欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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六十八話:ふざけるな、と僕は言う

 

 ふざけるな、と僕は言う。

 

 

 

 選手席から僕は試合を見ていた。

 桜咲と神楽坂という少女たちの剣戟を。

 

「はぁ!」

 

「おぉおお!!」

 

 気炎が発せられる。

 二人の少女が駆け抜けて、裾を翻しながらデッキブラシとハリセン?が激突する。

 その速度は――ありえない。

 その動きは――ありえない。

 頭が痛くなるほどにでたらめて、跳躍力を見せていた。

 跳ね上がり、互いに剣閃を交差して、火花を散らす、散らす、散らす。

 現実感のない斬撃乱舞。

 

「なんだ、ありゃあ」

 

 隣で長渡がぼやく。

 そうだろう、たった一跳びでしかも助走もつけずに五メートル以上もの跳躍距離を見せているのだから。

 神楽坂さんが金属製にしか思えない鋼の音を響かせて、手に持つハリセンを振るい抜く。

 腰を捻り、足を踏み込み、手首のスナップを利かせた――遠心力を利用した"剣術"の一打。

 それはブレるような、或いは霞むような動きだった。

 目は追いつけるから、等速度運動ではない。純粋な速さだけで、霞むような高速。

 

「ぇええいっ!」

 

 掛け声を響かせて、振り抜いた打撃に縦にブラシを構えた桜咲が歯を食いしばり、数歩後ろに撥ね飛んだ。

 ザリザリと地面を削るような動きと共に、腰を落とし、反転しながらドリフトのように勢いを殺す。

 僅かに間合いが離れる。

 そこまでが……息を飲む暇もないたった二分間の激突だったなんて、誰が信じるだろうか?

 

『こ、これは凄い! 色モノかと思われた女子中学生メイド二人ですが、白熱した戦いを見せております!』

 

 朝倉さんのアナウンスが響き渡る。

 それに反発する二人の声があった。

 

「色モノにしたのは誰よー!!」

 

「同感ですー!」

 

 桜咲と神楽坂さんの悲鳴である。

 まあね、さっきからちらちらどころか凄い勢いで下着見えてるし。

 大豪院さんとか鼻押さえているよ、うん。

 僕は別段意識もしてないから普通にしてられるけど、これでカメラとか使えたらトラウマものになりそうだなぁ。

 と、言っている間にも二人が再び構え出す。

 

「アスナさーん! 刹那さーん! 頑張ってくださいー!」

 

 その時だった。

 ネギ先生が丸めた手を口の前に持って行き、声援を上げる。

 お互い頑張って欲しいのがやっぱり心情だよね。

 

「しっかり見てなさいよ! 私の力を見せ付けてあげるから!」

 

「はい、頑張ってください!」

 

 神楽坂さんが威勢よく声を上げて、びしりとネギ先生を指差すと。

 素直にネギ先生が頷く。

 微笑ましい光景だった。

 

「では、行きますよ!」

 

「はい、師匠!」

 

 そう叫び、再び二人が対峙する。

 ぐぐっと神楽坂さんが前のめりに構えて、走り出そうとしたときだった。

 

「あ、あれ?」

 

 という顔をいきなり浮かべて。

 なにやらぶつぶつと虚空に唇を震えさせ、両手を左右に伸ばしている。

 

「なんだ?」

 

「さあ?」

 

「……ほう?」

 

 僕と長渡の戸惑いに、エヴァンジェリンが面白げに唇を歪ませたのが見えた。

 瞬間、何故か――神楽坂さんの足元から光が迸った。

 歓声が上がる。

 下着が丸見えになるような風が吹き荒れたように足元から迸って、物質的な圧力すら感じられる光景。

 ――パンツはどうでもいいが、理解出来ない光景ではあるのは間違いなかった。

 

『あ?』

 

 なんだあれ? と思う間も無く、全身から光を纏い上げて、次の瞬間神楽坂さんが床を蹴った。

 ――速いっ。

 桜咲が反応する。

 瞬きした後には、切り上げるような剣閃と振り下ろす迎撃が火花を散らしていた。

 縮地法でも説明が付かない速度と加速力で五メートルは離れていた距離が埋められて、金属音が鳴り響く。

 ここまで響いてくるような音。

 どれだけの威力?

 

「なんだ、ありゃあ」

 

 長渡が呆れたように目を丸くしている。

 僕も同意だった。

 不可思議な現象を起こしていたといえば月詠もそうだったが、あれは不可視の圧力だった。

 あそこまでピカピカしていない、ていうかなんでああなる?

 しかも、誰も疑問に抱いていない。歓声が上がるだけで、口笛などを吹く音が聞こえるだけだ。

 戸惑っているのは僕と、長渡と、山下さんと大豪院さんぐらいだろう。

 いや。

 

「す、凄い」

 

 一人、驚きの声を洩らしている少年がいた。

 ネギ先生だ。

 彼女の実力を、知らなかったのだろうか?

