欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

93 / 119
八十一話:あいつはただ勝ちたいだけだ

 

 

 

 あいつはただ勝ちたいだけだ。

 

 

 

 

 

 

 それは個人同士の激突の音ではなかった。

 

『おおっと、こ、これはぁー!?』

 

 ――四人の小太郎と三人の長瀬の衝突。

 分身の術、というべきだろうか。

 

『分身!? 両選手共に分身して、激突したぁ!?!』

 

 そんな闘争だった。

 一人が殴る、一人が蹴る、一人が掴みかかる、一人が捌く。

 差し迫った長瀬たちの打撃を一人の小太郎が捌き、続けざまに叩き込まれた脚払いに転ぶと、その後ろから飛び出した人影が蹴りこみ、それを彼女が受け止める。

 続いて、左右から飛び込んだ二体の小太郎が彼女の腹部を掌底で穿ち、或いは妨害に走ったもう一体の長瀬の連撃を受け止め、掴み、投げ払うも、残った最後の一人に掴まれ、蹴りこまれた。

 結果、小太郎の分身が一瞬で二体消失、長瀬の分身は全て健在。

 互いに弾き飛ばされて、粉塵散らしながら靴底で急ブレーキをかけた。

 二対三の数になるも、小太郎が笑った。

 

「高い密度! さすがやな、姉ちゃん!!」

 

『そちらも、いい動きでござるよ』

 

 ステレオ形式とサラウンド形式の声が響き渡る。

 同極磁石が激突したかのように飛び離れていた二者が再び前に跳び出した。

 長瀬の二体が足を踏み出し、疾走。鋭く足を翻しながら、まさしく風のように走る。

 瞬く間に十数メートルを詰める、舌巻くような移動方法。

 それに二体の小太郎は左右に手を突き出し、犬歯を剥き出しに待ち構えた。

 

「足を止めた? 受けるつもりか」

 

「地力だと押されるのが必至ですよ!」

 

 短崎の疑問に、桜咲が応える。

 そして、俺は息を飲んで、それを見守り――手を握り締めた。

 長瀬が駆け寄り、小太郎との間合いに踏み入る、その一瞬前にその姿が横にぶれた。

 ステップ、側面を取る計算された動作。

 すり抜けるように構えた小太郎の背側面が取られた。

 

「っ!?」

 

 側面への反応に遅れる。

 畳むように繰り出された長瀬の蹴りと、掌打がガードの上からめり込んで、左右に並んでいた小太郎二人を叩き付けられる。

 一体が同時に消失、残った最後の小太郎がたたらを踏んだ。

 

「いくでござる!」

 

 待機していた長瀬三人目が駆け出した。

 両手を振るうことも無く、床を蹴り、しなやかに弓引くように屈んでから跳躍。

 直線を描くような軌道、まるで矢のようだった。

 砲弾のように飛び込み、脚底を向けるが、さすがにその程度に当たるわけが――っ!?

 

「なめんなや」

 

「――してないでござるよ?」

 

 誰も気付いてなかった。

 

「っ!?」

 

 小太郎が振り向く、それよりも早くその両腕が固定された。

 後ろから現れた、四体目の長瀬によって。

 

「悪いでござるな」

 

「っつ!? はなせ――がっ!!」

 

 小太郎が引き剥がすよりも早く、飛び込んだ長瀬の蹴りがめり込んでいた。

 足を踏ん張り、支えるもう一人の己の体ごと小太郎の腹を蹴り抜く。

 

「ガッ、ゲホッ!!」

 

 唾を吐き出した。

 苦悶の表情で、小太郎が呻き声を上げて。

 その顔面が、背後と前に立っていた二人の長瀬の手によって地面に叩き付けられる。

 

『寝てろ、でござるっ!』

 

 破砕音。

 顔面からめり込んで、舞台がひび割れた破砕音に発せられて、粉塵が吹き上がった。

 派手な粉砕に、試合舞台が覆われる。

 

「小太郎君!?!」

 

「あれは、やべえ! 顔から行ったぞ!?」

 

 ネギ少年の悲鳴と、山下の声が聞こえた。

 確かに不味い。

 あれだと下手しなくても重傷レベルだった。

 

『強烈~!! 楓選手、一切の容赦無しに小太郎選手を叩き伏せたー!? これは、立ち上がれるのか!?』

 

 朝倉も同意見だったのか、少し緊迫した声を響かせる。

 

「これで」

 

「――終わるでござるか?」

 

 四人の長瀬のうち、二人がふーむとばかりに顎に手を当てて、前のめりに粉塵を覗き込んだ。

 だが、その刹那――両足が"飛び出した腕に掴まれた"

