テセウスの魔棲物   作:倉木学人

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「全ての人間は私の観察対象であり私の玩具だ。私だけが弄る権利を持っている」
「違うね。全ての人間は私たちの敵であり私たちの管理物だ。私たちだけが廃棄する権利を持っている」


冗談です。

3/01:後半の台詞まわりをがっつり修正


第3話 表裏の狐

 窓のついた手術室。

 人手が足りないクマ、とぼやきながら若い研究者が傍らを通り過ぎて行った。

 道はチリ一つなく清潔に保たれている。

 

「繰り返しになりますが。手術自体は極めて簡単なものです。”無害(ハームレス)”という個性の持ち主の細胞を、皮膚に移植するだけですので。はい」

 

 そんな区画の中に緑谷出久とその母、そして説明する若い女性。

 区画の外は”重要機密により関係者以外立入禁止”と書かれており。

 病院だということを差し引いても厳重な壁が区切っている。

 

「正直、この子には申し訳ないと思うてるんです。私にはこんなことしかしてあげられなくて」

「心配しないで大丈夫です。今の所、手術が失敗したという報告は届いていませんです。はい」

 

 楽観的に説明する黒髪の女性と対照に、出久母親はやや懐疑的といった所。

 

 そして出久少年はというと、実に希望に満ち溢れた顔をしている。

 これまでの憂鬱が嘘のようである。

 

「ああそうでした。完璧な手術にも一つ心配がありました。もし、あるとしたら。個性因子が正常に働き、個性が発現した後の話です」

 

 自然な笑顔と共に、ポンとわざとらしく手を叩く。

 

「個性が現れても、望む結果にならないということも往々にしてあるのですよ。はい。凶悪な能力を得てしまう人は。特に」

「まあ」

 

 もし銃を欲しがっている青年に銃を与えたらどうなるか。

 当然、撃ちたくなるだろう。

 

 銃に安全装置はついているだろうが。

 当人に安全装置がついているかは分からないのだ。

 

 まあ、愛する息子がそんなことをするとは思えないが。

 

「後は。無個性である、ということがプライドとなっている人もいますからね。難しいものです」

 

 いつの世も人間というのは変わりませんね。

 そう女性は苦笑した。

 

「ですから。どうか今後、患者さんのいう事を否定しないでやってください。はい」

「と、いうと?」

「人は正論だけでは納得しません。特に追い詰められた人間は、自分の都合の良い言葉しか聞かないものです」

 

 思い当たることがあるのだろう。

 母は思わず口に手をあてる。

 というか、今が正にその時である。

 

「無個性である彼らが”個性”を理解するには多大な時間が必要になる、ということでしょう」

「わかり、ました」

 

 もしや、自分は愛する子のことをちゃんと理解できていなかったのかもしれない。

 ”引き寄せる”という一般常識内レベルの個性を持つ母親は、その説明に頷くしかなかった。

 

「どうかうちの子を、お願いします」

「我々、今後とも全力で患者さん方をサポートするつもりですので。はい」

「しばらく、ここで待っていてもいいかしら」

「それならば宿泊用に近くの個室を無料提供しますよ。はい。ええ。よくある事ですから」

 

 母親は女性と共に出ていこうとする。

 出ていく直前、今一度と子の顔を見る。

 

「そう。分かったわ。出久。母さんは近くで見守ってあげるからね」

 

 ばたんと、扉が閉まった途端。

 少年は今までの期待が消え去り。

 突如として怯えた顔を見せた。

 

「か、母さん。たすけ」

 

 閉じた扉に手をかける。

 窓もない厳重な扉は思うより簡単に開いた。

 

「どうしたの?」

「何だか。もう一度、顔を見たくなって」

「仕方のない子ね」

 

 二人はお互いに笑顔を見せて。

 そうして再び扉は閉まった、

 

「母さんが、とても、遠い。こんなに、近くにいるのに!」

 

 彼はスタンド能力、天国の扉(ヘブンズ・ドアー)による攻撃を受けていた。

 ”叢雲を攻撃できない”と。

 その効果の程は見ての通りである。

 