 

「アスナさんが、あそこまで刹那さんと戦えるなんて……」

 

「でも、姐さんの身体能力はあそこまで馬鹿じゃなかったはずだぜ? どうなってやがるんだ?」

 

 ネギ先生とお付きのオコジョがぼやいている。

 二人にも予測外だったらしい。

 

「――気と魔力の合一」

 

 その時だった。

 エヴァンジェリンがどこか愉しげに、或いは不愉快そうに捻じ曲がった表情で声を上げていた。

 一斉に視線が集まる。僕も目を向けた。

 それに気付いたのか、広げた鉄扇で口元を隠しながら。

 

「咸卦法(かんかほう)と呼ばれる技法がある。一説によれば仙人へと昇華するための修行方にして極意とも呼ばれ、その難易度と絶大な力によって究極技法とも呼ばれる代物だ」

 

 あれがそれだ。

 と、にわかには信じがたい説明を告げて、エヴァンジェリンは試合を見つめた。

 

「あの小娘が一朝一夕に出来るとは思わなかったが、知っていたか? タカミチ」

 

「いや、僕も驚いているよ」

 

 そう告げる高畑先生の口元には火の付いていない煙草が咥えられていた。

 目は少しだけ開かれて、食いつくように試合を見ている。

 

「……カンカホウだか、なんだか知らないけど。で、つまりどういうこと?」

 

「つまりあの小娘はそれを使って、常にない強さを発揮しているというわけだ――あとついでに下らん小細工をしてるようだが」

 

 僕の質問に、エヴァンジェリンが鼻を鳴らして不愉快そうに告げた。

 

「小細工?」

 

「見れば分かる」

 

 そういって指し示す方角。

 そこは神楽坂さんと桜咲の戦い。

 相変わらず激しい斬り合い。

 踏み踊るように床が蹴り飛ばされて、舞い踊るように裾が演舞を描きながら閃き、見とれる暇もなく斬閃が縦横無尽に繰り出される。

 勢いだけなら神楽坂さんが押している。

 けれど、動きにやはり――無駄が多いね。

 桜咲が冷静に剣筋を合わせて捌き、避け、受け流す。

 神楽坂が走り回るのに比べて、桜咲の足元は常に左右に、前後に、重心を操作しながら歩いている。

 前からくれば、斜めに動きながら切り払い。

 横に繰り出されれば、前後に動いて、躱すか、距離を潰して威力を殺す。

 経験の差がやはりある。

 の、だが。

 

「ん?」

 

 奇妙なことに気づいた。

 神楽坂さんの動きが、なんだろうか。"違和感がある"。

 視線が向いていないのに、察知したように桜咲の袈裟切りをしゃがんで躱し。

 振り抜いた勢いを利用して、反転しながら繰り出した彼女の霞むような脚払いを、後ろにバク転しながら躱して見せた。

 見事な動き。

 なのに、何故かぎこちない。

 

「っ、でも」

 

 唇を噛み締めて、何故か頭を振っている。

 それでも迫る桜咲の斬撃を、手に持ったハリセンで弾いて、互いの得物を激突させる。

 一撃、ニ撃、三撃と斬道が交差して、激しく掻き毟られるような衝突音が鳴り響いて。

 ――桜咲が動いた。

 

「っ!」

 

 弾かれた手を捻り、柄と先端位置が逆転したデッキブラシを左手で掴み、杖術における突き技を繰り出す。

 加速、機転、不意打ち。

 裾で手元を隠し、全身を一気に動かすような果てしなく等速度運動に似た打突。

 僕でも察知出来るか、自信がない一撃に決まった。

 と、思ったのだが。

 

 ――"神楽坂さんが横に跳んでいた"。

 

 床が陥没しそうな勢いで、既に分かっていたとばかりに横に体を逃がしている。

 

「え?!」

 

 踏み出す足が床を響かせる。

 止められない打突が空を穿って、旋風を起こす。

 けれど、それはどうしょうもない隙で――たたらを踏むしかない。

 

「ごめんなさいっ!」

 

 側面に回りこんだ神楽坂さんが反転し、薙ぎ払うように桜咲の首筋目掛けてハリセンの側面部を振るう。

 首にめり込めば、確実に致命打。

 だから、僕は思わずベンチから腰を浮かせて。

 

 

「桜咲っ!!」

 

 

 叫んでしまった。

 負けるな、という思いが湧き上がって。

 

「っ!!」

 

 瞬間、訪れた斬閃が紛れも無く袈裟懸けに振り抜かれた。

 ――"空"を切り裂きながら。

 

「え!?」

 

 桜咲が躱していた。

 常の回避は行なえない、防ぐのも間に合わない。

 そう考えて、あえて前に体を跳ばした。頭上を吹き抜ける圧迫感を感じながら。

 肩から転がるように前転し、艶かしい両足を曝け出しながら両手で床を突いて。

 ――蹴撃。

 両手をバネの如き撓み、跳ね上がるような勢いで両足から神楽坂さんの胸を蹴り抜いた。

 

『おおっと! 桜咲選手の逆襲キック! これは、飛んだー!!』

 

