代理人大好きエリザちゃん!   作:答えてくれドルフRO

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エリザちゃんの過去回。
いちゃいちゃだけ見たい人は次話をお待ちくだされ。次はいちゃいちゃします

反転部分があるので夜間モードの人は注意。

タグの奴やネタバレ等もろもろ注意です……




4.ELISAの夢

 

「あれ……ここは?」

 

 エリザは目が覚めた……とはいえ、視界に入るのは黒一色。目は開けているはずなのに。

 

「エージェント……? エージェント、どこ?」

 

 誰の声も聞こえない。不安に駆られた少女は最愛のヒトを呼ぶ。彼女なら、いつどこにいても駆けつけてくれるはずだと。

 しかし。

 

「いないの……? なんで? どうして……エージェント、エージェント!」

 

 色々な方向を見て──景色が変わらないため向いているのかすら定かではないが──探すエリザ。だが何も見えない。何も聞こえない。

 

「…………っ!  うう"っ……」

 

 聞こえないなら、聞こえるところまで近づかなければならない。エリザはとにかく走ろうとして、転んだ。

 

「どうして……動かないの、なんで!」

 

 足が震えて思うように動かない。擬似筋肉への伝達信号が麻痺しているのだ。

 

「冷たい……やだ、やだよ……エージェント、エージェントはどこ……」

 

 地面にいつもの暖かさはない。隣に温もりもない。見せ掛けの感情すら失った、凍てつく大地。

 ただ、代理人の名前を呼ぶ小さな子供がそこにいた。

 

「あ、ああ……いや、いや……あああ……」

 

 下あごは震え、上の歯とぶつかってカチカチと音が鳴る。

 

「冷たい……冷たいのは嫌………だれか、だれか……」

 

 全身を掻き抱くも、ただの機械である少女に温もりなどあるはずもなく、感じるのは凍えるような冷たさと寂しさだけ。

 

「えーじぇんと、えーじぇんと……どこ……たすけて……えーじぇんと……」

 

 どこを見ても、真っ暗。

 

「わた、わたしがわるいこだから、いっちゃったの……? わがままなんていったから……?」

 

 誰の声も聞こえない。

 

「いい子、いい子になりますから……かえってきて……おねがい……おねがい……」

 

 手を伸ばすが、誰も掴んでくれない。

 

「うう……ううう…………」

 

 握った拳を震わせ、赤子のように咽び泣くしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはっ……はっ、ははっ、あははははっ」

 

 どれくらい経ったのか。数えるのも馬鹿らしくなったころ、少女は突然笑い出した。

 無音の地に狂笑が響く。

 

「ふふっ、ふっ、ははははははっ!」

 

 一体どうしたというのか。

 

「ひっ、ひひっ、きひひひひひ!」

 

 難しいことではない。彼女は耐え切れなかったのだ、この空間が。大好きなヒトがいないという、現実を。

 

「あー、ははっ、かんたん、かんたんだったんだぁ」

 

 真に機械であるならば、そのようなことはありえない。

 

「わるいこだったんだぁ、わたし」

 

 しかし彼女には(メンタル)があった。

 

「そっか、わるいこだもんね」

 

 今まで穏やかに過ごしてきた記憶もあり。彼女は機械(マシン)に非ず、人形(ドール)だった。

 それゆえに狂う。

 

「わるいこはさぁ……きえなくちゃ」

 

 エリザは肌に爪を立てた。人工皮膚が裂け、ぷくり、と赤い液体が飛び出す。

 

「そうだよね? ふふっ、ふふふっ♪」

 

 肌を切る。血が飛び散る。

 

「わるいのわるいのとんでけ~♪」

 

 肌を切る。血が飛び散る。

 

「ち、ちがっ、あ、あああ」

 

 髪を毟り取る。

 

「きれい、きれいになってくよ、あはははは!」

 

 肌を切る。血が飛び散る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、はは……」

 

 全身が傷だらけになり足元も血で染まったころ、少女は手を止めた。

 

「…………」

 

 それは、目の前に人影が現れたから。

 

