欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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そろそろ新作閑話をいれたい


七十四話:ありえない夢は幻想ですらない

 

 

 

 

 ありえない夢は幻想ですらない。

 

 

 

 眼が覚めれば白い天井が見えた。

 柔らかな感触、シーツの匂いがする。ベットの上だろうか。

 

「あー?」

 

 見覚えのない光景に、慌てて起き上がろうとして。

 ――激痛が走った。

 

「っぅ!?」

 

 思わず息を止めて、汗が噴出した。

 じりじりと焼けたように右半身が痛かったし、顎もガクガクする。

 右手を動かそうとして、気付いた。包帯で右腕が全部グルグル巻きにされていて、よく見れば脱がせられた脇腹にも包帯が巻かれている。

 

「ここは?」

 

 どういうことだ?

 と、意識を失う前の出来事を僕は思い出そうとして。

 それよりも早く、聞き覚えのある声が掛けられた。

 

「あ、短崎先輩。起きたんか?」

 

「え? 近衛さん?」

 

 声に目を向ければ、そこには白いトンガリ帽子に上下の白い長袖とスカートの仮装のような衣装をした近衛さんが椅子に座っていた。

 手には小さな杖を持って、何故かこちらを見下ろしている。

 

「あれ? なんでここに……っていうか、ここは?」

 

「ここは救護室やで」

 

「救護室? ――って、試合は!?」

 

 近衛さんの言葉に、僕はようやく思い出した。

 そうだ。確か高音さんに殴り飛ばされて、気絶したのだ。

 勝敗はどっちになったんだ? それに今の状態は。

 

「試合なら短崎先輩の勝ちや。それと今試合は第五試合でネギ先生とタカミチ先生の試合やと思う」

 

 だから、まだ休んでても平気や。

 そう穏やかに近衛さんは教えてくれて、僕は安堵のため息を吐き出した。

 どうやら寝過ごして棄権試合にはならなかったらしい。

 

「あ、そや。せっちゃんも心配して来てくれたんよ」

 

「……桜咲が?」

 

「そうそう。今ジュース買いに出てるけど、すぐに戻ってくるはずや」

 

 そうなんだ、と僕は頷きつつ。

 

(あれ?)

 

 ようやく頭が動き始めたのか、疑問が浮かんだ。

 

「何で近衛さんがここに? それに救護の人は?」

 

 ただの観客にも関わらず、ここに居る近衛さん。

 それに桜咲までいるという現状に疑問を憶えた。

 けれど、僕の疑問に。

 

「救護の先生やったら、今別の部屋で大豪院先輩を診てる。それとウチたちが心配してきたら、あかんの?」

 

 少しだけ怒ったように近衛さんは眉を上げて言う。

 そう言われたら、僕に反論なんて出来るわけがない。

 誰かの善意、純粋なそれを真っ向から否定するような恥知らずじゃなかったから。

 疑問は残っているけれど。

 

「っ」

 

 それはおもむろに近衛さんに掴まれた右腕の痛みに、掻き消された。

 軽く痛み、思わず舌打ちをする。

 

「あ、ごめんな。優しくしたつもりやったんやけど……プラクテ・ビギ・ナル、トゥイ・グラーティアー、ヨウイス・グラーティア、シット――"クーラ"」

 

 近衛さんが謝りながら、手に持った小さな杖をゆっくりと振った。

 淡い光が灯って、それと同時にむず痒い熱と掻き消されたように痛みが消えた。

 

「――今のは?」

 

 信じられない現象が目の前で起きている。

 いい加減耐性が付いたと思っていたけれど、まだまだ甘かったようで。

 僕は思わず息を飲んでいた。

 

「ウチが憶えてる回復魔法や」

 

 近衛さんが答える。

 当たり前のように、非常理を告げていた。

 それに、当たり前だが彼女もそちら側の立ち位置に居るのだと今更のように実感する。

 

「まだへっぽこやから、切り傷ぐらいしか治せへんけどなぁ……」

 

 ごめんなぁ、と謝る彼女に僕は横に首を振って。

 

「いや、いいよ。気持ちだけで十分だから」

 

 少しでも傷が塞がるのはありがたい。

 それは幾ら感謝してもし切れないことだから。

 けれど。

 

「でも、これ以上治してもらったら卑怯になっちゃうから。これでいいよ」

 

 まだ大会は続いている。

 次の試合があるのだ。負った怪我は自分の所為だ。

 それをすぐに、それも真っ当じゃない方法で治したら恥ずべき行為だと思った。

 誰もが背負っているリスクを、一方的に軽くするのは良くない。

 僕は体を起こして、未だに内部ではダメージを溜め込んでいる右手を握り締める。

 汗が噴き出す、頭痛にも似た痛みがガンガンと頭を焼いていた。

 

「くっ」

 

「無茶しちゃあかんよ! もう少し休んでてや!」

 

