「―何故君が、その力を持っている?」
スタジアムの選手通路で相対する心操とオールマイト。
二人ともその表情は険しい。
「俺は」
この時が来たか、そう少年は観念する。
不相当な力を得た罰を受ける時がようやく来たのだ。
今までに起きたことを説明しなければならない。
そう思い、彼は口を開こうとするが。
「過ぎたる力を持てば、力しか見られなくなる。誰も君自身のことを見ないなんて、難儀だよねえ。イヒヒ」
少年の後ろからぬっと首を出した狼女が話を遮った。
その肩に顔を載せ、豊満な身体を抱きつきながら押し付けている。
「君は!」
「ハロー。オールマイトぉ」
オールマイトはこの女性を知らないが。
このタイミングで現れたということは間違いなく関係者。
「フォックスハウンドさん!」
「あとは私に任せな。なあに、何もかもが上手くいく」
戸惑う少年の身体が、あっという間に小さな紙きれに”収納”されていく。
少年にはそれに抗う事は出来ない。
「約束した通り。お前にヒーローになってくれって、誰もが頼み込むようになるんだからさ」
そうしてその場に紙切れが落ちた。
少年なんて、その場にいなかったように。
狼女はその紙を拾い上げると、オールマイトにひらひらと見せつけ。
猛ダッシュで全力に逃走を図った。
「待て!」
当然、オールマイトとしては逃がすわけにはいかない。
こちらも全力を出して追いかける。
(しかしッ! 早いなッ!?)
しかし、相手がやたら早い。
こちらも全力を出しているはずなのだが。
そういう”個性”なのかと錯覚するほどに早い。
「! これは」
そうして逃げた先には謎の扉があった。
扉の先には黒い霧に包まれていて。
明らかに、その先は普通ではなかった。
相手はこの先に進んだのだろうが。
オールマイトは一瞬戸惑いを見せたが。
覚悟を決めてその中に入っていく。
「敵の陣地に一人で来るとは。愚策だね。ま、こればかりは誰にも見せられないからねえ」
扉をくぐると、そこは廃棄されたボロボロの格闘場だった。
劣化は激しいが、まだ使えないこともない。
人目がない、という意味では戦うのには適切だと思われた。
「わざわざ追ってきたってことは。聞きたいことがあるんだろ? 幾らでも答えてやるさ」
件の彼女はフィールドの横でもたれかかり。
自信満々にオールマイトを挑発する。
「君に関してもだが。心操少年は、”何者”だ?」
出来るだけ笑みを浮かべながら、しかしながらオールマイトは内心冷や汗を掻いていた。
心操少年、紙にした現象、俊足、そして恐らく空間跳躍。
全く相手の底が見えなかった。
恐らくは”かつての宿敵”と同等かそれ以上。
オールマイト、全盛期はとうの昔に過ぎているが。
負ける相手と知っても、彼はそれでも戦う覚悟がある。
「”ワン・フォー・オール”は特級の能力さ。次世代に、次世代にとその力を繋ぎ伝えゆく力。私も色んな世界を旅してきたが、滅多にない性質だ」
自信の表れだろう。
まるで
「だからこそ、コピーした。
クローンという言葉に、オールマイトは内心嫌悪感を示した。
最強のクローンを作ろうとすれば、当然それは最強の生物から選ぶだろう。
そうして作られたクローンたちをオールマイトは何回も見てきた。
当然その”個性”を再現できたものは今まで一人もいなかったのだが。
過程を無視して結果だけを得ようとすれば、そうなって当然だろう。
だが、まさか”成功例”を見ることになろうとは。
成功したクローンの個性は、恐らく目の前の少年に移されたと見ていい。
「分からない。そんなことをして、どうするつもりだ?」
彼女から語られたのは”結果”だ。
彼女の”動機”が分からない。
「そんなこと、ねえ」
ふふん、と狼女は鼻を鳴らす。
「じゃあ、逆に聞くが。どういうのを想像して追ってきているんで?」
オールマイトは少しばかり沈黙する。
”ワン・フォー・オール”は世界に一つだけしかない最強の個性。
自分の下にあるそれが、一般の学生の元にもあることが信じられなかった。
だからこそ、自分はこうして確かめようとしている。
「もっと複製して。その力を持って、社会を転覆させるとかか?」
「面倒。第一、私は好きだしね。今の社会」
オールマイトは考えられる最悪の事態を想定する。
しかし、それは容易く一蹴された。
「将来を生きる子供たちのためとか言っても信じねーだろ。とはいえこの力、私が使っても仕方なかったんだよね。私、十分強いし」
彼女は恐らく心操少年であろう紙きれを取出し。
愛おしく撫でる。
「そういった意味で、適当な”弱さ”を持った心操少年は丁度良かった。実際、面白い事になったしな」
ぞわり、とオールマイトから怒気が膨れ上がる。