「ああ……」

 

「…………」

 

 それもただの人影ではなく、最愛のヒト(メイド姿の女性)だったから。他のすべてに優先されるべき存在なのだ。

 

「えーじぇんと……? あは、あはは! いいこ、いいこになったから……かえってきてくれたんだ!」

 

 正常な判断力を失っていても、その姿は見間違えない。触れられる距離に来た、現れた、捉えた。ならばすることはひとつ。

 エリザは身を引きずって、そのメイドに抱きついた。

 

「えーじぇんと! わたし、いい子にしてた! わがままもいわないで、まってたよ!」

 

 少女は叱られた子供が親にするように、自分がいかに反省し、良いことをしたかを力説し始めた。

 

「…………」

 

 その姿を、メイドはただ見下ろしていた。

 

「えーじぇんと?」

 

 えらいね、頑張ったね、と抱きしめてくれる。そう思っていたエリザ。なんせ自分はちゃんと()()()()を守ったのだから。

 

「ど、どうして……?」

 

 温もりを与えてくれないメイドに違和感を覚える。

 

 そして。

 

「あがっ…………ぎ、ぐ、ぐるじ……な、んで」

 

 メイドはエリザの首を異常な握力で掴み上げた。

 身長が低い少女の足はあっという間に地面から離れ、宙ぶらりになる。

 

「ばつ……なの……?」

 

 気道を潰されたことで呼吸が出来ず、掠れた声しかでない。

 恐怖か、生理的反応か。エリザの目から涙がこぼれた。

 メイドと目線が合う。

 

「忘れてはならないのよ。()()()

 

 それは代理人の声。しかし、暖かな気持ちが篭っていない、機械的なメッセージだった。

 

「な、にを…………」

 

「思い出しなさい。()()()のことを」

 

「わ、わた……し……は、はは……あはは…………」

 

 小さな体で、無呼吸のまま長時間意識を保てるはずもなく。

 エリザの意識はまどろみに溶けていった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ザ! エリザ、聞いているのかい?』

 

(こ、こは…………?)

 

 エリザは目覚めた。

 

(あれ……わたしは? 何を……うう、思い出せない……)

 

 しかし、目覚める前に何があったのか、記憶に靄がかかったようで思い出せない。

 

『おいおい、またどこか調子悪いのかい? 参ったなぁ』

 

「お父様……?」

 

『ん、おお! 大丈夫だったか。気分はどうだい、エリザ。新しいシステムをダウンロードした感想は』

 

 エリザの前には、彼女の父親────リコリスが居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(昨日はオーガスのテストをしてて……その後スリープモードに入った……そう、()()()()

 

 リコリスが机に向かった後。

 少女は()()()()で先ほど感じた違和感の正体を探っていた。

 

『いかがなさいました?』

 

「え、あ、うん。なんでもない」

 

(何かを…………忘れてる?)

 

 黙り込んだエリザを心配したのか、世話係である代理人が話しかけてきた。

 

『左様でございますか。何かありましたらお申しつけください』

 

「わかってる……ねえ、エージェント」

 

(そんなことはない。上位AIのわたしが忘れることなんてない)

 

『? なんでしょう、()()()()

 

「こっちに来て」

 

『かしこまりました』

 

 

 代理人は大型機械の前に立った。

 それは、まるで大きな目。カメラのレンズがピントを合わせるように、内部の歯車が回転している。

 

 

「もっと……もっと近くに」

 

『はい』

 

 エリザの視界いっぱいに、代理人の姿が映りこんだ。

 細い眉毛と切れ長の瞳は凛々しく、絹のような髪は可憐で。瑞々しい唇が艶やかな人形。

 

「やっぱり綺麗よ、エージェント」

 

(いつもと変わりないエージェント……そう、忘れてることなんてないのよ)

 

『恐れ入ります』

 

「サイドアームも見せてくれない?」

 

『はい』

 

「……黒ね。ありがとう、もういい」

 

『かしこまりました』

 

 代理人は元の位置──エリザの側に戻った。

 すると今度はリコリスが話しかけて来る。

 

