雄英体育祭も終わって、職場体験の時期である。
体育祭の結果をもとに、ヒーロー事務所から生徒の指名を行う。
生徒たちは指名の中から選んで、希望調査票に記入。
そして事務所に向かい、ヒーローとしての職場体験を行うのだ。
「ねー。どこに行く?」
「どこにしよっかなー?」
雄英体育祭で活躍した者も、そうでないものも。
雄英高校ヒーロー科というだけで、それなりに選択肢はある。
しかしそんな中、実質選べないという者がいた。
「”レイヴンズ・ネスト”? ローン君はあそこに行くのか」
ローンの体育祭における成績はというと。
一、二回戦をトップで通過し、決勝トーナメントで初戦敗退。
爆豪達程ではないが、1-Aの中では十二分に目立った方である。
そんなローンの手元にあるのは多くのオファーが書かれた用紙の束と、寂しく第一希望のみが書かれた希望調査票。
希望調査票の方にあるのが”レイヴンズ・ネスト”である。
その事務所の名前を見た飯田は首をかしげる。
そこは確かに多数のヒーローを抱える大規模な事務所ではあるが。
正直、あまり評判は良くない事務所だからだ。
体育祭であれだけ暴れた彼女だ、もっと良い所は選べるはずなのだが。
「ええ。不本意ながら。その。お世話になっているスポンサーの意向には逆らえないので」
元無個性として、企業の支援を受けている彼女である。
その企業は傘下にヒーロー事務所を持っているようだ。
そうなれば、彼女はそこを選ばざるをえないのであった。
「あー。企業ヒーロー目指すのか」
企業ヒーロー。
ヒーローは公務員とはいえ、副業は認められている。
それ故に、企業の”お抱え”になるヒーローというのは一定数いるのだ。
それが企業ヒーロー、良く言えばイメージキャラクター、悪く言えば企業の犬である。
「飯田は、兄貴の所か。いいなー」
「ああ」
飯田もまた、選べない者の一人だ。
兄がヒーローをやっていて、兄に憧れてヒーローを目指している。
そんな中の兄からの指名だ、もはや選ぶしかないだろう。
彼は屈託のない笑みを浮かべていた。
**
せっかくの職場体験というのに、選べないというのはそれだけで魅力が半減するであろう。
とはいえ、職場体験は職場体験である。
担任の相澤先生からも、成績に反映されるからちゃんと学んで来いと釘を刺されている。
それが向かった先は事務所ではなく、何故か叢雲グループの神風会病院。
そこで”レイヴンズ・ネスト”の所属するヒーローが待っているそうだ。
「やあ、君がローン君だね」
待ち合わせ場所の庭園に居たのは、ヘルメット・ゴーグルにスポーツウェア。
ヒーローというよりアスリートに見える細マッチョの男。
「あなたは、無免ライダー!」
それはその姿を見てその正体を看破した。
「『騎乗』というどんな乗り物でも自由自在に乗りこなせる個性を持ちながら、現場に急ぐあまりにスピード違反を繰り返したためバイクの運転免許を失効! そのあだ名がつけられたあげく、その名をヒーロー名に登録し直した不屈のヒーロー! 貴方にお会いできて光栄です!」
「ははは詳しいね。大したヒーローじゃないと思っているけど。覚えてくれているのは嬉しいよ」
二人は熱く握手を交わした。
男は人好きのする笑みを浮かべている。
「でも、どうしてあなたが? 確か、別の事務所のはずでは?」
何故、彼が待ち合わせ場所にいるのだろう。
見たところ、どこか怪我しているという訳でもないだろうに。
「叢雲さんにスカウトを頂いてね。今はここでのサブリーダーをやっているんだ」
なんとなく、そんな感じはしていたのだが。
彼が待ち合わせのヒーローで合っているらしい。
「はあい。ローン」
「あ、アカギ先輩!」
そして雄英高校2-A所属のアカギがそこに加わる。
一瞬何故彼女が、と思ったが。
恐らくは、二年目の職場体験に来ているのだと思われる。
「あらあ? ローン、あなた雰囲気変わったわね?」
それの目をじっと見つめた。
たれ目に映るのは、紛れもなく”ローン”の姿ではあるが。
「いえ? なんの話ですか?」
「うーん、私の気のせいかしら?」
不思議な感じね、と彼女はつぶやく。
彼女はそれに宿るかすかな違和感を感じ取ったような、そんな気がしたのだった。
「よし。これで全員揃ったな。これから我らがリーダーの所に案内するが。その、なんだ」
彼は二人を見渡し、いざ出発といきたい所だが。
やや歯切れの悪そうにしている。
「ハスラーマン、ですよね。サイバーヒーローの。確か、非番中にヒーロー活動を行って、今はその、意識不明の昏睡状態だと聞いていますが」
「ああ。そういうことになっている」
その庭園に、さらなる来訪者が現れる。