「そんな軽い気持ちでワン・フォー・オールを利用したのかッ!」
彼にはその個性を先人たちから受け継いだという誇りがある。
彼女の行為は、それをあまりにないがしろにし過ぎている。
「思ってるほど軽くはないさ。遊びだからこそ本気なんだぜ」
しかし、怒りを向けられてなお彼女は平然としている。
そんなこと分かり切っているかのよう。
「大事なのは力より”
個性とは普通唯一無二であり、その人のアイデンティティとなるものだ。
容易く移し替えるなどといったものではない。
それを複製しようなど、狂気の沙汰としか思えなかった。
「それともこういうのがお望み? そんな重要な個性ならさ。何かしらの個性を使ってでも複製すべきだってね。データのバックアップは取っておくべきだろ?」
ただし、彼女の言っていることは、可能性だけがあった。
オールマイトにとって、ある人物を思い起こさせるものだ。
「君のように。個性を軽々しく扱う人を私は知っているよ」
「”オール・フォー・ワン”か? 私はアレみたいに聖人君子ぶる訳じゃないが」
今のやり取りでハッキリした。
彼女は何かしらの美学を持っている
その考えは全く理解できないが、この手の相手で楽な者は一人もいなかった。
「しかし―。”軽い”、ね。いやはや、本当に良い世の中になったもんだ。私の故郷では”重い”ものは生き残れなかったからな」
彼女はぼそりとつぶやく。
「君を、見過ごす訳にはいかない」
「法では私を裁けんよ」
改めて、オールマイトは怒気を向ける。
それでも彼女には柳に風。
「しかし、そういうことなら」
彼女からはどうも戦おうという気概が初めから感じられない。
しかし、この場は明らかに戦おうとする場。
であるならば。
彼女は持っている紙切れを開いた。
「心操。ここは任せた」
紙切れから、心操少年が出てきた。
そして少年がやけにしっかりとした目でオールマイトの前で構える。
成程、彼に戦わせようということか。
間違いなく、彼は何かしらの方法で操られている。
「少年。悪いが、手加減は出来そうにない」
こうなる展開も予想していたが、状況は良くない。
もし、彼女の言っていることが本当ならば、目の前の少年は自分と同格である。
「手加減?」
少年がそう呟くが。
そこでオールマイトは信じられない光景を目にすることになる。
少年の姿がなんと、溶けだしたのだ。
全身から肉がドロドロとこぼれ、少年のシルエットがどんどん小さくなっていく。
そうして現れたのは、身長160cmの狐耳の美少女だった。
その姿は白と青を基調とし、ご丁寧に筆のような尻尾まで生えていて。
純粋無垢なエメラルドは鋭い視線をオールマイトに向ける。
そして、そこから出た声は、さらに信じられないものだった。
「俊典。いつもの笑みが消えてるよ」
「なっ」
それは今は亡きオールマイトの師匠、志村菜奈の声だった。
何故その声を真似しているのか、君が何故それを知っていると思わず口にしようとしたが。
それは叶わない。
彼の身体が完全に硬直した。
(ッ!? これは心操少年の)
心操人使。
個性、”洗脳”。
話に反応した相手を一時的に操ることができるという単純にして強力な個性である。
少年だった少女の姿がぶれ、一瞬で間合いを詰める。
そうして細いその腕から、信じられない程のパワーで。
無抵抗なオールマイトの古傷を抉った。
**
英雄が猛り、白い影は無数に舞う。
オールマイトの一撃は果てしなく重いが、そのいずれも少女に命中することは無い。
単純な力はオールマイトより一段劣るが、柔軟で小柄な身体を生かした俊敏さは少女が一段上手だった。
彼は血を吐き、迫りくる制限時間に焦りながら、それでも全力を超えて戦う。
彼女はそれに対し、無理をせず、ひたすら自己防衛に努める。
その戦略はあまりに明白で、恐ろしい程効果的だ。
何故ここまで完成度が高い、異常なまでに戦い慣れしている。
雄英体育祭を見ていても思ったが、その点に関してオールマイトはさらに驚かざるを得ない。
どこにそんな鍛える時間があったというのか。
戦闘力は、恐らくこの時点でNo.2ヒーロー・エンデヴァーを超えているであろうに。
「操る者が操り人形。これまた随分古典的な」
古ぼけたスタジアムの観客席の遠くから。
その二人は、その戦いを観察していた。
「あの女! オールマイトに対して、なんて冒涜的な!」
一人はぼんやりと観察している叢雲。
もう一人は犬歯をむき出しにして怒りを見せるアカギだった。
「ねえ、アカギ。あの姿に対して説明をお願いしたいのだけど」
叢雲が目を向けるのは、オールマイトと互角の勝負を繰り広げている少女。
