欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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明日は新作閑話を挟む予定です


八十四話:彼は負けない

 

 

 彼は負けない。

 

 

 

 ――吹き飛んだ。

 派手に、高々と、その一撃で長渡の体が宙を舞った。

 

「長渡!!」

 

 思わず叫んでしまう。

 それほどまでに勢いよく長渡の体が跳ね上がり、直線上に吹き飛んで、床に叩きつけられ、転がりながら止まった。

 それを見つめるのは、ただ足を踏み出し、静かに前のめりの構えのまま佇む古菲さん。

 

『く、クリーンヒットォオオ!! 長渡選手、古菲選手の一撃で高々と空を舞った!! これは直撃かぁ!?』

 

 朝倉さんの声が響き渡る。

 歓声が巻き起こり、うるさいほどのざわめきが唸りを上げていた。

 

「え!? な、なにが起こったの!?」

 

 神楽坂さんが理解出来ないとばかりに声を上げた。

 確かに解らないかもしれない。

 ただ古菲さんは、長渡の体に触れた。それも背と肩で。そう、"密着するような距離から"。

 

「――鉄山靠。しかも発勁付きだ」

 

 中村さんが答える。

 横目で視線を向ければ、膝の上で手を握り締めて、舞台を睨んでいた。

 

「ありゃあきついぜ。密着距離から、しかも"死角からの直撃"――防ぐのも難しい」

 

 山下さんがさらに補足。

 僕も同意し、頷いた。あれは酷くむごい。

 

「え? あ、あの死角からって……古菲さんは"真横"にいましたよね?」

 

 ネギ先生が不思議そうに首を傾げる。

 

「死角って、あそこは見えないんですか?」

 

 ああ、解りにくいか。

 

「あれは気づけないよ。相手を視界で捉えるよりも早く先に回りこまれるなんて想像出来ない」

 

 外から見ていた僕たちなら分かるけど、対峙していた長渡には訳が分からなかっただろう。

 あの瞬間互いにすれ違った長渡と古菲さん。

 そして、すかさず振り返った長渡。その軌道よりも早く、古菲さんが斜め後ろに飛び込んだのだ。

 左回転する長渡の視界に掴まるよりも早く、回り込む。互いに背を向けた人間が同じ方角に回れば、捉えられないのと同じ理屈。

 舞うように動き、滑らかな動きを体現する八卦掌を習得している古菲さんだからこその動きだった。

 

「いずれにしても直撃したでござるな。これは……終わりでござるか?」

 

 長瀬さんが顎に手を当てて、重く呟いた。

 舞台の上ではカウントが始まっている。

 確かに、古菲さんの一撃はここから見ても馬鹿げた威力があると思う。

 ここまで響き渡るような震脚の重みから見てもそうだろう。

 だけど。

 

「いや――「んなわけあるか!!」 !?」

 

 僕が否定するよりも早く、小太郎君が叫んだ。

 犬歯を剥き出しに、歯茎を見せ、何かを噛み締めるような表情で小太郎君が舞台を睨む。

 

「兄ちゃんはあの程度じゃやられんわ!」

 

「……慕われてるね」

 

 小太郎君の言葉に、何故か僕まで嬉しくなってくる。

 友達が応援されている。それがどうしようもなく嬉しい。

 そして、それだからこそ。

 

「そうだね」

 

 僕は見る。

 舞台の上を。

 倒れたまま、カウントを取られる長渡を。

 

『ファイブ! シックス! セブ――』

 

 

「彼は負けないよ」

 

 

 視界の奥で気づく。

 僅かに指が動いたのを、そして続けざまに肘が曲がり、その体が動き出すのを。

 

「あの程度で」

 

 ずるりと音を立てて、その体が動き出す。

 

「彼は負けないよ」

 

 咳き込みながら。

 揺らめきながら。

 震えながらも。

 

『エイ――立ちました!』

 

 立ち上がる。

 長渡が這い上がる。両手で地面を押し上げながら、擦れた膝を立てて、必死に押し上げながら。

 

『長渡選手、立ち上がりました! さきほどのダメージは無事かぁ!?』

 

「無事、じゃねえよっ」

 

 唇の端から血を流し、どろりとした唾を吐き出して、わき腹を押さえながらも、羽織った麻のコートの裾を揺らす。

 

