視界が小刻みに揺れていた。おそらくモーター音だろう。
「ここは・・・・・?」
車の荷台に載せられているのだ、と気づいて、古城はゆっくりと目を開ける。
分厚い鋼板に覆われた車内。座り心地の悪そうな平たい座席。電磁警備棒などの物騒な装備品。どうやら特区警備隊所属の装甲者車の中らしい。
ふと顔を上げると、不安そうに古城を見下ろしている金髪の吸血鬼と目が合った。同じ顔の少女を何人も見てきたはずなのに、彼女だけは一目で見分けがつく。アヴローラだ。
「よう、無事か・・・・・?」
「わ、我に、仔細なし」
古城の背中はズタズタに引き裂かれたような痛みがあった筈なのだが、治っていた。おそらく吸血鬼になったからだろうと古城は予想する。
「気がつきましたか」
この声は遠山美和、母親の助手の声だ。
「遠山さん、どうして?あんたが助けてくれたのか?」
起き上がり、遠山を見ると、ひどい火傷と無数の裂傷を負っていた。
「遠山さん・・・・・その傷、まさか俺たちを助けるために・・・・・」
「貴方への応急処置は必要なかったようですが・・・・・」
古城を遮るように、遠山が言う。
「あなたはいったい・・・・・何者なんですか!?」
「私は、獅子王機関の攻魔師です」
遠山はあっさりと古城の問いに答えた。
しかし、聞き覚えの無い組織の名前に、古城とアヴローラは顔を見合わせる。
「獅子王・・・・・機関」
「国家公安委員会に設置されている特務機関です。大規模な魔導テロや魔導災害を阻止するための捜査官だと思ってください」
「捜査官・・・・・か」
なるほど、潜入捜査か。古城は納得する。
「MARも・・・・・うちの母親も最初から知ってたのか?」
「はい。我々は契約関係にありました。獅子王機関はMARに対して、封印された十二番目の占有権を認めるかわりに、監視役の受け入れと情報提供を求めるーーーーー今回の事件に関しては、暁 深森と我々の利害は一致していましたから」
「一致してたなら、なぜ凪沙を連れて行った!!」
これまでの状況から、凪沙があの場に居たことを推理して、結論を出した。
「知っていたのですか」
「早く答えろ・・・・・!!」
古城は殴りたい気持ちを必死に抑える。
「被害を最小に抑えるためです」
古城は遠山を殴り飛ばした。
「ふざけんじゃねえ・・・・・」
〝原初のアヴローラ〟が引き起こした大破壊を思い出して、古城が唸る。
さらに大規模感染が起きているのだ。どこが被害を抑えられているのだ。
「っつ、我々の最優先目標は、覚醒した第四真祖が国外に流出するのを阻止することです」
殴り飛ばされた遠山は立ち上がりながら答える。
「ザハリアスの言葉どおり、第四真祖は兵器です。いずれの国家が手に入れても、世界の軍事バランスを崩すことになります。かろうじて妥協できるとすれば、専守防衛を標榜する我が国家の、それも〝魔族特区〟が彼女を手に入れること。それ以外にはあり得なかった」
古城はイライラする。大人の勝手な理由で妹が第四真祖に、アヴローラが道具扱い。〝原初〟があんな破壊を起こすのも無理はない。
それに、なにも知らない人たちが犠牲になったのだ。
「旧南東地区の人たちは、そんな理由で犠牲になったのか?」
なぜ、自分の組織から人員を出さなかった?
「すでに廃棄が決定されている旧南東地区の昼間の人口は、二千万八千人。絃神島全人口の五パーセント以下です。ネラプシ自治区の被害状況と比較すれば、微々たる被害だといえるでしょう」
「そんなの・・・・・数字で比較できるようなことかよ」
「擬似吸血鬼化した人々すべてが、必ず死に至るわけではありません。おそらく数日中に感染症は沈静化します。〝原初のアヴローラ〟の目的は彼らの命ではなく、記憶だけですから」
「それでも、何人かは死ぬってことだよな」
古城は問う。
「それは申し訳ないことですが・・・・・」
「それを死ぬやつに言えよ!!」
古城は怒鳴る。なにが獅子王機関だ。なにが被害を最小に抑えるだ。
「もういい、もう黙れよ」
古城はふと龍牙に渡されたメモを見る。
「アヴローラ、行くぞ」
古城はアヴローラを連れて、自宅に入る。
「・・・・・此方が汝の住処か!」
古城の自室に案内されたアヴローラが、好奇心に目を輝かせ、ベッドにダイブする。
そんなアヴローラを撫でてお願いする。
「ちょっと待っててくれ、すぐ終わるから」
古城はメモ通り、ベランダから隣のベランダへ侵入する。
「花壇の下に2つの鍵、これか・・・・・」
指示通りにベランダから部屋に入り、龍牙の部屋の一本の剣を持つ。
「不死身殺しの能力を持つ剣か・・・・・」
そこには緑の刀身の剣があった。
「本当にスゲェな」
龍牙がここにいたら全て解決していただろう。
だが、ここに居ない。
「そろそろ戻るか」
裁きの剣を鞘に入れ担ぎ、自分の部屋に戻る。
「アヴローラ?」
アヴローラはベッドに顔を埋めていた。
「古城」
「なんだ?」
「・・・・・な、汝に問う。わ、我は何者か?」
「ん?」
哲学的な質問か?
