モビルスーツ。
それは、人類の英知と、宇宙からの贈り物と噂されるブレイクスルーにより誕生した、平均全高約一メートルの全く新しい概念のロボットである。
人間の神経或いは骨格とも言うべきフレーム、通称"G・フレーム"を基本に。
頭脳或いは魂ともう言うべき、知性や意思を持ち、高度な演算処理能力を備えた小型球形の"ハロ"を搭載し。
更に外殻や武装等を担う多種多様な"パーツ"を組み合わせる事によって、無限の可能性を引き出すことができる。
そんな新世代のロボットこそ、モビルスーツである。
その始まりは四半世紀程前、世界初のモビルスーツ開発・製造・販売を手掛けたジオニック社が、大々的に新世代のお友達ロボットとして、このモビルスーツを全世界に向けて発表した事から始まる。
その際発表されたモビルスーツこそ、後に同名を冠した新商品として多数のラインナップが登場し、同社不動のブランドとなった"ザク"である。
そんなザクの発表に遅れる事半年。
ジオニック社のライバル企業の一つであるヴィックウェリントン社は、ジオニック社に対抗すべく、社運を賭けた自社製のモビルスーツ開発計画、通称"V作戦"の成果を発表した。
その内容は、ターゲット層である子供が好きそうな三種類のモビルスーツ。
戦車を彷彿とさせる"ガンタンク"。
両肩にキャノン砲を装備した"ガンキャノン"
そして、額のV字型ブレードアンテナに人間の目を模した複眼式のセンサーカメラ等、より人間に近い形状の"ガンダム"。
上記の三種類であった。
この中でも、特にガンダムは当時ザク以上の人気を博し、モビルスーツ市場に参入した後発企業がこぞってその名を冠した自社製商品を生み出している事からも、その怪物的な人気が伺える。
こうして、当初は二つの会社が主に開発と販売を行っていたモビルスーツ市場であったが。
四半世紀が経過した今、その市場は今や、世界規模となり。
開発・製造・販売を手掛ける会社も次々と現れている。
何故ここまで、モビルスーツが一般社会に浸透し、人気を博しているのかと言えば。
その要因の一つとも言えるのが、モビルスーツ同士を戦わせ競い合う、通称"ガンダムファイト"と呼ばれる楽しみ方の普及であろう。
黎明期の頃には手探りであるが故のトラブルも絶えなかったが、レフェリーと呼ばれる公平公正な審判員によるジャッジ等、ハードとソフトの両面からシステムが確立されていくにつれ、ガンダムファイトとモビルスーツの代名詞ともなっていった。
因みに、ガンダムファイトと呼ばれてはいるが、ガンダムタイプのモビルスーツのみで戦う訳ではなく。
名称の由来は、怪物的人気を博したガンダムの人気にあやかっての事。
なお、モビルスーツの一般社会への浸透と共に、その利用範囲が当初の子供向けのみならず、医療や介護など、様々な方面でも利用され。
果てはその見た目同様、軍事の分野にまで利用が計画されたものの。
当時の国際会議の場で、児童も利用しているロボットを軍事転用すべきではない、との提言がなされ。
その後の国際的な話し合いの後、"銀の杯条約"と呼ばれる、モビルスーツの軍事転用禁止を定めた国際条約が締結されるに至った。
こうしたモビルスーツを巡る情勢の変化もある中。
モビルスーツは今日も、当たり前に存在し、モビルスーツを利用する人々と友情・信頼・絆を育んでいるのである。
「はぁー……」
モビルスーツ、それは今や一家に一台、どころか、一人に一台の如く一般社会に浸透し、必需品の一つと化していた。
しかし、だからと言って国民全員が一人一台、モビルスーツを所有している訳ではない。
乳幼児など、年齢的に所有できない者もいれば。
幾ら玩具に分類されているとはいえ、モビルスーツは人類の英知の結晶、最高の機械製品である。
世界的に流通販売されていても、中古市場などの市場が存在していても、やはりある程度の底値である為。
金銭的に所有したくてもできない者もいる。
そして、年齢的にも金銭的にも、条件は満たしているにも関わらず、個々人の事情で所有できない者もまた、存在していた。
