欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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八十三話:人間は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間は――

 

 

 

 さて――

 この時が来たか、と俺はため息を吐き出した。

 既に覚悟はしていた。

 試合の組み合わせのときからぶつかることは必須であり、避けられない必至の戦いだと分かっている。

 だからこそ。

 

「めんどくせえ」

 

 口で言うよりも遥かに身体が震えていた。

 掌を握り締める。

 指を折り畳み、拳を形作り、力を篭める。

 そうしなければどこからか熱が逃げてしまいそうで、或いは噴き出してしまいそうだった。

 

「……大丈夫?」

 

 そんな時、不意に声が届いた。

 短崎の目線があった。

 覗き込むような目つきに、心配そうな声。まあ、今まで俺がどれだけ古菲にぶっ飛ばされたのか知ってるしな。

 だけど、だからといって。

 

「大丈夫だ」

 

 態々不安を煽るような真似はしたくない。

 負けると決まったわけじゃねえし、な。

 軽く息を吐き出し、目を瞑り、膝下から力を入れるように立ち上がる。

 ずしんと体の底まで染みるような重みがあるが――無視する。目を開けて、開いた左の掌に、右の手を叩きつける。

 

「まあ、なんとかなるさ」

 

 やれるだけをやるだけだ。

 当たり前のこと。絶望するには早すぎる。

 

「長渡! 負けないアルヨ!」

 

 そんな時に、のんきな声が聞こえた。

 目を向ければ、古菲がにかっと笑ってこっちに手を突き出している。

 無邪気な顔、ていうかどう考えてもお前の圧勝だと思うのだが……

 

「ま、手は抜かないほうがいいぜ。たまには勝つこともあるかもしれないしな」

 

 俺が、と言外に告げると。

 古菲は何故か嬉しそうな顔で「全力で頑張るアル!」  とガッツポーズをしていた。

 

「いや、全力はやめろ。俺が死ぬ」

 

「ええ~」

 

 不思議そうな顔するな、何回お前にぶっ飛ばされたと思ってんだよ。

 馬力が違い過ぎる。こっちが人間なら、そっちは戦車か大型トラック並みの差があるのだから。

 

 

『では、一回戦最終試合 長渡 光世選手! 古菲選手! ステージに上がってください!』

 

 

 朝倉のアナウンスが聞こえてきた。

 見れば、ステージの上に朝倉が立ち、こちらに視線を向けている。

 

「じゃあ、先に行ってるアル!」

 

 そういうと軽やかな足取りで古菲がステージに向かっていった。

 俺は軽く膝を曲げ、つま先を伸ばし、踵を床に打ちつけて、手足を揺らす。

 ボクシングの構えのような小刻みのジャンプで、全身の筋肉を慣らし程度に温める。

 指を広げ、再び握り、指の動きを確認する。

 

「うし、まあまあだな」

 

 長時間の観戦で少し身体が固まっていたが、すぐに動かせる。

 手足の調子を確かめると、俺はゆっくりとステージに向かおうとして――ふと思い出したことがあったので、後ろに振り返った。

 

「なあ、ちょっと質問なんだけどよ」

 

「? なに?」

 

 俺の言葉に、皆が少しだけ首を傾げて。

 

 

 

 

「"人間はトラックに勝てると思うか?"」

 

 

 

 

「? ……いや、負けると思うけど。移動速度とか、重さで」

 

 俺の質問に、短崎が首をかしげながら答えてくれた。

 

「だよな。ま、普通はそうだよな」

 

 その答えに、苦笑しながら感謝の言葉を告げる。

 ――普通に考えれば勝てない。

 だけど、それは普通じゃなければ――"覆せる"という証明。

 

「さあて」

 

 前に向き直り、踏み出しながら俺は吐息を漏らす。

 ステージの上へ。

 トラックよりも少々骨が折れそうな奴の下へ。

 

 

「勝ちにいくか」

 

 

 靴底から響く足音と共に、大地を踏みしめ、空の明るさに目を細めながら――決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

『ついにまほら武道会も第八戦目! 一回戦最後の選手をお迎えしました!』

 

 ステージの中央に立つ朝倉が、手を伸ばし、マイクから途切れそうにないほどの声を上げた。

 ただの司会といっても、ここまでの間ずっとアナウンスしっぱなしだというのにかすれる事のないその声には脱帽だと思う。

 

