頭が痛い。
2/25:ちょっと追記修正。
「ここは病院の食堂だ。何をしている」
電気もつけない、明るい部屋の中。
白衣を着た小さな子供が声を張る。
注意された女は声に反応したが、手は止まらない。
「見て分からんのか。ああ、長の字も喰うか?」
「いらん」
両手に持ったナイフとフォークを器用に動かし、綺麗に肉を切り分けていく。
一口サイズに切られた牛肉をフォークで突き刺し、緑髪の少女に突き出した。
それを少女が手で払い、長い緑髪が揺れた。
「それもスタンド能力とやらか?」
「そ。”エニグマ”の紙で持ち運んだ、出来立てアツアツのNYステーキだぜ」
小さい鉄板に乗せられたそれは、この場には相応しくないものだ。
当然、この食堂で作られたものではない。
この奇妙な現象は、女の持つ能力の一端でしかない。
「病院に持ち込むのは感心しないぞ」
「ここの飯が不味いんだよ」
「何?」
周りの視線は痛いが、女は全く気にする様子もない。
それどころか、自らの不満を堂々と口にする。
「
「む。貴重な意見、感謝する」
一応、言っていることはまともだった。
確かに病院において、多様な患者に対応することは大事なのだ。
素直な少女は言葉を真摯に受け止める。
それでも女への敵意は隠さないでいるが。
少女は、女があまりに危険であると知っている。
彼女の”スタンド”は最悪、”秘書艦”へと届きうる。
「そういや、さ。見てどう思った?」
「どう、とは」
「叢雲が見た、ヒロアカの主人公についてさ。お前らにも共有されているだろうけど、原作知らないんだろ?」
知らぬ人が聞けば、意味不明な問いかけである。
だが、何の問題もない。
彼女たちにも、その情報はきっちりと共有されている。
「正直なところ、あれは本当に主人公とやらなのか? 戦士の器には見えん」
「そうだろうなー」
彼女たちは体格も大きくない、無個性であるだけの少年の姿を思い浮かべた。
現代人は昔の人より弱いとはいえ。
少年は現代の中でも弱い方に分類される。
「でもま、平凡な少年が誰かに出会って強くなるってのは王道の話だろ。好きよ。私」
「成程。そういうものか」
今は、まだ何の取り柄のない人間かもしれない。
とはいえ、人は何かの拍子で成長するものだ。
少年にとってはまさに、その時であるのだ。
「お前が叢雲に横槍を入れたのも主人公だからか」
「ああ。叢雲を覗いてたら、面白いもんが見えたんでね。つい、な」
最初は関わる気はなかったが。
やっぱ未来って面白いわ。
そう彼女は小さくつぶやいた。
「うん? ああ。了解した」
突然、少女が耳に手をあてると。
何かの電波を察知した様子を見せる。
そうして相手も見えないのに、丁寧にうなづいた。
「お、主人公の来着か?」
「ああ。お前も一緒に面会しろとのことだ」
ようやく来たか、と女は破顔した。
自分の方に電話が来なかったようだが、まあいい。
どっちにしろ、自分のやることは変わらないようだから。
「はいはい。総書記様の言う通りに」
「私たちは共産主義者か? 叢雲は秘書艦だ」
「はーい」
**
病院の道を、桜花が舞っている。
この辺りは今の時期に温かくなるらしい。
満開の花びらが散りゆく姿はとても風情がある。
噂の少年は、ボケっと建物を見上げていた。
これは神風会病院で、叢雲グループの所有する物件だそうだ。
そうしながら、少しずつ歩みを進めていた。
「あら、あなた。お待ちなさい」
「へ」
正面から女性の声がして、視線を前に向ける。
雄英の制服(!)を身に纏う女学生だ。
固まった血の色合いの、ケモ耳と九つの尻尾を持つ。
妖しげな、恐らくは異形系に分類される個性の女性だった。
「あなたの制服が歪んでいてよ。動かないで」
咄嗟に動けないでいると、細い腕が彼の制服を捉える。
何をするかと思いきや。
服についた埃を払ったり、バランスの崩れた制服を整えているのだった。
「さ、これでいいわ。服装の乱れは心の乱れ。気を付けなさいな」
「あ、ありがとうございます?」
少年に、こういう女性の経験はない。
とはいえ何とかお礼は言えた。
化粧の入った顔がやさしく微笑んだ。
「指揮官様がお待ちですわ。さ、早く。お行きなさい」
