欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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七十三話:荒々しく駆け抜けろ

 

 

 

 

 荒々しく駆け抜けろ。

 

 

 

 どっちも一撃だった。

 上から飛び込んだ短崎の木刀が、使い魔を切り裂いたのも。

 そして、勝利した短崎が……何故か分からんが、いきなり裸になった高音に顎から殴り飛ばされてぶっ倒れたのも。

 

「うぅ、ご、ごめんなさい!」

 

 半泣きで短崎から被せられた羽織とスタッフが運んできた毛布を被って、逃げるように会場から更衣室に向かった高音。

 お、お姉様! といって、赤いツインテールガールも追うように走り去っていった。

 そして、肝心の短崎だが。

 

「――失神で医務室行きか、当たり前だな」

 

 チーンッという擬音がピッタリなぐらいにぶっ倒れて、担架で運ばれていった親友に両手を合わせた。

 アレだけの怪我をしていたら、次の試合は出れるのだろうか。

 それぐらいが心配だ。

 

「長渡はいかないアルカ? 刹那もいったアルけど」

 

 古菲の言葉に、まあなと返事を返しておく。

 高音の全裸時には何やら耳が痛くなるほどの声を上げていた桜咲だったが、担架で運ばれた短崎を見ると「少し席を外します」といって医務室に向かっていた。

 

「常に駆けつけるだけが友情じゃねえだろ? それに、アイツは女運があるみてえだから邪魔しちゃ悪いし」

 

 苦笑する。

 それに古菲がほえ? とばかりに首をかしげているが、俺はニヤニヤと笑うしかない。

 お互い縁がねえなぁ、と笑っていたが、いつの間にか心配してもらえるような女が出来ていたのだ。からかいネタにもなるが、祝福してやるのが友人という奴だろう。

 

「それに、大豪院。お前の試合は見ねえとな」

 

「俺も応援しているぞ」

 

 俺と山下が声援を掛ける。

 

「ありがたいな」

 

 大豪院が太い眉を歪めて、軽く笑っていた。

 散々壊れた試合会場の床。

 その板の交換や散々流れた血や唾液――主に短崎が吐いたそれの清掃作業などで、少しばかり長い休憩時間となった間に、大豪院が準備運動をしていた。

 次は大豪院と龍宮の試合。

 大豪院はさっきから熱心に柔軟体操をしていているが、その肝心の相手は……

 

「ん? なんか用か、センパイ」

 

 龍宮 真名は落ちついた佇まいでベンチに腰掛け、足を組んでいた。

 

「センパイはやめろ。縁ねえんだし、余裕そうだな」

 

 明らかにリラックスしている状態に、俺は尋ねる。

 

「こういう時慌てられるような性格ではなくてね」

 

 残念ながら、と肩を竦める龍宮に、二人の少女が頷く。

 

「真名は常にクールネ」

 

「仕事人でゴザル」

 

 嗚呼、そうかい。

 しかし、年齢詐欺に思えないな、やっぱり。

 本当に中学生だろうか?

 

『皆様! 板の張替えが終了したので、第三試合を開始したいと思います!』

 

「お、終わったか」

 

 朝倉の声と共に観客が騒がしくなる。

 軽く何度か跳躍し、脚の具合を確かめていた大豪院が着地し、呼気を洩らしながら。

 

「ふむ。じゃあ、やってくる」

 

 中華服の裾を揺らし、その眼が龍宮に向いた。

 

「よろしく頼むぞ」

 

「ふふ、お互いにお手柔らかに頼む」

 

「――自信がないな」

 

 そう呟くと、大豪院はさっさかと舞台へと歩いていった。

 龍宮はゆっくりと立ち上がり、ネギ少年たちに手を振るうと、後に続くように舞台へと上がっていく。

 

「龍宮さん、頑張ってください!」

 

「二人共頑張るアル!」

 

「気をつけてね!!」

 