「我は真祖に非ず。眷獣に非ず。記憶を持たず、魂もなき、人形と呼ばれし仮初めの器」
「・・・・・おまえはアヴローラ・フロレスティーナだろ。自分でそう言ったんじゃねえか」
あっさりと答えたことに、アヴローラは驚いて硬直していた。今にも泣き出しそうな、そんな笑顔を作って視線を逸らす。
古城はそんな彼女の手の甲に、自分の掌を重ねてみせた。
「ほら、ちゃんとここにいるだろ。俺と同じだ。なんも変わらねーよ。だいたい今は人工生命体にだって、ちゃんと準魔族としての権利が認められてんだ。人工の吸血鬼だろうが、眷獣だろうが堂々としてればいいんだよ」
「古城・・・・・」
感極まって喉を詰まらせたように、アヴローラが小さなしゃっくりを洩らす。
古城は照れたように顔をしかめて頭をかき、それからクローゼットのほうに向き直った。無造作に突っ込んであった紙袋を引っ張り出して、アヴローラこ胸元へほうってやる。
「忘れるところだった。これ、やるよ」
「・・・・・我の・・・・・装束?」
ビニールに包まれた新品の彩海学園のセーラー服だ。
最初に出会った日に、アヴローラに渡したのも同じ制服だった。
「浅葱に注文しておいてもらったんだ。さすがに俺たちと同じ学年ってのは無理があったから、中等部のやつだけどな。そのうち正式に編入が認められたら、使ってやってくれ」
血まみれの制服を脱いで、古城はTシャツの上にパーカーを羽織り、背中に不死身殺しの剣を背負う。
「おまえは俺が帰ってくるまで、この部屋で待ってろ。親父たちには俺から連絡しとく。その代わりに、あの船をちょっと貸してもらうからさ」
「・・・・・・征くのか・・・・・凪沙の許に」
「ああ、俺はあいつを取り戻す。それに、おまえを〝原初〟のやつに渡すのもしゃくだ。ま、できる限り足掻いてみるわ」
アヴローラの頭を撫でてやる。
方法は一つ、俺が凪沙に憑いている〝原初〟を喰らい、俺が第四真祖になり、最悪の場合は不死身殺しの剣で自害する。
これなら、アヴローラも凪沙も生き残れる。
「・・・・・アヴローラ?」
突然、制服を包んでいたビニールを破り始めた彼女を見て、古城は少し戸惑った。
「って、おまえ、なにやって!?」
そしてアヴローラは自分の服をぬいで、真新しい制服に袖を通し、前のボタンが留められずに、ううっと頼りない声を洩らした。
「・・・・・な、汝に戒めの鋲を穿つことを許そう!」
怖ず怖ずと古城に呼びかけてくる。
「おまえ、まさか、俺と一緒に来るつもりなのか?」
驚きよりも、困惑の方が大きかった。古城は、〝原初〟に会いに行くのだ。そしてアヴローラにとって〝原初〟は、いわば捕食者だ。アヴローラの中に眠っている眷獣を、彼女は取り返そうと狙っている。次に〝原初〟と対峙したら、彼女は、九番目たちと同様に喰われてしまう可能性が高い、だが
「わ、我が汝の望みを叶えよう・・・・・凪沙の救済を・・・・・!」
「アヴローラ・・・・・そうか・・・・・」
同じアヴローラの方が確率が高い。
俺が第四真祖になるか、アヴローラが第四真祖になるかの違いだけだ。
「行くか」
「う、うむ」
どちらからともなく手を取り合って、古城がアヴローラを立ち上がらせた。彼女の身だしなみを整えてやり、そのままクルーザーへと向かう。
「えーと、これがこうだから、こうして、こうか」
前に龍牙から教わった方法でクルーザーを動かす。
「よし、行くぞ!」
古城はクルーザーを発進させる。
かなりのスピードが出ているが、スピードを緩めるつもりはない。
「っち!特区警備隊か」
特区警備隊に拘束されたら元も子もない。
