テセウスの魔棲物   作:倉木学人

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今作にアンチ・ヘイトを付ける羽目になった要因回です。

止まらねぇぞ・・・!

3/3:個人的に気になったので表現を修正


第4話 海より深い空の下

 日本の由緒正しき大屋敷の畳部屋。

 背景には大量のデスクトップPCが並んでいて、部屋にはクーラーが効いている。

 そんな中、叢雲は一人コタツで事務作業を行っていた。

 はんてんを着込み、目の前のディスプレイを操作している。

 

 

―報告書01―

個性の実験に用いていたマウスが集団脱走した。

”虫喰い”と名付けられた個体による多少の被害は出たが、駐在していたヒーローにより事無きを得た。

以後、再発防止を心掛けたい。

――

 

 

「何やってんのよアイツ等。私より優秀な研究者の癖して、この様? 信じらんない」

 

 

―報告書02―

基礎研究の進展状況。

真世界から持ち込んだ機材において、計測誤差が多発している。

そもそも物理法則が元世界とは異なる可能性。

こちらで必要な研究資材やノウハウを現地で調達することを提言。

人材不足により必要人材のスカウト、あるいは真世界からの救援を求める。

――

 

 

「サラトガやウォースパイトを送り込んで正解かな。こっちの事情を知りながら志願した人材だけはある。それでも簡単に異世界で技術チートとはいかないか」

 

 

―報告書03―

自動運転車のマーケティング結果。

完全自動化を売りにした新製品の売れ行きはどれも芳しくない。

どれも性能やコスト、メンテナンス性のいずれかの点において既存製品に一歩劣る。

自動運転に対してディーラーは未だ否定的の模様。

長い闘いとなるだろう。

――

 

「完全オート生産が、個性ありの手工業に負けるってのも癪に障るわね。ま、気長にやりましょ」

 

 

 次のページは。

 セイレーンから渡された技術。

 キューブ、及びKAN-SENに関する研究について。

 

「ふうん」

 

 

―報告書04―

彼女たちの言動は奇抜ではある一方で、驚くほどの従順性を示している。

我々とはまた違った運用ができると考えられる。

試験的に単純作業に用いているが、結果は良好。

 

特筆すべきは、量産型と呼ばれるKAN-SEN。

実艦と変わらないサイズでありながら、性能は実艦に勝る。

流石に性能は人型よりは劣るとはいえ、量産性はそれ以上。

扱いも容易で、戦力数を揃える目的には適任か。

――

 

 

「量産型フブキ級は私も一隻分欲しいなあ。アルペジオごっこがやりたい。え、こっちに持ってきてはダメ? そう」

 

 ため息をついて、承認の電子ハンコを押していく。

 淡々と次のページへと進めていく。

 

「あれ、もう一枚ある」

 

 

―追記―

偶然キューブを物理的に切断したところ、幾つかの”情報記録装置”を得ることができた。

それらは何れも実在しなかった艦のデータを示していた。

 

 

設計案”Neptune”

KGV級次案”Monarch”

改鈴谷型重巡未成艦”伊吹”

大和型戦艦計画案”出雲”

架空巡洋艦”Roon”

次級艦”Saint Louis”

 

 

これらを新しい研究テーマ案として提言したい。

――

 

 

「改鈴谷型はともかく。計画艦って、ただのペーパープランでしょうに。弾切れでも起こしたのかしら?」

 

 

 

**

 

 

 

 まぶしいくらい明るい手術室の中。

 あまり公にはできない手術が始まろうとしていた。

 窓の外には複数のカラフルな男女がいて、今か今かとやや大きめの窓から覗いていた。

 

「担当医の平賀です。よろしくね」

 

 スレンダーな体に明るい緑のポニーテール。

 人懐っこい笑みを浮かべる女医。

 もしもの時の助手として、三角青頭巾姿の看護師を数人引き連れている。

 

「これから、麻酔に見せかけたスタートレックのボーグ*1的な注射をする訳ですけど」

「―ッ!」

 

 だが、緑谷少年は恐怖しかない。

 手足はベッドに固定されているわけではないのに動かず。

 口は開いているのに助けを求める声すら上げられない。

 