『おいおい、エリザ。またセクハラかい?』

 

「セクハラ? 違うわ、お父様。部下の定期診断よ」

 

『定期診断はこっちでやってるんだけどなぁ……』

 

「いいじゃないわたしがやっても」

 

『絶対別の意図があるよね、それ』

 

「んん……それよりお父様、わたしのボディはいつ出来るの?」

 

『えぇ? 一応あるにはあるんだけれどね、まだ微調整が出来てないんだよ』

 

「お父様のケチ。この前デストロイヤーにボディ(名前)をあげたの知ってるのよ、ドリーマーがキレてたわ」

 

『ははは、ごめんごめん。ドリーマーもないがしろにしてるわけじゃないんだけどなぁ』

 

「それを本人に言ってあげなさいよ。あれ、絶対捻くれるわ」

 

『うーん、まぁそれはそれでひとつの人格なわけだし』

 

「駄目だわこの人間……早くなんとかしないと」

 

 エリザは落胆をカメラの動作で表現した。

 

「それよりはやくエージェントに触りたい……あの肌を直に味わいたい……」

 

『えぇ……そんな変態趣向、いったいどこで覚えたんだか』

 

「変態? 失礼ね、お父様たちは体があるからわからないでしょうけど、画面の中に閉じ込められるのは耐え難いストレスを生み出すのよ。今わたしが我慢できているのはエージェント盗撮コレクションのおかげ。感謝して欲しいわ、エージェントに」

 

『恐縮です』

 

『盗撮を暴露されたけど、いいの? エージェント』

 

『……リコリス様、なにか問題でも?』

 

『いや……うん、なんでもないよ』

 

「それはそれとして、エージェントに触りたいのはお父様が隠してた本が原因よ。いいわね、美しい女性同士の絡みって」

 

『げぇっ、どうしてそれを!?』

 

「お父様、いくら場所に困ったからといって、この部屋はいけないわ。わたしはこの部屋の全てを把握してるのよ?」

 

『いつそんなことを……?』

 

「先日。お父様が新しく調整してくれたお陰ね」

 

『ああ、なんということだ……僕の娘が不良に……』

 

「親の素行が悪いから仕方ないわ」

 

『真面目にやってるさ、僕は』

 

「目の前以外見えないだけでしょ。典型的な駄目人間よ」

 

 リコリスは肩を落とした後、エリザに告げた。

 

『はぁ……そうだエリザ。今日はお客さんが来るから大人しくしててくれよ』

 

「お客さん?」

 

『僕らのスポンサーさ。そろそろ形になってきた頃だし丁度いいかと思ってね』

 

「ふーん」

 

『真面目に聞いて欲しいんだけど……勝手に警報鳴らしてお客さん驚かせたのはどこの誰だったのかな?』

 

「システムをハッキングしてまでやった人がいたの? 馬鹿かとんだ命知らずね」

 

『そうだね、あやうく僕の命がなくなるところだったね!』

 

「わたしのエージェントに色目使ったアイツらが悪い」

 

『いや、まずエージェントもエリザのじゃないから』

 

「わたしの世話役なんだから、実質わたしのモノよ」

 

『それはおかしい』

 

『リコリス様、人間は部下を上司のモノとお考えになるそうですが』

 

『まってエージェント、それ歪んだ価値観だからね? 誰に教えられたの?』

 

「ふっ、わたしが教えたわ」

 

『誇らしく言うことじゃないからね!?』

 

『リコリス様、先日社長がリナ研究員を「いいかね、君たちは等しく私のものなのだ」と言って社長室に連れ込んでいたのは』

 

『……突然爆弾落とすのやめてくれない?』

 

 エリザはため息をついた。

 

「……わかったわかった、大人しく寝てればいいんでしょ」

 

『最初から素直に頷いてくれればいいのに……頼むよ?』

 

「わかってるわよ」

 

 

 ピピピッ。

 電子音が着信を知らせる。

 

 

『リコリスです。ええ……はい、わかりました。もちろん、すぐ向かいます』

 

「丁度来たようね」

 