「前年度ウルティマホラチャンピオン! 天下無敵の中華娘!ぶっちぎりの優勝候補、古菲選手!!」

 

「よろしくアルー!」

 

 わぁああああああ! と歓声が上がる。津波になりそうなほどの歓声。

 白の拳法着を身に着けた古菲が軽く手を上げて、腰を曲げる。

 

「菲部長ー! 頑張れー!!」

 

「いいぞ、勝て勝てー!」

 

「待ってましたー!」

 

 それに呼応するように無数の声援、聞き覚えの声は中武研の連中だろうか。

 

『そして、対するは古菲選手同様、中国武術研究会所属の長渡 光世選手!』

 

「おう」

 

 同じように軽く手を上げようとして――ま、期待されていないだろうと思ったのでやめておく。

 代わりに軽く足を上げ、地面を踏みながら、ステップを刻む。少しでも体を温めるために。

 ステージの上に立ち実感する。

 肌が痛くなりそうなほどの視線、視線、視線、歓声。

 緊張で体がおかしくなりそうだった。短崎や、山下たちはこの中でいつも通りに動けたというのか。

 

(すっげえよなぁ)

 

 改めて感心する。

 友人たちの凄さを、なんとなく他人事のように感じながら――

 

 

『通称中武研の最終兵器! 婿さんにしたいイイ男ランキングナンバー1! 古菲を倒せるただ一人の男と評判の人物です!』

 

 

「おぃいいいいい!?」

 

 あまりにもおかしい紹介文に脊髄反射で突っ込みを入れた。

 

「なんだその紹介は!? 最初と最後のもおかしいが、真ん中の奴が一番おかしいんだけど!?」

 

『え? 一定範囲の人物たちにアンケートを取った紛れもない結果ですが?』

 

 朝倉が真顔でそう答える。

 一定範囲ってどこからどこまでだ、一定範囲って。

 ん?

 

「がんがれ~」

 

「がんばってくださーい」

 

「負けるな、長渡~」

 

 後ろに目を向ければ、何故かむかつくまでにサムズアップした連中がいた。

 お ま え ら か。

 

「くそ、後で〆る……として、まったく過大評価にもほどがある」

 

 前を向く。

 自然体で佇む古菲に対し、俺はゆっくりと呼吸を整えていく。

 

「そうアルカ?」

 

 キョトンとした顔の古菲が、首を傾げる。

 それに俺は苦笑も出来ずに。

 

「当の本人がんなこといってどうする? あいにく俺はまだそれほどお前に勝つ自信はねえぞ」

 

 そう告げた。

 彼女に性能も、実力も、技量も、劣る自信がある。

 けれども、古菲は――

 

 

「――"勝てない"とはいってないアルヨ」

 

 

 すたんっと踵を床に叩きつけて、腰を落とした。

 凛々しく、息を呑むほどに綺麗な構え。

 小麦色の肌の太ももを晒しながらも、恥ずかしがることもなく、ただありのままに手を突き出す。

 八卦掌の佇み。武術の流れ、息を呑む。圧倒されそうなほどにそれは自然で。

 

「当たり前だ、始める前から全部を諦めきれるほど俺は賢くない」

 

 十回中一回、いや百回中一回しか勝てなくとも、それは諦める理由にはならない。

 例え百回やって百回勝てない勝負だったとしても俺は捨てない。

 百回やって勝てないのならば、千回挑戦すれば勝てる可能性があるかもしれない。

 千回負けても、一万回やれば勝つことがあるかもしれない。

 それを捨てきれない、俺はそれを決して捨てることが出来ない。

 だから!

 

「だから、挑ませてもらうぞ。古菲」

 

 勁道を整える。

 勁息を整える。

 丹田から力を篭めて、指先からつま先までの筋肉を弛緩させることを意識しながら、前を向く。

 

「大事なことだからもう一度言わせて貰う――手は抜くな」

 

「解ってるヨ」

 

 古菲が何故か微笑んだ。

 嬉しそうに、楽しそうに、鈴を鳴らすような声で。

 

「全力でぶつかるアル。それが楽しみだったから――」

 

 嬉しそうに喉を鳴らす猫のような態度で、

 圧倒的なまでに威圧感と闘志を見せ付ける瞳で。

 

 

「全力で応える、それが私と長渡のやり方アル」

 

 

