美世の能力「ブレイク」に関わる事実が明かされる。
2012年11月。
JAFグランプリ富士スプリントカップで大クラッシュした34号車のモチュールGT-Rのドライバーである原田美世。
彼女のクラッシュはニュースで大きく取り上げられた。
彼女はそれ以降アイドル活動からもレースの舞台からも姿を消す。
ここは東京都内のとある病院の病室。
死んだ目で天井を眺める女性の姿があった。
「ヒマだ……」
ベッドに横たわるのは原田美世。彼女こそ先月のレースで大クラッシュした本人である。
「動けないしなぁ……」
彼女の左足にはギブスが。骨折した左足は自由に動かない。顔などにも怪我の傷跡が残っていた。
クラッシュから約3週間が経ち、リハビリも行ってはいるものの、依然として回復の兆しは見えてこない。
「暴走……その通りだったな」
時間を遡って11月。
レースでのクラッシュ直後、美世は病院まで大急ぎで走ってきた蓮と顔を合わせる。
「美世さん!ああ……っ、怪我が!」
「ごめん……やっちゃった」
美世はそれだけ蓮と会話を交わして手術室に運ばれた。
手術後。
病室に戻ってきた美世が最初に見たのは自身がクラッシュしたレースのハイライト映像を見ていた蓮。
「なんか……自分をコントロールできなくなっちゃってて」
「クールダウンもできない。そんなテンションだった」
美世は蓮にその時の状況を伝えた。よくよく考えれば自分のミスじゃないか。そう美世は思っていた。
だが。
「脳内物質の過剰分泌が起きたんだよ」
いきなり後ろから声が聞こえて蓮と美世が驚いて振り返るとそこに立っていたのは一ノ瀬志希だった。
「プロデューサーの車はイイ匂いがするんだー」
志希は蓮の
「脳内物質の過剰分泌?」
「そう。『ブレイク』の副作用……と言えるかな」
美世は『ブレイク』なる特殊能力を持っている。美世の怒りや悲しみといった特定の感情が一定以上に達した時に発現する特殊能力。発現すると情報判断能力及び空間認識能力の向上、判断速度の向上などが認められる。
志希曰く、実際に存在してるらしいがその存在を認める人はほぼ皆無であると。
美世はある時にこの『ブレイク』を発現するもこれをあまりわかっておらず、志希に話した事で『ブレイク』の存在を初めて認識したのである。
「『ブレイク』はヒトの脳内に秘められてる能力がある時に覚醒して高い能力を発揮する……。でもそれは脳組織の外部刺激があって初めて起きる物」
「その刺激がある事で『ブレイク』はある。でも……短期間に発現する回数が増すと脳への負担も大きくなっていく」
「ヒトの考え方で例えたら……そうだね。やりたくない事を無理に強いられるような物かな」
「んで『ブレイク』を発現した人の脳組織には脳内組織の変化した跡があった。異常な速度で変化した跡がね。その結果、被検体の身体機能には障害が残った。右半身不随になってしまった……」
「つまりあたしが言いたいのは短期間の内に『ブレイク』を使いすぎて本来待たなければならない脳組織の変化速度を上回る速さで脳組織の変化が起きて伝達組織のオーバーフローが起きてしまった……ってコト」
志希の口から出た事は美世と蓮に大きな衝撃を与えるのだった。
「つまり美世さんのクラッシュは……脳の暴走みたいな事が原因?」
「そーいう事だよ」
蓮の推測は志希に肯定される。
「ねえ、聞いてもいい?脳組織の変化速度って本当はどのくらいなの?」
美世は聞く。
「んー……あんまりはっきりとはわかんないけど……数年単位じゃない?」
「えっ」
美世が初めて『ブレイク』を発現したのが去年の6月頃。それから1年が経過している。しかしそれでも脳組織の変化が終わっていないのだと。
「そんな……もし美世さんに何かあったら遅いじゃないか!」
蓮が珍しく動揺を見せる。『ブレイク』の使いすぎで美世の体に障害が残ってしまったら彼女のレーサー人生どころかアイドル活動を諦めなくてはならない上、日常生活にも支障をきたす。
彼女の努力が実って今の彼女がある事を誰よりも知っている蓮にとってそれだけは絶対にあってはならない事だった。
「『ブレイク』は使わなくても確実に肉体的変化を感じるらしいよ。それがどういう結果かはともかく」
志希の言葉の続きが良くない事だとは容易に想像できた。
志希が病室を出ていった後。
美世は明かされた事実に呆然としていた。
「蓮君……あたしはどうしたらいい?」
美世の問いに答える事ができない蓮。適当な事を言って彼女を傷つけたら。蓮は美世に言う言葉を選べなかった。
「そろそろリハビリの時間か……」
備え付けのテレビの画面に表示された時刻を見て美世はゆっくりと立ち上がる。松葉杖を支えに歩き出した。
歩行練習などが終わる。美世の表情は暗い。
早く復帰しようと燃える一方で変化の兆しがない現状に打ちのめされていた。
(シーズン開始までに治さなきゃ……。終わりたくない!!)
逆境の中でもその闘志は燃え上がっていた。少しでも今を変えようと美世は情熱を注ぐ。