欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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七十七話:殴りあうということは

 

 殴りあうということは。

 

 

 感覚がそろそろ麻痺しそうだ。

 

「おいおい」

 

 呆れるしかない。

 ――加速、試合が始まった瞬間、ネギ少年は其処から消失していた。

 両手を組み合わせ、顔を庇って、同時に掻き消えるように跳び出した。

 瞬きをすれば打撃音が鳴り響き、高畑先生の後ろにまで踏み込んでいた。

 

「瞬動やっ!」

 

 小太郎が叫ぶ。

 粉塵を撒き散らしながらネギ少年がドリフトのように振り返り、高畑先生の背後を取った。

 流れる、動き。

 高畑先生が手を引き抜く、ポケットから。

 ネギ少年が転がる、跳ね上がるように腕を付いて、全身を回転させる。

 

「あれは、金剛八式か!?」

 

「伏虎ネ!」

 

 思いっきり跳ね上げた身体から、体重を乗せきるように掌打が構えた高畑先生の腕に激突した。

 上から下へと叩きつける掌打、それを伏虎という。

 逆に下から上へと跳ね上げる場合は降龍。

 

「ほぅっ」

 

 高畑先生が笑う。

 ネギ少年が着地し、流れるように逆の拳を突き出す。

 捌く高畑先生が掴んで手を跳ね上げて、もう片方の手を弾こうとし――フェイント。

 繰り出す途中から、その全身が下へとしゃがみ込んだ。

 

「騙しか」

 

「入るアル!」

 

 震脚。

 破砕するような轟音を響かせて、ネギ少年の肘が真っ直ぐに突き出される。

 ――左右硬開門。

 高畑先生の身体が後ろに吹っ飛び、五メートル以上の距離を滑った。

 六肘頭の型だ、ってうおい!?

 

「六肘頭まで仕込んだのか、古菲!?」

 

「うーむ、一応一通りの套路は教えているアルガ……あそこまで功夫を積んでいるとは思わなかったアルネ」

 

「どう見ても先に進ませすぎだろ」

 

 明らかに技を教え過ぎな古菲にぼやくと。

 

「って、和んでる暇ないで! ネギの奴!」

 

「あ?」

 

 目を向けた瞬間、ネギ少年が掌を前に突き出していた。

 ――迸る閃光と共に。

 紫電が迸り、高畑先生が打ち出した右手がそれを下に叩き弾く。

 

「あれは?」

 

 大気が焦げるような音と、ありえないものが放たれる光景に、俺の常識は麻痺したのだろうか。

 平然と疑問を発している。

 

「サギタ・マギタや」

 

「――サギタ・マギカですわ」

 

 小太郎の言葉に、高音嬢が訂正した。

 サギタ・マギカ? と俺が首を傾げると、赤いジャージ姿でありながらはっきりと分かる巨乳を揺らして。

 

「しかも、私の使っていた捕縛用の風とは違い。光属性ですわ」

 

「種類があるのか?」

 

 光って、RPGかよ。

 と、愚痴りたくなるが、高音嬢は真面目な表情で頷き。

 

「ええ。魔法の射手自体は初級で覚える基本的な攻性魔法ですけど、術者が契約している精霊の属性に応じて何種類か使い分けられますわ」

 

「例えばお姉様なら、さっきの試合で使っていた風の矢ですし、私なら火の矢を撃てます」

 

 高音の説明に、その横で濡れた制服の上着を絞っていた佐倉が口を挟んだ。

 

「風属性に、しかも光まで撃てるとなると、多分雷まで出来ますわね……末恐ろしい少年ですわ」

 

「光は破壊、風は捕縛か切断、雷は電気ですから感電しますし。いいバランスです」

 

「……頭痛くなってきた」

 

 二人の言っている意味は大体分かるし、推測も付くのだが。

 んな現実あっていいのか? という気分になる。

 

「しかし、攻めとるなぁ。ネギの奴」

 

 その厭世的な気分を拭い去ったのは小太郎の声だった。

 解説から目を離し、試合を見直すと――其処にはネギ少年が続けざまに拳を、蹴りを叩き込む姿。

 放たれるジャブを手の平で弾き、その勢いを利用してもぐりこみ、浅く裂くように打撃が高畑先生の身体から音を発する。

 

『おおっと子供先生の猛攻に、デスメガネが押されてる!?』

 

「化勁も出来てねえのによく防げるな。あの打撃」

 

 ネギ少年の動きを見るが、叩き込まれる高畑先生の打撃を単純に躱すか、腕で防ぎ、無理なのは弾くという動きでいなしている。

 一撃一撃に、高畑先生は腰を廻し、足を踏み出し、しっかりと重く叩き込んでいるはずだが、それでも防げているのに首を捻る。

 

「障壁ですわ」

 

「は?」

 

「かなり強固な障壁を展開で、衝撃を軽減してますわね」

 

「……よく見れば、なんかネギ君の前で一瞬スピードが落ちてるか?」

 

 高音嬢の言葉に、山下が目を細めて呟く。

 ここまでの距離からしてそんなのが判断付くわけがないのだが、どんな視力してやがんだ?

