ストライク・ザ・ブラッド 蒼を継ぐ者   作:テルメン(白)

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一章前編

夕日の射し込む小さな病室ーーーーー

その中央に置かれたベッドの上で暁凪沙は寝息を立てていた。

 

「あれ・・・・・古城君?いつからいたの」

 

古城の気配に気づき目を覚ましたようだ。

 

「ついさっきな。悪い。ちょっと遅くなった」

 

入院中の凪沙を学校帰りに見舞うことが、最近の古城の日課だった。

今日は波朧院フェスタの準備に巻き込まれて、到着が遅れてしまった。

 

「そうなんだ。残念だったね。もうちょっと早く来てくれたら、蒸しタオルで、凪沙の背中を拭かせてあげたのに、特別大サービスで」

「それのどこに俺が残念がる要素があるんだよ」

 

古城は呆れ顔で息を吐く。生憎、古城には妹萌えの趣味はない。

 

「今日は古城君だね?浅葱ちゃんと龍牙君は?」

 

あっさりと受け流されたことに頬を膨らませつつ、凪沙がのろのろと上体を起こした。

 

「龍牙のやつは知らねぇが、浅葱のやつはバイトだとさ。これ、あいつから預かってきた。新刊だってよ」

「わ、ホントに!?浅葱ちゃんにお礼言っといて。こないだから続きが気になってたんだよね、この麻雀マンガ。あとこれ、居酒屋グルメのやつ」

「・・・・・オッサンかよ、おまえらは・・・・・まあいいけど」

 

やけに渋い妹たちのマンガの趣味に、古城は顔をしかめて苦笑した。

 

「思ったよりも元気そうだな」

「うん。ごめんね、迷惑かけて。いつもの検査入院だから、来週には退院できると思うし」

 

照れたように凪沙が笑う。

 

「なんでもいいけど無理するなよ」

「大丈夫だよ。病院にいると深森ちゃんも会いに来てくれるしね」

「まあ、あんなんでもいちおう主治医だからな・・・・・」

 

母、暁深森は、MARの主任研究員だった。おまけに医療系の過適応能力者で、医師の資格も持っている。

 

「それよりも古城君のほうが心配だよ。凪沙がいないとすぐ窓を開けっ放しのまま寝ちゃうし、洗濯物沙干しっぱなしだし、部屋は散らかすし、コミは溜めかむし。ちゃんと寝る前には歯を磨いて、宿題も忘れずにやるんだよ」

「幼稚園児かよ、俺は」

 

古城は不満げに唇を歪めた。

 

「そういえば、テレビで見たよ。一昨日の爆発。凄かったんだね」

 

凪沙が不意に話題を変える。

 

「ああ、道路が陥没したやつな」

 

二日前。このMAR付属病院のすぐ近くで、大規模な爆発事故があったのだ。たまたまその日、凪沙の見舞いに来ていた古城と浅葱は、道路が通行止めになったせいで深夜まで帰宅できずに、ひどい目にあった。龍牙は走って帰っていた。

 

「建設会社の施工ミスだったんだろ。地下のパイプに亀裂が入ってて、漏れたガスが溜まって、漏電の火花で発火したとか」

「え、そうなの?あれつて眷獣じゃないの?」

「は?眷獣?」

 

古城が聞き返す。

 

「あの場所に膨大な魔力が残留していた。恐らく旧き世代の吸血鬼が犯人だろうって、龍牙君がそう言ってた。深森ちゃんは隕石だって」

「・・・・・あー、龍牙が言ってたような気がするな。あと、母親のは絶対デマだからな」

「えー、宇宙人見たかったな」

 

凪沙は続ける。

 

「残念だね。でも、本当はどうなのかな?魔力が残留してたっ言ってたし、もしかして、島全体で隠蔽!?」

 

凪沙の大げさな発言に苦笑する。

その瞬間、サイレンが鳴った。

 

「ーーーーーって、また事故かよ!?」

 

話題にしていたことが、起きたのかと驚いて、古城は窓際に駆け寄った。

サイレンが鳴っているのは、この病棟ではなかった。すぐ隣に立っている巨大な建物ーーーーーMARの研究所の方角だ。

 

「凪沙!?」

 

