欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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七十五話:手は抜かないってことか

 

 

 手は抜かないってことか。

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、ケリはついていた。

 

「あー」

 

 としか言いようがない決着だった。

 だって呆れるほどに短い試合だったから。

 

 

 

 担架で運ばれた大豪院、そして勝ち抜いた龍宮は平然とした顔で出て行った。

 龍宮の羅漢銭でまたもやぶっ壊れた舞台の床板は、慣れた手つきでスタッフに張替えられ。

 始まった試合。

 

『第四試合! 謎のクウネル・サンダース選手 対 佐倉愛衣選手! ファイト――』

 

 という掛け声と同時に舞台に立つクウネルの姿が消えた。

 そして、次の瞬間――"ドロップキック"を繰り出していた。

 

「へ?」

 

 掻き消えるように駆け出し、次に瞬きした瞬間には両足を突き出したクウネルが佐倉の目の前に居た。

 構える暇もなく、咄嗟に上げた両腕でカバーしながらも、直撃。

 

「あ~!?」

 

 という悲鳴と放物線を描きながら、ボチャンと水掘に落下した。

 水柱が噴き上がり、少女が水の中に沈み込む。

 

『り、リングアウトー! カウントを開始します!』

 

 朝倉のアナウンスが響き渡る。

 フードを被ったクウネルはすたっと当然のように着地し、腕を組んでいた。

 

「これは、決まったのか?」

 

「いや、さすがにあれならまだやれるやろ」

 

 俺の疑問に、小太郎が引き攣った顔で呟くが。

 

「……あ、駄目ですわ」

 

 頭痛を堪えるようにこめかみに指を当てて、上下赤ジャージ姿で座る高音がぼやいた。

 つい先ほど更衣室から戻ってきたらしく、周囲の視線を我慢しながらも選手席に戻ってきたのだ。

 

「というと?」

 

「愛衣は……泳げないんです」

 

『ハ???』

 

 その時だった。

 ぷはぁっと顔を出す佐倉が必死に叫んでいた。

 

「あうあう! た、たすけてー! およげないんですー!」

 

 バチャバチャと手足をばたつかせながら、水掘の中で溺れる少女がいた。

 

『と、ここで10カウントです! クウネル選手の勝利です!! ていうか、ちょっとやばくない?』

 

「う~ん」

 

 朝倉とクウネルが困ったように首を傾げて佐倉を見下ろしている。

 いや、放置不味くね?

 と思った瞬間だった。

 

 ――パチンッとクウネルが指を鳴らすと同時に水柱が上がった。

 

『あ』

 

 俺たちが見たのは何故か水中から放物線を描いて舞い上がった佐倉の姿で。

 

「ひゃぁああああ!?」

 

 ばたばたと手をばたつかせながら、落下したところをガシッとお姫様抱っこでクウネルにキャッチされる姿だった。

 

「は、はぃい?」

 

 パチパチと目を瞬きさせて、見上げる佐倉の目には動揺しか浮かんでいなかった。

 

『おおっと、クウネル選手の手? により、佐倉選手が救出されました! しかし、如何なる方法でやったんですか?!』

 

 それにクウネルは人差し指を唇に当てて。

 

「ハンドパワーです」

 

 と笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「――下らん勝負だったな」

 

 そう呟くのはエヴァンジェリンの奴だった。

 退屈そうに鉄扇で顔を仰ぎ、欠伸をしている。

 まあ正直あっという間だったから何もならんが。

 

「……ちょっと頭が痛いですわ」

 

 やれやれとこめかみに指を当てて、高音が呟く。

 

「あぅぅ、ごめんなさい。お姉様」

 

 しょぼんとずぶ濡れ状態で戻ってきた佐倉が、高音に謝る。

 肝心の勝者であるクウネルは舞台から降りると同時にまたどこかに移動していった。

 その頭に手を当てて、高音が苦笑したように微笑む。

 

「まあ、しょうがないですわね。頑張ったほうよ、愛衣」

 

「お、お姉様~!」

 

 感極まったように抱きつく佐倉に、よしよしと頭を撫でる高音。

 なんていうか、そういう嗜好なのか? と一瞬疑ったが。

 

「しかし……圧倒的な実力差でござったな」

 

「ん?」

 

 糸目の長瀬がボソリと呟いた。

 

「完全に虚を付く初撃で、的確な瞬動でござる」

 

「瞬動?」

 

「あの掻き消えるような移動術や。前、教えたやろ」

 

 楓の言葉に、小太郎が補足する。

 それで俺は頷いて。

 

「あーあれか、俺たちが川にぶっ飛んだの」

 

「人間ロケットか」

 