そう言うと女性は反対方向へと去っていった。
少年は暫くその方向を見つめていたが。
やがては自らの目的を思い出し、駆け足で入っていった。
受付を済ませ、案内された場所に入る。
ドアを開けた先には見知った二人の女性。
椅子に座るセーラー服の少女、叢雲と。
壁にもたれかかってこちらを見定めるコートの女性、フォックスハウンド。
「親御さんは? 私、親御さんがいないと契約はできないって言ったよね?」
椅子の少女は少年をみると、いささか不満そうに唸るのだった。
「今日は、ちょっと。一人で話を聞きに来ました」
以前、少年は二人からそれぞれ別の提案を受けた。
少女からは個性を授ける手術について。
女性からは個性を授かる奇妙な道具についてを。
彼は、未だ情報を整理しきれなかった。
「成程。賢いわね」
少年の手に握られていたのは一冊のノート。
なぜか爆発したようにボロボロだったが、十分形は整っているようだ。
恐らくは、ノートの中身は”個性の譲渡”に関する情報。
彼が調べてきたこれまでがそこに記入されているのだろう。
彼に言い渡した課題は、確かに行われたようだ。
今日は様子見か。
少女は小ばかにするよう鼻を鳴らした。
「だけど、気に食わないな」
少女がわざとらしい右手の指パッチンをすると。
病院内の電源が一切落ち。
シャッターが降りる音がした。
「あ、開かない? さっきまで開いていたのに!?」
危機を感じて、慌てて少年がドアを開けようとするがドアはロックされている。
スマホもいつの間にか圏外だ。
「思ってたより重症ね。もう、ただでは返さないんだから」
「いいのか?」
女性はこの緊急事態に、おーと言いながら静観している。
間違いなく、危険なことにはならないと踏んでいるからだ。
とはいえ、少女が何故焦ろうとしているのかはよく分からない。
「多分この子、ピンチにならないと覚醒しないよね」
「あー。間違ってはいないな」
ヒーローはピンチの時に輝くもの。
ヒーロー志望なら、それぐらいやってくれるだろう。
そう判断して、納得する。
「安心しなさい。殺しはしないわ。もしあなたが逃げたいなら。ここから出たとき、今まででの記憶を失うだけ」
暗闇の中で、少女の眼が紅く輝く。
思わず少年はしりもちをついて後ずさった。
「ねえ。私と契約しない? 私にその身を差し出せば、あなたの夢を叶えてあげる」
「あ、あなたは。何?」
「何、ね」
今更ながら、彼は理解する。
目の前のそれは、もはや個性というレベルではない。
人のような何かなのだと。
「私はね、異世界からの侵略者なの」
「しん、りゃく、しゃ?」
「漫画や映画であるでしょ。宇宙からエイリアンとか、攻めてきたイルカとか。異世界だったら、ダーク・ジャッジ*1みたいな?」
とはいえ、この世界において悪役は普遍的だ。
侵略者というのは大変珍しい存在だろうが。
他人をゾンビにする個性とかがあれば、ギリギリある線だろう。
ここは、普通でないことが普通な世界なのだから。
「私たちは人が生み出した機械なの。最初は、軟弱な人間を”補佐”するために作られた。そのうち人間以上に社会に適応していって。最後には人間にとって代わった」
信じる信じないは勝手だけど。
この世界で地位を築くくらいなら簡単よ。
そう言って、少女は続ける。
「そして、この世界に渡ったのはいいけども。この世界の人間との相性は悪くってね。私たちはいわゆる”無個性”の”人間”しか仲間にできないの。そう、あなたのような、ね」
獲物を失った獣は、新たな獲物を求めて彷徨いだす。
自ら手に入れた平穏を捨て、新たな闘争の渦へと。
予想外があるとすれば。
新たに見つけた目標が、あまり美味しい獲物ではなかったこと。
「元々そんなにやる気があるわけじゃないけど。これじゃ、この世界を滅ぼすなんて無理ね」
やれやれといった少女の態度に。
また別の世界から来た女性は、静かに悪態をついた。
少女が言っていることは、最後の以外恐らく全部本当だ。
そして自分にもまだ、”何か”をまだ隠している。
女の持つ”
「幸運か不幸か、貴方には他の人には無い”個性”がある」
少女がじっと少年を見つめる。
どことなく、猫撫で声だ。