振り向くと、苦しげに胸を押さえて倒れこむ妹の姿が目に写る。

 

「だい・・・・・・しょうぶ・・・・・ちょっと驚いただけ、だから」

「平気な顔色じゃないだろ。待ってろ、すぐに誰か呼ぶからーーーーー」

 

必死で冷静さを保ちつつ、古城はナースコールのボタンを探した。

しかし、古城がそれを押す前に、病室のドアが開く。

入ってきたのは、白衣を着た背の高い女性だ。

 

「ーーーーー遠山さん?」

「廊下にいたら古城さんの声が聞こえたので。凪沙さんは大丈夫ですか?」

 

深森の助手で、顔見知りだ。

少し安心する。

 

「今のサイレンはなんなんです?」

 

古城が、凪沙の診察を始める遠山に訊いた。

 

「研究所本館の建物内部で、不審者の侵入者が確認されたようです」

「不審者って・・・・・・」

「警備員が捜索中ですが、今のところは・・・・・。相手が爆発物などを所持している可能性も完全には否定できません」

「ば、爆発物・・・・・!?」

 

古城の全身が強張った。

 

「ですので、念のために凪沙さんを移送しようと思います」

「あ、ああ、そういうことならーーーーー」

 

古城は遠山に向かって頷く。

 

「ごめんね、古城君。せっかくお見舞いに来てくれたのに」

 

凪沙が苦しげに息を吐きながら、弱々しく言った。

 

「気にすんな。落ち着いたら連絡するように、母さんに言っておいてくれ」

「うん」

「あと持って帰るように頼まれていた制服ってこれか?」

「うゆ。クリーニングよろしくね。西口の北極舎さんは水曜日に半額セールやってるから、忘れずに出してね。キッチンの引き出しのところにスタンプカードがおいてあるから」

「注文多いな・・・・・」

 

古城は半ば感心しつつ溜息をついた。

凪沙が担架に乗せられ、運ばれるのを見送る。

 

「院内の警備態勢を強化しています。しばらく外に出ないほうが安全かもしれません。どうぞ妹さんのパジャマを被るなり。枕の匂いを嗅ぐなりして自由にお過ごしください」

 

予期せぬ不意討ちに、グフッと古城は咳きこんで、

 

「真面目な顔で人に変態行為を強要しないでください!俺にはそういう趣味はないんで!」

「・・・・・え」

「え、じゃないですよ!なんでそんな意外そうな顔をしてるんですか!?」

 

無表情な遠山を睨んで、古城が喚く。

 

「それでは、もしお帰りになるのでしたら、医療棟の通路を使ってください。こちらの通行証で通れます」

「あ、はい・・・・・わかりました」

 

遠山が出ていった後、すぐに右脇腹の肋骨付近に激しい痛みが走る。

 

「ぐっ・・・・・!?」

 

古城はたまらず壁にもたれて苦悶する。同時に、異様な映像が脳裏に再現される。

 

「なん・・・・・だ!?」

 

額を押さえて、古城がうめいた。

その直後。

轟音とともに大地が揺れて、凄まじい衝撃が病院を突き上げた。

 

 

「くそ・・・・・」

 

古城はふらつく足取りで、医療棟へと向かっていた。

脳裏に流れ込んでくる映像の奔流は消えている。だが、肋骨の痛みはひどさを増していた。心臓の鼓動が耳元で荒々しく鳴っている。

全身が焼けるように熱い。

 

「こっち・・・・・か・・・・・?」

 

自分がどこに向かっているか、古城自身にもわかっていない。

ただ、誰かにずっと呼ばれている気がしていた。

古城はそれに応じて、呼ばれている方へ向かう。

 

「氷・・・・・だと?」

 

通路の床や壁が氷に覆われて、継ぎ目の金属部分に霜がこびりついていた。

地面に生えた無数の氷柱が、イバラのように鋭く尖って近づく者を阻んでいる。

そこで古城は足を止めた。

学校の教室もありそうな、だだっ広い部屋だった。

いつの間にか身体の熱は引いていた。肋骨の痛みも消えている。

 

「誰か、いるのか?」

 

古城の声が、白い霧の中に反響する。その呼びかけに応えるように、新雪。踏みしめるかすかな足音が聞こえてきた。

 