 

「幾らネギ坊主の上達が早いといっても、この期間だと攻める用の套路を教えるのがやっとアル。攻めるのは易し、守るは難しい。化勁などの高級技法はまだネギ坊主には無理だから」

 

「障壁で軽減、あとは剥がれる前に叩きのめす。それが唯一の正解法だな」

 

 古菲の解説に、エヴァンジェリンがどこかつまらなさそうに頬を膨らませて答える。

 つまりまともな防御は切り捨てて、バリア張ってダメージ軽減。

 あとはひたすら専念していた攻撃主体の技だけで戦う、てことか。

 まあ理屈は分かるし、効率もいいが。

 

「……」

 

 それだけでここまでいけるだろうか?

 

「納得がいかない、という顔だな」

 

「あ?」

 

 エヴァンジェリンが声を掛けてくる。

 試合の中、必死に攻防を繰り広げるネギ少年と高畑先生を見ながら、歌う様に。

 

「――つまるところ、全ては嵌っただけだ」

 

「?」

 

 エヴァンジェリンの言葉に、目を向ける。

 彼女は鉄扇を指先で廻すと、組んだ足を揺らして、笑った。

 

「本来憶えていなかった瞬動の成功、そこの犬っころがご親切にも教えたタカミチの技の対策「誰が犬っころや!」、予想以上に様になった中国拳法「努力するものは報われるアル!」 ……黙れ、貴様ら縊り殺すぞ」

 

 ギンッと眼光鋭く、古菲と小太郎を睨み付けるエヴァンジェリン。

 

『ヒィイ!』

 

 殺意すら感じられるそれに、二人がザザッと距離を離した。

 

「ケケケ、マスターノ口上邪魔スルトカ命知ラズニモホドガアルゼ」

 

 ケタケタとどこぞの殺人人形みたいに不気味な人形が罅割れた声を響かせる。

 なんていうカオス。

 関わりたくねえなぁ。

 

「で、話を戻すが。そして、ぼーやは身体の小ささもあるが、上手く流れを掴み、実力差を誤魔化せる接近戦で押し込んでいる」

 

 肯定。

 先ほどからネギ少年が高畑先生の打撃を防ぎ、拳をめり込ませ――その背から紫電を迸らせた。

 

 

「そして、最大の原因は――"という形に、タカミチが導いている事実"」

 

 

『なに?』

 

 空気が震えた。

 俺たちの疑問の言葉が、轟音で吹き飛ばされた。

 目を向ける――其処には震脚で舞台を叩き割り、今までとは比べ物にならない紫電を撒き散らして腕を振り抜いたネギ少年の姿。

 足を踏み込み、腰から打ち出すような形、崩拳のポーズ。

 高畑先生は殴り飛ばされたのか、大きく吹き飛び――粉塵と水飛沫で見えないが。

 

『おおっと高畑選手ぶっ飛んだぁ!! これは湖中に沈んだか!? 水煙で判断が付きま――』

 

「阿呆が」

 

「違います!!」

 

 朝倉のアナウンスに、エヴァンジェリンがぼやき、ネギ少年自身が叫んで否定した。

 

『ハ?』

 

 朝倉が呆然とした顔つきで目を向ける。

 水煙が晴れた先――そこには笑って笑顔を浮かべる"無傷の高畑先生"の姿。

 両手を外に出し、スタスタと"水の上を歩いている。"

 

「あ、えーと。右足が沈む前に、左足を出して、左足が沈む前に右足を出して……」

 

「んな達人なら十五メートルはいけるような理屈言ってどうする!?」

 

 山下がこめかみに指を当てておかしな理屈を言い出したのか、俺はバシバシとその顔を打って正気に戻した。

 

「気の反発やな。かなりの高等技術のはずやけど、平然とやってるなんて」

 

「気ならなんでも許されるわけじゃねえぞ!? どこの摩訶不思議忍法大戦!?」

 

 小太郎の呟きに、俺は叫んだ。

 おかしい、どう考えてもおかしい。

 物理法則とかどこいった!?