「だけどな」

 

 歯を剥き出しに、苦しそうに息を吸い込みながらも、その右手を軽く上げて。

 

「この程度じゃ、終われねえんだよ」

 

 だんっとその片足が床を踏みしめる。

 震脚、古菲さんとは比べ物にならないほど弱く――だけど鮮烈な踏み込み。

 体の震えが止まっていた。

 上へと伸ばされた指先が軽く曲げられて、手招きをしていた。

 

「――やろうぜ、まだ満足できねえだろ?」

 

 目の前の少女を、彼は招いていた。

 顔の全身から汗を噴出しながら、激痛があるだろう腹部から手を離し、構えた。

 

「  」

 

「  」

 

 答えはいらないとばかりに闘志が漲る両者。

 そして――古菲さんが飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打撃音。

 踊るように、舞うように、可憐な動きで古菲さんが間合いを詰め、風を切り裂く打撃を打ち放つ。

 乱撃、連打、連携、蹴撃、打撃。圧倒的な攻勢。

 それを捌く、いなす、躱す、しのぐ。ギリギリの防御、長渡の化勁と回避。

 

『攻める、攻める、攻めるぅ! 古菲選手の怒涛のラッシュに、長渡選手防戦一方だ!!』

 

 朝倉さんのアナウンス。

 それは事実。未だに長渡が攻め込む隙は見当たらず、必死に攻撃を受け流し、躱し、捌き、いなし、防ぐ。

 それだけが精一杯。それだけでも驚愕レベル。

 

「ぅっ!」

 

 コートの裾が翻り、それと同時に風を孕みながら顔面の前を通り過ぎる古菲さんの掌底を上へと弾いた。

 地面を揺らす、腰を回転させ、肩、肘、手首へと連動させた掌底。

 それが迎撃に撃ち出され、その度に古菲さんが弾かれたように手を、足を回し、受け流すようにさらに次への動きへと繋げる。留まることを知らない応酬。

 打ち合わせをした剣舞のような凄惨にして可憐な打ち合い、組み合い、格闘戦。

 

「ねえ、あれって弾かれるたびに古菲がくるくるしてるけど、どういうこと?」

 

 舞台から僕が目を離せないままでいると、横から神楽坂さんの声が響いた。

 確かにただ弾いただけにして、大仰なまでに古菲が手足を下げて、受け流している。

 僕も知識がなかったら分からなかっただろうが。

 

「――発勁、ですね。特にあれだけ浸透力の高い勁を打ち込まれれば、十分に軽減しないとダメージが残ります」

 

 桜咲が言葉を紡いだ。

 

「発勁? それって気と違うの?」

 

「ふん。気などあやつには使えんだろう。奴が使えるのは力学的な運動のみ、全身を捻り、廻し、打ち出し、練り上げた浸透性の一撃は例え気の使い手だとしても十分に通じる」

 

 神楽坂さんの質問に、背後から響く声――エヴァンジェリンが補足した。

 

「気は全身の細胞を活性化させ、骨を強化し、筋をより頑強に、肉の伸縮性に限界を超えさせ、神経伝達速度を跳ね上げさせ、全身を護る防護壁ともなる。だがしかし、所詮は生物。限界はある」

 

 告げられる言葉。

 どこか楽しげに、或いは皮肉気に聞こえて。

 

「さあどこまで理不尽に立ち向かえる? 小僧」

 

 エヴァンジェリンの笑い声と共に、舞台の上に変化が起きた。

 

「ぶっ!」

 

 長渡の唇から紅い涎が漏れる。

 どす黒い吐血が漏れる。

 放たれた抜き手を捌き、掴んだと思った瞬間、古菲さんの腰が前へと押し出される。

 無音の砲撃。

 そんな錯覚をしてしまいそうな衝撃音。安定とした足腰と同時に、折り畳まれた長渡自身の腕が胸部へとめり込み、血反吐を吐きながら押し飛ばされる。

 空気を割るような震動音、再び長渡の足が地面から離れて――

 

「がっ! は、ぶぶぅ!」

 

 涎を吐き出し、靴底から粉塵を上げながらも長渡が踏み止まる。

 歪なブレーキ音。

 ぼたぼたと紅い唾液を地面にこぼしながらも、長渡が動く。

 

「どうした! この程度で――」

 