「・・・・・え!?」

 

振り返った古城は、呆然と目を見開いて動きを止める。

倉庫の天窓から降り祖そぐ夕陽の中に、彼女は無言でたっていた。

妖精めいた儚げな容姿の、年若い少女だ。

手脚は幼い子どものように細く、肉づきも薄い。瞳の色は氷河のような薄い青。

髪の色は淡い金髪で、見る角度によって虹のように色が変わっていく。

 

「なんで・・・・・・俺はあんたを知って・・・・・!?」

 

頼りなく立ち尽くしたまま、古城がうめいた。

脳内に再び無数の幻覚が流れこんでくる。

古城は彼女を知っていた。

ここではない遠い昔に、古城は彼女と会ったことがある。

殺戮と暴力に彩られた、血塗られた遺跡でーーーーー

 

「ぐっ!?」

 

少女がゆっくりと前に歩み出た。純白の霧に包まれていた彼女の、ほっそりとした全身があらわになる。

少女がなにも身につけていないことに、ようやく古城も気づいた。

 

「ま、待て・・・・・・」

 

彼女を制止しようと古城は掌を向ける。しかし少女は足を止めない。

そして古城も彼女から目を逸らすことができなかった。女王に惹きつけられる蜂たちのように、彼女に魅入られて動けない。

 

「くそ・・・・・こんなときに・・・・・」

 

息苦しさが不意に古城を襲った。

金属の臭いが鼻を衝き、口の中に血の味が広がっていく。鼻血が吹き出したのだ。

古城の口の端から流れる血を、少女が舐め取る。

 

「俺の・・・・・血を吸って・・・・・!?」

 

目の前の少女の正体に気づき、古城は声を震わせる。

彼女は魔族だ。それも桁外れに巨大な力を持つ、未登録の吸血鬼だ。

この部屋の周りが凍てついているのは、彼女の魔力が引き起こした現象なのだろう。

古城は殺されることを覚悟する。

こんな密着された状態では逃げることもできないし、たとえ助けが来たとしても少女は全裸だ。彼女が襲われているものと考えるだろう。

 

「う・・・・・あ・・・・・」

 

少女の反応は意外なものだった。

怯えたように後ずさった。

ますます古城が襲ったような状況だ。

 

「おまえ・・・・・」

 

古城は動揺する。誰かに見つかれば疑われるのは確実だ。

最悪なことに、人に見つかった。

 

「ーーーーー動かないで!」

「え!?」

 

古城はうっかり振り返ってしまった。

顔がバレたことにショックを受けつつ、どこかで見たような顔に疑問を浮かべる。

しかし、それは特区警備隊でも統制機構の両方でも無かった。

その手には、金属製の黒いクロスボウが握られていた。

 

「あんたも吸血鬼か。研究所に侵入した不審者ってのは、あんたたちのことなのか?」

 

古城か女を睨んで訊く。

頭の中ではどうやって逃げるかを考えていた。

 

「いちおう確認しておくの。あなたが暁古城で間違いない?」

 

名前がわかるような物は持っていないどうしてわかったと、古城は思考する。

 

「どうして俺の名前を?」

「私はヴェルディアナ・カルアナ。戦王領域カルアナ伯爵領主の娘よ」

「カルアナ・・・・・って・・・・・」

 

どこかで聞いたことのある名前だ。

思い出そうとするが、頭痛がし、思考が強制的に中断される。

 

「あなたがゴゾ島での記憶をなくしていることは知ってるの。思い出せないかもしれないけど、信じて欲しい。私はあなたの敵じゃない。MARに被害を与えるつもりもないの」

「被害を与えるつもりはないって・・・・・ここの地下を爆発したのはあんたじゃないのか?」

 

ヴェルディアナと名乗った彼女は、バツが悪そうに視線を彷徨わせながら、

 

「わ、私はただ、囚われていたその子を連れ出したかっただけなの」

 

そう言ってヴェルディアナが指したのは、金髪の吸血鬼の少女だった。びくっ、と少女は肩を震わせて、なぜか古城の背中に隠れようとする。

 