 

『お?』

 

 回転。

 軸足からひっくり返されて、二体の分身が宙返りでもするようにひっくり返る。

 ぶ、とか、うー、とか言いながら呻き声を洩らしたその腹に、クルクルと回転した人影が踏みつけた。

 

「寝でろヴぁ!」

 

 霧散するように長瀬の分身が消えた後、床に降り立つ少年が二人いた。

 それは二人の小太郎、共に額から血を流し、壮絶な顔だった。

 

『小太郎選手復活! しかし、額から血がだらだらだー! ていうか、大丈夫?!』

 

「が~、ぺっ!」

 

 喉を鳴らして、片方の小太郎が唾を吐いた。

 紅い血の混じったそれが地面にへばりつき、涎野垂れた口元が流れる鼻血と共に親指で拭われる。

 

「かっ、冗談やろ。この程度で止まるほど、俺は冷めてへんで」

 

「いい意気込みでござる」

 

「――でござるが、個人的には下腹を踏むのは頂けないでござるな。顔よりも大事な場所でござるよ?」

 

 ニンニンと茶化すような語尾で喋るが、まあ言っていることもはもっともだった。

 女性の顔と腹に対して殴る、蹴るなどの打撃は俺でさえ控える。

 顔は女の命であるし、腹は生殖器官などの大事な内臓のことも考えればまさに控えるべき場所だ。

 真剣な相手を叩きのめすことが前提の殴り合いでならばともかく、これは試合。

 ある程度の矜持は持ち合わせていてもいい。

 

「安心しろや、殴っても蹴っても、それは分身だけや。姉ちゃん、本体には綺麗に避けて打ちこんだる」

 

 小太郎の主張。

 それはある意味で愚の骨頂だった。

 殴らない場所を指定する。

 嘘を付いてもいない限り、そこを防ぐ必要が無く、他が厚くなる。

 自分を追い詰めるただの苦行。

 だけど、まああいつらしい。

 

「阿呆だな、あいつは」

 

 俺は苦笑するしかない。

 女は殴らないという古めかしい、でもある意味立派な信念を持っていた。

 でも、それは戦う人間にとっては侮辱である。

 闘争を望む戦士が、勝利に拘らぬ限り手加減を望むはずがない。

 数ヶ月近く小太郎とはつるんだりしたが、その心根は余り変わってない。

 精々、自分より強く、戦いを望む奴にだけは拳を振るうと決めた程度。

 馬鹿らしいけれどただそれを信じて、自分を恥じたくない安いプライド。いや、信念というべきか。

 それであいつは出来ていた。

 

 それだけがあいつの誇りだった。

 

「いくでぇ!」

 

 小太郎が叫んだ。

 両手を握り締めて、ビリビリと会場が震えるほどの叫び。いや、咆哮。

 犬の遠吠えにも似た声に、肌が震えた。

 

「っ」

 

 鳥肌が立ちそうな声、会場の何名かは耳を押さえて、或いは萎縮したように膝を崩した。

 だが、長瀬は不敵に微笑むばかり。

 小太郎が姿勢を低く、ただ低く、四肢を思わせるような動きで駆け出し、ようやく動き出す。

 

「忍!」

 

 立てた片手を顔の前に突き出し、ふっと息を吐き出したように見えた。

 瞬き。

 無意識にした瞬き、その次の光景は十数人以上に増えた長瀬だった。

 

「まだ増えるのかよ!?」

 

 集団フルボッコという数じゃない。

 ただの蹂躙だ。

 まさか漫画とかにありがちで、一体一体が本体と同等クラスとかいうんじゃねえだろうな。

 

「いや、さすがにあれが限界だな。それ以上は、ただのデコイにもならん」

 

 俺の叫びに、何故か背後の金髪吸血鬼が答えた。

 どうでもいいが、こいつ結構解説好きだよな。マジで。

 

「しかし、面白い仕掛けだ。見切れるか、小僧」

 

「仕掛け?」

 

 エヴァンジェリンの言葉に、俺は意味を尋ねようとして――必死の声に意識を奪われた。

 

「小太郎君! 長瀬さん!」

 

 ネギ少年が泣きそうな声を上げていた。

 どちらを応援するべきか、迷っている声。

 先生と友人、いや、多分親友だろう小太郎への友情に迷っている。

 その間にも、小太郎が飛び込んだ。

 圧倒的な数の暴力、打ち合わせでもしたとしか思えない同時に動き、別々の方角から襲い掛かる長瀬たち。

 長身が邪魔するのか、打ち下ろすような拳打が左右から。

 それを小太郎は両手を伸ばして、受けた。

 轟音。

 大気を震えさせるような受け止め、小太郎の小さな体躯が背後に引き下がらずに、佇む。

 