 

「ニンニン♪」

 

「楓は黙ってるアル」

 

 糸目の楓とかいう女性が楽しげに呟いていたが、古菲がジト目で注意した。

 その時だった。

 高畑が水面から跳躍し、舞台の上に舞い戻ってきたのは。

 

「っ!」

 

 着地する寸前、ネギ少年が掻き消えるように飛び出し――

 

「おそいよ」

 

 次の瞬間、ネギ少年が"上空"を舞っていた。

 

「あ?」

 

 高畑先生はただ右手を振り上げていた。

 同時に捻るように背後を向いて、ポケットに手を突っ込み――空気が震えた。

 水飛沫が放射状に弾け飛ぶ。

 耳を劈くほどの打撃音が轟き響いて、ネギ少年が空中で何度も殴られたように錐揉みする。

 舞台に墜落。

 

「くつ」

 

 呻きながらもがくネギ少年に近づいて、高畑先生は告げた。

 

「うん、実にいい成長をしているよ。ネギくん」

 

 少し歪んだ眼鏡を外し、素顔のままでつるを直しながら彼は歩み寄り、伝える。

 

「――無詠唱の修得、そして見事な中国拳法の修得。まさか半年も経たずにここまで成長するとは思わなかった」

 

 眼鏡のつるを直して、再び掛け直すと、高畑先生はポケットに手を突っ込んだままに首を廻して。

 

「実に凄いと思う。君の頑張りは昔から知っていたけれど、ここまで成長したのはエヴァのお陰かな?」

 

 視線が一瞬こちらに向いた。

 エヴァンジェリンがバッと扇で顔を隠し、目を細める。

 

「御託はいい。さっさと続けたらどうだ?」

 

 聞こえるはずのない声だったけれど、高畑先生は頷いて。

 

「だから、僕もこう言っておこう」

 

 起き上がり、膝を付くネギ先生に微笑んだ。

 

 

「"その程度では届かない"、と」

 

 

 それは過剰ではなく。

 それは淡々と事実を伝えるような顔で。

 圧倒的なまでに重く、張り詰めた空気を持って。

 

「っ」

 

「成長するんだ。もっと強く、もっと逞しく、もっと辛辣に」

 

 スタンッと踵が床を叩く。

 同時にネギ少年が跳ねた、真横に、吹き飛んだように回避し――床が破裂した。

 見えない打撃、ポケットに突っ込んでいるはずの手、それでも何らかの魔法を行使しているのか、衝撃が撒き散らされて。

 硬直。

 ただ其処にいるだけの高畑先生の側面を突くように跳ねた先でブレーキをかけ、方向転換しながら再び急角度で飛び込み。

 

「連続二連!? さすがだ、兄貴ぃ!」

 

「いや、それはすげえけど!」

 

 小太郎の目が緊迫感を帯びていた。

 まさしく瞬くような高速で攻め込み、再び高畑先生との距離を詰めたネギ少年が踏み込んで。

 それに高畑先生はポケットから手を引き抜き。

 ――構えた。

 

「本気か」

 

 エヴァンジェリンが声を洩らした。

 

「はぁあ!」

 

 ネギ少年が流れるような理想的な掌底を跳ね上げさせて、高畑先生の脇腹へとめり込む。

 と思った瞬間だった。

 旋転、捻られるように白いスーツが翻り、猫の手のように曖昧に握られた拳が何の予備動作も無く。

 

「悪いね」

 

「がっ!」

 

 逆に、ネギ少年の腹を殴り上げた。

 めり込む瞬間、分かる。

 曲げられた第二関節が腹にめり込んだ瞬間、それが曲げられてさらに拳が叩き込まれる。

 二段構えの打撃。

 その一発だけで体重の軽いネギ少年が吹き飛ばされるほどの威力。

 唾を吐き出しながら、後ろに下がるネギ少年に向かって、撓んだ身体が跳ねて。

 

「あれが」

 

「くっ!?」

 

 ソバット。

 見ているほうがいつ回ったのかも分からないほどの高速での回転から、回し蹴りが両手で塞いだネギ少年を弾き飛ばした。

 放物線上に吹っ飛び、舞台の端にまで背中が叩き付けられて、破砕音が鳴り響く。

 白いスーツの高畑先生はまったくバランスを崩す事無く着地し、音も立てない。

 

「――本来のタカミチのスタイル」

 

 エヴァンジェリンが呟く。

 楽しそうに唇を歪めて、爛々と輝く目を開きながら、黄金色の髪を掻き上げた。

 

「【居合い拳】などただの継承した技に過ぎない、罪悪感かそれとも憧れか。ただ真似るだけで、その爪を磨き続けたが」

 

 高畑先生はただ静かに進撃する。

 再びポケットに手を突っ込んではいるものの、その気配はまったく違う。

 待ち受けるではなく、叩き潰すための戦車のように。

 重く、ただ重く踏み締めて。

 

「奴の牙は、習う前に、懐かしむ前に、矯正するための着け爪ではない奴の牙は」

 

 そして、彼女は告げた。

 

 

 

「単純な暴力。殴り、蹴り、投げ、折る、酷使し続けた純粋なる体術が奴の牙だ」

 

 

 

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