 ネギ少年、古菲、神楽坂の声援。それと他の奴らも声をかけて、龍宮が後ろ向きに手を振っていた。

 ゆったりと対戦する二人が試合会場に並ぶのを見ながら、俺は古菲に話しかけた。

 

「で、古菲。正直に教えろ、あの二人……お前はどっちが分があると思う?」

 

「長渡? どういう意味だ、それ?」

 

 山下が首を傾げる。

 大豪院の腕を知っているこいつなら普通はあっちが勝つと思ってるはずだ。

 俺もそう思うが、この大会に出ている以上――なんらかがあるはずだ。

 

「んー……正直に言っていいアルカ?」

 

 珍しく古菲が眉間に皺を寄せたと思うと、悩ましく言葉を紡ぐ。

 

「言ってみろ」

 

「――十中八九、真名が勝つアル」

 

「ハ?」

 

 古菲の言葉に、山下が首を傾げた。

 俺も驚いた。

 古菲だってウルティマホラなどで出ていた大豪院、しかも元は中武研だったから俺と同じぐらいには知っているはず。

 外家の中国武術を治めて、未だに修練するアイツの実力は俺もよく分かってないが【気】とやらで化け物じみた強さになっている。

 それなのに勝てない?

 

「真名は――本物の戦場を経験しているアル」

 

「戦場?」

 

 意味が分からん単語に、混乱しそうになったのだが。

 

「――傭兵上がりやな、あの姉ちゃん。確か銃使いだったはずやけど、ここに出る以上はなんか奥の手があるはずやろう」

 

「傭兵って……漫画じゃねえんだぞ?」

 

 そんなのがゴロゴロ居てたまるかと、小太郎の言葉を疑うわけじゃないが、頭が痛くなる。

 現実、日本でも現役で傭兵とかやっている奴はいるだろう。本とか出している人も居るしな。

 しかし、それが女子中学生やっているとか悪趣味な設定にしか思えない。

 

『では、第三試合! 麻帆良のカンフードッグこと大豪院ポチ選手 対 ここ龍宮神社の一人娘龍宮真名選手!! 如何なる戦いを見せるのか、期待が高まります』

 

「始まるか」

 

 朝倉の言葉と共に、俺たちは話をやめて、試合舞台を見た。

 大豪院が構える。低い姿勢、間合いを詰めるためのもの。

 それに対し、龍宮はゆったりと両手を下ろして。

 

『では、第三試合! ファイト!』

 

 開始の声が瞬き、観客の声が上がる。

 騒音の津波。

 

 ――大豪院が後ろにぶっ飛ぶのはそれと同時だった。

 

『カンフーの達人という大豪院選手にどうやって、たちむか――え?』

 

「あ?」

 

 大豪院が後ろに殴られたようにぶっ飛び、一瞬の対空後に、ドリフトじみた動きで着地した。

 左腕を下げて、苦痛の顔を浮かべながら、足を止める。

 右手で左肩を押さえていた。ダメージを負ったのか。

 

「っ! 今のは――ぬっ!?」

 

 そんな声を洩らした大豪院が、不意に何かに気付いたように体を畳んだ。

 風を切るような破裂音と、その後ろから破砕したような粉塵が上がったからだ。さらに、さらに、大豪院が動くと、それに一瞬遅れて床が破砕し、大豪院の後ろにある水濠が水柱を上げた。合計三発。

 

「飛び道具か!」

 

 何かを投げている、そうとしか思えない。

 それを裏付けるように龍宮が佇んだままだが、手を動かしている。

 

『一体何が起こっているのか!? 龍宮選手が一歩も動かないまま、大豪院選手を押しています!』

 

「――下がっていろ、朝倉。巻き込むぞ」

 

 その時だった。

 一瞬手を止めた龍宮が、朝倉に手を伸ばして告げた。

 その指先には、なんか光る物が挟まれている。

 

『それは、五百円玉?』

 

「その通りだ」

 