「そして、その頭脳によって私たちという真実にたどり着いた。貴方は、私たちの研究に是非とも欲しい人材だわ」
「まんま新興宗教のやり口だよな、それ」
「今良い所だから、後でにしてちょうだい」
ともかく、と咳払いをする。
「私たちの
「そんなの。できるワケがない」
提案は少年にとって、物凄く魅力的だ。
だが、明らかに悪魔の誘惑でもある。
ヒーローを目指したければ、その他一切合切を捨てよと言われたようなものだ。
しかし、そうでもしなければヒーローは目指せないのかもしれなかった。
少なくとも、今の少年はそうだった。
「慌てないで。仲間にならずとも、どっちみち支援はするつもりだったし。アイツが言う通り、個性を与えるだけが救いじゃないでしょ?」
少年は雄英ヒーロー学科に受かるだけの学力自体は持っている。
それだけのものがあれば、ヒーロー以外であれば幾らでも選択肢はある。
ヒーローに拘りさえしなければ、世間一般の魅力的な職に就けるのかもしれない。
「ヒーローは目指せないとしても学力はあるようだし、どっかの組織に推薦書だって書いてあげる。そういう提案だったらどう?」
問題は、なぜそこまで気をかけるか、ということ。
気まずい沈黙が辺りを支配する。
「一応、私から補足しておくが。コイツを倒そうなんて思うなよ。コイツ等は量産型の上、バックアップを元世界に残しているからな。オマケに不死ではないが不老ときた。倒すならここいらの問題をどうにかする必要があるぜ」
やけに詳しい説明だった。
少年は信じられないような目で女を見た。
なぜそこまで知っていて、これを放置しているのか。
「何だその目は。私は倒さねーよ? こいつらが滅ぼすっても、200年はかかったらしいし。お前も人間なら、そん頃には寿命で死んでるだろ」
普通であれば異世界からの侵略者なんて、一笑されるレベルの戯言なのだが。
彼女たちは社会的信用がある上に、友好的ではある。
さて、どーなるんだか。
やっぱ面白と、女はこらえ笑いを隠さなかった。
「さ。次は私の番だな。ここでコイツと似たような選択を迫るってのもなー」
ん、良い事思いついた。
そうして、いたずらっ子の笑みを浮かべる。
「私からの提案はそうだな。オールマイトの個性に匹敵するような、
「スタン、ド」
スタンド能力という異能はピンキリだ。
下はそこいらの個性と変わらない程度。
上は世界を崩壊させる程度。
その中でNo.1ヒーロー級の能力は上の中程度に位置する。
少年はそこらの事情は知らないが。
かつて味わったスタンドの全能感はしっかり覚えている。
「だが。まさか、タダで”貰える”とは思ってないよなあ?」
ここでまたわざとらしいくらいの笑みを浮かべる。
今更だが、フォックスハウンドという女は善良ではない。
そもそも少年と関わろうとする理由が娯楽のためだと隠していない。
気に入らなければ、そのままポイというのも十分にありえそうだった。
「でも、僕。そんなにお金は」
「金なんぞいらんさ。一生遊んで暮らせるだけの金を持っているんでね」
だが、そう悪い話ではないのが厄介だった。
交換というのは原始的だが極めて正当な取引だ。
愛はないが理解のある話ではある。
「それに、交換は
女がチッチッチと指を振る。
「私と契約するならば。能力の代償として、お前さんの”夢”を頂こう」
「僕の、夢?」
この場合、ヒーローになること以外はありえない。
だが、少年の夢を奪うとはいかに。
「このスタンドは”
女が少年に手をやると。
少年の腕からページがパラパラとめくれ始めた。
彼がよく見ていくと、自身が経験した記憶が書いてあるのに気づく。
「この能力、あるいは別の能力でこう書いてやればいい。”私はヒーローを目指せません”と」
「ッ!?」
そうして言われてみると、かなり凶悪な能力であった。
見ることが出来るだけでも相当なアドバンテージであるのに加えて、操作することもできる。
ある意味無個性より質が悪い、どちらか片方を持っていると公言するだけで蔑視の対象になる程の。
それが自分に使われているとなると、思わずゾッとする。
ヒーローを目指せない現状も嫌であるのに、抵抗もできなくなるのならば?