 山下が遠い目をして、俺は頷いた。

 以前、俺たちが一緒に小太郎と組み手とかしていた時に、山下たちに小太郎が瞬動と言う奴の原理を教えてくれたのだが。

 ――全員吹っ飛んだ。

 川原に向かって、凄い勢いでロケットのように吹っ飛んで『アーッ!』という叫び声と共に川の中に落水。中村なんかは何度か川の表面で跳ねて、水切り状態になっていた。

 しばらく諦めきれずに何度も吹っ飛んでは川の中に飛び込んでいるのを、縁がない俺は横で見ながら爆笑していたのだが。

 丸一日やって、ゲホゲホと飲んだ川の水を吐き出し、ずぶ濡れ状態でガタガタ震えながら「無理! 憶えられん!!」「これぐらいなら縮地法とか、使った方が楽だ!」「箭疾歩とかでいいだろ!」「ていうか、俺は使う必要もねえんじゃね!?」と断念していた気がする。

 

「に、人間ロケット?」

 

 遠い目をして語る俺たちに、神楽坂が引き攣った顔をしていた。

 

「あれ……痛いんですよね」

 

 ネギ少年は何故か心当たりがあるのか、ガクガクと震えていた。

 

「……自転車と同じやで。失敗して人は憶えるんや」

 

「おい、小太郎。遠い目してるんじゃねえよ」

 

 明後日の方角を見ながら、悟ったように呟く小太郎にチョップを入れておく。

 あいたっ! と大げさにぼやく小太郎に、俺は苦笑して。

 

 

『それではついに第五試合! 参加選手二名、舞台に上がってください!』

 

 

 朝倉のアナウンスが響き渡った。

 

「あ」

 

 ネギ少年が顔を上げた。

 その目は――高畑先生に向けられている。

 先ほどまでずっと言葉も無く、こちらを眺めていたが。

 

「どうやら、僕たちの出番のようだね」

 

 ゆっくりとそう告げる。

 次はネギ少年と高畑先生の試合だった。

 高畑先生は咥えていた煙草を外し、紫煙をゆっくりと吐き出しながら胸ポケットから取り出した携帯灰皿に吸殻を放り込んだ。

 

「あ、あの。高畑先生……」

 

 神楽坂が腰を上げて、話し掛けるが。

 

「――タカミチ、遊ぶなよ?」

 

「ああ、分かってるよ。エヴァ」

 

 エヴァンジェリンが告げた言葉が割り込み、高畑先生はそちらに目を向けて頷いた。

 中断された形で神楽坂がパクパクと口を開いていると、ゆっくりと高畑先生が目を向けて。

 

「アスナ君」

 

「は、ひゃい!?」

 

 噛んだ。

 掛けられた声に、慌てて噛んだ。どう見ても噛みました。

 

「~~~~っ!!」

 

 自分でも分かったのだろう、ヤカンのように真っ赤になって神楽坂が両手を握り締めて。

 

「君のパートナーだろう? 彼を応援してあげるといい」

 

「え?」

 

 そう告げて、高畑先生は舞台へと足を向けた。

 その背中は、少し寂しそうだと思った。

 事情は分からんから口は挟めないが、それだけは悟れるし。

 

「じゃ、じゃあ、行ってくるね」

 

 立ち上がったネギ少年がガチガチに固まっているのも分かった。

 そんな彼にバシバシと小太郎が肩を叩いて。

 

「ネギ、頑張れや。次は俺と勝負やからな!」

 

 ネギ少年と小太郎が互いに勝ちあがればぶつかる。

 二回戦でぶつかることは組み合わせだから、必死なのだろう。

 

「う、うん!」

 

 と、その時だった。

 小太郎が何かネギに耳打ちをしていた。

 

「――だけは守れや」

 

「へ? そ、それでいいの?」

 

「最低限の、ま、アドバイスや。サービスやで」

 

 と、肩を叩いて小太郎が離れる。

 それに続いて、言葉が重なった。

 

「存分に実力を試すでござる。試合の流れを掴むのが重要でござるよ、ネギ坊主」

 

「しっかりと相手を見るアル! まずはそれからネ!」

 

「――地力差は明らかだ。やるなら全力を使い切れ、負けても得る物はあるからな」

 

 長瀬、古菲、エヴァンジェリンの言葉。

 三人の言葉に緊張しながらも必死に頷いて。

 

「あ、あの」

 

 不意に目線が重なった。

 眼が合って、俺はしょうがなく口を開いて。

 

「――諦めるな」

 

「え?」

 

「俺が高畑とやるならそれだけを考える。八極拳、習ってんだろ?」

 

 古菲に、と訊ねるとネギ少年は頷いて。

 

「なら殴れ。八極拳は、攻撃力だけなら最強だ」

 

 それは一種の信念だ。

 たった一撃、信念と願いを篭めて叩き込めば必ず通じる、打ち倒せる。

 習った年月が短い。

 身体が出来ていない。

 そんなのは戦うときには言い訳だ。

 いつか戦う明日のために必死になる。

 それが出来れば、きっと悔いは無い。

 

「それが、多分一番悔いがねえよ」

 

 勝てるとは言わない。

 負けるとも言わない。

 俺はネギ少年の強さを知らない。

 だから決め付けない。

 我ながら中途半端なアドバイスだったが。

 

「……ありがとうございます」

 

 ネギ少年は頷いた。

 

「頑張りなよ、受身を取れればかなり違う。避けられなければ、受け方を工夫するんだ」

 

 山下も同じようにアドバイスをする。

 地味だが、確かに忘れやすいな。

 