 瞬間、走りこんでいた大豪院に向かって手を一閃。

 ――俺の目にも見えた反射する何かが、手を掲げた大豪院の右手を打ち、弾かれたようにその体を回転させた。

 皮膚が破け、赤い雫が薄くだが、滴り落ちる。

 

『――あれは羅漢銭です』

 

『【羅漢銭】とはなんでしょうか? 解説の豪徳寺さん』

 

 豪徳寺の声と茶々丸のアナウンスが響き渡る。

 

『中国の暗器の一つで、平たく言えば銭形平次の銭投げです。どこにでもあるただのコインを投げる技術ですが、達人は一息に五打を放ち、威力は樫の木板を穿つほどです』

 

 そんな言葉の間にも、怒涛の乱射が続いていた。

 手首のスナップを利かせた羅漢銭の射撃は、大豪院の体に命中している。

 

「ガッ! つぅ!!」

 

 幾ら頑丈さがある大豪院でも一撃めり込むごとに、苦痛の顔を浮かべ、脚を打たれればその動きを止めざるを得ない。

 けれど、一歩、また一歩と踏み込む。

 かわせるのもは避けて、無理なものだけは受け止める。そんなスタイルで。

 

『耐える、耐える、大豪院選手! 龍宮選手の猛攻に耐えしのぎながら、突き進みます! しかし、龍宮選手。お小遣いは大丈夫か!? 既に一万円は超えていそうです!!』

 

「いけるか!?」

 

「大豪院!」

 

 床を蹴る、命中するだけで服を切り裂き、肉を穿つような一撃。

 板が破砕され、まるで銃弾のようなそれに抗うように、腕を上げて、顔面だけはカバーする。

 間合いが詰まる、白兵戦に持ち込めば――

 

「いや、あんな単純な攻めで終わらないアル!!」

 

 俺の淡い考えを否定するように古菲が叫んだ。

 その瞬間だった。

 

「――悪いね」

 

 あと五歩。

 そんな距離まで攻め込んだ大豪院の前で――"両手"を広げた龍宮が微笑する。

 その手には金属の輝き、両手の羅漢銭。

 

「火力を増やさせてもらう」

 

「!?」

 

 それはもはや爆撃だった。

 大気を叩き破る指弾と同時に、二倍の火力が大豪院の両足を撃ち抜いた。

 巨人から前蹴りでも喰らったかのように、両足が後ろに跳ね跳ぶ。

 衝撃だけでぶっ飛ばされた。

 

「がっ!?」

 

 そして、その背に向かって容赦なく指弾が叩きこまれた。

 両手を広げて、痙攣したように跳ね上がる。目を覆いたくなるような光景。

 

『あわわわ、大豪院選手! 無事か!?』

 

 粉塵が上がり、ニ秒も続いた龍宮の指弾が止まる。

 黙々とした木屑が空中を舞い、大豪院が前のめりに倒れていた。

 

「っ、大豪院!」

 

「これは……決着か」

 

 無理だと思う。

 幾らなんでも攻撃を受けすぎた。

 朝倉が恐る恐る顔を上げて、覗き込もうとした時だった。

 

「――耐えたか」

 

「!?」

 

 瞬間、龍宮が手を振るう。

 瞬間、大豪院の体が跳ねた。

 指先が板をめり込み、強引に回転するように前に飛んだ。

 龍宮の指弾が穿ったのは誰も居ない床。

 

「るぅおお!!」

 

 宙返りをするように大豪院が踵落としを振り下ろした。

 しかし、それは空を切る。

 龍宮がしゃがみ、後ろにバック転をしながら距離を取ると同時に、指弾を撃ち放つ。

 ――金属音。

 空中から放たれた指弾を、着地した大豪院は"拳"で弾いていた。

 

「舐めるなっ!」

 