 叫ぶ。

 前に古菲さんが動いた。滑るように、低い姿勢で――飛び込む。

 地を這い、舞い上がるような翻身。

 

「終わるか!」

 

 長渡の絶叫。

 挑みかかるとばかりに前のめりに、両手を突き出す。

 発勁、両足から膝を伸ばし、腰を捻り、肩を回し、肘を伸ばし、手首を打ち出した最大の勁。

 正面からの激突。

 頭の悪い正面からの掌底――長渡は両手、舞い上がるとばかりに古菲さんの崩拳――片手。

 ウェイトも背丈も年齢も考えれば、圧倒的に長渡が勝利。

 だけど、現実は――

 

「っう!?」

 

 弾かれた。

 奇妙な両手の持ち上げ方――歪な肩の曲がり方、一瞬息を呑む。

 力技で突破――ただの牽制の打撃だったのかもしれない。それでも、今の長渡には充分過ぎる打撃力。

 

「  !!」

 

 古菲さんが声にならない息吹を発した。

 翻転からの蹴打、無理やりこじ開けたガードブロックの隙間から長渡の腹部に靴底がめり込む。

 脳裏に響く気持ち悪い音。嫌な予感。

 

「長渡!!」

 

 くの字に曲がる長渡の体、激痛に塗り潰されたその表情。

 古菲さんの体が跳ね上がる。軸足を以って飛び上がり、二連続蹴り。

 軸を捻り、翻身からの首筋狙いの回し蹴り。食らえば、確実にノックアウト――だが。

 

「っ!」

 

 めり込んでいた足ががしりっと掴まれた。

 それとほぼ同時に衝撃音。

 回し蹴りが"長渡のこめかみを掠める"。回避、いや逸らした。

 

「おお?!」

 

 小太郎君の声。

 長渡が古菲さんの蹴り足を掴み、倒れこみながら体を捻った。

 身動きの取れない空中からの強制的な振り回し、幾ら古菲さんでも体のバランスを崩す。

 二人の体が地面に倒れ伏す。

 

 ――"長渡が彼女の足を掴んだままで"。

 

「っ!?」

 

 古菲さんが顔をゆがめて、掴まれた足を引き抜こうと動く。

 

「にば、ずがぁ!」

 

 しかし、長渡がすかさずその足首を胸に抱えるように取り、肘の裏側に古菲のアキレス腱を当て、体を捻る。

 その細い足を抱えて、複雑に絡めたような体勢。

 

『あ、あれは――!』

 

 それは技。

 

『足首固め! 別名アンクルロック!! しかも、うつ伏せにするプロレス式ではなく、総合格闘技に見られる極め方です!』

 

 豪徳寺さんの解説が響く中、長渡が完全に古菲さんの足首を極めていた。

 

「くっぅう!?」

 

「ごれでぎめざぜてもばう!」

 

 試合が始まって初めて苦痛の声を上げる古菲さんに、それに負けず劣らず脂汗を噴出した必死の形相の長渡が極める。

 如何に身体能力が高くても、所詮は人間。

 その関節や骨格の限界角度は凌駕出来ない。だから、関節技なら!

 

「イケるか!?」

 

 僕が思わず膝を叩く。

 

「く、くーふぇさん!!」

 

 ネギ先生が声を思わず上げて。

 

「菲部長ー!!!」

 

 観客たちから悲鳴染みた声が上がる。

 無数の視線が、声が、舞台の上へと集中して――

 

「ギブアップじろ! ぐ、……っ、古菲!!」

 

 足首を極めながら、一瞬咳き込み、滑らかな声になった長渡がそう告げる。

 確かにそれが正しい。

 ここから逃れる術がないなら、ギブアップするのが正しいだろう。

 

「お」

 

 それに。

 

「お断り、アル!!」

 

 古菲さんは汗を噴き出し、苦痛をこらえながらそう叫ぶ。

 諦めないと、まだやめないと目に強い光を湛えて。

 

「それなら!」

 

 覚悟を極めたように長渡が動き、手を動かそうとした瞬間――古菲のもう片方の足が動いた。

 

「っ!?」

 

 下着も丸出しで、足が跳ね上がった。

 それが爪先を掴んでいた長渡の手にめり込んだ。

 

「ぐっ!?」

 