車いすの女性と、それを押す女性の二人組だ。
「げ、指揮官!」
「げ、とは何よ。失礼しちゃう」
それは車椅子を押す女性を見て、思わず声を上げた。
自身の保護者でもある叢雲だった。
しかし、彼女たちの長がこんなところでそんなことをしていていいのだろうか。
「―? あなた。何か変わった?」
「いえ。いつも通りのはずですが」
「ふーん?」
叢雲は片繭を吊り上げたが。
ま、いいわ、と流すことにした。
『こんにちは。ヒーローの卵。このような姿を晒して申し訳ない。まずはそのことをお詫びする』
車椅子のスピーカーから聞き取りやすい男性の声が出ている。
音声の発生源は、車椅子にだらんと乗せられている女性の方から。
その姿は綺麗であるが、糸の切れた操り人形のよう。
しかし目だけはしっかりと見開かれ、映った十字がはっきりと映し出されている。
恐らくはその状態から、彼女が”ハスラーマン”と呼ばれるヒーローだったのであろう。
『私はハスラーマンと呼ばれている者の本体。今は
”ローン”としては、同じ計画艦故に覚えがある姿だ。
史実では
建造予定戦艦ガスコーニュ、そのKAN-SENとしての姿。
「公式プロフィールでは、男だと書いてありましたが。KAN-SENになっていたのですね」
「ハスラーマン君は。非公表の無個性だったそうだ。俺もあの事件の後に知ったんだが」
尊敬に値する人物だよ、そう彼は呟く。
その姿に疑問を覚え、それはアカギに寄り添う。
(無免ライダーさんはどこまで?)
(公式になっている事情までは知っていますわ)
(成程)
人をKAN-SENにする事は、無個性を個性化する技術として公には公開されている。
彼が知っているのは表向きの情報のみ、という事だろう。
「職場体験に来てくれてありがとう。私からも礼を言うわ」
叢雲が頭を下げず、ぶっきらぼうに言う。
下手ではあるが、誠意はある。
「あなたがプロヒーローになった暁には、強制的に”レイヴンズ・ネスト”で活動してもらうことになるのだけど」
『不満を感知』
「何もそこまで嫌がらなくてもいいじゃないの」
彼女も嫌われる理由があるとはいえ、あまり良い気分ではない。
まあ、彼女の最終目的は人間キルゼムオールなので、そのことを考えれば嫌われても仕方あるまい。
「そうね。私が説明してもアレだし。詳しくはアカギたちに任せるわ。後はよろしくね」
そういうと、叢雲は潔く去っていった。
残されたのは四人。
それとしては、自分だけがアウェーな感じがして何とも言えない雰囲気がする。
「そうだな。彼女は俺たちのことをどこまで知っている?」
「ヒーローオタクですもの。それはそれは。ねえ?」
アカギの”ほら言ってみなさいよ”とばかりの視線に耐えかねて。
それはやや委縮しながら説明を始める。
「”レイヴンズ・ネスト”。叢雲グループが立ち上げたヒーロー事務所で。歳により引退が近いヒーロー、何らかの事故で”個性”が使えなくなったヒーロー、実力や態度が不足しているヒーロー。そういった者たちの集まりだと言われています」
『肯定。公の情報と一致を確認す』
それとしては公開された事実だけを並べている。
意図は良く分からないが、そういうヒーローばかりを集めているらしく。
実際、そうして上手く運営されているようだった。
ヒーロー事業は出来高制だ。
だが企業ヒーローはそれに加えて企業からのバックアップがある。
つまり彼らは実力が低くてもなんとかなってしまうのだ。
しかし、そんな彼らを見て民衆はどう思うのか。
彼らはダークヒーロー以上にダークな立場にいる。
「100点だ。だが、内部情報までは詳しくないだろう?」
「まあ。はい」
とはいえ、オタクなそれとしても全てを知っている訳ではない。
そしてある程度賢いが故に、知っている事がが全てではないとも知っている。
「うちの事務所の紹介にビデオを用意した。まずはこれを見てくれ」
差し出されるのはタブレット端末。
動画サイト、”ビッグブラザー”にアップされている動画が再生される。
それも普段は見ようとは思わないものだが、こうしてみると中々興味深い。
「おや。事務員の方が引退したヒーローばかり。彼ら、ここで活動していたんですね」
「ああ。とはいえ、これはプロモーション用だ。実際は一般の事務員の方も多いがね」
ヒーローは公務員だが、老後は年金でウハウハという訳でもない。
怪我や病気、そしてヴィランとの戦闘により長年勤めるのは非常に難しいからだ。
この辺りは旧時代のスポーツ選手と同じである。
故に一線を引いたヒーローの話というのは大体が暗い話になる。
だが彼らがこうして働いているのを見ると、それとしては中々嬉しかった。