「アヴローラ、揺れるぞ!」
ゲームでしかやったことのない荒業だ。
「行っけぇ!!」
陸に船を先端を乗せ、クルーザーを飛ばす。
「アヴローラ!!」
古城はアヴローラを抱えて、飛び降りる。
「っっっ!?」
かなりの高さから飛び降りたため、衝撃が脚を襲う。
着地した地点は旧南東地区だ。
「最悪だな・・・・・」
周りには擬似吸血鬼となった感染者たちが徘徊していた。
それは、古城とアヴローラを見つめてくる。
下手なお化け屋敷よりホラーな光景だ。
「・・・・・し、仔細なし。憂慮は無用」
躊躇する古城の手を引いて、アヴローラが歩き出す。
感染者たちが、ざわり、とどよめいた。アヴローラが一歩踏み出すたびに彼らが後ずさる。
「凪沙は、どこだ?」
擬似吸血鬼の包囲を抜けて、古城たちはクォーツゲートへと向かう。
半壊していたガラスの城の周囲には、やはり人の姿はない。
「か、彼方に!」
アヴローラが指し示したのは、六角水晶に似た背の高い時計塔だった。その尖塔の頂上に、世界のすべてを見下ろすような傲慢な表情でら凪沙の姿をした少女が立っている。
「おい!凪沙を返しやがれ!!」
古城は叫ぶ。
「戻ったか、十二番目。もっと無様に逃げ惑うかと思ったが」
「凪沙を返せって言ってんだよ!」
古城は叫びを無視する少女を怒鳴る。
「人形の従者が、我に命令するか」
凪沙の体で、どこか呆れたように呟いた。そして美しく冷たく冷ややかに笑う。
「だが、良い。従者よ、汝の働きで、十二番目はよく育った」
「・・・・・育った?」
アヴローラの姿を見るが、出会った時となんら変わっていない。
「強い感情が伴わぬ記憶は、水で薄めた酒のようなもの。生け贄どもが我に捧げた記憶だけでは足りぬのだ。我が忌まわしき封印によって長き眠りを強いられている間、〝天部〟が、眷獣ともに人の形の器を与え、世に放ったのはなにゆえであろうな?」
「んなもん知らねぇし、どうでもいい」
〝原初〟は沈黙する。
「貴様の役目は終わりだ、従者よ。十二番目を置いて去るがいい」
〝原初〟は、鬱陶しい蟻を見るような眼差しを古城に向けてくる。
見逃すのはほんの気まぐれだと、その瞳が言外に告げていた。
「うるせェよ」
「・・・・・なに?」
およそあり得ないはずの古城の反応に〝原初〟が表情を引きつらせる。
古城は背中に背負っていた剣を抜く。
「言ったはずだぞ。凪沙を返してもらうってな」
不死身殺しの剣を〝原初〟へ向ける。
「凪沙は取り返す。アヴローラは喰わせない。吸血鬼化した人たちも解放する。おまえが最強の吸血鬼だろうが、殺神兵器だろうが知ったことか!アヴローラのためでも、凪沙のためでもないーーーーーここから先は、俺の戦争だ!」
「それが汝の望みか。従者風情が・・・・・!」
古城の挑発に、〝原初〟が吼えた。
凪沙の背中から、極光色の翼が生える。その中の一枚が姿を変えわ巨大な幻獣の形を生み出した。美しい女性の上半身と、巨大な蛇の下半身。流れ落ちる髪も無数の蛇。青白き水の精霊ーーーーー水妖だ。
「眷獣か!」
水妖が撒き散らす水流に触れただけで、クォーツゲートの残骸が砂のように崩れて溶けた。その異様な破壊の光景に古城は絶句した。
〝原初〟が喚び出した眷獣は、まるで時間を巻き戻したかのように、すべての文明を無に還す怪物なのだ。
「古城!」
アヴローラが伸ばしてきた右手を、古城がつかんだ。その手を前に突き出して、二人同時に声を振り絞って絶叫する。
「疾く在れーーーーー〝妖姫の蒼氷〟!」
アヴローラの中に封印されていた眷獣が、今度こそ完全に姿を現した。
