欠陥人生 拳と刃   作:箱庭廻

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明日は本日新作閑話投下予定です
(前話にも通知済み)


八十五話:トラックにも勝てるのだから

 

 

  トラックにも勝てるのだから。

 

 

 

 

 

「うぇっ」

 

 血反吐を吐く。

 ズキズキとくそったれなぐらいに痛むわき腹、多分皹が入ってる。

 肩からは激痛、肉がえぐられた。

 しかも両肩共に一度脱臼しかけているし、両手の平は既にずる剥けで焼けたように痛い。

 内臓は数分前から変な熱を発してる、破裂しているといわれても信じてしまいそうなほどに激痛、呼吸が辛い。

 

(くそ、痛ぇ)

 

 シャツを濡らす脂汗にため息すら出ない、痛みのあまりに喉が焼けそうだった。

 無理やりに笑みを作り、言葉を発するが――完全無欠に痩せ我慢だった。

 

(ああくそ、泣きたい)

 

 前を見る。

 握った手の甲で口元を拭いながら、視線を前方に向ければ、其処には既に立ち上がろうとする古菲の姿がある。

 全力全撃。

 渾身の勁と力を叩き込んだ十字勁からなる俺の鉄山靠。

 並みの男なら一撃失神、病院送りの自信があるそれでもあいつを打ち負かすには威力が足りない。

 

「さすがアル、長渡」

 

 俺の極めた片足を引きずりながらも、にこやかに笑みを浮かべる古菲。

 マゾにしかある意味思えない、俺の鉄山靠のダメージはどこにいった?

 そう考えながらも、俺は彼女の額に滲む脂汗に気づいて。

 

「はは、愉しんでくれたかよ。古菲」

 

 一言ごとに喉からこみ上げる血臭の生臭さと、不味い唾を無理やり飲み込む。

 全身が痛みで熱を帯びる、頭痛がする、ガンガンと頭蓋骨の中から鐘を鳴らされているみたいに痛い、痛い、痛い。

 吐き戻してしまいそうだ。

 でも、それでも、笑みだけは忘れない。無理やりに口元を吊り上げて。

 

「ふらついてるじゃねえか、少しは効いたかよ?」

 

 膝を落とす、腰を据える。

 その途端にびしっと激痛が走り、指先が震えた。涙が零れそうになる。

 

「……すごく重い一撃だったアル。長渡、八極拳使えたのかネ?」

 

 古菲が僅かに目を細める。規則正しい呼吸、鳴らすような吐息。

 その度に艶かしい喉下が喘ぐように震えて、周囲から響く喧騒がどこか遠くなる。

 

「知らなかったのか?」

 

 肩を落とす。

 発熱したように焼ける両手を構えながら、足の指先に力が入るかどうかを確認し。

 

「俺は、元々八極拳使いだったんだよ」

 

 そう告げた。

 これは嘘じゃない。

 昔、短崎と出会った時、一年生だった頃の自分を知る部活仲間は知っている。

 短崎が俺の使っていた鉄山靠を使えるのはそのためだ。

 そして、考えてみろ。古菲、お前自身が頼んだことだ。

 "ネギ少年の八極拳でのトレーニングメニューを考えたのは、俺だ"。

 だけど、もうずっと使っていなかった。その理由が分かるか?

 

「まあ、お前に出会ってから使うのを控えてたけどな」

 

 あの時、古菲が部活に現れたとき、俺の自信は打ち砕かれた。

 

 

 "俺と同じ八極拳使いの元部長が、なす術もなく吹っ飛ばされたのを見て"。

 

 

 その時なんとなく分かり、対峙して吹っ飛ばされた時完全に理解した。

 彼女に――

 

「お前に勝つためには、化勁が必須だと」

 

 打ち勝つためには、あの恐竜の如きパワーをいなすための技術が必要だった。

 ただひたすらに、がむしゃらに化勁を磨いていた。

 太極拳の套路をやり抜き、あらゆる技術を丁寧にやり直した。

 全ては防御、そこから始まる。

 そして、今ほんの少しだが。

 

「そして、ここから――」

 

 踏み込む。

 前へ足を進め、叫んだ。

 

「お前に追いつき、追い越す!!」

 

 全身の痛みを無視して、息を止めながらの縮地法。

 一気に間合いを詰める。

 古菲が構えている。ぶれるような動き、一歩こっちが踏み込むよりも早く、距離を狭めるが――

 

「あめえ!!」

 