「はぁー……」
そんな、所有したくても出来ない事情を抱えている一人が、先ほどが廊下の窓から外を眺め、ため息をつている一人の男子中学生であった。
彼の名前は
ただし、外見的には平凡な彼にも、他の同学年の子達とは一線を画す違いがあった、それが、メダロットを所有していないという事実である。
大樹がモビルスーツを所有できないのは、年齢的に買えない訳でも、家庭が金銭的に余裕がないという訳でもなく、ひとえに母親が反対しているからである。
ただし、大樹の母親も頭ごなしに大樹がモビルスーツの所有を断固反対している訳ではない。
大樹自身のお金で買うのならば文句は言わない、と明言していた。
しかし、まだ中学生二年生である大樹はアルバイトが出来る年齢ではない為、大樹自身がお金を稼ぐ方法などは限られ。
それを貯金し貯めてはいるものの、憧れのモビルスーツを買う為には、まだまだ足りない。というのが、辛い現実であった。
「あぁ、欲しいな……」
その為、そんな辛い現実を少しでも和らげるべく。
廊下の窓から外の景色を眺めながら、不満や愚痴やため息を零すのが、大樹の日課の一つであった。
「だいきー、まーた辛気臭い顔して、モビルスーツ欲しいって嘆いてるの?」
「ん~、何だ、結希愛か」
「何だ、は、ないでしょ! 折角人が心配して声かけてあげてるんだから!」
「はぁ……。モビルスーツ持ってるお前には解らないさ、この俺の、針のむ……む、虫刺され?」
「筵よ。まったく、大樹はモビルスーツ以外の事は本当にテキトーなんだから」
そんな大樹に声をかけたのは、綺麗な金髪ショートカットに、明るく外交的な性格をした、同じクラスの女子中学生、
共に県立早暁中学校に通う学友にして、母親同士が学生時代からの親友で今なお付き合いのある関係の為、所謂幼馴染でもある。
なお、大樹の言葉通り、結希愛は自身のモビルスーツを所有しているが、これは当然と言えた。
何故なら、彼女の実家は
余談ながら、この他にも有名なMS鍛冶の名家としては、モビルスーツの基礎を開発したモビルスーツ界の権威、
「あ、そうだ! なぁ結希愛。お前の家、MS鍛冶やってるんだし、一体位俺にモビルスーツ譲ってくれよ! 幼馴染のよしみでさ」
「そんなの駄目に決まってるでしょ! 大樹のお母さんからも、大樹が欲しいものは大樹が努力して自力で手に入れなきゃ駄目だから甘やかさないで。って、言われてるんだから。幾ら頼まれても駄目!」
「はぁ……。世知辛い」
がっくりと肩を落とす大樹。
そんな大樹の姿を目にした結希愛は、彼を励ます。
「そんなに落ち込まなくても、高校生になればバイト出来るし、それまで我慢すればいいだけじゃない」
「お前だって知ってるだろ、俺は小学生のころから我慢してるんだぞ。そして、我慢すればするほど、日に日に俺のモビルスーツ欲は膨れ上がってるんだ。俺には解る、このままじゃ、高校生になる前に欲求が爆発してとんでもない事を起こすと」
「そんな大袈裟よ」
「俺にとっては、これは切実な問題で……」
と、大樹が熱く語ろうとした矢先、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴り響いた。
「あ、お昼休みもうすぐ終わるよ。教室に戻らないと」
「あぁ、今日も俺は哀しみを背負って授業に臨まなければならないのか……」
「何馬鹿な事言ってるの! さ、早く戻ろ!」
「へいへい」
こうして二人は午後からの授業に臨むべく、教室に戻るのであった。
そして、それから時間が経過し。
今日も何事もなく一日の授業が全て終了し、放課後を迎えた。
部活動に勤しむ者、友達と楽しく放課後ライフを満喫する者、様々な過ごし方を過ごす中。
「あー、今日も終わった」
大樹はと言えば、学生カバン片手に、一人帰路についていた。
因みに、結希愛は陸上部の部活動の為一緒に帰ることは出来ない。
なお、結希愛が陸上部に入部したのは、将来の夢である医療系の仕事が以外にも体力勝負で、それに備えての事だからである。
勿論、大樹には結希愛以外にも学校内に友達はいるが。
