欠陥人生 拳と刃 作:箱庭廻
私は馬鹿だから
私は強い。
強いと知っている。
故郷から麻帆良にきてもそれは変わらない。
故郷の老師は言った。
「クーよ、お前は強い。表の人間で敵う者はほぼいないだろう」
故郷で何百人と弟子を持っていた老師は、高弟たちを打ちのめした私を呼んでそういった。
――表とはなんですか?
「世界には裏と表がある。世の理外、陰と陽。影があれば光があり、日の光が当たる場所があれば、影しかない場所もある」
――よくわからない。
――武術は武術、武は武ではないのか?
「使う道具は同じ、同じ人は人ではある。だが理外の外のものはその上を行く」
お前はそれだと言われた。
何十年と、私よりも大きくて、功夫を重ねた高弟たちが私の前に倒れた。
スゴイ。
強い。
勝てないと。
だから、私は特別なのだと知っている。
だから納得があった。
そういうと、老師は空を見上げた。
「お前は一人ではない。世には同類が多くいる、死なず悠久保持者、億千万の斬積、赤い翼。この全土を見渡してもなお数百は超える」
わしは違うがなと老師は笑った。
グビリと酒を飲みながら、楽しそうに、ただのちっぽな老人だと嘯く人は笑っていた。
「麻帆良にいくのだろう?」
――はい。
憧れていた高弟たちに見習って功夫を積んでいた私の前に手紙が来た。
マホラと、何故か読めないはずの言葉が読めて、招きたいと招待されていた。
パスポートと旅費、住む場所も用意してあると。
知らない場所にいくことに不安がなかったわけじゃない。
だけど、興味があった。胸が何故か弾んだ。
自分の力が試せるのかもしれないと予感があった。
「寂しくなるだろう、弟子共はお前が好きだった」
たくさんの指導を、功夫を一緒に過ごした。
子供の頃から憧れていて、厳しいことも優しいことも、ひどいことも、嬉しいことも言われた。
だから。
倒せてしまった時は。
あっけなく本気でやれば倒せてしまった時は。
私は逃げるように麻帆良へと向かおうと思って、老師に呼ばれた。
叱られるのか。
あるいは罵倒されるのかと思って不安でいて。
だけどいつも通りの老師で。
「クー」
――はい。
「お前には英雄の星がある」
――ほし。
「わしにはお前を護れん。金も権力もあっちが上だ、天の流れ、世の求め、権力者に対する世界を変える力はわしにはない」
――守れない。
「お前ならいつかは、いや、必ずとも我が道を進むだけの力を得るだろう。それを叶えるだけの才気と性根がある」
――己が道を。
「しかしのぉ」
老師は言う。空を見上げ、天を見て、土を見て、地を見下ろした。
私はその視線に沿って見て。
「それはつまらんぞ」
老師を見失っていた。
消えたわけじゃなく、斜め横に、声をかけられるまで気付かない位置にいた。
近頃はこれがないと歩けんとかいっていた杖も持たずに立っていた。
「天は流れ、川は流れ、世の流れに浮かぶも沈むも自由自在。釣仙の戯れめいて思想にふける若気の至りもないとは、人の世は灰色よ。命は儚く、夢は偉大で滑稽じゃ」
――よくわからないです。
「うむ、お前は馬鹿じゃからな」
――師兄たちもわからんっていってました。
あと適当にいってるよなとか、少しボケてるときあるよなとかも言ってたと思う。
「よくいわれるわい」
そういって歯をむき出しに笑って、老師は笑って手を掲げた。
「クーよ」
構えて、いつもと変わらない弱弱しい体で。
「最後の教えじゃ。かかってくるがよい」
「ハイ!」
そうして、私は老師に挑みかかった。
きっと勝ってしまうのだろうなと思いながら。
老師に敗北し、私は麻帆良を訪れた。
それからの日々はとても忙しく、故郷での少しずつ違うだけの明日とは違って、目が回りそうだった。
同じ出身だという超鈴音から日本語を教わり、学業もうん、まぁ精一杯頑張った。
難しいことだらけだけど、体を動かすことが好きだったし、友達もたくさん出来た。
麻帆良の人はいい人ばかりだった。
そして、こちらでも故郷の武術が伝わってると聞いて、部活の門を叩いた。
麻帆良は特別だと聞いていたから。
きっと私と同じぐらい、私よりも強い人がいるのだろうと期待していた。
けど、あっさり勝ってしまった。
一撃で吹き飛ばしてしまって、拍子抜けするぐらい簡単過ぎて。
それでも誉めてくれたのは嬉しかった。
その中にあの人がいることを最初は全然覚えていなかった。
時間は進む。
学校に通って、中国武術研究会にも出て、いつの間にか部長を引き受けることになっていた。
ウルティマホラに出て、私の同類とも出会って、なんとか優勝もした。
毎日たくさんの手合わせを求められるし、自分が強くなれる機会がたくさんある。
人生は充実してるんだと思う。
だから何もかも特別で。
あの人のことだって意識はしてなかった。
ただいつも功夫を欠かさない人だなって思っていた。
綺麗な套路、丁寧な太極拳の動き。
毎日のように同じことを繰り返していて、それでいて手抜きをしない。
それが手合わせをするたびに分かった。
少しずつだけど前に進んでいる。
自分の脚で進んでいる、それを知っている。私の崩拳を小纏でいなされた時はびっくりしてしまった。続けて出した一撃で吹き飛んでしまったけれど。
それでも悔しそうに、また套路をなぞる姿を見ていた。
ああ、この人は。
私に諦めないでくれるのだなと知った。
