05/10 ちょっと修正。
第11話 スウィフトアナライズ
“かもしれない”にシバられちまったオトコは…
でっかいユメ、追えねえぜ!
―逆転裁判3、「盗まれた逆転」より
**
社会人なら誰もが働いている平日の昼間。
叢雲は豪華な和室で、黙々と電子ハンコを押す作業を行っていた。
兎のような耳も若干気持ち疲れていて、外に出て遊びたいなとか考えながら。
それでも丁寧に、トントンと進めていく。
―報告書05―
叢雲グループ傘下に迷惑行為を働いた自称動画投稿者の男を逮捕。
ピラミッド宅配のサーバーにハッキング行為を行った男は、その場で対応したヒーローにより取り押さえられた。
男は容疑を認め、反省している模様。
出所後はグループで身分の保証をする予定。
――
「関連会社とはいえ、ちゃんと守らなきゃね。関心関心」
―報告書06―
闇社会に、個性を一時的に増加・無効化する薬が出回っている。
検察から、幾つかのサンプルを入手することができた。
人間のDNAを検出したことから、材料は”個性”関係であると断定。
引き続き調査を行っていき、場合によっては原材料の確保に向かう予定。
――
「個性を増幅・無力化する薬、か。ウチでも複製したいけど、人間が材料ということはまた個性関係か。誰でもは作れないだろうし、セイレーン技術を使っても複製する価値があるのかな」
―報告書07―
ヒーロー名:ギャングオルカ
本名:逆俣空悟
個性:シャチ
”ヴィランっぽい見た目ヒーローランキング”第三位。
――
「ああ。どこかで見たことがあると思ったら。逢魔ヶ刻動物園の人だったのね。時代は変わるものだな」
―報告書08―
捕獲された脳無の検査結果報告。
こちらの干渉に対してあらゆる反応を見せず、脳機能の恣意的な低下が認められる。
DNA検査結果によると、複数人の人間のDNAを確認。
治療のため、秘書艦の支援を要請したい。
――
「こっちは人間を合成なんて、酷いことをするわねぇ。こういう組織は何としてでも解体しなきゃとして。私が必要ってかなり面倒そうね」
―報告書09―
コードネーム、”キーン法案”が賛成多数により衆議院で可決。
参議院についても可決予定。
今の所計画は順調と言える。
法案作成の協力にあたった友民党の皆様には感謝すべきだろう。
――
「あの法、通ってしまったのか。うん。順調ね」
**
深く深く、暗い夢の中。
緑谷出久はローンの姿ではなく、元の姿を取り戻していることに気づいた。
オールマイト級に殴られた挙句真っ二つにされたはずの身体は、傷一つない少年のものだ。
場所はいつか見た夢の続き。
校舎のような廃墟が雄英風になってはいるが。
相変わらず少年の私物が燃やされている。
ただ、あの時程足は重くはない。
「こんにちは。また会いましたね」
ローンと同じ格好をした少女が。
再び、こうして少年の前に姿を見せる。
のっぺらぼうの顔には、何故か祭りで買えるようにデフォルメされた出久の仮面がつけてあり。
またもヒーロー関係の雑誌の山に座ってこちらを見下ろしている。
「こうして会えるのは嬉しいですよー。何せ、私は表に出られませんからね」
少女は優しく話しかけるが、少年はそれに答えない。
以前、話して痛い目にあった故に。
「だんまりですか」
無視されても、少女はにこやかだった。
顔がないが、それでも怒っているという訳ではなさそうだった。
「良いでしょう。私も気分が良いですし、今回は特別に許してあげます」
反応がなければ、反応するようなことを言えばいい。
それができれば少女には上々だ。
「死柄木さん、でしたっけ? 彼に”汚い手で触るな”なんて、あなた中々やりますねぇ」
「違う」
けらけらと笑う顔のない少女。
その言葉で、少年の身体がぴくりと跳ねた。
「それは。僕が言ったんじゃない」
「貴方が言ったようにしか見えませんでしたよ」
確かに雄英襲撃の際、死柄木に対して自分はそう言った。
だが、意図して言ったものではない。
敵に襲われていた相澤先生を守ろうとしたら、自然に
類としては、この手が勝手に、といった感じのものである。
「少なくとも、みんなはそう思っているはずです」
そういわれると、少年は黙るしかない。
確かに、責任は自分しか背負えない。
こうして反応している時点で、口論的には少年の負けだろう。
「それより、見ました? キーン法案」