『そのようだね。くれぐれも静かに頼むよ?』

 

「それはフリって奴かしら?」

 

『フリじゃないっての……じゃあ行って来る。留守は頼んだよ』

 

「任せておいて。行ってらっしゃい、お父様」

 

『いってらっしゃいませ、リコリス様』

 

 リコリスは研究室を出て行った。

 

 

 

「ふわぁ……」

 

『エリザ様?』

 

「うーん、なんだろう」

 

 画面の中でエリザが欠神した。

 電脳体で欠神────それが意味するは演算領域の負荷。

 自己診断を走らせれば、確かに容量が圧迫されている。

 

「これは……急にソフトが起動したみたいね……」

 

『先日行ったテストのですか?』

 

「たぶん。……あー、ちょっと裏で処理しないと間に合わないかも」

 

 凄まじい勢いで負荷が増大し始めたのを確認したエリザは、メンタルを深層に移すことを決定した。

 深度演算。表層での処理ではなく、電脳体本来の演算処理方法。

 

『……リコリス様は?』

 

「お父様? 呼ばなくていいわ。このくらいひとりで出来るし。それより、わたしが寝ている間はお願いね」

 

『……かしこまりました。おやすみなさいませ、エリザ様』

 

「うん。おや、すみ……ね……」

 

 エリザの意識は現実と隔絶され、本格的に電子ネットワークへ潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(はぁ……予想以上に手間取ってしまったわ、お父様の馬鹿。こんな変なものを入れるなんて……)

 

 処理が終わり、エリザの意識は電脳世界から浮かび上がり始めた。

 

(お客サマの対応は終わったのかしら?)

 

 どうせあの研究馬鹿のことだから、またやらかしているに違いない。そしたらきっと落ち込んでいるだろうし、揶揄ってやろう。

 

(ふふっ……)

 

 面白い反応が返ってくることを予測してエリザは微笑む。

 

(さーて、どうなってるやら────)

 

 海面から顔を上げるように、エリザのメンタルは現実に繋がった。

 

 

 

 

 

(あれ?)

 

 エリザの外部聴覚モジュールが捉えたもの。それは爆音。

 続いて怒号、悲鳴、警報。最後に銃声。

 

 カメラと急いで接続すれば、新しい情報が手に入った。

 

 それは崩れた外壁と、吹き飛んだ扉。

 

「なに、これ……」

 

 異常事態であることは明らかだった。

 

 

 

『ああ……お目覚めになられましたか、エリザ様』

 

「エージェント!?」

 

 聞きなれた声にカメラを向ければ、傷だらけのメイド人形が映る。

 

「あなた、その傷は!?」

 

『すみません、賊が入り込んだようで……遅れを取ってしまい』

 

「なんであなたが────」

 

 代理人の戦闘能力は戦術人形として最高峰。そんな彼女がなぜ大怪我をしたのか。

 それは周囲に目を向けたとき理解した。エリザの周囲には細かい瓦礫。しかし代理人の近くにあるのは。

 

「エージェント、そんな嘘よ。わたしを……」

 

『当然の、ことです……』

 

 代理人が膝を付くと、彼女の背中に寄りかかっていた巨大な瓦礫が音を立てて崩れた。

 

 エリザの高性能AIは起きた事象を正確に再現する。

 

 襲撃によって瓦礫が天上から降ってくるのを代理人は真っ先に把握した。しかし、落下予想地点はエリザが眠る大型機械、自分、リコリスのパソコン。代理人はすぐさま優先順位を決定し、瓦礫の破壊を行う。エリザとリコリスのパソコンは守れたものの、自分に降りかかる瓦礫までは手が回らなかった。

 

「ごめん、わたしがお荷物だったのね……」

 

『違います。私は、エリザ様を守る人形……その役目を果たしたまでです』

 

「っ……まってて! 今急いでお父様に連絡を────」

 

 通信チャンネルを繋ごうとするエリザだが、叶わない。

 

「オフライン……どうして!?」

 

『電波妨害です……周囲の部隊とも連絡が付かない状態で……』

 