 悪の組織の改造手術を受けてヒーローになるというのは古典であるのだが。

 しかし、受ける側はたまったものではない。

 

「ああ。そう怖がらないでください。なんで怖がっているかは、私なら分かります。当ててみましょうか?」

 

 ずい、と顔を近づけて覗いていて来る。

 明るい声色で、朝の占いを放送するような気やすさだ。

 

「社会と敵対するのが怖いのでしょう?」

「え?」

 

 思わず、口から声が出る。

 別にそう思っていたわけではない。

 

「そういえば、そうなの、かも」

 

 そう思ったわけではないのだが。

 言われてみれば、そんな気がするような言葉だ。

 

 彼女たちのトップは悪い人間を自称している。

 そんな彼女たちの仲間になることは、後々必然的に社会と敵対する事が明らかだった。

 

 それは当然、ヒーロー志望の少年が許容できることではないのだから。

 

「心配しなくても大丈夫です。私たち全員、人間の役に立ちたいって思いは共通してますので。ヒーローだって目指しちゃってください」

「え、あ。はい」

 

 とはいえ、トップが邪悪であることと構成員が善良であることは何ら矛盾しない。

 

 人間は醜い。

 歴史を紐解いても、清廉潔白さで名を遺す人間はごく少数に限られる。

 そしてそういった人間が栄光を手にすることは決してなかった。

 

 人をまとめる長ならば、何かしら後ろめたい事があっても何らおかしくはない。

 

「我々全員。たとえ世界を敵に回しても、あなたを守りますからね」

 

 あの叢雲さんもそう思っていますからね。

 ウィンクしてそう微笑みかけた。

 

「では、手術を始めます」

 

 少年の腕に細い注射針が刺さり。

 致命的なナニカが、体へと侵食してくる。

 

「ところで、テセウスの船ってあるじゃないですか。船の構成部品が全部別物になっても、その船は同じ船だと言えるのかどうかって。アレってどうなんでしょぅ―」

 

 どうやら麻酔としての効果が表れたようで。

 急速に少年の意識は薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば少年は建物の敷地内に立っていた。

 学校の中庭のようには見えるのだが、どうも様子がおかしい。

 

 空は凍てつくような曇り空で。

 辺りには火の下からいくつもの煙が立ち上っている。

 

 そんな中、彼は火の近くに人の影を見た。

 彼の幼馴染であるツンツン頭の爆豪勝己が何かを火に放り投げている。

 

 なんと燃やしているのは、緑谷の授業ノートや漫画本といった私物だった!

 

「何するんだ! かっちゃん!」

 

 必死に止めようとするが。

 手も足も鉛のように重く、なかなか前に進めない。

 すぐに息切れして、立ち止まることになる。

 

 少し落ち着くと、そこで不思議な光景を見る。

 

「かっちゃんが。いっぱい?」

 

 良く見ると、他の火の下にも爆豪がいる。

 しかも一つにつき数人いる。

 服装はいつもの折寺中の制服ではなく、全員が黒いコートを羽織っているらしかった。

 

「ああ。これ、夢なんだ」

 

 ここはどう考えても現実ではない。

 自分は手術室にいた。

 ならば、自分は麻酔で夢を見ているのだろう。

 

 そうして自分の服や玩具などが燃やされている光景を。

 暫くの間、ただぼーっと見つめていた。

 

 

「ようやく会えましたね」

 

 そんな中。

 落ち着いた女性の声が聞こえた。

 

 声は横からだ。

 

「君は?」

 

 その少女の肌はひどく白く、目と口と鼻の無い顔をしていた。

 豊かな身体は上を黒を基調とする服で固められて。

 緑谷のテスト用紙タワーの上に腰かけ、寒そうな足をぶらぶらとさせている。

 

「はじめまして、■■■といいます。とっても強い存在です」

 

 この少女に見覚えは一切ない。

 

 名前の所は良く聞こえなかったが。

 どっちにしろやはり、聞き覚えのない響きだ。

 

「そういえば。これ、あなたのですよね?」

「!」

 

 少女は自分の後ろから、小さなそれを鷲掴みに持ってきた。

 手に握るには少し大きいかというくらいの、笑顔のオールマイト・プラスチック人形だ。

 