「何のことだ?」
「見てないんですか? いや、見れないのですか。見れないのなら、嫌でも叢雲さんに伝えたほうが良いですよ?」
世間話も程ほどに、本題に入る。
続いて少女は、ちょっとした紙束を差し出した。
「これを見てください」
差し出された紙をパラパラと少年がめくると。
そこには平易な文で変わった言い回しが並んでいた。
読みにくい文だが、読めなくはない。
「叢雲グループが提出させたってのは分かるけど。これ、どう変わるの?」
文章の中身は法立案だった。
叢雲グループ程の影響力があれば、政治家にこういったものを書かせるのはできるだろうとは思う。
だが、専門家ではないので読めるだけだ。
「個性による自己防衛の許可を含めた個性使用の緩和と、ヒーロー数増加のための規制緩和。やってることは今とそこまで変わるように見えない」
個性使用禁止の現状でも、人を傷つけない程度の使用は黙認されていることがある。
ヒーローの制限緩和も現状にはむしろ効果的なように見える。
現在のヴィラン対策が量より質な方針なのに。
この法案は質より量になりそうなのが気になるか。
「ですが、ヒーローとヴィランの戦いに、小さくとも確実な変化をもたらす事になるでしょうね」
「どういうこと?」
「では、この法案の意図は何でしょう」
「多分、ヒーローとヴィランをなくしたいってのは分かる。でも何故、この法とつながるのかは分からない」
少年としても、叢雲がヒーローとヴィランに対して良く思っていないのは知っている。
対外的にはどうか知らないが、味方に隠していることでもない。
とはいえ、本当に思いを実現させようと思っているとは。
「やりたいことは明確です。サッチャリズムですよ」
少年が訳の分からないカタカナ語が出てきて混乱する。
ワールドワイドじゃないジャパニーズには、ノーアンダスタンドな話だ。
というか、何故この生まれてすらない流産同然の少女はそんな言葉が出てくるのか。
「さ、なんだって?」
「では、マーガレット・サッチャーはご存知ですよね」
そこでああ、と少年は納得できた。
完全に理解したわけではないが、とっかかりはできた。
「たしか、遥か昔にイギリスの首相だった人だ」
少年の記憶の中では、歴史の教科書に載っていた名前である事を覚えている。
”鉄の女”という異名を持った保守的な女政治家で、学校で習った以上の事はよく知らない。
個性もない時代の、大昔の話だが。
「叢雲さんはヒーローとヴィランそのものを変質させたいのでしょうね。ヴィランなんて、怠惰な怠け者。ヒーローは泥臭いそれの退治屋。とね」
英国は、貴族側の保守党と労働者側の労働党の二大政党により均衡が保たれていた。
その中でサッチャーとは、かつては労働者階級の出身でありながら貴族の夫と結婚することにより特権階級となった女性である。
彼女自身が認める通りの言うところによると、サッチャーの最大の功罪は”
簡潔に言うと、自己責任論の主張により労働者階級の”誇り”を失わせた。
彼らは粗野で我慢弱い、自分たちの地位に甘えているだけの単なる怠け者にすぎないのだと。
それは、ヤンキー漫画を暴力の美化と貶めるような。
それらを象徴する政策、福祉縮小による重要インフラの民営化と市場の規制緩和による経済競争は、現代において格差を増大させ大量の失業者を産むこととなった。
「ヴィランが怠け者だなんて。それは、言いすぎだ」
「はい。言いすぎです」
確かに、ヒーロー・ヴィランにおいても汚い面もあるのは確かなのだ。
よくあるヴィラン像は粗暴な社会のはみ出し者であることが多く。
テレビや新聞が報道しないヒーロー像というのは、大抵が輝かしいことではない。
だとしても、それが全てではない。
物事を語るには、あまりにその説明は雑すぎる。
「ですが、そういう世界を恐らく叢雲さんは望んでいるのでしょう」
少しの沈黙が流れる。
「なんでそんな」
「恐らくですが、ヒーローとヴィランが見世物でしかない現状に憂いているのではないでしょうか」
見世物。
その言葉に、少年はやや戸惑う。
「そんなことは無い、はず」
「はいはい、そうですね」
何度でもしつこく言うが、ヒーローは人気稼業だ。
顔が悪いとか、あまりに”くだらない”理由で評価されないヒーローも当然いる訳で。
ヒーローマニアである少年からしては微妙に否定しにくかった。
