欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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七十一話:一刀一足の間合いで

 一刀一足の間合いで。

 

 

 

 四人の人影が踊り狂う。

 それはどこか無機質で、演劇じみた光景。

 人の気配は感じない、先ほどの説明通りに。

 

「あれは――魔法や。あの姉ちゃんが生み出した使い魔ってところやろうな。疑似生命体ってところやわ」

 

 小太郎の説明。

 使い魔、魔法の力。

 ふざけていると思う、どこまでも理不尽だと思う。

 

「どうする、短崎?」

 

 俺の問いが聞こえたわけじゃないだろうけど、短崎が進み出る。

 駆け寄る四つの人影、高音に操られた長身の男並の連中が一斉に駆け出す。

 黒い衣服を揺らめかし、仮面に隠れた使い魔共が跳ね上がる。

 拳を握り締めて、殴りかかる。

 手を伸ばして、掴みかかる。

 その二つが二人ずつになって迫って来る中、短崎は右手を後ろに隠し。

 

「   」

 

 短崎の唇が震えたのが見えて。

 疾駆。

 次の瞬間、迸る剣尖が一瞬も迷わずに仮面道化の一人の喉を抉っていた。

 まだ四メートルは距離があったはずなのに、いつの間にか距離が一気に埋まっていた。

 

『上手い! 縮地法……いえ、無足之法からの走り突きです!』

 

『――上下に殆ど揺れていませんね、あれは対峙したら錯覚しやすい動きです』

 

 豪徳寺と茶々丸の解説が聞こえた。

 体を倒すことによって床を蹴らず、脚力に頼らない移動を可能にする縮地法。

 そこから生身の人間相手だったら確実に殺している威力と貫通力を持った打突を、短崎は何の躊躇いも無く繰り出していた。

 

「邪魔だ」

 

 喉後ろから飛び出した木刀の先端が捻られて、短崎が体を捻りながら横薙ぎに首を引き千切る。

 乱雑で、遠慮のない光景。

 手を捻りながら振り抜き、錯覚――首から噴き出す鮮血を想像してしまうほどに遠慮が無かった。

 仰け反った姿勢のまま、両手を広げて首の千切れた仮面道化が仰向けに転倒する。

 けれど、同時に短崎の身体が掴まれた。左手から握り締められて、引き倒されるように身体が傾く。

 同時にその前方から仮面道化の一人が手を伸ばし――拳を繰り出す。

 

「やべえ!」

 

 思わずそう叫びそうになるが、短崎は動きを止めなかった。

 体を捻る、左手が掴まれたままに反転し、床を滑るように繰り出した足。

 その脚で、左腕を掴む仮面道化の膝に"蹴り"を叩き込んでいた。

 ゴキリという音が聞こえそうなほどに捻じ曲がり、黒衣の一人が足をありえない方角に曲げる。

 膝が折れて、奇妙な傾げ方と共に尻を付いた。

 それと同時に短崎が後ろに倒れた。

 すり抜けるように前に立っていた奴の手が空を切り、弾かれるように背中から倒れた短崎が片足を振り上げた。

 

「舐めるなぁ!」

 

 打撃音を響かせて、一体の胸を蹴り飛ばした。

 吹き飛ばされた仮面黒服が後ろにたたらを踏んで、もう一体を巻き込んで足を止めていた。

 

「上手い」

 

 腰掛けたままの桜咲が呟いた。

 真剣な眼差しで。

 

「容赦ねえな、あいつ」

 

 そう思ってしまうほどに躊躇いがなかった。

 人間じゃない、ただのモノ。だからこそのやり方。

 首を抉り、足を蹴り壊し、一切躊躇しない肉体駆動。

 そうだと知ってなかったら目を覆いたくなるような戦い方だが、容赦している暇は短崎には無かった。

 短崎が体を横に捻り、遠心力をかけて振り回した木刀の柄で左手を掴んでいた仮面人形の顔面を殴った。

 硬い柄尻、それを一切の容赦なく殴りつけて、思わず自分の顔を押さえたくなるような光景。

 仮面が罅割れて、間髪いれずに殴りつけたのは短崎自身の拳だった。

 

「っ、うわぁ」

 