全長十メートル足らずの美しい眷獣だ。上半身は人間の女性に似ているが、下半身は魚の姿である。背中には透明な翼を生やし、指先は猛禽類のような鋭い鉤爪になっている。
氷の人形、あるいは妖鳥ーーーーー膨大な凍気を従えた妖鳥は、激流をまとう水妖へと突撃した。
激流を凍気が氷結させ、その氷が再び水へと再生される。二体の眷獣の能力は互角。ただ、膨大な魔力の余波だけが、旧南東地区の人工の大地を揺らしている。
「っぐ!?」
体から闇のオーラが出て、妖鳥へと吸収される。
氷の妖鳥は黒く染まり、〝原初〟の眷獣を圧倒する。
「またあの忌々しい闇か。だが、哀れ。汝らの敗北は必定ぞ」
極光の翼を三枚使って、彼女は新たに三体の眷獣を召喚した。一体は金剛石の肉体を持つ神羊、一体はこはくいろの巨大な牛頭神だ。そして最後の一体は、陽炎のように揺らめく緋色の双角獣だった。
無数の宝石をまとった神羊がらその宝石を散弾のように撃ち放つ。
水妖を圧倒していた氷の妖鳥は、互角の状況になった。
しかし、後二体、眷獣がいる。
「我が元に戻れ、十二番目。〝宴〟は終わりぬーーーーー」
続けて〝原初〟が、次の眷獣に攻撃を命じた。琥珀色の牛頭神が大地を揺らし、巨大な戦斧を振り上げる。戦斧が帯びているのは、凄まじい魔力の輝きだ。その斧になんらかの特殊能力があるのだろう。
そして牛頭神の攻撃対象は、妖鳥ではなく、古城とアヴローラだった。まともな戦斧でも、当たれば無事では済まないだろうが、牛頭神の身長は十メートル以上。振り上げられた戦斧は、それよりも更に巨大だ。直撃せずとも、その衝撃だけで、古城たちを肉片に変えるはず。
「ぬ!?」
だが、驚きの声を洩らしたのは、古城ではなく〝原初〟のほうだった。
ゴウッ、という凄まじい爆音が、古城たちの頭上を突き抜ける。
超音波で撃ち放たれた震動の塊が、牛頭神の巨体に直撃し、そのまま数十メートルも吹き飛ばす。
「な・・・・・何故、我に逆らう、九番目・・・・・!?」
凪沙の姿をした少女が、怒りで眉を吊り上げて叫んだ。
彼女が睨みつけていたのは、自らが召喚した深緋色の眷獣だ。凄まじい震動波を全身にまとう双角獣。その深緋色の眷獣が放った衝撃波が、牛頭神を攻撃し、古城たちを救ったのだ。
巨体な双角獣の威容を見上げて、アヴローラが息を呑む。
「〝双角の深緋〟・・・・・」
「九番目・・・・・だと?」
深緋色の眷獣は、古城たちを庇うように着地して、牛頭神を睨んでいる。その姿を、古城は呆然と眺めて首を振った。
「おまえ・・・・・どうして?」
「「龍牙との約束だ」だと言っている・・・・・」
驚く古城をちらりと振り返り、双角獣は小気味よさそうに笑ったーーーーー気がした。
九番目は龍牙との約束を守るために、古城を選んだ。本来の宿主たる〝原初〟ではなく、龍牙との約束を選んだのだ。
「よかろう、眷獣ども。ならば、貴様らの従者を見事護ってみせよ!」
時計塔の上に立つ〝原初のアヴローラ〟が、空に向けて高々と手を伸ばした。
遥か頭上に異様な気配を感じて、古城も思わず顔を上げる。
「なんだ!?」
そこにあったのは流星だった。灼熱の炎に包まれた巨体な流星だ。いまだ雲の上にあるにもかかわらず、肉眼ではっきりとその姿が見える。
流星の正体は巨大な武器だった?三鈷剣と呼ばれる古代の武具。神々が使ったといわれる降魔の利剣だ。優に刃渡りは100メートルを越えるであろう巨大な剣が、高度千メートルの上空から重力に引かれて落下してくる。
「・・・・・〝夜摩の黒剣〟!」