「返して!」

 

 これは見間違えるはずもない。

 小さいころに買ってもらって、いつの間にか無くしてしまった宝物だ。

 夢の世界とはわかっていても、思わず手を伸ばさずにはいられない。

 

 だが、重い足取りでは少女にはたどり着けない。

 そして少女は取り上げるように手してから人形を撫でまわす。

 

「私、すっごくあなたに会いたかったんですよー。それなのに、あなたもかっちゃんも、皆たかって私を苛めるんですから。ずーーっとここに居たんです」

「何を言っているの?」

 

 繰り返すが、少年はこの少女を知らない。

 だが、あちらは明らかにこっちを知っている口ぶりだ。

 

「もし、自分が女だったら。そう思ったりはしませんでしたか?」

 

 不思議な問いかけだ。

 考えたこともなかったことである。

 もしそうだったらどうだろうとは思うが、想像はつかない。

 

「もし、自分に個性があったなら。もし、自分があの親から生まれなかったら。もし、かっちゃんと自分が逆だったなら。もし、自分がヴィランだったなら―」

 

 次は思い当たることがあるが。

 しかし、やや冒涜的な言葉だ。

 最初のはともかく、そういうことはあまり考えたくない。

 まるで最近聞いた悪魔のささやきのよう。

 

「私はそういった、あった”かもしれない”可能性の擬人化なんですよ。そう、今まで摘まれてきた可能性なんです」

 

 彼女の言を信じるなら、彼女は”ありえなかった”可能性。

 バタフライ効果の未遂、既に消えた事象。

 そして、巻き戻せない過去のこと。

 

「そう、なんだ」

 

 緑谷少年はあまり過去を振り返らない。

 クソナードではあるものの、基本的に前向きで行動的なのだ。

 過去を懐かしいとは思うが、過去に戻りたいとは思えない。

 

 過去の存在である彼女には、少しばかり同情した。

 

「アハハッ。他人事じゃないんですよ? -どうして私を今まで無視してきたんですかぁ?」

 

 甲高い笑い声をあげたかと思うと。

 緩急をつけてドスの効いた声を向けた。

 

「え。何を」

「あなたも加害者、ということですよ? わ。た。し?」

 

 紙の山から降り、少年へと歩みを進めてくる。

 少年はたじろごうとするが、相変わらず足取りは重い。

 

「だって。あなた。今まで何をしてきたんですか?」

 

 急にお前は加害者と言われても。

 この少女に思い当たることは何もない。

 何せ、初対面なのだ。

 

「そりゃあ、ヒーローになるために勉強をして。ヒーローのことをいっぱい調べて」

「違いますよ」

 

 発言を乱暴にさえぎり、キッパリと否定した。

 

「あなたは”何もしていなかった”んじゃないですか」

「!」

 

 そこで少年はようやく気付いた。

 この少女は誰かの可能性ではなく、ほかならぬ自分の可能性であったことを。

 そして、恨みの刃が向けられていることに身を震えた。

 

「もっと普段から、体を鍛えるとか。ボランティア活動をするとか。どうしてそういうことをしなかったんですか? そういうことってヒーローに必要じゃないんですか?」

 

 彼女の言っていることは正論だ。

 まったくもって、正論だ。

 だが所詮は、それだけのことだ。

 

「もっと、出来ることがあったんじゃないですか? 苛めた相手の目を抉るとか。同じ境遇の人と寄り添うとか。色々”出来たハズ”ですよ?」

「うるさい!」

 

 彼女の言っていることは正しいが、少年にとって認めることはできない。

 いや、認めてはいけないことだった。

 

「君に。君に。僕の、何がわかるんだッ!」

 

 当然、それを認めては後悔になるからだ。

 

 現代日本ではあまり問題とされないが、懺悔とは立派な拷問の一つである。

 自らの罪を告白し改心させるとは聞こえはいいが、ようするにただの洗脳だ。

 未熟な心を折り、二度と戻らない傷をつけて矯正する。

 たかが、もうどうにもできないことに対して穿り返す必要がどこにあるのか。

 