 砲弾から銃弾程度にランクダウンした掌打に、俺は小纏を以っていなす。

 絡めるように古菲の左腕を横に払い、コートの裾が千切れるのを確認しながら、前足を跳ね上げた。

 蹴撃。身体を捻りながらの高速ソバット。

 

「っ!」

 

 古菲がそれを受け止める。

 手ごたえ、まるで頑強な岩を蹴ったかのような堅さ。だが重みが足りない、踏ん張りが足りない。

 足のダメージはでかい。

 

「幾らお前でも――」

 

 着地、その衝撃で内臓が裏返りかける。

 ぶっと口の端から血の泡が漏れた、だけど動きは止めない。

 あいつが動いている、それだけで停まれない理由になっている。

 

「っぉ!!」

 

 こちらの着地と同時に痛めた足で跳びこんで来る。

 無傷の足だけでの動きを止めるのは不利だと悟ったのか。

 なら、それに。

 

「その足じゃ踏ん張りが利かねえだろ!」

 

 付き合ってやるよ!!

 

 

 

 

 

 打撃。

 分厚い丸太が飛び込んでくるような打撃に、俺は螺旋を加えた掌で受け止め、弾く。

 衝撃。激痛と共に身体がぶれる、揺らぐ、死にそうになる。

 

「ぶっ」

 

 ついでに口から不味い鉄味が溢れた。

 

「!?」

 

 口元からこぼれた俺の唾液に、古菲が少しだけ動揺したように目を見開いて。

 ――同情はいらないと叫びたくて、腰を落とした。

 

「らぁあああっ!」

 

「っ!?」

 

 重心を落とす、全身を撓める、それらの動きを以って威力に変える。

 沈墜剄、歯を食いしばりながら曲げていた肘を伸ばし――震脚。

 

「くぅ!?」

 

 古菲の化勁。

 俺の崩拳が弾かれる、流れるように掴まれ――俺は同時に手首を捻り、旋転しながら重心を振り回す。

 加速、視界の端で古菲も同じ動きをするのが見えた。

 面白い。

 

『こ、これは!?』

 

 膝を落とし、腰を落とし、胴を落とし、肩を落とし、全身を叩きつける。

 肩と背を相手に向けて――ただこの一撃に全てをこめて――踏み込む。

 

「       !!」

 

「       !!」

 

 無音の絶叫。

 互いの背中が激突して、馬鹿でかい音のようなものが聞こえた気がした。

 

 

 鉄山靠。

 

 

 

 拮抗は一瞬で。

 

「っ!!?」

 

 ――俺がぶっ飛ばされた。

 胃の中身を吐き出しながら、ピンボールのようにぶっ飛んで、ゴロゴロと転がっていた。

 

「がっ!」

 

 完全に押し負けた。

 全身の筋肉と内臓が痙攣し、胃液が喉を通り、鼻と口を焼きながらこぼれ出る。

 

『長渡選手嘔吐! これはダメージが深刻か!?』

 

「きたねえぞ!」

 

「勝ち目がねえなら諦めろよ!」

 

 悲鳴、怒声、罵声。

 観客から響き渡る騒がしい声、だけど構わない。脳がぐしゃぐしゃになりそうなダメージに悶絶しながら――床を叩く。

 

「ぎぃっ!」

 

 掌で、くそ痛い、焼けた鉄板に押し付けたような激痛。

 

「ぁ――   !!」

 

 立ち上がれ。

 気合で起き上がれ。

 膝を押し上げ、がくがくと震える手足を揺らしながら起こし、詰まった喉を鳴らしながら呼吸して、無理やり立ち上がる。

 

『立った! 立ち上がりました、長渡選手!! 何度倒れても起き上がる、彼は不死身かぁ!?』

 

 阿呆か。やせ我慢全開に決まってるだろ。

 もはや膝立ち、鉄山靠の衝撃が全身に響いてる。

 だけど、無理やり振り返る。

 

「もう……一発だ」

 

 古菲が其処にいる。

 まだ倒せていない、彼女が其処にいる。

 目が霞む、どっちが震えているのか、脳髄までずきずきとする、熱帯びたように心臓が激しく鳴る、くそうるさい。

 アドレナリン全開、馬鹿みたいなハイテンション、ただし身体が付いていけない。

 

「いくぞ、おらぁ!!」

 

 踏み出す。

 強引に前のめりに身体を引きずり倒して、飛び込む。

 

「来い!!」

 

 古菲が吼える。

 裂帛の叫び声、今まで聴いたことも無い鋭い咆哮。

 ギラギラと焼けるように輝く瞳、真剣そのもの、それを引きずり出せたでも達成感がある。

 だが、まだだ。まだ満足できない。

 地面に靴底を叩きつける、滑る、痛みと共に旋転。

 体重は勝る、膂力は負ける、質量は上、威力は圧倒に下。性能は圧倒的に絶望で。

 

「っぅ   !!」

 

 互いに踏み込んだ。

 古菲が加速、痛めているはずの足を無視、常時にも匹敵する速度と勢いのよさで来る。

 手刀、牽制の一撃に俺は肘を当てて受けて。

 

(っ!)