アヴローラが表情を凍りつかせて、その名前を口にした。その間にも三鈷剣は速度を増して、地上までの距離を減らしている。
「冗談・・・・・だろ。あれも眷獣なのか・・・・・!?」
古城の顔が絶望に歪んだ。意思を持つ武器などと呼ばれる眷獣の存在は、古城も知っていた。しかしあの黒い剣は、武器と呼べる範疇を越えている。むしろ神の裁きと呼ぶのが相応しい。ひとたび落下すれば、半径数十キロの範囲に致命的な破壊を及ぼすであろう、裁きの剣ーーーーー
手に持つ不死身殺しの剣が震え、そして輝きを増す。
「なんだ!?」
不死身殺しの剣は巨大化する。
「うぉぉぉぉ!!」
古城は不死身殺しの剣を投げつける。
巨大化した不死身殺しの剣と巨大な剣が衝突し、射線を反らす。
だが、裁きの剣によって生み出された衝撃波は、完全に消滅したわけではなかった。
遅れて地表に到着した衝撃波は、完全に消滅したわけではなかった。
遅れて地表に到達した衝撃波が、旧南東地区を直撃する。
剣本体が落下したほどの威力ではない。だがそれは、人工島の基底部を粉砕するのに十分過ぎるほどの破壊力を持っていた。
「っく!?」
古城とアヴローラを襲う衝撃波を二体の眷獣が護る。
「おまえたちは・・・・・!」
傾いた時計塔の上に立つ〝原初〟が、地上を見つめて苦々しげに言った。稲妻をまとう雷光の獅子と、濃霧に包まれた銀色の甲殻獣ーーーーー
裁きの剣から古城たちを護った二体の眷獣が、敵対の意思をあらわに、〝原初〟の姿を睨んでいる。
「〝獅子の黄金〟・・・・・〝甲殻の銀霧〟・・・・・」
アヴローラが驚いたような表情で、眷獣たちの名前を呼んだ。どういうことだ、と古城は戸惑う。そして一つの答えにたどり着く。
「龍牙・・・・・か!?龍牙と約束したのか!?」
龍牙がケーキでもやって餌付けしたのだろうか?
双角獣はすこし拗ねたような表情をした気がする。
「くっ・・・・・!」
予期せぬ状況に、〝原初〟が唇を歪めた。覚醒した直後の〝原初〟は、まだ眷獣たちの支配権を完全に掌握してはいなかった。そのことが九番目の離反を招き、彼女を窮地に立たせている、古城たちの速攻には意味があったのだ。
そして追い詰められた〝原初〟の足場が、突然、崩れた。六角水晶体を模した時計塔の根本が、ごっそりと空間ごとえぐり取られたように消滅している。
時計塔を破壊したのは、お互い絡み合う二匹の龍。
水銀の鱗に覆われた双頭の龍が、時計塔を喰らって〝原初〟を地上に引きずり降ろしたのだ。
「〝龍蛇の水銀〟!」
「ーーーーー三番目かっ!」
アヴローラと〝原初〟が口々に叫んだ。落下を続ける〝原初〟は、最後に残された翼を引き抜いて、六体目の眷獣を召喚する。
それは灼熱に包まれた怪物だった。鮫の歯の獅子の胴体、蠍の尾と蝙蝠の翼ーーーーー人喰いの名で知られた幻獣だ。
だが、それでも〝原初〟に従う眷獣が、古城たちに味方する眷獣がの数を上回ることはない。水銀色の双頭龍が絡みつき、人喰いを〝原初〟から引き離す。
「ーーーーー終わりだ、〝原初のアヴローラ〟!」
もう不死身殺しの剣は無いが構わない。
無防備になった〝原初〟無理やり押さえつけて動きを止める。
「従者ごときが!わきまえよ!」
凪沙の腕が、古城の脇腹へと突き入れられた。
古城の肋骨を奪い、吸血鬼でなくそうとしているのだろうが、無駄だ。
だが、古城の脇腹に突き入れた瞬間、〝原初〟の顔が恐怖に歪む。
「っ!?な、なんだ!!それは!!」
古城を拒絶し、突きはなそうとする。
「逃がさねぇよ!」
古城が〝原初〟を抱え込み逃がさない。魔力はともかく、単純な力比べは古城の方かが上だ。
「やめろ!離せ!!
