制服を着たアヴローラを連れて、古城は海沿いの歩道を歩いていた。
MARからの脱出は呆気ないほど簡単に終わった。古城たちは誰にも見咎められることはなく、医療棟の裏口からあっさりと外に出ることが出来たのだ。ヴェルディアナの陽動に、果たして意味があったのかと疑問に思ってしまうほどだった。
「ここまで来れば大丈夫か・・・・・意外とどうにかなるもんだな」
隣を歩くアヴローラの横顔を見ながら、古城は拍子抜けしたような気分で呟く。
夕焼けの中を歩く制服姿のアヴローラは、意外にも、吸血鬼ですらない普通の少女のように見えた。医療棟で拾ったナースサンダルを裸足につっかけているのも、案外似合っていて違和感はない。
そのアヴローラは、落ち着かない様子で、しきりに周囲を見回していた。ありふれたビルや道を行き交う自動車を眺めては。ふぉぉ、と驚嘆したような声を出す。
「そこまで驚くほどの景色でもないだろ?」
いちいち足を止めるアヴローラを、呆れたように振り返って古城が言う。
しかしアヴローラは、そんなことはない、と懸命に首を振り、今度は海辺のフェンスへと駆け寄っていった。
「そういえ地下に閉じのめられてたようなことを言ってたよな・・・・・」
なら、彼女のはしゃぎようも、理解できないことでもなかった。が、
「こら、あんま飛び跳ねんな。自分がパンツ穿いてないのを忘れるなよ」
脚をばたつかせていた彼女を、古城は慌てて引きずり降ろす。制服のスカートが翻って、見えてはいけない部分まで見えそうになっていたのだ。
「げ、下劣なる妄想は慎め、下僕!」
指摘されたアヴローラは耳の先まで赤くした。
「いつから俺がお前の下僕になったんだよ・・・・・」
涙目のアヴローラを呆れた顔で見返し、古城は深々と溜息をついた。
「龍牙のとこに行くか」
古城は安全で信頼できる友人を頼ることにした。
「リューガ?」
「そう、龍牙、前に魔族相手に素手で勝っていたから、それなりのやつに狙われない限り安全だろう。家も隣だし」
前に魔族に絡まれたとき助けてもらったことを思い出す。
そこで手を繋いでいたアヴローラが立ち止まったことに気がつく。
「おい、アヴローラ・・・・・?どうした?どこか悪いのか!?」
アヴローラのお腹からグー、という音がした。
「き、飢餓の衝動が、我を襲って・・・・・」
「あー・・・・・要するに、あれか。腹が減って動けないと?」
「い、いかにも」
「そういえば、おまえ、目覚めたばかりって言ってたか。吸血鬼もメシ喰わないと普通に腹が減るんだったよな・・・・・」
古城は顔をしかめながら、それでも周囲の街並みを見回した。
見慣れた文字を見つけて、アヴローラの手を引っ張る。
「わかった。ちょっとつき合え、アヴローラ」
「う・・・・・」
怯えた顔のアヴローラの手を引っ張り、目的地へ走る。目的地は、アイスクリームスタンドだ。
その店、『るる屋』の「今日のおすすめ」と書かれたフレーバーを古城が選び、アヴローラに渡した。
「・・・・・んっ!」
アヴローラが美味しそうにアイスを食べている。
「美味いか」
目をキラキラさせているアヴローラに、笑いをこらえながら訊いてみる。
「ら、楽園の果実の如し!」
「そこまでか・・・・・!?」
大袈裟だな、と思わなくもなかったが、たかがアイスクリームとはいえ、そんなふうに喜んでもらえると悪い気はしなかった。
古城は自分のアイスクリームを、食べ終えてしまったアヴローラに渡す。
「よかったら、俺のもやるよ。食べかけで悪いけど」
「う、うむ・・・・・褒めて遣わす!」
口の周りをベタベタにしている彼女を眺めて、古城はぼんやりと物思いに耽る。
ヴェルディアナは、この吸血鬼の少女のことを、十二番目の〝焔光の夜伯〟と呼んでいた。
「あ・・・・・」
古城のすぐ隣で、アヴローラが息を呑む気配がした。
彼女の反応で古城も気づいた。いつの間にか見知らぬ男たちに取り囲まれていた、不気味な黒装束を身にまとい、獣の頭骨の仮面をつけた男たちだ。
「・・・・・なんだよ、あんたたち」
アヴローラを庇って立ち上がる。
その古城のこめかみを、横殴りの衝撃が襲ってきた。そのまま古城は数メートルほど吹き飛び、コンクリートの堤防に激突する。黒装束の男に殴られたと気づいたのは、地面に横たわったあとだった。
「古城ーーーーー!」
アヴローラが大きな悲鳴を上げる。
男たちは全部で三人。そのうちのリーダー格らしき男が、独り言のようにボソボソとなにかを喋っていた。
「十六時三十八分四十四秒ーーーーー十二番目と接触。同伴者一名。同伴者を無力化の上、十二番目を確保する」
「おい、お前ら、俺の友人になにをした?」
古城の耳に頼りになる友人の声が聞こえた。
「十六時三十九分五秒ーーーーー同伴者の知り合いらしき人物と接触。排除に移る」
古城はその友人の動きを見る。
友人、龍牙は鎖で男たちの一人をふきとばす。
「いい加減起きろ、古城」
「わかったよ」
鮮血混じりの唾を吐き捨てながら、古城は立ち上がった。
「十六時三十九分五十七秒ーーーーー訂正。同伴者の抵抗を確認。再度、無力化を試行ーーーーー」
リーダー格の男を古城は力任せに殴る。
「さっきのお返しだ、変態マスク野郎!」
アヴローラは古城の後ろに隠れた。
「アヴローラっ!」
「龍牙!どうしてそれを!?」
古城は龍牙の言葉を不思議に思い問う。なぜアヴローラを知っているのか。
「話はこいつらを倒してからだ。古城、アヴローラ、下がってろ」
龍牙は古城とアヴローラを男たちから離す。
「十六時四十分二十二秒ーーーーー対象の脅威度をクラスCに修正。対魔族装備の使用を許可する」
リーダーの男が静かに告げる。次の瞬間、彼らの肌を切り裂いて、埋めこまれていた数本の刃物が出現した。
「蛇翼崩天刃!!」
リーダー格の男の手前にいた男の腹を蹴り上げる。
その男は空高く翔んだ。
「十六時四十一分三秒ーーーーー対象の危険度をクラスA+に修正。プラン・ミューに移行。撤退する」
龍牙の蹴りを見て、リーダー格男は、作戦遂行を断念したらしい。
負傷した二人を連れて、逃走を開始する。
「んで、そこにいるオッサンは見てただけか?」
「っテメー、俺がかっこいいタイミングで登場しようとしたのにお前が先に出たからタイミングを失ったんだよ!」
この親父、役立たずだ。と古城は思った。
「それより、龍牙!どうしてアヴローラのことを知ってるんだよ!つーか、なんであんたがここにいるんだ、親父!」
父親と友人が睨みあっているのを見て、今日、何度目かわからない溜息を吐いた。