、夜空を仰ぎながら呟いた時だった。

 

「あの、短崎先輩」

 

「ん?」

 

 声に振り向いた先には竹刀袋を肩にかけ、予選を勝ち抜いたとは思えない軽やかさで桜咲が佇んでいた。

 ていうか、まったくの無傷。

 汗も掻いていない、さすがだと嘆息する。

 

「なんだい?」

 

「あの、明日の対戦相手なんですが……気をつけてください」

 

「ん? いや、そりゃあ気をつけるけど」

 

 当たり前のことを告げてくる桜咲に、それほど心配を掛けただろうかと僕は首を傾げた。

 ただの気遣い、或いは励まし程度で態々来る必要は無いだろう。

 明日の本戦前に言ったっていい。

 少し不自然さを感じ、どういうつもり? という風に目を細めて、桜咲を見ると。

 

「あの、ちょっと耳を貸してもらえますか?」

 

「ん?」

 

 表だって言えないことだろうか。

 僕は桜咲に歩み寄り、膝を曲げて、耳を寄せた。

 そこに少しだけ背伸びした桜咲が顔を近づけて、耳元で囁いた。

 

 

「彼女は……"魔法使いです"」

 

 

 告げられた言葉に、思わず声を洩らした。

 

「え?」

 

 思わず目を向けると、桜咲はすっと数歩後ろに離れる。

 少しだけ赤面した顔で、迷いを持った目つきをしながら。

 

「だから、気をつけてください。そして」

 

 ――危険だと思ったらギブアップを。

 そう唇で付け加えて、頭を下げると、桜咲は颯爽と背を向けて歩いていった。

 もう夜も更けてきたし、寮に戻るのだろうか。

 

「よーし、打ち上げやー!」

 

「これだけ参加してれば誰か一千万ゲット出来るかもー!」

 

「飲むぞー!」

 

「あわわ、皆さん! アルコールは駄目ですからね!」

 

「そやそや、餓鬼はまだジュースでものんどれ」

 

「あらあら? そういうことを言う口はこれかしら」

 

 などと騒がしく騒いでいるし、当分落ち着きそうに無い女学生たちとネギ先生。

 小太郎くんはなんか知り合いらしき大学生の女性に口引っ張られてるし、哀れだね。

 僕は苦笑しようとして。

 

「っ」

 

 肩の痛みを思い出す。

 右手は未だに擦り剥けて、ハンカチで巻いただけだ。

 

「――長渡っ」

 

「あ、なんだ?」

 

 古菲から離れ、山下さんたちと何やら和んでいた長渡に声をかける。

 

「ちょっと僕先戻ってるね。ちょっと疲れた」

 

 そういって背を向けて、寮への足取りを開始する。

 体はズキズキと痛むし、疲れは溜まっている。

 先ほど知らされた事実にも、頭が混乱し、落ち着かないといけない。

 

 まずは休む。

 問題はそれから考えればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 それから。

 寮に戻り、打ち付けた肩に湿布を張り、擦り剥けた膝と右手を消毒してから包帯を巻きつけた。

 一度シャワーを浴びた後、帰ってきた長渡に手当てをしてもらった。

 長渡も長渡でそれなりに怪我をしたらしく、脇腹に湿布を当てて包帯を巻きつけて固定していた。

 

「互いにボロボロだな」

 

 と、苦笑して。

 

「まあね、でもこの程度なら戦えるでしょ?」

 

 違いないと笑い合う。

 そのあと、まだ残っていたタマオカさんから貰った薬茶を飲み込んで、僕と長渡はさっさと就寝した。

 明日が早いのもそうだが、お互いに準備と疲労が溜まっていたからだ。

 そうして。

 

「――朝か」

 

 パチリと時計の針が六時を指す前に起床した。

 目覚まし時計を鳴る前に叩いて解除する。

 ベットから跳ね上がり、右手だけで窓のカーテンを開ける。

 騒がしい麻帆良祭の光景が目に飛び込んでくる。

 まだ六時だというのに、準備をしている音がした。

 僕は寝巻きのままにベットから降りると、右手を振りながら洗面台に向かって顔を洗った。

 包帯で覆われた右手の指先だけで舐めるように顔を洗う。洗面台に溜めた水に顔を当てて、何度も瞬いた。

 

「ぷはぁ!」

 

 眼が覚める。

 冷たくて心地がよかった。

 

「起きたか~? 飯出来てるぞー」

 

「分かった!」

 

 長渡の声がリビングから聞こえて、僕は顔をタオルで拭きながら向かう。

 机の上にはネギの味噌汁に、卵とネギを入れた納豆に、白菜の浅漬けと、炊き上がったばかりのご飯。

 古き良き朝食スタイル。

 ジャージにTシャツ、その上に手製の浅葱色のエプロンを着けた長渡が台拭きで机の上を拭いてから並べていた。

 