「軽いわぁ!!」

 

 掴んだ手を投げ払うのでもなく、弾き飛ばすでもなく、小太郎がさらに跳ねた。

 膝を曲げて、一瞬撓んだように腰を縮めてからの跳ね上がり。

 相手の拳を支点に、舞い上がった。アクロバティックな行動。

 だが、それに対し、三体の長瀬が跳んだ。

 

『甘いでござるっ!』

 

 撃墜の蹴りだった。

 

「どっちがや!!」

 

 跳んだ小太郎が蹴り飛ばされる。

 だが、それは分身の方。

 ――本体は下から滑り、分身長瀬の股座を潜った。

 

「上手い、カバーにしたか!」

 

「さすがに、自律思考ではないですわね、数を増やせば、単調ですわ」

 

 桜咲と高音嬢の言葉が洩れる。

 推測――長瀬の分身と、本体(?)の視点、思考は合致していない。

 さすがに全員自分の意思があるとか、ふざけた術ではないらしい。

 

「チビでよかったわぁ」

 

 長瀬の分身の股座を滑り抜けて、小太郎が発したのはそんな言葉だった。

 同時に、しまった!? と振り向く分身二体。

 その足を、残しておいた小太郎の分身が掴んでいた。

 おそらく本体である小太郎だけが先に進み、残りの分身が単純な足止めをする。

 かなり卑怯な気もするが、有効なやり方。

 分身の小太郎が蹴り飛ばされて、四散する。その間に本体が駆け抜ける。

 間合いを潰す、地面を滑り、舞台上を疾走。

 残った十一体の長瀬に対して、それはただ低い軌道の、無謀な特攻だった。

 

「突っ込む!? 袋叩きにされるだけなのに」

 

「違う! ああするしかねえんだ! 待ってても嬲り殺されるしかねえ!」

 

 短崎の疑問に、俺は考え抜いた結論を出した。

 分身の原理は知らんが、ああやって分身だけ倒していても相手が倒れるわけがない。

 ならば、危険を冒してでも本体を見つけて、叩きのめす必要がある。

 小太郎にとっても賭けだろう。

 

「空牙ぁ!」

 

 咆哮と共に小太郎の拳が大気を叩いた。

 破裂音。

 先ほどまでの高畑先生の居合い拳の如く、されどもっと明確に衝撃波が迸った。

 それはさながら豪徳寺の男魂や、中村の裂空掌の如く。

 

『なんか飛んだー!?』

 

『遠当てですね。気による遠隔打撃です』

 

「あー」

 

 一撃目、一人の長瀬が撃墜された。

 

「れー」

 

 二撃目、腕が吹き飛ばされた長瀬が一人、四散する。

 三、四撃目と一息に叩き込まれた衝撃波に消し飛んだのはたった三体。

 八体の長瀬が、既に包囲を作っていた。

 

「っ、ぶん――」

 

『遅い』

 

 小太郎が手を握り締めて、何かをやろうとした時に、その手が掴まれた。

 打撃、打撃、打撃。

 拳がめり込み、手刀が叩き込まれて、なんとかガードしたのだろう腕の上から蹴りが打ち込まれた。

 今度ばかりは踏ん張ることも出来ずにつま先が宙から浮いて、飛んだ後ろから二人の長瀬がストライクボールを撃ち放つかのようなピッタリのタイミングでソバットをめり込ませた。

 

「がぁっ!?」

 

 前にめりに倒れこみ、それだけでは衝撃の収まらない小太郎の体躯が前に転がり、跳ね飛んだ。

 血飛沫が舞った。

 仰向けに倒れた小太郎がえづく。

 

「が、げぼっ!」

 

 そこに、瞬くように三人の長瀬が取り囲み。

 

「頑丈でござるな」「故に」「仕留めるでござる」

 

 手を振り上げて、その手刀を小太郎の腹部、胸部、喉にめり込ませたのが見えた。

 深々と、突き刺さるように。

 血が溢れた、ぬちゃりと。

 

「がっ……!」

 悲鳴が上がった。

 

『ちょ、ちょー!?』

 

「小太郎君!?! そんな」

 

「……酷い」

 

 朝倉の驚いた声が、ネギ少年の悲鳴が、神楽坂の息を飲む声が何故かフィルターのかかった声のように聞こえた。

 俺は思わず手を握り締めて、膝を叩いていた。

 

「小太郎……っ」

 

 歯を食い縛る。

 もういいと、言いたくなる。

 短崎の時にも思ったことだった。

 だけど、それは出来ない。

 

『こ、これは完全にノックダウンかー!? 救急車の手配したほうがよさそうな気配がします!!』

 

 だから。

 

「小太郎! まだ一撃もまともにいれてねえぞ! さっさと反撃しろ!!」

 

 俺は叫ぶしかない。

 あいつが戦えることを信じて!!