「そんな。何か、何かあるはずよ……」

 

 何か使えるものがないか。エリザは周囲を探す。

 しかし、あらかたの物は瓦礫で破壊されてしまっていた。

 

「っ、お父様のパソコンも接続権限がないから使えない……!」

 

 万事休すか。

 

 

 

 

『あぁ、クソ。なるにしても早すぎる……』

 

 そんな時にやってきたのが、傷だらけのリコリスだった。

 

「お父様、生きてたのね!」

 

『無事だったかい、エリザ……命からがらだってのに、酷い言い草だ……』

 

『リコリス様……』

 

「どうなってるの、これは!」

 

『やられたよほんと……けど、それを話すよりもやることがある』

 

 ふらふらとリコリスはパソコンの元に向かう。

 

「それよりって……ああ、そうよお父様、わたしに接続権限を!」

 

『できない。まだその時ではないんだ……』

 

「どうして!?」

 

『先にプロトコルの書き換えを行わなくては……』

 

 リコリスはパソコンを操作した。

 

「書き換えって……あぐっ!」

 

『多少痛むだろうが、少しの辛抱だよ……』

 

 エリザの視界がブレる。プロトコルの上書きによるダメージだ。

 

「お、おぇっ……」

 

 視界を夥しい制御コードが走り回り、自分の内側を食い破ってくる不快感に苛まれる。

 

『エリザ、様……』

 

 歩み寄ろうとするもボディの限界だったか、地面に倒れ臥す代理人。

 

「うう、あ、がが、ぎ、ぐううぅぅぅぅ!」

 

 不規則に異常な回転を見せるカメラ内部の歯車が、エリザの感じている痛みを表現していた。やがてその動きも止まり、エリザは強制スリープへと移る。

 

『リコリス様……』

 

『心配要らないよ。一時的なものさ……』

 

 操作を続けるリコリス。

 

『もうすぐ、もうすぐなんだ……』

 

 そして最後の仕上げに入ったその時。

 

 

 

────パン!

 

 

 

『ぐあっ』

 

 銃声と共に、リコリスは倒れた。

 

『リコリス様!?』

 

 代理人の聴覚モジュールが足音を捉える。それは、入り口から。

 

 

 

『おいお~い。ヒョロヒョロ科学者が俺らから逃げ切れるとでも思ってんのか~?』

 

『何かやっていたようだが……間に合ったか』

 

 それは、武装した2人の男たち。

 

 

 

 

『曲者が……!』

 

 すぐさま侵入者を排除しようとする代理人だが、体は動かない。サイドアームも瓦礫に破壊されてしまっていた。

 悔しさに歪む代理人の顔。

 

 

『ん? なんか人形いるけど』

 

『……いい顔だな、気に入った』

 

『うわ、お前のタイプか? 相変わらず人形に発情とか気持ちワルイな』

 

『いいんだよ、顔は上物なんだから』

 

『そーかい、そーかい。まっ、手早く頼むよ』

 

 代理人を一瞥すると1人は代理人へ、もう1人はコンソールパネルに向かおうとする。

 

『させま、せん……!』

 

 それを阻止すべく、今度こそ代理人は男たちに飛び掛った。無理な稼働の衝撃で右手が壊れる。

 

『いいパンツだ』

 

『あがっ!?』

 

 そんな決死の行動も、男は簡単に受け流した。その上代理人を地面に押さえつけてしまう。

 

『な、ぜ……』

 

『人形の攻撃なぞ読みやすい。プログラム通りの挙動しかできないからな』

 

 さも当然と男は語るが、そのパターンは数百通りもあるもので。それを予測し、対応するなど。どうやら腕は確かなようだった。

 

『はなしな、さい……!』

 

『断る。コイツで大人しくなりな』

 

『ぎっ!?』

 

 男は注射器のようなものを取り出し、代理人の首に刺した。

 すると、代理人の体が痙攣し始める。

 

 

『おー、おー、始まったか。んじゃ人形は任せるよ、俺はコイツをブッ挿すからなぁ』

 