「お前はそっちな?」

 

「うん」

 

 右手しか使えない僕用に箸だけではなく、スプーンまで置いてくれている。

 その親切に相変わらず済まなく思いながらも、膝を崩して、右手だけでいただきますをした。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 食事に感謝を。

 最近の子供には習慣的になっているが、元々は日々の糧と命を食らう事に対する礼儀としてする礼節。

 それを行なってから僕らは食事をした。

 味噌汁が美味しい。主夫さながらに丁寧に味噌を溶かしているし、胡麻油をほんの少しだけ垂らしているから風味が微妙に、そして美味しく変わっている。

 買っているネギも農学部の作っている新鮮なネギだし、低農薬のそれは甘く歯ごたえがある。

 納豆自体も買った大豆を煮て、自分で作った安上がりの納豆だし、卵の方は普通のスーパーのだけど納豆とネギ自体が美味しいから問題は無い。

 白菜は塩で揉んで、一晩漬けただけの奴だけど素材がいいから問題もなし。シャキシャキと噛み切って、甘さとしょっぱさの混じった独特の歯ごたえがある。

 十二分にホクホク出来る美味しさだった。

 

「美味い、美味い」

 

「俺が作ったやつだからなー」

 

 僕が言えた義理じゃないが、長渡も家事スキルが高いよね。

 ぱらっとしたチャーハン作れるし、中華なべ持ってるし。

 そして、食べ終わり、例の真っ黒な薬茶を慣れてきた舌で苦い苦いと言いながら飲み、僕らは雑談をしながらまったりとしていた。

 朝のニュースを見て感心したり、久しぶりに見た子供番組に笑ったり、昨日の予選のお互いの状態を話し合ったりして。

 七時に差し掛かる頃。

 

「さて、準備するか」

 

 と、長渡が立ち上がった。

 乾いた音と富に拳を打ち付けて、緊張を払うように空笑いを浮かべる。

 古菲との対峙、きっと一筋縄じゃあいかないのだろうと考える。

 そして、思う。

 

(長渡は……絶対に諦めないだろうね)

 

 例え勝てなくても、最後まで抗うだろう。

 いつもの部活とは違う、本気のぶつかり合い。

 ――試合だから。

 僕も同じように、諦めるつもりは無かった。

 

(桜咲まで辿り付く、そのために勝つ)

 

 一回戦を突破さえすれば、同じように桜咲が勝ち抜けば激突する。

 その時が決着だ。

 手は抜かない、抜けるはずが無い。

 故に何が何でも一回戦は突破する。

 まだ未確定だけど、あのグッドマンさんであろうとも倒す。

 例え――魔法使いとやらであろうとも。

 考える。

 僕は魔法使いを知らない。

 いや、かつて"似た様な奴とは対峙したことがある"が、あれとは別種かもしれない。

 比較対象になるのはネギ先生とエヴァンジェリンぐらい。

 とはいえ、あの時じっくりと見物していたわけでもない。

 やはり、あの一昔前のSFX染みた魔法とかをやはり放ってくるのだろうか?

 さすがにいつか茶々丸が放って来たビームとかよりはマシだとは思うが、ありえないことはありえないぐらいの心構えで考えたほうがいいかもしれない。

 勝たなければいけないが、先を考えて目の前のことを忘れたら負ける。

 

(僕は、油断しない)

 

 油断できるほど強くないから。

 ゆるゆると息を吐き出して、既に部屋に戻った長渡に続いて自室に戻る。

 そして、昨日の晩から用意しておいた着替えに着替えた。

 青染めの和服、いわゆる袴姿に身を整える。

 帯を留めるのに長渡に手伝ってもらったが、それ以外は大体自分で着こなした。

 麻帆良に来る前に自分で持っていた着替えだったが、未だに着れるのは数ヶ月前の橋の夜で証明出来ている。

 そして、今度は裾の長い――黒染めの羽織を羽織った。

 右手を伸ばし、何度か空を切るように跳ね上げ、振り下ろす。

 激しく走り回るだろうから、あの時とは違って今度は靴を履くが、足回りもそんなに問題は無い。

 今、麻帆良祭は仮装OKだから目立たないだろうしね。

 衣服も術理の一つ、負けないための策だ。

 

「おお、時代劇みてえだな」

 

「まあね」

 