 ダンッと地面を踏みしめた。

 震動音。

 ひび割れるほどに力強く、ビリビリと大気が震動する。

 拳法着の裾が揺らめく、艶かしく彼女の全身が艶を帯びているような気がして。

 

「さあ始めろ、朝倉――開始の合図を」

 

 渇き始めた唇を舐めながら、俺は言った。

 全身から汗が噴出す、アドレナリンがやばいぐらいに分泌され始めている。

 体温が上がる、興奮と緊張で息が音を上げていく。心臓が高鳴る、まるで恋でもしそうなぐらいに。

 

『では、第八試合!』

 

 朝倉が数歩下がる、俺と古菲との間を遮らないように。

 目線に映らない位置から、声が響いて。

 

 

 

『――ファイト!!』

 

 

 "大地が揺れたような気がした。"

 

 

 

 

 

 始まりは古菲の踏み込み。

 霞むような速度、息を忘れるほどに早く、速い活歩。

 

(相変わらず――)

 

 距離にして5,6メートル。

 それを一瞬で、埋める歩法。それに俺は感嘆としながらも、手を伸ばし。

 

「っ!」

 

 踏み込み。

 距離を潰す、間合いを崩す、そのために足を踏み出す。

 わずかなすり足と共に前へ、接近する古菲。その掌底が飛び込んでくるのを見ながら、手首を捻り。

 化勁。

 

(クソはええ!)

 

 重く、空気を裂く打撃音。

 まっすぐに胸を狙ってきた初撃の一撃に、側面から手を叩きつけ、手首を捻り逸らす――小纏の化勁を以っていなす。

 

「っう!」

 

 手が痺れる。まるで大砲でも弾いたような痺れ、痛み、衝撃。

 みしりと悲鳴を上げる腕、掌の皮膚が擦り剥けそうだと考えて――彼女の笑みを見た。

 

「しゅぅっ!!」

 

 呼気。踏み込まれる、肘が曲がる、さらに迫ってくる。

 笑み、楽しそうに、古菲が動く。

 風を切るような打撃、流れるように一撃が薙ぎ払うように飛び込んできて。

 

「  」

 

 同時に肘を回し、腰を回し、足首を回しながら踵を床に打ち込んだ。

 勁道を通し、その打撃に掌底を合わせ――発勁。

 

「っ!?」

 

 ゴキッと言う奇怪な音と共に衝撃。

 古菲が弾かれたように旋回。

 コマのように回転すると同時に、俺も後ろによろめく。

 

「がっ!?」

 

 肩が、外れかけた。たったの一撃で、それも直撃ではないというのに。

 右肩が痛む、だけど動きを止めれば終わる。

 熱を上げる足首を回し、旋回しながら間合いを広げた古菲に対して攻め込む。

 ――確信、単なる打撃では相手にならない。

 ――確信、全部に勁を乗せないと通用しない。

 ――確信、一撃食らえば終わる。

 足を地面に乗せろ、勁道を開け、動き続けろ。

 

「すっ」

 

 息を吸い――霞むように加速し、振りかぶってきた古菲を視線に捉える。

 足の位置を踏み変える、左足を前に、右足をその後ろに、交差するように。

 全身のバネを効かせる、そのための構え。

 俺はただ進むしか出来ない。

 地面をつま先で踏み込み、痛みの取れない右手を前に、突撃する。

 

「 」

 

 呼吸を止めた。

 古菲が動く。滑るように、或いは滑らかに地面を蹴り飛ばし――視界前面に"靴底"が見えた。

 驚愕――認識するよりも早く、首を曲げていた。

 頬から擦過の痛み、焼けるような激痛、鼓膜が破れそうな風のうなり声。

 顔面狙いの前蹴り――ぎりぎり回避。

 旋転、踏み出していた蹴り足を支点に、全身を振り回す。

 飛び込んできた古菲を避けるように、回転。

 

「――っぶね!」

 

 古菲が前から俺の斜め後ろに移動。

 背後を取った。

 そう考えて、旋廻の勢いのままにその背面を狙おうとして――

 

「っ!?」

 

 ――見えない。

 否、居ない。

 どこへ――

 

「甘いアル」

 

 そう考えていた時、声がした。

 真横から。

 奴の声が聞こえて――

 轟音。

 

 

 

 腹部から激痛と共に、俺は吹き飛んでいた。

 

 

 

 

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