「叢雲さんは愛の深い人です。それ故に被害者であるヴィランの境遇と、加害者にならざるを得ないヒーローの過酷な現場を憂いている。彼らは世間から神格化され、隔離されているのですから」
ローンの言葉で言えば、それは許せないことだった。
問題のある社会と、それが一向に改善されない状況。
「現状に不満に思っている人間は、少なからずいるでしょう。ヴィラン連合はそう思っているはずですし。ヒーロー側だったら、相澤先生がそう思っているでしょうか」
停滞感は、誰にでもわかるぐらいには強い。
その状況に対し、不満を抱いても何の不思議でもない訳で。
それに、現状のヒーローを苦々しく思っているのは何もヴィランだけではない。
「重要なのは、ヒーローの評判の低下とヴィランの増加。ヒーローという看板を落とす事と、そしてそれに伴う警察・軍隊の強化でしょうか」
じゃあ、誰がヒーローの代わりを務めるのか。
恐らく、それが彼女たちなのだろう。
仮に彼女たちが戦わなくとも、警察などの裏から手を引くなど幾らでもやりようはある。
「そんなの止めなきゃ」
問題は、確実に治安は悪くなることだろうか。
それだけは分かりやすく、見逃せないことである。
「不可能です」
ぴしり、と彼女は断定する。
「第一に、ヒーロー側は確実に意見が割れます。堕落した社会の現状故、変革を望む者は少なくありません」
そして、声が上がればどんなに少なくとも無視はできまい。
人数が少なくとも、声を大きくすればいいだけのこと。
「第二に、ヒーローにそんな権限ないですよね?」
「あっ!」
「ま、この国は民主主義ですからね」
ヒーロー制度に問題があるのならば、それは定めた人が間違っているのであって。
本来、ヒーローがどうかする問題ではないのだ。
いや、口出しする権利はあるにはあるのだが。
そこらの著名人と変わらないレベルでしかない。
「でも。皆が、それに気づけば」
「気づくと思います? 皆が皆、貴方のように賢いのではありませんよ?」
英首相チャーチル曰く、民主主義は最悪の政治形態であり、他の選択肢よりマシでしかないと。
事実、最悪の独裁者は民主主義から生まれてきた。
勿論常にそうであったという訳ではないが、国民は果たして最善の選択を出来るのだろうか。
「それにお忘れでですか? 我々の正体を知っているものはごく少数であるということを」
そもそも彼女たちの正体は現状一般に知られていないし、彼女たちもそれを隠そうとしている。
真意がどうであれ、彼女たちは善良で通っていて。
出る杭は打たれるというが、まだ彼女たちは出る杭の段階にはなかった。
「法を決めるのは、政治家の仕事。ヒーローは、法律を決められない?」
ヒーローはヴィランとの闘いによりその立場が大きく見られがちではあるが。
実際は警察よりやや下だ。
政策に口出しできるような特別な権限がある訳ではない。
だが、そこで少年は僅かな希望を見出す。
「違う! オールマイトになら!」
オールマイトの影響力は国内外にもおよび、その力は計り知れない。
彼だけになら可能性がある。
彼が駄目なら、他のヒーローは駄目だろうが。
「そうでなくとも。僕が、止めて見せる」
「へえ」
それを聞いた少女の反応は淡白だ。
「楽しみにしますよ」
もっと、辛辣な言葉を受けるかと少年は思ったが。
どうやらそうでもないらしい。
「どうせ無理だとか、自分が止めるとか言わないのか」
「そこまで間違いではないかと。貴方にはそれしか選べないとはいえ、うん」
あまり本気にしていないが、そこまで否定しているようでもない。
オールマイトなら、という可能性は十分に考えられた。
つまり、質の低くなった中で、質の有用性を示す事ができれば。
ワンチャンあるかもしれないのだ。
そう、かつてのオールマイトのように。
「どっちにしろ、私は貴方が疲弊するのを待つことにします。全てに疲れ諦めたとき、再び私は貴方を
それは弱ったところを突け狙い、相手のすべてを支配しようと目論むだけである。
悪魔か、あるいはそう、ヴィランのように。
「君が表に出ることは無い」
「そうでしょうか? それは行動で示してくださいね」
再び顔の無い顔でにっこり笑うと。
闇が深まり、全ては深淵へと飲まれていった。
そうして、少年の意識だけが現実へと引き戻されていく―
番外は、全六話ぐらいかな?