それは叢雲が知らない物質で構成されている。
多分、アズールレーンの関係者なんだろうなと当たりをつけ、その正体をアカギに問うた。
「あの姿は。江風、いえ。VTuberの白上フブキですわ」
冷静になったアカギは、自らの知識により美少女の正体を看破した。
その答えに、叢雲は頭を捻る。
「ブイ・チューバー? ニュアンスは分かるけど。何故そんなのがセイレーン技術に含まれているのかしら」
「コラボしたから、としか思えませんわ」
アズールレーンとホロライブのコラボイベント、”幻想と真実の二重奏”。
白上フブキ(SSR)はそのイベントで実装されたコラボキャラである。
勿論、プレイヤーが手に入るのはご本人ではなく、セイレーン技術によって産み出された量産品であるが。
「なんで姿を変える必要があるんだろう? 見た感じ、セイレーンの”駒”を心操君に合成しているよね」
とはいえ、あの姿にしたのは何かしらの意味があるはずである。
ふざけた態度の狼女だが、その思考は比較的まっとうだ。
「他人に継承することのできる”ワン・フォー・オール”ですが。実の所は誰でも、という訳にはいきませんこと」
その疑問にアカギが説明する。
”ワン・フォー・オール”、受け継がれる個性とは言うが無条件とはいかなかったのだ。
多くの個性がそうであるように、その個性には一定の制限があった。
「継承される側は、ある程度身体が頑丈でないといけないらしいそうです。水風船のように、受け入れ先が頑丈じゃないと破裂してしまうのですわ」
「へぇ」
つまり、受け入れ先にもそれ相当の覚悟が必要なのだ。
代々受け継がれるその力、決して軽いものではない。
「じゃあ、あの姿はそのために合成した
当然、心操少年がそれ相当に頑丈かといえば否であろう。
彼は個性をそれなりに使えてはいるが、彼自身の身体能力は並みだからだ。
それを解決するために、あの姿を”合成”したのだろう。
アズールレーンの駒は
そして人間への合成は、狼女の持つスタンドの一つ”クレイジー・ダイヤモンド”を使えば解決する。
「姿は
姿を偽っていたのと声真似は、恐らく何かしらのスタンド能力だろう。
姿が変わっては不便だろうから、以前と同じ日常生活が送れるようスタンドを与えているのだと思われる。
「しかし。まさかアイツが、あんな恨まれるような事をするなんて思わなかったけど。何か考えがあるのかしら?」
**
「ここ。は」
ふと、オールマイトが目を覚ますと。
そこは見慣れた部屋だった。
最近よく使うようになった、雄英高校の保健室だ。
今のオールマイトは世間一般で知られている筋骨隆々の大男ではない。
ガリガリにやせ細った真の姿の方である。
「おや、もう起きたのかい。珍しく随分と早いお目覚めだね」
「リカバリーガール」
これまた聞き覚えのある声。
振り向くと、ガールというには年を召しすぎた女性の姿が。
時間としては、夕暮れ。
もう雄英体育祭もとっくに終わったころだろう。
「今更何を言ったって聞きやしないだろうけど。あまり無茶はするんじゃないよ」
リカバリーガールはため息とともに。
忙しそうに去っていった。
(私は。負けたのか?)
オールマイトは心操少年から致命的な一撃を貰ってから。
少年と戦い、ギリギリの所で相手を気絶させた所までは覚えているが。
それ以降の記憶がなかった。
間違いなく、スタミナ切れでそのまま倒れたのだろう。
オールマイトの敗北である。
無敵のヒーローといえど、全てを救える訳ではないし失敗もする。
しかしここまで綺麗に負けたのは、随分と久しぶりだった。
死ななかったのが、何かの間違いなのかもしれない。
悔しい。
しかし、何故か。
やたらと身体の調子が良い気がする。
「心操少年?」
ふと人の気配に気づいて、その方向を見ると。
そこには少女の姿でない心操少年の姿が。
真の姿のオールマイトを見て、何とも言い難い顔をしている。
「オールマイト。全てはあの人と俺が契約したせいです。本当に申し訳ございませんでした」
少年は深く謝罪する。
操られていたとはいえ、自分はとんでもないことをしでかしたのだという自覚があった。
もっと早く言うべきだったという後悔も滲ませる。
「俺は、どんな罰でも受けますから」
「そう卑屈にならなくていい」
心操少年が悪いのはその通りなのだろうが。
流石にとても責める気にはなれなかった。
「君は被害者だ」
彼はまだ子供なのだ。
恐らく、彼自身のものではない計画的な犯行に巻き込まれたのだろう。
「いいえ、俺だけが悪いんです」
「何があったかは知らない。だが―」
大方、甘言に惑わされたのだろうということは予想がつく。
そしてなぜそれに乗ってしまったのかも容易く想像がついた。