毎日挑む人の大多数が私に挑んでくれる。
強いから。
価値を認めてくれるから。
ただ自分を試したいから。
それは嬉しい、堪えない、だから誰の挑戦も受けて応える。
麻帆良は優しい。
私がただのカンフー娘でいられる気がする。
あの人が、私と戦う度に少しだけ緊張して、でも目をそらさずに戦ってくれるから。
私は強いままでいられる。
何人も諦めてしまった人を知っている。
私のせいで部活から去っていった。
同類だった人、大豪院ポチも私と何度か手合わせをして強くなって、それで部活を止めてしまった。
私は強いんだって知っている。
だけど違う人もいるのを知らなかった。
強くなれる人、強くなれない人もいて。
強くなれない人はどうやったって強くなれないのだと。
あの人はその後者だった。
特別ではないのに努力する意味があるのかって、私が勝った人が泣きながら言っていた間にも、ずっと丁寧に套路を重ねていた。
それが嬉しかった。
時間は進む。
ネギ先生がやってきて、図書館島で勉強したり、京都でスゴイびっくりするような戦いが出来た。
そこで眼鏡の日本美人さんはやばいってことを学んだ。コワイ。
そして、先生を狙った悪魔に私たちが誘拐されて、あの人は、長渡は泣いていた。
「俺の、おれのともだちなんだ! 大切な親友なんだよぉ!」
泣いていた。
何があってもくじけないと思っていた人が泣いて、友達のために悲しんだのを見た。
自分が強さに意味なんてなかった。そう痛感した出来事だった。
時間は進む。
「古菲さん、僕に中国拳法を教えてください!」
ネギ先生が真っすぐに、鬼気迫る顔で頼んできた。
私が強いのだと信じて頼まれてしまった。
だから私なりに頑張って考えて、特訓方法を伝えようとしたら、長渡とその友達に駄目だしされた。
何が悪かったんだろう。未だにわからない。
だから長渡から教わった通りに、あと私が覚えたやり方で出来る限り力になろうと思った。
私も強くなりたいから。
時間は進む。
麻帆良祭りで、まほら武道大会に出場した。
理由は一つ、面白そうだったから。
ううん、その理由は七十割ぐらいだったけどそれだけじゃない。
真名に、楓に、タカミチ先生や、ネギ先生と戦いたかった。
自分よりも強い奴に挑みたい、大好きな肉まんをたくさん食べたいぐらいにある気持ち。
だけど、それもあるけれど、彼と戦いたかった。
長渡。
彼が参加すると聞いて、その気持ちが強くなった。
私が知っている限りの同類が、強いクラスメイトが出てるから、戦えるかわからなかったけれど。
彼は勝ち上がり、そして、最初に戦うことが決まった。
嬉しかった。
「全力で応える、それが私と長渡のやり方アル」
試合が始まる。胸が高鳴ってしょうがなかった。
吸い上げる空気すらも熱く、火の粉でも口に入ったみたいにバチバチ体が昂った。
彼は強くなっていた。
違う、元から強かった。とても。
私が何度も攻撃しても、その度に、痺れるぐらいに丁寧にいなす、
どれだけ功夫を重ねて、套路をこなしたのか私は知っている。
私が受ける一撃はどれも重くて、一発でも手を抜けば敗北に押し付けられる勁の重みがあった。
特別ではないのに。
特別ではないから。
彼という人間に、私という怪物が戦えている。
何度も殴られて、足が痛めつけられても、それでも辛くて、それ以上に笑えた。
彼は追いついてくれるのだと。
私は戦えているのだと。
蹂躙ではなく、人と、強い人と、挑めるのだと。
「お前に追いつき、追い越す!!」
ねぇ、知ってる。
貴方は私よりも背が高くて眩しいんだって。
「 !」
私も追いつく、超えていきたい。
その叫びを笑みに変えて、挑んだ。
――老師との戦いを思い出す。
十回挑んで、十回ともなすすべもなく敗北したことを。
自分があっさり勝ってしまうと思って挑んだ最後の教えを。
老師は気を使えなかったのに。
「強者に打ち勝つことこそが武の真髄である」
それなら強者は、強い人間は武を学んではいけないのですか。
私は武が好きだ。
強くなることがいけないのですか。
弱いものを虐めないといけないのですか。
「否。強者が弱くなることもまた武の真髄よ」
弱くなる。
老師はそういった。
「自分を愛せクー。天も地もこれほどまでに広い、人がどれほどまでに手を振り上げようとも天には届かず、ただその自由を楽しめる」
笑って、私の頭を撫でてくれた。
「同じ空を見上げて、共に手を掲げれば、それは同じ人だ。お前は一人ではない」
老師は知っていた。
高弟たちと同じことをしても威力が違う、力が違う、私が同じ套路をすることが怖くなっていたことを。
「人は皆違う人を愛し、人とは違う己を愛さずにはいられないのだから」
覚えている。
この言葉を。
「愛を探せクー。お前の世界は誰かのためにあるのではない、お前が愛し愛される者たちのためにあるのだ」
そして、一瞬で決着がついた。
大きい音。
爆発したような音。
すごい音。
どれでもいい。
ただ長渡が、私の挑んだ先で、その先で待っていてくれて。
そして、その一撃はやっぱり綺麗で――
「――長渡」
目と鼻の先、老師みたいに優しい顔をした。
大きな人は。
「強いアル」
私が好きになった人でした。
完全新作
本日はこれ一本のみです
明日は本編二本投下します
あと頭よさそうにみえますが、古菲は馬鹿なので錯覚です