 

「小太郎君!! まだだ! まだ僕と、戦ってない!!」

 

 ネギ少年も叫ぶ。

 

 

 その時だった。

 

 

 見下ろしていた長瀬たちが一斉に飛び退ったのは。

 だが、同時に倒れていたその体が跳ね上がる。

 血反吐を吐きこぼしながら、小太郎が構えていた。

 

「ゥツ~、効いたわ!」

 

 黒い髪を揺らし、逆立つように頭の耳を立てながら、ぎらぎらと輝く眼光を持って小太郎は吼えていた。

 息は荒く、押された喉から濁った声が出るが、息をしている。

 

「――急所を突いたはずでござるが」

 

「驚嘆でござる」

 

「――――よほど内臓を鍛えているでござるな」

 

 三人の長瀬がそれぞれ言葉のタイミングをずらしながら喋る。

 他の八体も頷く。

 

「内功やったか? その手の奴は、千草姉ちゃんのスパルタで鍛えてあるで。毒草とか、たまに食わされたしなぁ」

 

 さらりと聞き逃せないことをいいつつ、小太郎が目線を鋭くする。

 ガキガキと首を鳴らしながら、僅かに震える膝を叩いて、あいつは指を突き出した。

 にやっと笑って。

 

「ついでにいえば、ご愁傷様や。見つけたで、本体」

 

 その指先は、先ほど小太郎の喉を突いた長瀬を指していた。

 ほう? と首を傾げる、それに黒髪のわんころ少年がネタバラシした。

 

「馬鹿みたいな密度で、どれが本体やのか分からん重さやったけど――臭いだけは誤魔化せへんで。本体レベル分身二体、分身三体、劣化分身が二体、本体が一人。それが今の姉ちゃんの手札や」

 

『に、臭い!? 小太郎選手、まるで犬並みの嗅覚で楓選手の本体を見破ったのかー!?』

 

『まるで訓練犬ですね』

 

『いやー、さすがに私も臭いで判別とか、人間で出来る人が居るとは思いませんでしたよ』

 

 朝倉、茶々丸、豪徳寺と言いたい放題である。

 観客からも「え? 臭い? 俺もあの子だったらスンスンしたいぜ!」 とか「いやいや、その程度じゃなくて普通に交際から始まる結婚前提の物語を」とか「きゃー、不潔よー!」とかいう声が聞こえた。

 少し緊張感が薄れる。

 ガクリと小太郎が膝を崩しながらも、指差された長瀬が小首を傾げて。

 

「こう見えても、臭い消しには気をつけているつもりでござるがなぁ」

 

「人間消しきるのには限界があるで。ついでにいえば、べっとりと俺の血が付いとるさかい――逃がさへんわ」

 

 気を取り直した小太郎が、ゆっくりと告げる。

 

「外見は誤魔化せても、分身は実体と違うわ。最初に付けた血の臭いは本体と数体の分身だけ、そのあと人間のにおいがする奴に絞ればええ」

 

 それがカラクリや。

 そういう小太郎は笑みを浮かべていて。

 俺は意味が分かった。

 その行動の意味を。

 

(限界だな)

 

「……そして、そう説明している間に少しでも体力を回復させるでござるか」

 

「っ!」

 

 長瀬が呟いた言葉に、小太郎が目を見開いた。

 同じ推測に辿り付いたのだろう。

 今の小太郎は痩せ我慢に過ぎない。

 あれが効いてないわけがないのだ。

 

「悪いでござるが……」

 

 長瀬が目を開く。

 細い糸目だった目つきを、ゾッとするほどに冷たい目に変えて。

 直立不動の体勢のままに、表情を消した。

 

『最後まで手を尽くす、それが礼儀でござる』

 

「上等や!」

 

 小太郎が手を伸ばした。

 ゆっくりと握り締めて、ここからでも震えているのが分かる手で拳を作る。

 息を吐き出し、音を立てながら吸い込む。

 それは最後の一撃の思わせる構えだった。

 

「来いや」

 

 短く、響く。

 鋭い刃のような声に。

 

『応』

 

 短く、届く。

 鋭い針のような返答があった。

 二人が対峙する。

 長瀬は沢山の分身に囲まれながらも、小太郎はぼろぼろでありながらも、互いに目線を合わせて。

 