「はいっ!」

 

 力強く頷いて、息を吐き出しながら背を向ける。

 舞台へと足を向けて。

 

「ネギ!」

 

「はい?」

 

 ピタリと足を止めて、振り向く。

 俺らが目を向けた先では神楽坂が必死に悩んだ顔をしながらも。

 

「あのね……その……頑張りなさいよ!」

 

 そういって親指を立てて、ネギ少年も苦笑しながら親指を上げて。

 

「ハイッ!」

 

 しっかりと頷き、駆け出した。

 

 

 

 

『さあ、一方は学園の不良に名を知らぬものはいない恐怖の学園広域指導員! 高畑・T・タカミチ!! 一方は昨年度麻帆中に赴任してきました噂の子供先生! ネギ・スプリングフィールド!』

 

 舞台に歩き出す二人に告げられる朝倉のアナウンス。

 

『たった一人で学園内の幾多の抗争、馬鹿騒ぎを鎮圧し、ついた仇名が【死の眼鏡(デスメガネ)・高畑】! まさに最強の学園広域指導員と言えるでしょう!』

 

 高畑先生の説明に、俺は頷いて。

 

「高畑は強いよなぁ」

 

「? 知ってるアル?」

 

 古菲の質問に、俺はちょっとだけ嫌な感覚を感じながら言う。

 思い出したくない記憶なんだが。

 

「一年の時な、一度ぶっ飛ばされたことがあるんだよ」

 

 激しく痛い記憶だが、しっかりと脳裏に焼きついている。

 

「なにやったアルカ?」

 

 古菲が驚いた顔をする。

 まあ今は品行方正で、めっさ真面目な俺だけどな。

 

「あー、一年の時お前ガラ悪かったよな」

 

 山下がポンと手を打つ。

 まあこいつは知ってるか。

 

「……あの頃は若かったんだよ。今も若いけどな」

 

 思い出す。

 進学して麻帆良に来たばかりだった時だったか。

 始めての寮生活で、同室になった短崎ともまああまり仲が良くなくて、ついでにいえば荒っぽい性格だったから。

 売られたチンピラとの喧嘩もすぐに買って、殴り倒していた時期があったのだ。

 腕っ節には自信があったから、鉄パイプとか出されても大体負けないで勝っていた。

 ……まあ、そんな感じで半年ぐらい一年時代を過ごしたのだが。

 古菲とかにぶっ飛ばされたりとかして、チンピラに顔を憶えられてよく絡まれていた時期に。

 

「路地裏で喧嘩してたら、まとめてぶっ飛ばされたんだよなぁ」

 

 あの時の事を思い出す。

 五人ぐらいの相手を殴り倒し、出されたナイフで浅く切られた怪我に愚痴づいていたら。

 何故か笑顔で現れた高畑先生に「君たち学生だね? そういう行為は見逃せないんだ」 とかいって、「は?」って思っている間に吹っ飛ばされた。

 腹と顎に痛みが走って、一撃も防げずに失神して。

 気が付いたら説教部屋で、生活指導の先生に叱られて、反省文を書かされた。

 ついでに怪我が痛かったから二、三日休んでから、学校とか行ってたら俺に絡んでいたチンピラ共とかも大体高畑に殲滅されていたのだ。

 おかげでしばらく平和に過ごせたのだが……未だに何が起こったのか、よく分からん。

 

『さあ子供先生は如何に戦うのか!? トトカルチョは圧倒的に死の眼鏡・高畑の圧倒的人気!! 確かにこの対戦、結果は火を見るよりも明らかですが』

 

『いえ、外見で判断してはいけません。ネギ君はかなりの使い手です』

 

 高畑の圧倒的優位を告げる朝倉の声に、解説席の豪徳寺が否定する。

 

『あ、あの解説の豪徳寺さん。ネギせんせ……いえ、ネギ選手に勝算はあるのでしょうか?』

 

 茶々丸の訊ねるような言葉に、解説席の豪徳寺は頷き。

 

『そうですね。常識的に考えれば、身長、経験、あらゆる面でネギ選手は高畑選手に劣っているでしょう』

 

 ですが、と前置をして。

 

『勝負の世界に絶対は存在しません。一歩足をすくわれれば、誰でも負けるし、誰でも勝利する。高畑選手との序盤、それに押し負けなければ十二分に勝機は見出せるはずです』

 

『なるほど。では、序盤が勝負の鍵だと?』

 

『ええ。昨夜高畑選手の予選において、近くの選手が片っ端から倒れていくというナゾの技を使っていました。このカラクリが解ければ、戦うことも可能なはずです』

 

 謎の技?

 俺が首を捻るが、舞台の上の二人はすっかりと闘志を高めて佇んでいた。

 朝倉が二人の様子を見て、頷くと。

 

『それではみなさまお待たせしました! 第五試合~』

 

 手を掲げて、笑みと共に振り下ろす。

 

 

『Fight!』

 

 

 開始の言葉が響き渡る。

 そして、繰り広げられたのは轟音と爆風の乱舞だった。

 

 

 

 

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