 彼は両手をついて深い呼吸をしていて。

 今しがた起きたどうしようもない現実に打ちのめされていた。

 

「”個性発現のための手術”なんて、疑わしい事この上ない。でも、止めるだけの理由がない、ってことかしら」

 

 薄暗い物影の底から。

 やや甘ったるい声が響いた。

 

「母の愛も、恋には勝てぬと言う事でしょう。ねえ、緑谷出久(みどりやいずく)?」

 

 一目で分かる九尾のデザインに。

 新しく丁寧に扱われている雄英の制服。

 会ったのは一瞬だが比較的最近で、忘れがたい印象を持った女性。

 

「あなたは。あの時の」

「私は元、一航戦の”アカギ”。今は指揮官様の下で雄英高校に通っています。私がこの世界に入ったのは多分、三人目ですわ」

 

 センパイ、と呼んでもよろしくってよ?

 

 その顔は嗜虐と哀れみを浮かべていたが。

 やがては苛立ちへと変化する。

 

「いい加減認めなさい。指揮官様は寛容なお方とはいえ、流石に見苦しいですわよ」

「う」

 

 そうだ、自分は負けたのだった。

 悪魔のような選択を迫られたあの時、彼は悪魔に歯向かった。

 そして気づけば、自らの足で帰宅していたのだった。

 

 このことを誰かに伝えなきゃ、と思っていたものの。

 意に反して身体は動き、手術を親に認めさせていた。

 

 そうして今に至る。

 

「僕は、これからどうなるんですか」

「さあ? 貴方は選択肢から選ばなかった。であるならば指揮官様が選ぶことになるのでしょう」

 

 謎多き少女は彼に仲間になれ、としきりに誘ってはいたものの。

 どこまでが真実なのかは良く分からなかった。

 個性を与えることが出来るのは恐らく確実だろうが。

 

「恐らくは、病院でも働いている彼女たちのように、かしら? 彼女たちは機械改造を受けた強化人間(サイボーグ)なの」

 

 あの場にも居た狼のような女性の言葉を思い出す。

 ”こいつの与える個性は異形型”なのだと。

 

「サイボーグ?」

 

 だが、彼女たちは誰も異形型には見えなかった。

 彼は身体に金属を張り付けたような”一般的な個性の”人間を思い浮かべていた。

 どうも彼の想像は彼女たちの特徴と一致しない。

 

「おーっす。未来のヒーロー」

「ッ!」

 

 考えていると扉から、あの狼の女性が現れた。

 右手には原子力のごとく青白く光る小さな立方体が握られている。

 

「女狐! それをどこで!?」

「そこら辺で研究してたぞ」

 

 キシャーと狐が威嚇するが、狼は笑って受け流す。

 犬猿の仲とはこのことか(両方イヌ科だが)。

 

「返しなさい!」

「見てただけだっての。ほい」

 

 立方体が放物線を描いて投げられるが。

 狐は受け取めることなくさっと避けた。

 それはランダムな軌道と音をしながら転がってった。

 

「お前さんが建造素材(キューブ)を持ってるとは初耳だったが、何をするつもりだ?」

「知りません。それは指揮官様がセイレーンと接触して独自のルートで手に入れたものよ」

「あの連中と? へええ」

「建造方法が指揮官様とも”あのお方”とも違うらしく、今回の件で用いることがないのは確かね」

 

 そうして世間話をしていたが。

 やや蚊帳の外へと置いてかれていた少年に、女性二人のの視線が交差する。

 

「まあ、隼鷹とかが出ても困るしな」

「あの女の話をしないで」

「かっちゃんの目の前に、見覚えのない女が”オサナナジミ”を名乗りだして」

「この話はやめましょう。誰も幸福にならないわ」

 

 こほん、と狐が大きく咳払いをした。

 

「で、何しに来たのかしら? 画家気取りの取材だったら程ほどにしなさいな」

「何。ちょっとばかし、若きヒーロー志願へNDKしにきたのさ」

 

 鋭い視線が少年へと突き刺さる。

 その刃に対して耐え切れず、少年は壁を背に向けた。

 