「さて、次は具体的な活動について説明しよう」
動画が終わり、次にパンフレットが配られる。
まんま企業のリクルートのそれであり、裏表紙には給与形態や保険のことなどが書いてある。
それは説明を聞きながら、しげしげと興味深く眺めて適宜メモをとっていく。
「うちの事務所の一番の特徴は、ヒーローなら全員がヒーロー活動のみに専念できるということだ」
そんな説明の中。
その言葉が飲め込めないのか、思わずそれの手が止まる。
「どういうことですか? ヒーローってヒーロー活動以外にすることがあるんですか?」
「それが問題なのですよねぇ」
何故か、それ以外の空気が急激に重くなった。
初志貫徹無表情のハスラーマンでさえ、少し表情が動いたような気がする。
『問う。ヒーロー活動とは何ぞや?』
深みのある声だ。
こういう問いは中々好きだが。
あまり機会はない。
「? 人を助け、悪を挫く。そういうものでは?」
『具体的に活動を上げよ。どうぞ?』
「活動、ですか」
理念的なものかと思ったが、そうではないらしい。
具体的な活動を上げろということか。
「そうですね。ヴィランとの戦い。救助活動。パトロール。個性の鍛錬。広報活動。あとは、事務所の運営とかもあるらしいですね。他にもありましたっけ?」
自他ともに認めるヒーローオタクであるそれだが。
ヒーロー活動の全てを把握できている自信はなかった。
それは自分に自信がないというより、ただ単に情報が多すぎる故だが。
「そうだ。なんというか。その。多くないか?」
「言われてみればそうですね」
「そう! 多すぎるのよ!」
「ひっ」
アカギが何故か突如興奮して怒りだした。
それとしてはかつてのアカギとの訓練を思い出すのでやめてほしい所である。
「俺も、
下っ端が上から色々なことをやらされるのだろうなというのはある程度想像できた。
恐らく、ヒーローといえどそういうことが多々としてあるのだろう。
ヒーローとて人である。
「そして、事務所を構えてからも仕事は減る所か増える一方だった。お偉いさんとの会食。部下たちの指揮、事務所のあらゆる管理」
じゃあ、上の人間は下の人間に任せて楽しているのかというのかと言うと。
そんなことは全くない。
会議やらなんやらで上の人間は上の人間で忙しいのであった。
「ある日、俺はただの雑務の中で倒れ、病院に運ばれた。そしてこう思ったんだ。”何でこんなことやっているんだろう”ってね」
「ああ。うん。はい」
ガッツ溢れる無免ライダーというヒーローはとても頑張った。
彼はヒーロー活動全てを頑張った結果、過労で倒れた。
それが、彼がヒーロー活動を見直す結果となった。
「思い出すだけで嫌になりますわね。何で長いだけで結論の出ない会議に出席しないといけないのだとか。機嫌取るだけのためにゴルフの練習されたりだとか。うっ頭が」
アカギが虚空を見つめながらブツブツとつぶやいていく。
彼女はまだ学生なはずなのに、社会の苦しみを味わいつくしたような発言をしている。
「そういう点で、『レイヴンズ・ネスト』は天国だよ。本当の意味でのヒーロー活動のみに専念できる。会議は最小限に済まされ、雑務は専用のスタッフがそれぞれ管理してくれるからな」
「大手だと、ある程度管理してくれる仕組みになってたりするらしいですけどねえ」
「多分、ここまでしっかりしているのは大手でも他にないんじゃないかな?」
うんうんと、二人の中で話を続けていく。
それに肯定も否定もせず、車椅子の女性はじっと二人を見つめている。
(そんな事知りたくなかった。知りたくなかったな)
ヒーローの活動は輝かしい部分だけでないと、あの日のオールマイトが教えてくれた。
だけど彼もこんなことは教えてくれなかったし、出来れば知らずに済ませたかった所である。
だが知らない訳にもいかないだろう。
そう、現実はいつだって辛いのだった。
『”レイヴンズ・ネスト”のヒーローは実践あるのみ。職場体験ではそれを実施す』
これから始まるは職場体験。
ヒーローとしての活動を学び、成長していく場である。
「個性を乱用した指定暴力団の逮捕。ローン君には、この作戦に参加してもらう」
まだ仮免も取れていない学生に、その言葉は告げられた。
ステインが”腐りきったヒーロー”と評した問題。
頭の中のボ卿がしきりに「かわいいですね」と囁いてくる面倒な話です。
・無免ライダー
元ネタはワンパンマン。元ネタに忠実で、あまり強くない。
・ハスラーマンの中の人
現ガスコーニュちゃん。全身麻痺になってもヒーローを続けたいらしい。
・レイヴンズネスト
元ネタはAC。突出して強いヒーローはいないが、弱いヒーローはいない。