 

 相手の威力が優る。

 びきりと嫌な音が響いて、絶叫を上げたくなりながらも身体を捻り、後ろ足に重心を傾けて――化勁。

 推手の応用、上体を大きく捻る。

 自然と距離が密着する、目と鼻が触れ合いそうなほどの超接近戦。

 それに。

 

「    」

 

 俺が。

 

「   」

 

 古菲が。

 

 ――拳で応えた。

 

 

 

 

 

『あーと、こ、これはぁ!?』

 

 打撃。

 

「ぁああああああああああ!!!」

 

 腹にめり込んだ打撃で血反吐を吐きながら、その手を掴み取ろうとして――爪先を蹴り弾かれた。

 片足が崩れる、けれど後ろに倒れながらもう片方の足で古菲の顎を蹴り飛ばした。

 

「っ!」

 

「くっ!?」

 

 互いによろめいて、尻を床にぶつけて、それでも次の瞬間すぐに立ち上がる。

 古菲が果敢に、俺は無様に這い上がりながら。

 殴る、殴る、殴る。

 ただひたすらに殴る、殴りあう。

 

『打撃! 打撃戦です!! 技も試合運びもない、ただの殴り合いです!!』

 

 技はある。

 ただ意味がないぐらいに強引なだけだ。

 

「らぁ!」

 

 一発殴り飛ばす。

 足を踏みしめ、膝を曲げ、腰を回し、連鎖するように全身の螺旋を加えた螺旋勁の打撃。

 それを連打、連環勁、歪に途切れ途切れだけども勁を叩き込み続ける。

 

「ぶっ! がっ!」

 

 けれども――それにも増して三発殴られた。

 弾かれる、不完全な発勁の打撃は捌かれ、受けられ、流されて。

 頬を叩かれ、流れるように足を蹴り飛ばされ、体勢が崩れたところに本命の掌打を叩き込まれる。

 吹き飛ぶ、転がる、前のめりに身体が倒れそうになって……

 

「  だだぁ!」

 

 もはや吐くこともない胃液と共に息を吐き出し、酸素を求めて喘ぎながら立ち上がって――殴り飛ばされた。

 回転。

 視界がくるりと回る、ひっくり返る。

 それが顔面にめり込んだ渾身の打撃だと気づいたのは、とっさに首を回して威力を軽減したおかげ。

 

「べっ!」

 

 痛みでもう何がなんだか分からない、それでも前を見る。

 荒く息を吐きながら、古菲が床を踏みしめて、"響いてこない震動"に嗤う。

 ぬるいぜ。

 そう叫んだつもりだったが、声が出ない。

 ただ迫ってくる打撃に左手を叩きつける。轟音、ばきりと何かがイカれた音がする。

 

「――!!!」

 

 痛え。くそ、痛え。血が噴出す、骨が割れたのだろうか。

 だけど、古菲も無事じゃない。なら、それなら。

 いける、倒せる!

 

「   !!」

 

 声が出ない。もう構わない、声なんていらない。

 歓声が聞こえない、悲鳴が聞こえるような気がした。怒声が聞こえるような気がした。

 アドレナリンが出すぎている、興奮しすぎている。

 自分の動きがスローモーションのように感じる、古菲の動きが見える、実感する。

 互いに血を流す、汗を流す、歯を食いしばりながら殴り合っている。

 泥臭い、古菲の動きは弱く、あの化け物じみた威力に俺が耐えられるのがその証拠。

 左腕が動きにくい、胸元を狙う古菲の打撃、それを右手の手刀で捌く、同時に身体を捻る。それで躱す。

 よろめく、追撃の動き。迫る古菲、重心を変える、前足と後ろ足に配分を変える、膝を曲げる。

 

「 !!」

 

 肩を落とし、腰を落とし、脱力し、崩れ落ちそうになる自分の身体に鞭を打つ。

 抗えと、もっと踏ん張れと、力を尽くせと。

 大地を踏みしめろ、天まで届くほどに踏みしめて、人の力を尽くせ。

 

「てつざ――」

 

 左肩からその背を回すように、この一撃全てに祈りを捧げて、舞台に踏み込んで――

 

「長渡ぉおお!!」

 

 威圧感が増した。

 叫ぶ、古菲の声。びりびりと肌が震えて、見えた。

――"不可視の圧力"

 

 

 轟音。

 

 

 

 

   体が吹き飛んだ。

 

         意識がぶっ飛んだ。

 

             空が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――人はトラックに勝てるだろうか?