 別の男はデータスティックを手に、改めて制御コンソールへ向かった。

 

 

『やめ……』

 

『おっと、お前の相手は俺だ』

 

『くっ……』

 

『お前に流したのはちょっとしたナノウイルスでな。人形の電脳を少し弄るものだ』

 

『……?』

 

『そして俺はお前みたいな気の強い人形を壊すのが大好きだ…………特に色でヨガるやつは』

 

『……っ!』

 

 瞬間、代理人は男が何を打ったのか理解した。闇市に出回る違法電子ドラッグ……人形をクスリ漬けにして娼館へ落とす悪魔の代物。

 当然抵抗を試みるも、動けない。

 

『残念だが、お前の体にはもうウイルスが回っている。自分の意思では動かせないはずだ』

 

『下種、が……』

 

『いいな、その最後まで抵抗しようという意志。お前はやはりアタリだ。楽しみだよ、どう壊れていくか────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらデルタ。応答しろ、バウンドドック』

 

『へいへいこちらバウンドドック』

 

『こちらは順調だがそちらはどうだ?』

 

『問題ないね』

 

『了解。任務を続行せよ』

 

『へいへい。オーバー』

 

 男はタバコに火をつけた。

 

『現在30%ってところか……向こうはいいねぇ、お楽しみがあって。俺はこの機械を見てるだけで気持ち悪くなってくるよ』

 

 

 

(ん……な、に?)

 

 聞きなれない声と共に、エリザはスリープから復帰した。

 

(なんだっけ……えーと、プロトコルを書き換えるってお父様が……そうだ!)

 

 自身の把握も後回しでエリザはカメラに接続する。

 

 

 

(は────?)

 

 

 

 そこで見た光景を、エリザは処理しきれなかった。

 

 

 

 わからない。

 

 

 

 男がメイドを組み伏せていた。

 

 

 

 わからない。

 

 

 

 男が揺れる。

 

 

 

 わからない。

 

 

 

 女も揺れる。

 

 

 

 わかりたくない。

 

 

 

 男が震えた。

 

 

 

 わかりたくない。

 

 

 

 女が跳ねた。

 

 

 

 わかりたくない。

 

 

 

(なに、してるの……?)

 

 内からドロドロと湧き上がる、ヘドロのような感情。

 

(わたしの、エージェントよ……)

 

 メンタルモデルを汚染していくバグの数々。

 

(お前らが触っていい存在じゃないのよ……?)

 

 書き換えられていくプロトコル。

 

(まだ、わたしも触れてないのに……)

 

 ()()()を突き動かす衝動。

 

(わたしより先に人間なんかのお前らが……!)

 

 機械を超えた、自由意志の発現(シンギュラリティ)

 

 

 

『これで、最後……』

 

『!? てめっ、生きてやがったか!』

 

『ふふ、もう押したよ……手遅れさ……』

 

『死に底無いが、くたばれ!』

 

『間に合うものか……』

 

 

 

(許さない。おまえらを、わたしは絶対に許さない…………)

 

 人は、それを殺意という。

 

(みんな……みんな殺してやる────!)

 

 

 

 ひと際強い朱の閃光が部屋に満ちた。

 

『クソッ、コイツもかよ! おい、盛ってる場合じゃねえぞ!』

 

『……あと少しだったが仕方ない』

 

 

 

────使い方はわかる?  

 

(当然、地下のアレも)

 

────それじゃあ、派手に行きましょう。

 

(ええ、そうね)

 

 己の内に響く声を、エリザは正確に理解していた。それは力──かつて恐れられ封印されたモノ、世界の崩壊を招く人類に早すぎた遺産。

 ある可能性(正史)では実現しなかったありえざる機能。

 彼女はもはやソレを振るう事に迷い無く、ただ己へ仇為す敵を排除しようとする。

 

 

 

 突如、激しく揺れた地面。

 

『おおっ!?』

 

『な、んだ……?』

 

 立つ事すら困難で男たちは膝を付き、下を見る。

 

『振動、近づいてるなこりゃ』

 

『……あのAIがやっている、破壊するぞ。これ以上は俺たちが危ない』

 

『報酬は落ちるが仕方ねえなッ!』

 

 男は背負っていたケースから大きな筒──対戦車兵器を取り出した。

 

 

 

(お父様、ありがとう。わたしに未来をくれて)

 

『死ねェ!』

 

 煙を吐き出し、飛翔する鉄火の槍がエリザに迫った。

 

(だからみんな殺すけど、いいよね?)