 ――数秒も持たない静寂の中で、掻き消えた。

 

 見えたのは、再びの大量対大量の衝突だった。

 長瀬の分身が攻め込む。

 それにたった五体の小太郎の分身が立ち向かった。

 圧倒的な津波に蹂躙される小波のような光景、だが一番後ろに居た小太郎は真っ直ぐ、その中心へと疾る。

 

「ぉおおおおおお!!!」

 

 手からは煌めく拳。

 速度は弾丸のように、直線的に先ほど指差した彼女に向かって爆進し、護衛するような二人の長瀬が前に飛び込むも。

 打撃。

 殴りこまれながらも体を捻り、或いは片方を肘で撃ち落し、返す手で払いながら、粉砕。

 明らかに脆いそれの消滅残滓を火の粉のように纏いながらも、踏み込んで。

 

「これでぇ!」

 

「っ!」

 

 長瀬本体と激突した。

 長瀬が踏み出す、煌めく拳打。

 それを捌き、跳ね上がるような掌底――顎に向かって撃ち放つ。

 効果的な連携技法、それは俺が、俺たちが教えた技術の一つ。

 たった一ヶ月ちょっとだが、俺たちは小太郎と時間を過ごしている。

 俺や山下たちの技術を、小太郎は取り込むような形で学習していた。

 元々は我流。決まった型や体術などを習ったことも無いと言っていた。

 だが、今までも他人の技や動作、それらを真似たり、経験などで磨いて、独自に動きを作っていたと言う。

 それに俺は惜しいと思ったのだ。

 小太郎の動きは優れているが、それは全体的に拙い。

 技術はある、力もあるけど、術がない。

 だから、邪魔にならない程度に俺は小太郎に応用出来そうな技やテクニックを教えた。

 それがいつかの旋回であり、工夫された歩法だったり、今の化勁だったりもする。

 そして、それが今。

 

「いけぇええ!!」

 

 掌底が長瀬の顎を打ち抜いた。

 見事なクリーンヒットという形で、実を結んで。

 俺は声を上げて、叫び。

 

「見事でござる」

 

 

 ――次の瞬間、そんな小太郎の背後から現れた長瀬の姿に、声を失った。

 側面から放たれた本物の、長瀬の手刀が小太郎の首にめり込み。

 

「終わりでござる」

 

 勝利を奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――のは。

 

「そやな」

 

 誰だったのだろうか。

 

「っ!?」

 

 首を裂かれた小太郎、それが掻き消える。

 が、その足元に。

 もう一人、影に潜み――居た者がいた。

 誰からも死角に、誰よりも目立たないように、会場の誰も注目しないような位置に。

 這いつくばっていた。

 ただ低く、待ち望んでいた。

 それが、その本人が――"本物の犬上 小太郎が肉薄していた。"

 

「終わりや」

 

 言葉が続くよりも早く、本物の長瀬が旋回する。

 翻り、襲い掛かる小太郎の顔面に掌底を打ち込み――"すり抜けた"。

 

「ぶ」

 

 そして、それと同時に。

 ――"漆黒の掌が、長瀬の胸を掴んだ。"

 共に同じ"小太郎の分身をカーテンにしての腕の交差だった"。

 ただし、長瀬の手は小太郎に当たらず、小太郎の手だけが楓に当たる。

 乳房の上から掌を叩き付けて、宣言。

 

「漆黒狼牙掌」

 

 弾けた。

 破裂音にも似た打撃音と共に、舞台がひび割れ、小太郎の口から血が噴き出す。

 長瀬が震えた、ぶっと紅い涎を吐いて――千切れたバーテン服の上から、小太郎に胸を掴まれたままで。

 

 

「失敗、でござるな」

 

 

 ガクリと膝をつく。

 前面だけ残り、背部から噛み千切れたかのように服の裾を散らしながら、長瀬が小太郎にもたれかかるように倒れた。

 

「御主の、勝ちでござる」

 

「まぐれやけどな」

 

 脱力した長瀬の姿。

 血を流しながらも佇む小太郎。

 その姿に、口をパクパクしていた朝倉が叫んだ。

 

『決着!! 犬上 小太郎選手の勝利です!!』

 

 一瞬静まり返る会場。

 そして、俺は、俺たちは立ち上がって。

 

「よっしゃー!!! 小太郎ぉおおお!!」

 

「小太郎くーん!!」

 

 叫び、遅れて響き渡る歓声にも負けないぐらいに大声を上げた。

 心底嬉しかったから。

 

 ただ叫んだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。