 吼える、切れたこめかみから血を流し、ボロボロになりながらも遠心力を篭めた大振りの腕で弾きながら、箭疾歩で飛び込む。

 接敵。

 続けざまに打ち込まれるのを、体を捻りながら浅く避けて、鞭のように振るった打撃を打ち込む。

 乱打、拳が飛ぶ、跳ぶ、撥ねる。

 龍宮と大豪院が、激しく踏み踊りながら、互いの手足を交差させる。

 殴りかかる大豪院の一撃を、肘などで捌きながら龍宮が舞い。

 龍宮の指弾を振り回す両腕が弾きながら、大豪院が荒々しく襲い掛かる。

 タイトルにするなら美女と野獣と言ったところだろうか。

 

「腕になんか着けてるのか?」

 

 金属音のような音を立て、指弾を叩き落す大豪院に対する山下の疑問。

 だが、違うと思う。

 

「劈掛掌(ひかしょう)か。あと弾いたのは多分硬気功だな」

 

 腕全体を上から切り上げる【劈】と下から打ち上げる【掛】の二動作から名前が付いていて、別名劈掛拳とも呼ばれる奴だ。

 腕全体を上下左右に、遠心力を使った風車のように動かして、畳み掛ける動きには特徴があるから分かる。

 

「硬気功? て、あれか。気合で体を固める奴」

 

「違うわ、馬鹿。んなもんできるほど、人間凄くねえ。あれは体中の水分比率を移動させているだけだ」

 

 山下の勘違いに、俺は訂正をした。

 人間の体は骨格を除けばほぼ水分で出来ている。

 それらの密度と質量を、遠心力や、一定の修練で集中させれば重たくもなるし、内部圧力で硬くもなる。

 外功も大豪院は納めていたはずだから、元々硬いはずだ。

 まるで金属みたいに両腕に水分を集めて硬くした、それだけだ。

 けれど、どれだけの功夫を積んだのだろうか。

 接近戦で凌ぎ合う二人。

 片方は手足を繰り出し攻め続け、もう一人は避けながら指弾を放ち続ける。

 

「っ、ボディアーマーでも着けているようだな!?」

 

 龍宮が舌を巻いて、大豪院の腹に指弾の乱射を叩き込んだ。

 

「ぐおっ!?」

 

 さすがにダメージがあったのか。唾を吐き出し、後ろに後ずさりながらも、旋回し、その手刀に伸ばした左腕を龍宮に繰り出す。

 遠心力を乗せた風を裂くような一撃に、龍宮がスウェーで躱す。

 だが、それが罠。

 左腕を引きつけて――床を踏み砕くほどの震脚と同時に大豪院の体が加速した。

 体がブレる、瞬いた瞬間には既に繰り出されていた。

 

「オォオ!!」

 

 それは――ただの崩拳。

 けれども、一途なまでに振り続けたたった一撃。

 風が突き破れられて、旋風が吹き荒れて、真っ直ぐに拳から体が伸びる。

 

 ――誰も居ない場所に。

 

「なにっ!?」

 

 俺は見ていた。

 

「……ダメージを受けすぎたな」

 

 一瞬だけ遅れて加速した大豪院の崩拳。

 それが龍宮を穿つよりも早く、彼女が体を捻り、"その向きとは逆サイドに跳ね飛んだ"のを。

 視線と体でのフェイント、腰まで誤魔化しておきながら、爪先だけで強引に動いたのだ。

 そして、逃げるだろう先に打ち込んだ打撃は空を切り、活歩のように滑りながら進んだ大豪院の後ろから龍宮が手を伸ばし。

 

 

「君の負けだ」

 

 

 首筋、腰、両膝後ろに、指弾がめり込んだ。

 大豪院はただ前のめりに倒れた。

 

「くそっ!」

 

「畜生!」

 

 俺たちの嘆きも意味が無く、ただ勝敗が決まった。

 

 

『決着! 龍宮選手、大豪院選手を下し、二回戦進出決定です!』

 

 

 大豪院が気絶しているのを確認し、朝倉は勝利のアナウンスをした。

 それが決着だった。

 

 

 

 

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