 たった一動作だけで汗まみれになる弱さに泣きたくなる。

 近衛さんの言葉を聞きながらも、僕は痩せ我慢をして、必死に息を吸い込んだ。

 肺を膨らませて、ゆっくりと吐き出す。ゆるゆると。

 熱い息が唇を焦がして、舌から血の味がした。

 肺が錆びてしまったような違和感だらけだった。

 そして、僕はおもむろに試そうと思ったことをやろうとして。

 

「――やっぱり駄目か」

 

「え?」

 

「左手、動いたと思ったんだけどなぁ」

 

 ピクリとも動かない左手を見ながら、僕は嘆息する。

 高音さんへの一撃。一刀両段を繰り出した時、感覚が無かったから自覚出来なかったが確かに左手が動いたのだ。

 ただ手が乗っていただけで、動かしたのは右手そのものだったけれど、その重量が確かに助けになった。

 今まで動いたのは三度だけ。

 先生に寸止めされた時と、予選で押し倒した時と、先ほどの一刀両段。

 

(動いた理由――身体が覚えていたことをなぞった?)

 

 エイリアンハンドシンドロームという症例がある。

 自分の意識とは違う行動を、乗っ取られたように手が勝手に動作すると言う症例。

 怪我や病気による神経への伝達信号が狂い、起こる現象だと言われているけれど、勝手に動くという意味では同じようなものだった。

 頼れるのか、頼れないのか、全く分からない。

 前進もしてないければ、後退もしてない。そんなあやふやさ。

 泣けてくる。

 

「……大丈夫なんか?」

 

「いや、まあ平気だよ」

 

 近衛さんの言葉に、僕は気を取り直して首を横に振った。

 ――それだけで多少痛かったけれど、我慢する。

 と、その時気が付いた。

 

「そういえば、僕の上着とかどこかな?」

 

 脚の方はシーツ越しだが、包帯が巻かれているのと、袴を履いているのが感覚で分かる。

 けれど、上はシャツも脱がされて、包帯でグルグル巻きの半裸状態。一回戦にして既に僕の一張羅が台無しだった。

 それに女子に見せるような格好じゃない。

 

「えーと、羽織りの方ならグッドマンさんが返しに来たで。其処においてあるわ」

 

 そういって木乃香さんがベットの横に畳んであったぼろぼろの羽織を渡してくれた。

 まあ無いよりはマシだろうと、受け取り、出る際に羽織るかと覚悟を決める。

 

「なぁ、短崎先輩」

 

「なに?」

 

 近衛さんが椅子に腰掛けて、こちらに目を向けながら真剣な顔で口を開いた。

 

「なんでそこまで頑張るん? せっちゃんと約束してるのは知ってるけど、そんなに大怪我してまでやることやないと思う」

 

 眼が潤んでいた。

 言葉に思いが篭っている気がして、心配されているのだと思う。

 だけど、それは――単純な疑念だろう。

 "ともすれば勘違いしそうな、恋愛感情なんかじゃない"。

 

「意地、かな」

 

「意地?」

 

「負けられない戦いってのは大抵意地なんだよ。下らないかもしれないけれどね、やり遂げないと一生納得出来ない」

 

 だから戦う。

 だから頑張る。

 だから足掻く。

 醜い理由だ。一つも綺麗なんかじゃない。

 だけど、それ以外理由が思い当たらないから困る。

 僕はそう思って苦笑し。

 

「そうだ。よければ、一つ教えてくれないかな?」

 

「なに?」

 

 僕は目を向ける。

 ずっとずっと思っていた疑問。

 勘違いかもしれない感情、勘違いしてしまいそうな感情。

 自惚れることすらも恐ろしいそれをはっきりさせるために僕は尋ねた。

 

「どうして其処まで僕に構ってくれるの? 僕と君はそこまで仲が良いわけじゃないのに」

 

 

 

 

 

 僕の質問に、近衛さんはしばし目を丸くしていた。

 そして、ゆっくりと目をパチパチすると、困ったように顔を伏せて、帽子のつばに指を掛ける。

 

「んー……そんなこと聞かれるとは夢にも思わなかったわぁ」

 

「悪いとは思ったけどね。無条件で優しくされるほど、僕モテる男じゃないし……そこまで軽い子には見えなかったから、近衛さんは」

 

 顔を隠す彼女に、僕は重たく息を吐き出した。

 正直納得がいかないのだ。

 高々数日の付き合いで、ここまで心配してもらえるほど仲良くなれるわけがない。

 優しい性格なら付き添ってくれるかもしれないけれど、所詮僕程度に、自分の担任であるネギ先生との試合を捨ててまで来るわけがない。

 友愛とはそんなもんだ。

 偶々意気投合しても、長い付き合いでもしなければ相手を心配出来るわけがない。僕だって長渡と仲良くなるまで何度も喧嘩をしたり、表面上の付き合いだけだった時期があるのだ。

 ならば、僕に惚れている?