 それと同時に古菲さんの体が旋転し、強引に長渡の手から逃れた。

 引っこ抜くように足を抜いて、ゴロゴロと舞台の上を転がり、跳ね上がる。

 

「ぅつ~、さすが長渡アルネ!」

 

 立ち上がる、古菲さんが言ったのはそんな一言だった。

 その片足には力が入ってないのか引きずり、片足で立っている。

 

「効いたアル」

 

「んなことよりも、逃げ方が強引、過ぎるだろうが……」

 

 咳き込みながらも、長渡も立ち上がる。

 ふらついて、蹴られた手をぶらさげながら。

 

「もっとスマートなエスケープにしろよ。下手したら取り返しが付かねえぞ……っ」

 

 長渡が咳き込む。

 腹を押さえ、その両手はうっすらと汚れているように見えた。

 あれは、血か?

 

「長渡の手も限界だな。あの古菲の攻撃を防いでたんだ、無事なわけがない」

 

 山下さんが重々しく告げる。

 あの血の流れた手、そのせいで余計に抜け安くなっていたのだろうか。

 よく見れば、古菲さんの片足にもべっとりと赤い汚れが付いている。

 

『おーと長渡選手、唯一のチャンスを逃したか!? 古菲選手、このチャンスを生かしきれるか!』

 

 朝倉さんのアナウンス。

 それが響き渡る中で、古菲さんはダメージのある片足を無視したまま腰を落とし、構えを取る。

 長渡は逆に構えを解いて、静かに両手を前に向けた。

 

「いく、ぜ!」

 

 気息を吐き出し、長渡が吼える。

 

「カモンアル!」

 

 二人が動いた。

 長渡の先行、前のめりの姿勢から跳躍する――地を這うような加速。無足之法、いや。

 

「箭疾歩!」

 

 誰かが叫んだ。

 矢のように飛び出し、加速と質量の乗った拳が一直線に放たれる。

 古菲が動く。その一撃に、片足だけで横に跳び跳ねて、回避。

 

「っ!」

 

 僅かに歪む古菲さんの顔。

 しかし、その程度で動きは止めないのか。

 着地し、通り過ぎた長渡を追撃するように旋回、流れるような動きで真正面から対峙して――打撃の応酬。

 古菲さんの拳が長渡の肩を打つ。

 響き渡る肉を打つ音、肩の布地が裂け、割れたように血が噴出す。

 されど、それでも。

 

「いく」

 

 長渡が回転。

 激痛と共に床を踏みしめ、その血塗られた前の手が床に向けられ、それを追う赤い手が上へと跳ね上がり。

 

「ぜぇええええ!!」

 

 それはまるで竜巻のように、旋転、足首から膝に、腰に、胴に、肩に、連動する人体駆動。

 

「なっ」

 

 "そして、その肩と背が飛び込む。"

 轟音。

 震脚。

 血飛沫が舞って。

 

 

「     !!!」

 

 木屑が飛び散る。

 ――吹き飛ばされた古菲さんの身体を見送る火花のように。

 

『な、ななな――!?』

 

 朝倉さんの声が同様に満ちる。

 そして、ネギ先生が叫んだ。

 

「あ、あれは――!?」

 

 そして、僕は思う。

 

「"久しぶりだね、あれは"」

 

 

 

 

 

「しゅぅううう――」

 

 古菲さんの身体が舞台に叩きつけられる。

 それを見つめながら、深々と"十字を思わせる構え"で床にまでめり込んだ震脚を引き抜いて、長渡が告げた。

 

「これは、効いただろう?」

 

 血に汚れた手を前に突き出し、握った拳の親指を激しく揺らしながら言う。

 

「――中国拳法、最大の一撃だからな」

 

 

 

 

 

「【八極拳】です!!」

 

 ネギ先生の叫び。

 そして、長渡は告げる。

 

「多少錆びついているかもしれねえけどな」

 

 前を見据えて。

 

「久しぶりのお披露目だ」

 

 音を鳴らすように呼吸をする。

 床を踏み鳴らし、その手を突き出し、即座に体勢を立て直しつつある古菲さんに向かって。

 

 

「俺の八極拳、見せてやるよ」

 

 

 唇から零した血を舐めとりながら、獣のように長渡が笑った。

 壮絶な笑みで。

 

 

 

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