 

 その問いに俺はこう答える。

 勝てる、と。

 もちろんただの精神論じゃない。それは実証されているからだ。

 俺は知っている。

 トラックに勝った人を。

 ただ一人、飛び込んできた大型トラックを止めた――勝った人間を。

 

 ――悪いな、坊主。

 

 笑っていた。

 いつものように笑みを浮かべて、トラックに突き出した右手から折れた骨を飛び出させて、喀血を零して、血まみれの体でそれでも立っていた。

 

 ――もう教えてやれねえわ。

 

 痛いはずなのに。

 泣き叫びたいはずなのに。

 泣きもせずに、叫びもせずに、静かに死んだ。泣き叫ぶ俺の弱さを証明し、俺よりも強いことを見せ付けるように死んだ。

 何処までも強い人だった。

 きっと世界で一番強い人間だった。

 そう、それが俺の師匠。

 

 真崎 信司。誰よりも俺の憧れた人。

 

 

 

 

 うるさい。

 ざわざわと音が鳴り響く。

 

『スリー! フォー!』

 

 頭痛がガンガンと鳴り響く。

 今にも吐きたくなるほどだ、これほど酷いのはインフルエンザで死に掛けたとき以来だろうか。

 

『ファイブぅ! シーックス!』

 

「長渡ぉお!!!」

 

 ……うるせえな。

 

「立て! 立ちやがれ!」

 

 ……誰だ?

 

「負けんな!! もう少しだろうが!」

 

 ……耳元で。

 

「起きろ!! 起きるんだ!」

 

 騒ぐなよ。

 

『セブーン! エイトォー!』

 

 だから――

 

『ナイ――』

 

「    るせぇええ!」

 

 目を開く。

 叫ぶ、身体を起こす。びしびしと全身から激痛が走る、左腕がぷらぷらする、全然動かない。

 

「ってえええ!?」

 

 涙が毀れる、思わず悲鳴を上げる、激痛にもだえて右手で左腕を押さえた。

 

『た、立ちました! 長渡選手、数えるのも馬鹿らしい蘇りです! 彼はゾンビかぁ!? それとも其処まで勝ちたいのか!!』

 

 当たり前だろうが、馬鹿。

 ふらつきながら、脂汗の止まらない左手の激痛から目を離し、目に流れ込んでくる血を右手の甲で拭う。

 痛い、どこまでも痛い。

 興奮が引いた、一度失神しかけたことで醒めたのかもしれない。

 心臓がうるさい、馬鹿みたいに鳴り響いてどくどくと痛いぐらいに動いている。

 目が霞む、体の中が焼けた鉄棒でも突っ込まれたみたいに熱くて堪らない。

 

「っぅ!」

 

 ぐらりと揺れて、とっさに踏み止まる。

 そこで、声がした。

 

「ギブアップしない、アルカ?」

 

 古菲の声。

 目を開く、大きく、前を見て――思わず笑った。

 ずたぼろだった。

 丸めていたはずのお団子は片方外れてその髪が靡いて、擦り切れた白い拳法着は大方俺の血で汚れて、垂れ下がった布がびらびらと風に揺れていた。

 本人もまた凄い。肩からはむき出しの肌、片腕の布は千切れて、頬からも血が出ていて、あちこちに擦過傷と打撲の痕。

 俺が刻んだ傷跡。

 互いに受けたダメージの結果、殴り合いの無様さ。

 あの可憐で最強と言われる古菲の姿は其処に無く。

 

 いるのはただ俺が倒すべき、超えるべき少女が一人。

 

「は、はは、すると思うか?」

 

 嗤う、その度にわき腹が痛む、すげえ痛い。

 でも笑え。笑みを浮かべる、やせ我慢でも笑い続ける。

 自分を愛せ、笑みを浮かべろ、余裕を取り繕え。

 

 ――笑って死ねるなら幸せだろう?

 

(そうだろう、師匠)

 

 右手を上げる。

 左肩を落とす、構える。

 

「……諦めないアルネ」

 

「お前が逆の状況だったら、諦めるか?」

 

 諦めないだろう?