帰る方向が違ったり、部活だったり、塾があったりと。
何かと噛み合わず、結局一人で帰路につく事となった。
「あ、そうだ。一人だし、あそこ寄っていこう」
こうして一人でいつもの帰り道を歩いていた大樹だったが、ふと何かを思い立つと、いつもの帰り道から別の道へと足を進め始めた。
そして十数分後、足を運んだのは、市の中心部から少し離れた住宅地。
その一角に佇む、一軒の店舗の前で、大樹は足を止めた。
その店舗は、店先にカプセルトイが整然と連なり、ショーウィンドウに様々な玩具が展示された、まさに町の玩具屋さん。
トリコロールカラーの看板に書かれた店名は、その白い外壁が由来であるかの如くものであった。
"ホワイトベース"、それが、この住宅にの一角にひっそり佇む玩具店の店名である。
「やぁ、いらっしゃい」
「こんにんは安室さん」
そんなホワイトベースの店内に、自動ドアを潜り足を踏み入れた大樹は、出入り口付近のレジカウンターで店番をしていた店員に、慣れ親しんだ様子で声をかけた。
実はこのホワイトベース、大樹にとっては通い慣れた玩具屋なのである。
この店の存在を大樹が知ったのは偶然の事だが。
今では、週に何度も足を運ぶほど通い慣れた店となっている。
また、市中心にある駅前や商店街等から少し離れている為、店内がいつも閑散としている中にあって、数少ないお客である大樹の存在は店側としても、貴重な常連客として認識していた。
そんなホワイトベースの店長を務める、店名入りのエプロンをつけた栗色縮毛の三十歳前後の男性。
大樹に安室と呼ばれた男性の名は、
実は、偉大なるモビルスーツ、ガンダムの開発を手掛けた
そして、二三年ほど前、この早暁市に隣接する宇瀬市の一年町と呼ばれる町を舞台にした、同町に所在する二つの高校。
校舎の外観が独特な私立ジオン高等学校と、県立連邦高等学校の生徒たちの間で勃発したモビルスーツを用いた一大抗争、通称一年戦争。
同戦争において、安室は、後に相棒のモビルスーツであるガンダムと共に、県立連邦高等学校の白い悪魔との異名で恐れられた人物である。
そんな彼も、時が経った今現在では。
常連客の大樹の良き話し相手や相談役を務める程の、落ち着きのある大人の男性へと成長を遂げていた。
「珍しいね、今日は学校帰りにそのまま来たのかい?」
「そう。今日は一人で帰ってたから、丁度いいかなって」
「あ、そうだ。昨日入荷したばかりの新商品があるんだけど、見ていくかい?」
「え!? 本当ですか! 是非見たいです!」
「なら、少し待っててくれ。今持ってくるから」
レジカウンターを後に、バックヤードへと暫し姿を消した安室は、程なくして、その手に大きな箱を持って戻ってきた。
そして、安室がレジカウンターにその箱を置くや、大樹はその目を輝かせ、箱を食い入るように見つめた。
「アナハイム・エレクトロニクス社から新発売された新商品、
「す、すげぇ……」
窓付き箱に梱包されていたのは、今やモビルスーツ業界の大手の一つとなったアナハイム・エレクトロニクス社の新商品モビルスーツのパーツ一式であった。
元々、アナハイム・エレクトロニクス社はヴィックウェリントン社製のモビルスーツの一部商品のOEM生産を行っていた企業であったが。
一年戦争後、OEM生産で培った技術を用いて自社製モビルスーツの開発・販売に着手。
同業他社から優秀な人材の引き抜きを行うなど、多少強引な手法を行いつつも、同社独自のモビルスーツは、全く間に人気を博し。
特に、同社が業界初として世に送り出した可変モビルスーツはモビルスーツ業界に革新を起こし、同社の人気を不動のものとした。
「カッコイイなぁ。やっぱガンダムタイプはこうでなく……、げ!」
そんなアナハイム・エレクトロニクス社待望の新商品。
その雄々しき姿に惚れ惚れしていた大樹であったが、ふと、箱の隅に貼られた値札を目にして、大樹の顔色が一気に青ざめる。
そこに書かれた数字は、大樹にとっては大変目に痛い数字だったからだ。
「や、やっぱ……、新商品は、結構いい値段、します、ね」