「・・・・・囚われていた?ここの入院患者ってことか?」

「どちらかといえば、実験動物という表現のほうが近いかもしれない」

 

ヴェルディアナは金髪の少女を眺めて、哀れむように目を細めた。

 

「MARの研究対象だったってことか?こいつが吸血鬼だからか?」

「ええ、そう。その子が普通ではない、特別な吸血鬼だからよ」

 

古城に敵意がないと判断したのか、ヴェルディアナが構えていたクロスボウを下ろした。そんな彼女の右腕から、鮮血が流れ落ちていることに古城は気づく。

 

「その傷・・・・・警備員に撃たれたのか?」

「吸血鬼を舐めないで。この程度の傷、すぐに治るし」

 

左手で傷口を押さえて、ヴェルディアナが唸る。

 

「・・・・・ただの傷ならそうかも知れないけど、ここは〝魔族特区〟だぞ。対魔族用の特殊な弾を使ってるに決まってるだろ」

「そうね。だこら彼女を危険にさらすような真似は避けたいの」

 

ヴェルディアナは、意外にも素直に古城の言い分を認めた。そして折り畳んだクロスボウ(古城の前に差し出してくる。

 

「お願い。協力して、暁古城」

「協力・・・・・?」

 

勢いでクロスボウを受け取ってしまったものの、矢くらい渡して欲しい。

 

「彼女を連れ出して逃げて欲しいのよ。私が警備員を引き付けるわ。その隙にどうにかして彼女を連れ出して。あなたが牙城の息子なら。それくらいはできるはずなの」

「は?」

 

なぜそこで父親の名前が出てくるのだ、と古城はさらに混乱した。

だが、同時に納得した。あの馬鹿親父がなにかやらかしたな。

 

「彼女を安全な場所に匿っておいて。あとで必ず迎えにいくから」

「いや、だからっ!」

 

矢の無いクロスボウを渡されても邪魔なだけなんだよ!

 

「せめて、クロスボウの矢を寄越せ!本体だけあっても邪魔なだけだ!」

「矢!?無いわよ!それじゃ、頼んだわよ!」

 

逆ギレして、行ってしまった。

金髪の少女が怯えてしまった。

 

「打撃武器として使うか。って、それより、その姿じゃ、あとで俺が捕まる」

 

とりあえず、預かった凪沙の服を着せる。

 

「わ、我に淫らな視線を向けるな・・・・・!」

 

金髪の少女が背中を向けて抗議してきた。

 

「ああ、悪い・・・・・」

 

恥ずかしいという感情があったのだな、と古城は妙なところで感心する。

 

「た、暁古城よ・・・・・な、汝に戒めの鋲を穿つことを緩そう」

「は?」

 

意味がわからなかったが、ボタンが閉まって無いことからだいたい予想がついた。

 

「わかったよ」

 

金髪の少女のボタンを閉めてやる。

 

「さて、そろそろヴェルディアナが警備員を引き付けているころだろ。今のうちにいくぞ。あと、堂々としていろよ。その方が怪しまれずに済むからな」

「よ、よかろう」

 

言葉は偉そうだが、古城の制服を必死で握りしめていた。

 

「はぁ、おまえ、堂々としていろって言っただろ。そんなくっつかれたら、あからさまに怪しいだろうが!てか、歩きづらいわ!」

「ひ・・・・・う・・・・・」

 

古城に荒っぽく怒鳴られて、金髪の少女は半泣きになっていた。

 

「ア、アヴローラ・・・・・」

「あ?」

「おまえ、違う・・・・・アヴローラ・フロレスティーナ。た、尊き我が名・・・・・」

 

とうやら、少女の名前はアヴローラという名前らしい。

 

「わかった・・・・・悪かったよ。ごめん」

 

そう言って古城は、涙目の彼女に手を伸ばす。

またしても怯えて後ずさる吸血鬼の少女に、古城は軽く途方に暮れながら、

 

「ほら。行くぞ、アヴローラ」

 

その瞬間、初めて彼女が笑った気がした。

アヴローラが、古城の手を怖ず怖ずお握り返してくる。

冷えきった彼女の手をしっかりとつかんで、古城は外へと歩き出す。その先に待ち受けている運命を、今はまだ共に知らないままにーーーーー

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