 そう予測しての返答だった。

 けれど、古菲は。

 

 

「諦めるかもしれないアル」

 

 

 意外な言葉を吐いた。

 ぼそりと静かに、多分俺ぐらいにしか聞こえない程度の響きで。

 

「は?」

 

 思わずそう呟いてしまう。

 そして、その声が聞こえたのか古菲は苦笑して。

 

「強敵と戦いたいアル、それは当たり前アル。だけど、絶対に諦めないとは言い切れナイネ」

 

 スタンと舞台の上に足音が響いた。

 静かに靴音を鳴らす。規則正しく、身体を動かして、古菲が微笑んだ。

 

「けど、今ここで諦めない理由なら見つけたアル」

 

 拳を突き出し、彼女は真っ直ぐに俺を見て――

 

「勝ちたいアル」

 

 告げた。

 

 

「長渡、今分かったアル。私は、ずっと貴方と"拳を交えたかったのだと"」

 

 

「    だから」

 

 聞こえない言葉が発せられた。短く古菲の唇が揺れる。

 そして、その瞬間、大気が震えた。

 

「!?」

 

 台風のように、びりびりと肌が震える。背筋が凍る、全身に鳥肌が立つ、血が凍りそうだった。

 

『なっ、な、なっ!? なにか凄まじい威圧感が発せられています!!』

 

 古菲の全身から気配を感じる、圧迫感、今にも吐き出したくなるようなほどに強いなにか。

 

『こ、これは気!? しかも、今までとは比べ物にならないほど強く!』

 

『い、いけません!! 常人相手にその出力は――砕け散りますよ、古菲さん!』

 

 豪徳寺の、茶々丸の声が聞こえた。

 だけど、構わない。

 俺は笑う、いつものように、へらへらと、ひたすらに。

 

「いいぜ、来いよ」

 

 構える。

 今にも逃げ出したくなる本能を押さえつけて、余裕に見えるように歯を剥き出しに、血を零しながら言ってやる。

 

「俺は、人間は負けねえよ」

 

 全身の力を込める、神経を集中させる。

 わずかにでもミスらないように、前に目を見開いて。

 

「何故か分かるか? 古菲」

 

 彼女が笑った。

 優しく、嬉しそうに、本当に嬉しそうに。

 

「何故アルカ?」

 

 心蕩けてしまいそうな笑みだった。

 嗚呼、畜生。

 

「人は――"トラックにだって勝てるんだから"、お前程度の恐竜娘はぶちのめせる」

 

 "惚れちまいそうだぜ。"

 いつか忘れた初恋のように心がときめき、つり橋効果でバクバクとアイラブユーでも歌いそうなほどに動く心臓に気合を入れる。

 止まるな、止まるとしても勝ってからにしろ。

 

「だから」

 

 手を伸ばす。

 指を曲げて、動かして。

 

「来い、古菲」

 

 言った。

 

「分かったアル、長渡」

 

 応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、一瞬で決着をつけた。

 轟音。

 爆音。

 スゲエ音。

 どれでもいい。

 ただ古菲が踏み込み、舞台が砕け散って、目にも見えない速度で飛び込んできた。

 そして、その崩拳はやっぱり目にも見えなくて――

 

「ごぷっ」

 

 俺は口から血反吐を吐いて、腹部にめり込んだ激痛に赤い吐瀉物を撒き散らし――

 

「――長渡」

 

 目と鼻の先、俺が手に触れた目の前の天使みたいな恐竜娘は。

 

 

 

「強いアル」

 

 

 "深々とめり込んだ俺の右手"にもたれかかりながら、崩れ落ちた。

 一撃。

 そう長い試合はたった一撃で幕を引いた。

 

「あ~……」

 

 崩れる。

 溢れる血が不味い。

 膝を崩して、"抜けない後ろ足"から膝を落とす。

 退歩、太極拳からなる基本動作。

 そして、それに震脚を加えた踏み込み、真っ直ぐに伸ばした掌、そして彼女の勢いを全て受け止めた。

 

 

 そう、"あのときの師匠のように"。

 

 

 俺はただ一撃のカウンターを決めた。

 そして。

 

「あはは、恐竜にも勝てるかもな」

 

 今の俺なら、とくだらないことを考える。

 全身から力が抜けていく。

 胸の中に飛び込んだ小さな少女を抱きかかえて、ゆっくりと目を閉じた。

 悲鳴。

 それ以上の歓声。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

『第一回戦 第八試合、勝者は――長渡光世選手です!!!』

 

 

 

 

 その言葉と共に意識を失った。

 

 

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