「君もまた、私のようなヒーローになりたかったのだろう」
決して、自惚れではない。
オールマイトのようなヒーローになりたい。
そんな声はたくさん聴いてきた。
しかし、ヒーローの道は果てしなく厳しい。
あるものは怪我に泣き、場合によっては死に至った。
そしてある者はそもそも目指す事すら許されなかった。
それはオールマイトと言えど例外でなく、今も怪我の後遺症に悩んでいる。
また、オールマイトの真似をして死んでいった者は数知れない。
故に、お前さえいなければ、と罵倒されたこともあった。
”ワン・フォー・オール”の真似なんてできないのに、そうして死んでいった者たちのことを思うと胸が痛む。
「そういった意味では、私も迷惑をかけ続けている」
ふと一年前ほどの、緑谷少年のことを思い出す。
そういえば、彼は今頃どうしているのだろうか。
「ところで、あの女性は?」
「そのことですが。あの人から、メッセージを受け取っています」
今回多大な迷惑をかけたあの女性のことを話題に出すと。
少年は一枚のDISCを取り出し、そしてあろうことか自分の頭に刺した。
『オールマイト。あれだけの事をしでかしといて何だが。頼みがある』
すると少年の顔が虚ろになり。
少年はあの女性の声でしゃべりだした。
『心操少年の面倒を見てやってくれないか?』
その言葉を聞くと、オールマイトは深い納得をした。
成程、ハメられたのか。
真意こそ良く分からないままだが、今更のようにそう思った。
『私がずっとそばにいてやりたいのは山々なんだが、能力の制約のせいで出来んのだ』
「そうか」
『私の方から戦闘技術関係は叩き込んだが。正直ヒーローとしての心構えってのは、私はサッパリでな。そこんところを教えてやってほしい』
まるで少年がヒーローになるに決まっている、と言わんばかりの口調だ。
だが、オールマイトには微妙に否定しにくかった。
”オール・フォー・ワン”を持った者の運命は、嫌というほど知っている。
『勿論、タダでとは言わん。前払いとして、勝手だが身体の治療をさせてもらった』
そこで、起きたころから気づいた違和感の正体が判明する。
「なんだと」
『摘出した胃や手術跡はどうにかなったんだが、力の酷使で縮んだ寿命までは戻せんかった。それでも全盛期の力はある程度取り戻せたんじゃないかねー?』
慌てて自らの身体の傷跡に触れようとする。
しかし、そこに傷跡はなかった。
初めから、そんなものはなかったのかのように。
肌色も、普段より良いような気がする。
『ま、それでもだ。今まで散々言われてきているだろうが、あまり無茶はするんじゃねーよ? 一人の闇医者からの忠告だぜ』
勝手に身体を弄られて良い気はしない。
しかし、かつての力を少しだけ取り戻せたことは複雑だった。
『他に支援してほしいことがあれば。心操少年に言ってくれ。連絡先を伝えてある。治療の続きだって受け付けてるさ』
そこで、少年からDISCが飛び出て。
彼の意識がハッキリする。
「オールマイト」
そこから、オールマイトは少し考える。
ヒーローは悪に屈してはならない。
しかし彼を見捨てる、という選択肢は当然ない訳で。
「わかった。私が君の面倒を見よう」
目の前の一人を助けれないで何がヒーローか。
今まで全員を助けてきたわけではないが。
しかし、そうあるべきと動いてきたのだ。
それが、オールマイトというヒーローなのだから。
「君のヒーロー科への転入は。確約は出来ないが、私から掛け合ってみよう」
「俺にはその資格が」
「勘違いしてはいけないさ。これは私からの強制のようなものだ。夢なんて、生易しいものではない」
そして、恐らくはあの女性からも、であろう。
選択の余地はもうない。
「試練、か」
これから、目の前の少年は苦難の道を歩むことになるだろう。
彼も覚悟の上だろうが、それは想像を絶するものがある。
何故なら、オールマイト自身がそうであったからだ。
「ああ、そうだ。君のこれからのためにも、君を放っておくわけにはいかない」
現実は、常に想像の斜め上をいくものである。
その現実に対し、No.1ヒーローという肩書の何てむなしいことか。
しかし、それでも歩みを止める事は許されない。
それが、力を持った者の責務なのだから。
(急に親族の子供を預かったような気分だよ)
テセウスきーつね。
つまり、どういうことかというと。
平行世界のオールマイトをD4Cで確保し、それをアズレン技術で複製し、その個性だけを心操君に渡し、でもそのままだと個性に耐えきれないからクレイジー・Dでフブキの駒と合成し、その結果をスタンドDISCで隠しています。
私は何を言っているんでしょうか。