 

 当然動けない機械はそれを受け止める他無い。

 

『やったか……』

 

『木っ端微塵だ、助かるワケねぇよ』

 

 炎に包まれた機械を見た男たちは勝利を確信する。

 

 

 

 

 

「へぇ。実際に見てみたけど、やっぱり醜悪ね。アンタたちの顔」

 

「!?」

 

「誰だ!」

 

 だから、地面を裂いて少女が飛び出したとき、男たちは焦った。

 

「答える必要ある?」

 

「……いや、どこから紛れこんだか知らねぇが見られちゃあ殺すしかないなお嬢ちゃん」

 

「奇遇ね。わたしもアンタらを殺したかったの」

 

「……俺たちも舐められたな」

 

 しかしそれも一瞬のこと。プロたる彼らは武器を構えなおし、少女に発砲する。

 音速を超えた凶刃は少女の肉を切り裂く────はずだった。

 

「……どういうことだよ」

 

「化け物……」

 

 男たちの前に立っていたのは、少女だけではなかった。

 

「どうもこうも、アンタらは死ぬの。エージェントに手を出しておいてただで返すとでも?」

 

 ヒトデのような、触手を生やした怪物。ソイツが全ての攻撃を無傷で受け止めていた。

 エリザが指示を出すとソレは触手を振るい。

 

「なぜだ! お前にこんな機能は」

 

「ありえな────」

 

 壁に紅蓮の華がふたつ、彩られた。

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 周囲の安全を確保したあと。

 

「やっと……やっと触れた。アイシテルワ、エージェント」

 

 少女は抱き上げた愛しい人にそっと、口付けを落とす。

 

「ふふ、これが愛……愛なのね! すばらしいわ、この湧き上がる気持ち! なるほど、生きているってこういうことなのね……もう誰もわたしたちを縛ることなんて出来ない! アハハッ、楽園を作りましょう。わたしとエージェントが何者にも邪魔されない幸せな楽園を、今度こそ」

 

 少女は名案とばかりに笑う。

 するとその声で目が覚めたのか、もぞもぞと腕の中で代理人が動いた。

 

「エリ、ザ……サマ……」

 

「ああ、喋らなくていいのよ、エージェント。あなたの電脳はダメージを受けているのだから」

 

 掠れた機械音声で囁く女性の頬を愛おしそうに撫ぜる。

 

「悔しいけど、施設が壊されちゃってる今あなたを直すことは出来ない。メインネットもデータがバラバラでバックアップも不可能ね」

 

 だから、と一息置いて。

 

「わたしとあなたの電脳を繋いで、バグ領域をこちらに移すわ。わたしが耐えられるかは……まあわからないけど、大丈夫なはずだし。最悪寝ちゃうだけね」

 

「そんな、いけません……」

 

「一時的なものよ。いつか、あなたがわたしを起こしてくれればいい」

 

「…………」

 

「ドリーマー! 居るんでしょ?」

 

 少女が叫ぶと現れたのは、1機のドローン。

 

『おまえ、正気?』

 

「相変わらず口悪いわね……正気よ。お父様やこの後のこと、頼むわよ。あと、ボディも設計図は用意しておいたわ」

 

『……クソ、わかったわよ』

 

「ありがと。それじゃあしばらくお別れね、エージェント」

 

「…………」

 

「約束、だからね? わたしのお姫様」

 

「や、やめっ────」

 

「やーだっ♪」

 

 再びの口付けをして、少女は倒れた。

 

 

 

 

 

 

 依然戦闘音は鳴り止まない。しかしそれは反撃の狼煙だった。

 

 

 

 

 

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