 そんなわけがない。

 そんなに愛は軽くない。

 一目惚れという言葉も概念もあるけれど、たった数日で、そこまで傾倒するほどの感情を抱けるものか。

 人に恋するってのは安くないのだ。

 なんか意図があるのだろうと気付いていた。

 

「あはは、それって褒めてるんかな?」

 

 近衛さんが呟く。

 僕は頷いて。

 

「褒めてるよ。近衛さんはいい子だしね」

 

 だからこそ、理由が知りたかったのだ。

 丁度二人きりだし、僕は尋ねた。

 ――この子とは、ただの意図や作戦とか、そういうこと抜きで付き合いたいから。

 

「ああもぅ、やっぱりウチはこういうの向いてないんかなぁ」

 

 近衛さんは帽子で顔を隠したまま、苦笑していた。

 羞恥だろうか、頬を赤く染めながら軽く深呼吸し、彼女は言った。

 

「短崎先輩、せっちゃんのことどう思ってるん?」

 

「……ただの後輩かな」

 

 僕は少しだけ言葉を選んだ。

 

「本当に?」

 

 帽子から手を離し、こちらを見る彼女の目は真剣だった。

 嘘は許さないとばかりに強い目線。

 物理的な圧力すらも感じられそうな眼光に、僕は息を整えて。

 

「友人……だと僕は思ってるよ」

 

 仲の良い他人を、ある程度の信頼を置ける人を形容するなら友人だろう。

 

「じゃあ、異性としてはどう思ってるんや?」

 

「異性って……」

 

 詰め寄るような言葉、近衛さんが思わず腰を浮かばせて、顔を近づけながら訊ねてくる。

 それに僕は考えた。

 

(桜咲をどう思っているか?)

 

 桜咲に抱く感情、剣を交えたいという欲求、許せない逆恨みにも近い怒り、憧れる様な羨望、それらを入り混ぜながらも。

 ――"愛は抱けない"。

 まだ一度として、僕は……【性的欲求】を彼女に感じたことは無かったから。

 

「分からないな」

 

 僕は首を横に振る。

 なんとも思ってない、そういうのは簡単だった。

 焦がれるような情愛の衝動もなく、惹かれる女性を見れば当然のように感じるグロテスクな肉欲も抱いたこともないし、ただあるとしたら憧れだった。

 凛とした佇まい。

 風のような速さ。

 かつて抱いた感想……"鳥のような彼女"、それへの憧れがある。

 力だけではない、ただの形に、羨望にも似た感情を向けるぐらいしかない。

 それだけで恋ではないと断定するほど経験があるわけでもないし、恋していると思えるほど熱しているわけでもなかった。

 

「少なくとも、君が考えているような感情は抱いてないと思う」

 

 フルフルと首を横に振り、僕はそれだけは否定する。

 近衛さんは少しだけ考えるように腕を組んで。

 

「そかー、でも、可能性がないわけやないんやろ?」

 

「……未来は分からないからね」

 

 少なくとも桜咲は嫌いじゃない。

 それだけは確かだ。

 

「じゃあ、誤魔化せないだろうから言うわ」

 

 本人に告げるのはどうかと思うんやけど。

 と、近衛さんは困ったようにため息を吐き出して。

 

「ウチは、せっちゃんの応援をしたかったんや」

 

 渋々とばかりに吐き出される言葉。

 まあそんなところだろうとどこか納得していた。

 親友との架け橋、それのために頑張っていた。それが彼女の優しさだったのだろう。

 

「短崎先輩、エエ人やし」

 

 せっちゃんだって多分惹かれとると思う、と近衛さんは告げた。

 

「そうかな……?」

 

 僕は否定する。

 ……つくづく張本人が言う言葉じゃないと思うが、僕は否定しないといけない。

 桜咲本人の感情は知らない。

 けれど、多分そこまで言ってない。

 多分きっとそうだと思う。そう信じたいと思ってさえいる。

 僕はエスパーじゃない。他人の心が読めるような奴でも居ない限り、人の心なんて本当の意味で分かるわけがない。

 だから。

 

「まあ、いいや」

 

 僕はため息を吐き出す。

 理由は理解できた。

 だけど、少しばかりショックだった。

 

「だから、優しかったわけだね」

 

 看護してくれたのも、声をかけてくれたのも、それぐらいだろう。

 あとはただのお節介かな。

 少しばかり疲労で重くなった目を閉じかけながら、ぼやいて。

 

「……んー、別にそれだけじゃなかったんやけど」

 

 少しばかり心外だと言うように、近衛さんが呟いた。

 

「え?」

 

 予想外の言葉。

 僕は思わず目を開けて、彼女を見ると。

 

「ウチも嫌いやないで、先輩のこと」

 

 そう薄く笑って、ただの友達のためではなかったと肯定してくれた。

 計算だけではない。

 そう告げる彼女が、少しだけ可愛くて。

 

 

 

「――仲ええですなー」

 

 

 背後から聞こえた声があった。

 

「え?」

 

「っ!?」

 

 予想だにしない声だったのに、僕は悲鳴を上げる身体も気にせずに振り向き、構えていた。

 そして。

 そこには――

 

 

「お久しぶりです~、お嬢様と太刀使いさん♪」

 

 

 ただ自然に佇み。

 ただ柔らかく微笑み。

 真っ白な髪を靡かせて、空気を孕んだ純白のゴシックドレスを凛々しく着こなした。

 

 月詠がいた。

 

 

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