「しかし。しけた面しやがるね。ヒヒヒ。その表情は違うだろ?」

「ひっ」

 

 少年はこの女性が苦手だ。

 いじめっ子の幼馴染(かっちゃん)とはまた違った、こちらを下に見ながら弄ぶような感覚がする。

 だが、決して無視できないでいた。

 

 信じられないことに彼女はヒーローでもヴィランでもないらしいが。

 そのプレッシャーはオールマイト並みに本物だ。

 

「少年の諦めない姿勢が、こうして夢への第一歩を踏み出せたんだ。笑えよ」

 

 夢を叶える気分はどうだいと聞かれても。

 

 こんなことは望んでないと全力で叫びたい気分だった。

 それが何かは、少年自身にも分からなかったが。

 

「夢を諦めた臆病者に何を言われたって関係ねえ。そいつらの言う通り、その先に地獄が待っているとしても突き進め。どれだけ時間がかかっても、最後には絶望するとしてもだ」

 

 無個性にはヒーローなんて無理だ。

 諦めろと言われた事は数知れず。

 知ってはいたが、それでもヒーローを諦めきれなかった。

 

 今になって、彼らの気持ちが少しわかるような気がする。

 彼らの本音がどうであれ、彼らは少年の身を案じていたのだ。

 

「”夢はいつか必ず叶う!” 少年も自分を信じているのだろう? いつまでも夢を追い続けるとよいさ」

 

 しかし、この女性は夢を全力で肯定する。

 絶望へと、喜んで突き落とすように。

 犬歯をむき出しにして嗤ってみせるのだ。

 

 ヒーローは常に笑ってなければならない。

 だが、この笑顔は怖い。

 

 この笑いの類は―。

 少年の、原初の深い記憶を呼び覚ますものだ。

 

「私も支援を。いて!」

「邪魔するなら帰りなさい。ひどく怯えているわよ。そもそも! この子は指揮官様のモノであることを忘れてないかしら」

 

 割とシャレにならない打撃音が狼頭に響いた。

 どうやらここまでのようだ。

 

「今、良い所なのにな」

 

 今日はこの程度にしとくかと勝手に納得し。

 狐に連れ去られて狼は去っていった。

 

 

 でも―

 

 ―そうだ、ぼくはヒーローになるんだ。

 

 

 当然だが、彼はまだ自分の未来を知らない。

 

 

 

**

 

 

 

「いささか。過激すぎる激励ね」

 

 その激励はアカギにとっても堪えるものがあった。

 何せ、”諦めなければ夢は必ず叶うという”というのは残酷な真実なのだから。

 そして自分は、夢を諦めた側であるが故に。

 

 最高のヒーローを目指すという夢が、どういう結果をもたらすのか。

 そこそこ賢いならば、簡単に想像がつくことだ。

 

 こういう時は自分の賢さが呪わしい。

 

「主人公は虐めてナンボだ。物語の鉄則だろ?」

 

 世の中に夢を叶えた人間とは、少なからず存在する。

 この狼女もその一人であるとも知っている。

 

「ここは友情・特殊能力・勝利の少年ジャンプ様ですわ。まさか、主人公候補程度に甘粕大尉や東方不敗みたいな人間の到達点を求める訳じゃないでしょうね」

「別にそこまでは求めんよ。あいつには100000%が似合うけど、あいつが出来る60%ぐらいが丁度いいとも思うしな」

 

 夢を叶えるとはどういうことか。

 夢を叶えたその先に何があるのか。

 それをこの女は良く理解しているらしかった。

 

「私が叶えた世界は面白かった。今はあいつが夢を叶えた先が見たい。それって絶対ワクワクする話に違いない」

 

 そして、夢を肯定することを気に留めてない。

 こういうところは、どうしても肯定することが出来そうにない。

 

「どいつもこいつも。超越者というのは度し難いですわ」

 

 何度目か分からないため息をついた。

 

 




性転換シーンまで行きたかったけど、行けなかった。

展開が遅い、と思う人もいるでしょうね。
私もそう思います。
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