 なんとかガードは間に合ったものの、放物線を描いて吹っ飛ぶ。漫画みたいに飛んで、回転しながら片手と両足を床に叩き付けて着地した。

 ダメージはあった。

 けれど、決定打にはなってない。

 お互いに。

 

「ふぅ」

 

 それを確認すると、僕は止めていた息を吐き出して、腰を下ろし……横から降り注ぐ視線に気付いた。

 ジーと知り合い一同がこっちを見ていた。

 

「え? なに?」

 

「いや、珍しいものを見たなーと」

 

 何その顔? 殴ってもいい? 親友だけど。

 

「クックック、面白いなお前らは」

 

「斬ってもいい?」

 

「お断りだ」

 

 薄い笑みを浮かべて、からかってくるエヴァンジェリンに僕は睨みを向けたけど。

 まあ疲れるだけなのでため息だけにする。

 

「で、分かったか?」

 

「なにが?」

 

 これは長渡の声。

 他の皆も首を捻ったり、或いは頷いていたりして。

 

「なんか違和感があるね。なんだろう、未来が読めているような、そんな動きだ」

 

 僕は率直に感じた違和感を呟いた。

 そうとしか神楽坂さんの動きが説明が付かなかった。

 宇宙暮らしじゃないんだから、まさか新人類ってわけじゃないんだろうけど。

 彼女たちに関しては何でもありな気がしてくる。

 

「惜しい。が、違うな」

 

 エヴァンジェリンが扇をパチンッと畳むと、指を鳴らして。

 

「――出てこい、殺すぞ」

 

 壮絶な声を響かせた。

 同時にふわりと何処からか――フードを被った人物。

 

「おやおや。そんな怖いことを言われても、でにくいのですが」

 

 クウネル・サンダースと名乗った人が現れていた。

 突如として空間から染み出したように現れた彼に、驚愕はしたけれど。

 

「……なんでもありだな」

 

「だね」

 

 僕らはぼやいた。

 頭が痛くなりそうだったけれど。

 

「機嫌が悪そうですね、古の友よ」

 

「ほざけ。小娘に助言しているのはお前だな? 今すぐやめろ」

 

 ――助言?

 ネギ先生たちが目を向ける、驚きに。

 クウネルは肩を竦めて。

 

「せめてものハンデという程度だったんですけどね」

 

 あのままでは、到底神鳴流剣士には叶わないと思ったので。

 そう呟く声には何の感慨も、悪気もなかったように聞ける。

 

「ふざけんな」

 

 だけれど。

 僕はギリッとこめかみに走る痛みを感じた。

 

「おや?」

 

「最低だ、アンタ」

 

 話を聞く限り、何らかの方法でアドバイス。

 しかも、試合前の助言程度ならば別にいい。

 けれど、どう見てもそれだけじゃない。

 現在進行形で、桜咲の動きや対応すべきやり方を教えているのなら。

 

「――遊びでも試合なんだよ。それを汚して、笑っているな」

 

 ただの卑怯だ。

 自分しか頼れない。

 自分だけを信じる。

 そして、それをぶつけ合う。

 それが試合だ。それが決闘だ。

 ガリガリと痛みにも似た苛立ちが湧き上がっていた。

 思い出す。

 いつかの決闘。

 たった二人で斬り合った――"兄さん"。兄弟子を満足させるために、僕は決闘をした。

 兄さんが望むから、僕は太刀を振るって――"斬った"。

 泣きたいこともあったし。

 斬りたくもなかった。

 けれど、それでも他人の誰かを巻き込みたくなかったし、自分だけで応えるべきだと強く強く念じていて、信じていた。

 だからこそ、今の行為は許せない。

 護らなければいけないルールを無視していたから。

 

「ぶっ殺すよ」

 

 歯を噛み締めて、半ば本気で告げた。

 自覚する、頭に血が上っているということに。

 

「……ふむ。これは失敗しましたね」

 

 困ったとばかりに額に手を当てて、クウネルが呟いている、が。

 

「反省するぐらいなら、さっさとやめろ。刎ねるぞ?」

 

 エヴァンジェリンが静かに冷め切った声で告げる。

 殺意があった。

 不機嫌そうな態度で。

 

「それは無理だとは思いますが――そうですね。貴方は誇りを大切にするヒトでしたか」

 

「僕もあまり褒められないと思うよ? アル、ここは明日菜君が頑張るべき場所だ」

 

 高畑先生も言う。

 少しだけ怒ったような声音で。

 

「ですね……やれやれ、怖い人が睨んでいますし」

 

 失敗、失敗と微笑んで。

 軽く指を動かした後に、囁くように。

 

 

「――とりあえず、頑張ってください。"彼をも失わないように"」

 

 

 そう呟いて、試合会場の神楽坂さんに目を向けてから――

 一瞬。

 僕のことを見たように思った。

 その瞳が。

 

 

 

 

 そして、それから数分後。

 決着がついた。

 

 桜咲の勝利として。

 

 

 

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