 乱暴で、荒々しいやり方。それにネギ少年が声を上げていた。

 生の暴力、今までの精錬とした剣術ではなく、指を折り畳んで、拳を作って、殴る。

 それは慣れてないと気持ちが悪いものだろう。

 

「やるなぁ、兄ちゃん」

 

 小太郎が軽い口調で呟く声が聞こえた。

 試合を見る。

 掴まれていた腕が離れて、仰け反るように倒れるそれから離れようとする短崎。

 その時だった。たたらを踏んでいたはずの黒衣が距離を詰めていたのは。

 ――踏み付けられる。

 背中から蹴り倒されて、地面に短崎が倒れこんだところをその脚がさらに後ろへと振り上げられた。

 誰かが悲鳴を上げる。

 

「がっ!」

 

 という叫び声が聞こえて、短崎が蹴り飛ばされた。

 サッカーボールのように蹴り上げられて、ボロクズのように転がった。

 ゴロゴロと回った後、ゲホゲホッと咳き込みながら悶えている。

 そこで俺は見た。

 一人の黒衣が駆け寄り、ローブをはためかせながら地面を蹴り飛ばしたのを。

 

「やべえ、短崎ぃ!」

 

「先輩!!」

 

 思わず叫ぶ。

 高々と人間離れした跳躍から、両足を突き出して落下する黒衣。

 それの着地点が短崎で、アイツはすぐさまに横に転がって避けた。

 轟音。

 落下した黒衣の足元から粉塵が上がり、まるで巨人でも落下したかのような音を響かせる。

 

『セーフ! 短崎選手、ギリギリのところで回避に成功していましたー!』

 

 朝倉の声が響く。

 容赦のない攻撃。下手すれば死んでたぞ!?

 そう俺が思っていると、短崎は散々転がり、離れた位置から体を起こす。

 その姿は酷かった。

 口からは血反吐にも似た涎を流し、脚は震えて、荒い息を咳き込みながら洩らしている。

 目だけは死んでいないけれど、噴き出す汗は隠せない。顔色は悪くて、全身が震えていた。

 

「短崎……」

 

 思わず息を飲む。

 見ているしか出来ない自分は、唇を噛み締めて。

 

「負けるなよ」

 

 そう呟くしか出来ない。

 喚声も静かに細波のように音を引いて、次の短崎の動きを見ていた。

 

「――進みなさい」

 

 刹那、誰もが視線から外していた高音が声を発した。

 おもむろに開いていた黒ずくめのコートを纏い直し、黒ずんだ靴で踵を踏む。

 タンッと軍靴のような音を鳴らし、それに弾かれたように仮面道化たちが跳ね上がった。

 床を蹴る、足を壊された一体を覗いて、二体の長身の黒い疾風が駆け抜けるようだった。

 手を伸ばす、短崎に向かって。

 その距離が五メートル、三メートルと迫った瞬間。

 

 ――風切り音が響いた。

 

 同時に短崎の裾が揺れる。あいつの右手が木刀から離れて、下から上へと伸び上がっていた。

 目に見える、異変。

 一番先を走っていた仮面の使い魔が、喉を押さえる。見えたのは、突き刺さる棒手裏剣。

 

「喉二本に、胸にもや!」

 

 この距離から見えたのだろうか。

 小太郎が興奮した声で叫ぶ。短崎が動いた。

 床を踏み締める、木刀を血を流す右手で拾い上げる。

 床を蹴る、腰を落とす、飛び込むように踵から踏み込んで、爪先から踏み締めながら蹴りだす。

 流れるような動作で――剣閃が迸った。

 

「やっ」

 

 傍目からは肩からぶつかったようにしか見えないだろう。

 けれど、使い魔の背中から食い破るように飛び出した真っ白い布に覆われた剣尖は。

 

「たっ!」

 

 "二体まとめて貫通していた"。

 

『おっと、これは決まったか!?』

 

 朝倉の興奮に満ちた声が響いた。

 抉りこむように捻り、罵倒にも似た咆哮と共に横薙ぎに刀身が動いた。

 切、断。

 脇腹から裂かれ、二体の使い魔が上半身から転げ落ちる。

 黒い衣が血液みたいに千切れ、乱雑に振られた木刀の先から血払いをするように水滴が飛んだ。

 