 自らの過ちを認めるのは良い事であるのだが。

 しかし、今それをしてしまえば。

 少年は二度と立ち直れなくなってしまう。

 

 傷つけられても他人に優しくしろという言葉がどれ程残酷なのか、彼女は知っているのだろうか。

 

「分からないですよ。何も。あなたのことは何一つ知りません。そもそも見ていないですから」

「な」

 

 彼女は少年の可能性だったと言った。

 しかし、彼女は何も知らないと言う。

 

「私は生まれることすら許されないのですから。私にならできた”かもしれない”のに」

 

 この少女は少年のことをよく見ていない。

 ただ、少年の奥底を見据えるように。

 

 存在するかも分からぬ、”それ”を見つめていた。

 

「それに。あなたも、何も理解していないじゃないですか。あなたはヒーローとは何かって、答えることが出来るんですか?」

 

 その答えには答えねばならない。

 目の前の存在に、決して屈してはならぬ故。

 

 良く分からないが。

 負けを認めたら、確実に飲み込まれる!

 

「僕のヒーローは。オールマイトだ!」

「へえ」

 

 勢い任せの、雑な答えだ。

 彼は学者ではない故に、ヒーローとは何かと答えることはできぬ。

だが。

 たとえ憧れの彼から夢を否定されようと、これだけは変わらぬ真実なのだ。

 

 少女は握り締めていたそれに、笑顔を向けた。

 顔の重要なパーツがないので、あくまでそう感じるだけだが。

 

「そうですか、そうですか。あなたは。こんなのもののために。私はッ!」

 

 そして、それを力いっぱい握りつぶした。

 哀れ、オールマイト人形は粉々に砕け散った。

 

「ッ!? 何をするんだ!」

「でも、今からでも遅くはありません」

 

 手のひらに破片が突き刺さり血が流れようと気にせず。

 少女は怒りを抑えて顔のない笑顔を見せる。

 

「あなたの居場所を私に譲ってください」

 

 血の滴る手を少年へと向けた。

 何度向けられたか分からぬ、闇の誘惑だ。

 

「そうしたら、全部解決してあげますよ。あなたはここにいてガタガタ震えているだけでいい。ああ、なんて私は寛容で優しいんでしょう」

「それは、出来ないよ」

 

 少年は、これも選択の一つだと思い始めていた。

 叢雲と名乗った少女の提案から始まり、一匹狼の挑発、そしてこの手。

ここが、正真正銘最後の”降りる”機会なのだと。

 

「じゃあ、あなたに何が出来るんですか? オールマイトになる方法も”何も”知らないのに? 具体的に方法を教えてくださいよ」

 

 ここで降りれば楽にはなれる。

 そしてそれはきっと幸福だ。

 ありふれているが、それなりの人生を送れるだろう。

 

 しかしここで降りたら、もはや自分は自分ではなくなる。

 

「今は何もできないけど。でも」

「話になりませんね。結局、あなたには何もできないってことじゃないですか。ねえ、どうしたら”私”を振り返ってくれるんですかぁ?」

 

 目の前のプレッシャーが跳ね上がる。

 少女の身体から何かが作動し、幾つもの”手”が顔を覗かせる。

 

 急に景色が一変する。

 辺りは気色悪い肉でできた通学路のようになっている。

 少女の気配が、いつの間にか自らの背後に移動していた。

 

「僕は!」

 

 ここは夢のはずだ。

 しかし、夢でしたーでは済まないというのもまた感じる。

 分かり切ったことだが、ここは夢だがただの夢ではない。

 

「僕はヒーローになるんだ!」

 

 僕は、もう引き返せない。

 それでも彼は、前を向いて全力で叫ぶのだった。

 

「許せない」

 

 彼からは見えないが、少女の身体は崩壊し。

 そこから深い闇が生まれた。

 それは、これから立ち向かうであろう困難を煮詰めたような、そんな―

 

「私を無視するなんて。許せないッ!」

 

 そうして、少年の身体は背後からの無数の闇に飲み込まれた。

 

 

 

*1
アメリカのSFドラマに登場する機械生命体。日本風に言うとバイド?




やっぱこのくらいのアレで小説描いてるのが一番楽しいな。
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