尋常ではない〝原初〟の怖がり方に疑問を持つが構うものか。
アヴローラが後ろから凪沙の首筋へ唇を押し当てた。鋭い牙が、柔らかな肌を刺し貫く。
「っ!!?」
〝原初〟は恐怖した様子で体の力が抜けていく。
凪沙の首筋を、鮮血が伝い落ちていく。
完全に力が抜けて、ぐったりと倒れる凪沙をアヴローラが抱きしめた。
そして、動きを止めた二人を何分待っているのだろうか?
壊れた時計塔の鐘は鳴り続けている。
「アヴローラ・・・・・!」
直後、意識をなくしているはずの凪沙が、古城から距離を取る。
「っく!・・・・・おまえの・・・・・勝ちだ・・・・・」
古城は〝原初〟も可哀想だと思っている。
勝手に世界を呪うように造られ、勝手な理由で封印されて・・・・・だからって、凪沙の体をやるつもりはまったくない。
脱力した凪沙の身体を支えている、アヴローラが古城を見た。
「アヴローラか・・・・・」
彼女の顔を見て確信した。
だが・・・・・
「や、約束を果たそう・・・・・」
アヴローラが口にした〝約束〟を古城は思い出す。
凪沙の救済ーーーーーその願いを叶えると、彼女は古城に言ったのだ。
「〝原初〟と融合したんだな・・・・・アヴローラ」
「・・・・・・」
古城の問いかけに、アヴローラは沈黙で答えた。
そうか、と古城は構えを解いてアヴローラへ一歩踏み出す。
アヴローラが無言で後ずさる。
彼女の周囲には、雪が舞い始めていた。常夏の人工島では、決して降るはずのない雪が。純白の凍気が彼女の周囲を取り巻いて、足元には霜が降り積もっている。
離れようとするアヴローラの手を取る。
「古城・・・・・」
なにか言いたげなアヴローラの言葉を遮る。
「また眠りにつくつもりなんだろ」
「・・・・・っ!」
アヴローラが驚いて唇を噛む。その反応で、古城の考えが当たっていたことを知る。
〝原初〟の魂を喰らったアヴローラの身体を支配し、アヴローラ自身を支配するだろう。
だから彼女は、自分自身を封印しようとしている。
眷獣の力を使って、自らを氷の柩に閉じこめる。かつて遺跡の中で眠りについてたころのように。何百年間も、何千年間も、たった一人で眠り続けるつもりなのだろう。
「つき合ってやるよ。おまえから目を離すのは、不安だからな」
「・・・・・古城?」
「次に目が覚めたとき、俺がいないと困るだろ。服のボタンを留める時どうするんだよ」
冗談めかして笑いかける古城を、アヴローラが泣き出しそうな表情で見上げた。
そして彼女は、古城を見つめる。そしと不意に柔らかく笑う。真っ直ぐに古城を見返してくる彼女の瞳には、覚悟を決めた者に特有の奇妙な穏やかさがあった。
「・・・・・我は、汝の望みを叶えた・・・・・次は・・・・・次は、古城の番・・・・・」
「え?」
アヴローラの不可解な言葉に、古城は不意に恐怖した。
そんな古城の身体に黒いオーラがまとわれている。
〝原初〟の言っていたことを思い出す。
これは真祖の力すら奪うことのできる物だ。
恐らく魂ごと・・・・・
「やめろ・・・・・!やめろ、アヴローラ!」
古城の抵抗虚しく、黒いオーラはアヴローラの力も魂も奪っていく。
「兵器として造られた〝呪われた魂〟は汝の中で消える・・・・・だが・・・・・」
アヴローラが、動けない古城の唇を奪う。
こうしていてもアヴローラの力と魂が全て流れ込んでくる。
「第四真祖の力は全て汝に託す。受け取れ」
「まだ間に合う!やめろ、アヴローラっ!」
アヴローラが泣き出しそうな顔で笑い、彼女の身体が倒れるのが見えた。
「古城・・・・・」
彼女の唇が、最後に紡いだ言葉はなんだったのかーーーーー
アヴローラの力も魂、すべて奪い取った。
黒いオーラが止まり、古城は眠気に襲われる。
深い深い忘却の眠りに。
抗うが、それには勝てなかった。
最後に見たものはら砕けたガラスの破片に映る自分自身の瞳ーーーーー
涙に濡れた真紅の瞳だった。
今回も遅れました。すみません。
なんだろう?古城を強くしすぎたな。
のちのち不死身殺しの剣がどうなるのか、そして龍牙の身に変化が・・・・・・
無茶苦茶な展開になると思いますが、作者は無茶苦茶が大好きです。