「どうだっ!」

 

 吼える短崎。

 たった一人で三体の使い魔を撃破し、一体はほぼ役立たずに倒れたままだった。

 

『短崎選手! あの圧倒的な数の差で四体の人形を撃破! タイ捨流剣術使いの意地を見せたぁ!』

 

 声、声、声。

 喚声が上がる。騒がしく静寂の中から轟々と発生した。

 

『凄いですね。あれほどの突きは私も初めて見ます。しかも、気付きましたか?』

 

『なにがでしょうか?』

 

『あれは片手平突きです』

 

 豪徳寺の解説が聞こえた。

 

『短崎選手は先ほど突きを出す瞬間に刀身を横に倒していました。

 横向きに倒した状態で突き出す刺突を平突きというのですが、この平突きで有名なのがかの新撰組の副長斉藤一です。

 左の平突きから繰り出す左片手一本突きは、天才剣士沖田総司の三段突きに並んで有名でしょう』

 

『ですが、短崎選手は先ほどから右手だけしか使っていませんが?』

 

 豪徳寺の解説に、茶々丸が訊ねる。

 

『いえ、この場合どちらの手を使うかはあまり関係ありません。左と右の差は虚を突けるか、利き手を誤魔化すためにしかあまり意味はありません。

 問題は、あのタイミングで突きを出した短崎選手の胆力ですね。

 そもそも突きというのは頭で想像する以上にとても難しい技術です。しかも、鎬や刀身の反りから空気抵抗を受けやすい平突き、それも片手では狙った位置に突き刺すことすら熟練者でも難しいでしょう。言うに安し、行なうは難しい技術です。

 しかも外せば一気に隙だらけになるリスクのある刺突を使って、串刺しにした決断は中々出来ませんよ』

 

『なるほど。それだけの決断と難しい方法をあの僅かな瞬間に使ったのですね』

 

 豪徳寺の説明が響き、茶々丸の相槌が打たれる。

 騒がしい喚声。

 ざわめく観客たち。

 

「だ、そうだけど。えーと、つまりどういうこと?」

 

 敗退者とはいえ、選手であった神楽坂が首を傾げる。

 あの説明で分からなかったのか。

 

「えーとですね。つまり、短崎先輩は上手く成功したってことです」

 

 桜咲が苦笑し、そう説明すると。

 

「なるほどねー! もっと分かりやすい言いなさいよ、馬鹿ー!」

 

 と理不尽な文句を吐き出していた。

 と、そんな会話の間にも、短崎と高音の相対が始まっていた。

 睨み付ける短崎。

 待ち構えるように佇む高音。

 すらりと伸ばした足先まで閉じたコートで覆い、何故か微笑していた。

 

「なあ、使い魔は倒されたよな?」

 

「ああ、そやな。短崎兄ちゃんの攻撃力次第やけど、あれならまあ即座復活は無理やと思うで」

 

 会場に倒れ伏す四体の使い魔。

 動く気配は無い。

 切り札は倒されたはず、なのだが。

 

「なんであんなに余裕なんだ?」

 

 高音は笑っていた。

 ぼそぼそと短崎に話しかけて、どこか興味深そうに目を細めている。

 短崎が前に身構える、その目は釣りあがり、鷹の様に鋭くて。

 

「あ、あれ?」

 

「あ? どしたんや?」

 

 赤いポニーテールに、さっきまでお姉様ー! ファイトー! とか叫んでいた少女が、小首を傾げていた。

 小太郎が話しかけると、えーとという態度で頬に指を当てて。

 

「もしかして、と思うんですが」

 

「ですが?」

 

「――お姉様が本気になったかもしれません」

 

『ハ?』

 

 俺たちほぼ全員が首を傾げた瞬間だった。

 

 

「いいですわ! 認めましょう、その力を! 貴方の意思を」

 

 

 そんな高らかなる声が響き渡った。

 自信に満ち溢れ、同時に活気に満ちた女性の声。

 その声の持ち主、高音が再び黒ずくめのコートの肩を掴み、景気良く剥ぎ取った。

 

「なっ!?」

 