 長渡の評価。

 そういう彼は普通に洗った古めのジーンズに、Tシャツ。

 上には昨日とは違う麻の大きめのコートを羽織っていた。金具が付いていない、紐で止める奴だ。

 それを見ながら、僕は麻帆良に来てから開けることのなかった道具箱を右手で開き、中に入れておいた――細長い鉄芯を取り出す。

 先の尖っていない棒手裏剣と呼ばれるそれを、二十本近く帯の間や裾の隠しポケットに仕舞い込んだ。予備もケースに入れておく。

 殺傷力はあまりないけど、勢いをつけて頭部に命中すれば十二分に昏倒が狙える威力はある。

 剣術ついでに先生から教わったのは投擲術や、槍術とか色々あるし、柔術もある。

 片手が使えない分、他の道具とかで補わないとまともに戦えない気がするし。

 ……この程度はハンデにもならない気がしてならない。

 そして、肩に木刀と竹刀を入れた竹刀袋を背負う。

 財布や携帯とかは懐に仕舞ってあるし、試合の前に誰かに預ければいい。

 

「じゃ、行こうか」

 

「そだな」

 

 後忘れたことは無いかと確認したが、大丈夫。

 二十分近い準備だったけれど、もう万全だ。

 僕らは軽く声を掛け合って、玄関から寮を出た。

 

「勝つか」

 

 長渡が呟く。

 既に始まりつつある麻帆良の空気と声を聞きながら、どこか遠くを見て。

 

「出来る所までね」

 

 僕は呟いた。独り言みたいに、息を吐き出して。

 どちらも優勝とは言わない。

 それが僕ららしかった。

 

 

 

 

 

 龍宮神社特別会場。

 まほら武道会本戦ともなると、凄い人ごみだった。

 なんていうか、ニ百人は軽く超えてないだろうか?

 

「凄いな」

 

「だね」

 

 僕は長渡と並んで呆気に取られる。

 さすがにウルティマホラのほうが大規模だけど、どちらにしてもただの学際イベントの規模じゃない。

 予選突破選手に渡される券を握り締めて、少しだけ緊張に震えた。

 横でスポーツドリンクのペットボトルを飲んでいる長渡はやれやれと肩を竦めている程度だが、緊張してないのだろうか?

 

「とりあえず、もう入場開始してるみたいだし、入ろうぜ」

 

「そうだね」

 

 ぞろぞろと中に入り出す観客らしき人たち。

 それに釣られて僕らも足を進めるしかない。

 

「流れに任せる、か」

 

 なるようにしかならない。

 そう開き直るしかないだろう。

 僕らは人ごみの中に紛れるように門を潜り、選手控え室へと向かう廊下を歩いていた。

 中に張られた一面の水。

 不可思議な感覚がする神社の形に、一瞬眼が奪われる。

 龍宮、というと竜宮城とかに由来があるのだろうか?

 どんだけ金があるんだーと、感心と呆れが混ざりそうだった。

 

「ん、おい。短崎」

 

 のだが。

 長渡が不意に僕の肩を叩いた。

 

「え? なに?」

 

 長渡の方に振り向くと、前を指していた。

 前方に目を向ける、人の流れがある板張りの廊下。吹き抜けた構造の柱の傍に――白いコートを纏った特徴的な人物が佇んでいた。

 白いターバン、白いコート、浅く焼けた肌。

 樹のように佇んでいる、そんな形容がぴったりな男の人――ミサオさんだった。

 

「ミサオさん?」

 

 観客に来たんですか? と少しばかり不思議に思いながら歩み寄り、声をかけたのだが。

 

「……来たか」

 

「え?」

 

「待ってたってことか?」

 

「ああ」

 

 僕と長渡の言葉に、頷くミサオさん。

 肩に掛けていた小さな革のバックを叩き。

 

「――三森から教えてもらった」

 

「……僕らが大会に出ることをですか?」

 

 知り合いだったのか、と少し驚いた。

 長渡もああ、そういえばと納得している。

 知らない人間関係が有ったらしい。

 

「刃物が禁止、らしいな」

 

 ミサオさんが淡々と呟く。

 確認事項のように。

 僕は頷き。

 

「なら、仕方ない。"まだ渡しものには――時間がかかるしな"」

 

 と、謎めいた言葉を吐き出して。

 ミサオさんは肩に掛けていたバックを、僕に手渡した。

 

「え?」

 

「これをやろう。木刀だけでは、奴等の相手は骨が折れる」

 

 たぷんっと掴んだそれからは水が跳ねるような音がした。

 液体が入っているのだろうか。

 そして、ずっしりと重い。

 

「これは……なんですか?」

 

 僕は尋ねる。

 それにミサオさんは軽く微笑んで。

 

 

 

「――"聖剣"だ」

 

 

 

 そう告げた。

 ただ一つの手助けだと、暗に含ませていた。

 

 

 

 


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