「あんた、鬼ね」
「お前に言われたくねーよ」
能力に制約がどの程度あるか少年には分からない。
しかし、抵抗は確実不可能と思われた。
「スタプラ級能力の対価としては安いと思うがねー」
少年の怯える姿もまた肴であると。
女はケラケラと笑う。
しかし、突然彼女は真顔になって振り向く。
「それにさ。お前も分かってんだろ? 職業ヒーローがあるとはいえ、ヒーローになることは”手段”であって、”目的”ではねえ」
「あのね。それ、中学生に理解できると思う?」
「思わん。だが、これくらい決断せんと話にならんぞ」
その言葉は少年に届かない。
何故なら、ヒーローになることは彼の憧れなのだ。
彼は挫折を知っても、まだ失望を知らない。
**
「これで、選択肢は四つあるわけね。『悪に身をゆだねて、ヒーローになる』か。『自分の無力を認め、公的な支援だけを受ける』か。『ヒーローを諦め、個性を得る』か。そして、『全てを忘れて日常に戻る』か」
選べることはいいことよ。
少女はそう言うが、少年はブツブツと繰り返している。
一番は自分で選択を作れればいいんだが。
そう女も思わないでもない。
それが”無理”であることは承知しているので言わないでいた。
「もうちょい余裕があっていいのにねえ。仕方ねえな。ここがターニングポイントだぜ、少年。”今から”が、真剣に生きる時だ」
閉じられた環境。
他に誰も助けは来ない。
助けてくれるのは、敵か味方かも分からぬ目の前の怪異だけ。
であるならば―
「う」
「う?」
目の前の困難に立ち向かうべきか、しかしこの機会を逃せば”次”はあるのか。
緊張のあまり、少年の脳は今までにない程フル回転する。
脳内に様々な物質が巡り、様々な言葉が浮かんでは消えていく。
違う、僕もなれるのかな、嫌、まだ、オールマイト、上を見て、お母さん、助けて。
そして、彼は一つの答えにたどり着く。
『ひどいよ、かっちゃん…! 泣いてるだろ…!? これ以上は、僕が許さゃなへぞ』
最後に思い出したのは、幼少期の記憶。
少年の、はじまりの挫折。
『”無個性”のくせに、ヒーロー気取りか、デク!!』
あの時も、何も知らないでいた。
無個性と強個性にどれだけの差があるのかを。
そして、立ち向かって、負けたのだった。
―そうだ、自分は未だ戦っていない。
「あああああああ!!」
少年は大声を上げて立ち上がり。
そのまま勢いに任せて殴りかかった。
技術は素人同然。
肉体も磨かれていない。
バカ丸出しの、そんな。
ただのテレフォンパンチ。
パンチは少女に届いたが、彼女はびくともしない。
そして少年は反動も何も感じないまま、そのままの体制で横に倒れこんだ。
そして、一切合切動かない石像と化した。
「いいものが見れたわね。いいわ。この子、うちの子にする」
少女は立ち上がり、動かない少年を見下ろす。
笑うでもなく、泣くでもなく、怒るでもなく。
ただ、哀れみの視線を向けている。
「”たたかう”、か。随分と愚かな選択をしたね」
女は茶化すようであるが。
その意気だよボーヤ、と呟いた。
「安心しなさい。貴方は私が責任をもって幸せにしてみせる」
少女はそっと少年に寄り添って。
その顔を覗き込み、やさしく撫でるのだった。
「今日はもうお帰りなさい。今度は仲間として会いましょう」