 そこから現れたのは――先ほどまでとはまったく違う格好だった。

 大きく胸元を曝け出すデザインの黒ずくめのドレス、そして淑女が着けるような女性用の黒ずくめの長手袋、鮮やかに艶かしく両腕を縛り上げるベルトの数々。

 SM女王のようにも見えて、それよりも洗練された落ち着いた雰囲気。

 そして。

 その背後には――ありえないものが在った。

 

『な、ななな、なんとぉ!? なんかスゴイの出たー!?』

 

 それは巨大な人影。

 先程までの使い魔を巨大化させ、その腰から上を四肢に絡みつかせたような状態。

 黄金の髪が揺ら揺らと風も吹いていないのに靡き、紅潮した頬から熱い吐息を洩らす上気した表情。

 背後霊というべきか、それともどこぞの漫画のスタンドとでも言うべきか。

 

「なんだありゃー!? ペルソナ!?」「なんだ、あれ?! 魔法!?」 「ばっかじゃねえの、あれスタンドに決まってるだろ!!」「違うね! 悪魔持ちだ! カプセルだー!」「CGだー! 映画みてえ!」「すげえー!」

 

 そんな観客からの声が響き渡る。

 

「つ、使い魔との半融合!? あんな高等魔法を、無詠唱で!!」

 

「あわわわ、お姉様の操影術、その中でも接近戦最終奥義【黒衣の夜想曲】ですぅ! 逃げてー! 油断してないお姉様は滅茶苦茶強いんですよ!?」

 

「な、そんなのを常人に!? ――短崎先輩!!」

 

 ネギ少年が驚き、ツインテール少女が慌てふためき、桜咲が悲鳴じみた声を洩らした。

 会場の中で短崎がいたぶられていた。

 足元から飛び出す数十本の影のワイヤーが射出され、弾き払う短崎を嘲笑うようにその脇腹を殴り飛ばし、足元を薙ぎ払う。

 転げる彼に、高音が跳ね上がった。

 

「落ちなさい!」

 

 右手を掲げ、手を開く。

 ――連動し、後ろの影が包帯に覆われた右手を開き、振り上げる。

 叩き倒すように繰り出した腕、それに短崎は転びながらも木刀を構えて――轟音と共にぶっ飛んだ。

 

「   !!」

 

 全くの防御になっておらず、悲鳴すらも届かずに後ろにぶっ飛ぶ。

 直線を描いて、会場の端で墜落した。

 

「う、あ」

 

 明らかに――やばい。

 そう思い、桜咲が。

 

「止めるべきです。どう見ても、あの倒れ方は」

 

 止めないと大怪我では済まない。

 そう声音に含ませて、俺を見るが。

 

「――駄目だ」

 

 俺は首を横に振った。

 

「何故ですか!? 短崎さんを殺すつもりですか!」

 

「そ、そうです!」

 

「そうよ! さすがに、幾らなんでも……」

 

 桜咲が、ネギ少年が、神楽坂が口々に言う。

 止めたほうがいいと。

 でもな、それは俺じゃなくて。

 

「うるせえ! アイツはまだ諦めてないだろうが!」

 

 ――アイツが決めることだ。

 目を向ける。

 そこでは短崎が這い上がっていた。

 開いた右手から血を流しながら、壮絶な目つきと顔で立ち上がる。

 高音が目を向ける。静かに、睨み付けて。

 

「諦めたほうがいいですわ、剣術使い。純粋に私は、貴方より強いですわ」

 

「悪いね。僕は、届く。越えられなくても、越える」

 

 一瞬、短崎が目をこちらに向けた。

 いや、桜咲を見ていた。

 

「踏み越える。蹴り潰してでも!!」

 

 そして、吼えた。

 ビリビリと、かつてないほどの咆哮を上げて。

 短崎が右手を垂らした。解けかけている布にも構わずに、無造作に下げて。

 

「あれは?」

 

 一昨日見たあの構えだった。

 確か名前は――

 

『あれは、無形の位ですね』

 

 豪徳寺の声が響き渡る。

 

『柳生新陰流の構えの一つです。隙だらけに見えますが、その構えは後の先を取る活人剣。

 人を動かし、敵を斬るそれが活人剣です。

 そして、これは使うべきものが使えば変幻自在の動きを可能にする構えです』

 

「だとしても、剣が届かなければ怖くありませんわ!」

 

 高音が告げる。

 汗に濡れた金髪を翻し。前に手を突き出す。

 その背から飛び出した無数のワイヤーが放物線を描きながら振りそそぐ。

 動きは、早い!

 

「短崎、すすめえっ!」

 

 下がれば確実にやられる。

 俺はそう叫んで、短崎が笑ったように思えた。

 瞬間、短崎は進んでいた――前へ。

 躱す、捌く、薙ぎ払う。

 大振りに広がった布を扇の様に振るって、蹴散らすようにワイヤーを薙いだ。

 金属音。

 甲高い剣戟音を弾かせながら、短崎が掻い潜る。

 奇妙なまでに揺ら揺らと揺れながら、そして上下には揺れず、前へ距離を詰める。

 高音が目を見開く。

 既に一刀一足の間合いを詰めた。

 右手を下げようとする高音、そこに逆風のように駆け上がる短崎の斬撃が打ち込まれる。

 しかし、それは弾かれる。

 逆胴にめり込む瞬間、何かに防がれた。

 見えたのは形を変えて、飛び込んだ衣。

 

「早いで、あの姉ちゃん!」

 

「駄目です! あの黒衣は全ての物理攻撃を完全無欠に自動防御ですから!」

 

 小太郎の驚きに、ツインテール少女の悲鳴じみた声が届く。

 

「幾らなんでもチート過ぎるだろ!!」

 

 思わず罵りたくなるほどの理不尽。

 その中で繰り出される短崎の刃。

 横薙ぎに首を刎ねるような一撃で、それが高音の飛び込んだ影の両腕に受け止められた。

 そして、大きく開くように突き出された両掌が、すかさずしゃがんだ短崎の頭上を突き抜けて。

 

「接近戦まで出来る!?」

 

 その叫びが正しいように、短崎が繰り出した脚払いを、高音は飛び上がって避けた。

 大仰な跳躍に、背から伸びたワイヤーが地面を突き刺して、静止する。

 ガリガリ床を破砕しながら、高音が爪先から着地し、舞い踊るように旋転。

 ドレスの裾を優雅に靡かせて、誰もが息を飲むほど艶かしい足を曝け出しながら、彼女の手が振り抜かれた。

 

「フォルテッシモ!」

 

 薙ぎ払う黒い爪のように、迸るワイヤーが横薙ぎの斬撃となって迸った。

 うひゃあ! といいながら、朝倉が退避する。

 その軌道線上に残ったのは短崎だけで。

 

「頼む!」

 

 刹那、身体が捻られた。

 目の前に迫る斬撃に、短崎は床を踏み込んで、愚直に木刀で。

 

「切り裂けぇええ!!」

 

 構える。樹木のように縦一線に構えた木剣を肩に当てて、叫ぶ。

 轟音。

 粉塵が床を削り上げて、舞い上がった。

 

「どうなった!?」

 

「あれを!」

 

 叫ぶ、桜咲。

 俺は見た。

 粉塵の中から血だらけの右半身と共に短崎が飛び出すのを。

 布が千切れ、ただの木剣となったそれを構えて直進するのを。

 

「しつこい、ですわ!!」

 

 吼える、高音。

 その右手が恐れすら含んだ叫びと共に振り上げられて、間合いを詰める。

 そして、短崎は。

 

「あ?」

 

 笑った。

 笑いながら左肩を突き出し、右手を後ろに伸ばし、まるで担ぐような姿勢で。

 迫る影の巨拳に、飛び込み。

 

 破砕音と共に――"踏んだ"。

 

「え?」

 

 高音が見失ったように目を瞬かせる。

 けれど、俺たちは見えていた。

 

「上だ!!」

 

 誰かが叫ぶ。

 そして、高音が見上げたそこには――短崎が居た。

 羽織を閃かせ、青い袴に、ただの木刀を掲げたあいつが。

 

「一刀」

 

 こう呟き。

 

 

「――両段」

 

 

 雷鳴の如き剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 





一刀両段の表記であってます
柳生新陰流にてこういう型が実際に存在しています
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