「あ」
付き合いが長く、大樹の金銭事情も知っていた安室は、慌てて値札を自身の手で覆い隠すも、時すでに遅し。
「ま、まぁ、出たばかりの新商品、だからね。は、ははは」
先ほどまでの目の輝きから一転。
目から生気が完全に消え去った大樹を前に、安室は、苦笑いを浮かべ、これ以上大樹を傷つけないように、余計な事を言わないようにするので精一杯であった。
それから暫くして。
何とか大樹の目にも生気が戻ってきた所を見計らい、再び口火を切る安室。
「モビルスーツと言っても色々な企業から色々なものが販売されているからね。あれだけが選択肢じゃないさ」
「ですよね。……でも、やっぱり! 俺、最初に買うならガンダムタイプって決めてるんです!」
「確かにガンダムタイプは今や、各企業ともフラグシップモデルとして開発・販売しているけど。その分、やっぱり値段もね」
「で、ですよね……」
「でも、ガンダムタイプでも、最新の物じゃなければ、それなりに値が下がっている物もあるから、そう落ち込む事もないと思うぞ」
「本当ですか! なら、"一万円"ポッキリで買えるものもあったりします!?」
「え、そ、それは……」
具体的な金額を提示され、言葉に詰まる安室。
「中古の、片腕、位なら……」
「……です、よね」
言い辛そうに答えた安室の言葉を聞いて、大樹は、半ば予想していたかのように反応を示した。
中古市場でも、やはりガンダムタイプはある程度の値が張るものなのだ。
「……」
ガッカリと肩を落とす大樹。
そんな大樹の姿を見て、安室は、少しでもこの子の助けになれないかと頭を捻っていた。
「……あ、そうだ! ちょっと待っててくれるから!」
そして、何かを思い出すと、安室は再びバックヤードへと姿を消した。
そして、先ほどよりも少し時間がかかった後、安室は再び大きな箱をその手に持って戻ってきた。
「っと」
「あ、安室さん! これって!?」
「少し古いけど、未開封のRX-78 ガンダムのパーツ一式さ。それと、これ」
そして、安室は続けてレジカウンターの裏から、梱包されたG・フレームを取り出し、箱と同じくレジカウンターの上に置いた。
「流石にG・フレームは現行バージョンのものだけど、でも、週に何度も足を運んでくれる大切なお客さんの大樹君の為だからね。このG・フレームとRX-78 ガンダムのパーツ一式、セットで一万円ポッキリで売ってあげてもいいよ」
「ほ、本当ですか! 安室さん!」
「あぁ、本当さ」
「や、ヤッター!!」
夢にまで見たモビルスーツ、それも念願のガンダムタイプを手に入れられるとあって喜びを抑えきれず、万歳三唱する大樹。
「あ、でも。"ハロ"は自分で用意してね」
「……え?」
だが、次の瞬間。
人生最高の瞬間を迎えていた大樹の意識は、一気に世知辛い現実へと引き戻される事となる。
「流石にハロまで込みって言うのは……、店としても大赤字だからね」
そう、実はモビルスーツを構成するパーツの中で、最も高価なのがハロである。
高度な演算処理能力のみならず、個々に知性や意思を持つというその特性から、パーツの様な中古市場が生まれにくく、価格の変動が最も少ない。
その為、親切心でそんなハロまで出血大サービスに加えるのは、ホワイトベースの経営に多大なダメージを与えかねず。
流石の安室も、店の経営を優先せざるを得なかった。
「は、ははは! そ、そうですよね。流石にハロまで付けてくれるって言うのは、虫が良すぎますよね」
勿論、大樹もハロの価格帯やホワイトベースの集客率等は理解しているので、安室の心情を察し、それ以上我儘を言う事はなかった。
「でも、どうしよ。ハロがなくっちゃ、G・フレームとパーツだけあってもなぁ……」
しかし、モビルスーツがお友達ロボットとして自身の相棒となる為には、ハロは必要不可欠。
「うーん。参考になるかどうか分からないけど、僕の場合はね、当時実家で飼っていた愛犬がハロを拾ってきたんだ」
「え!? それ本当ですか!!?」
すると、不意に安室が自身の体験談を語り始めた。
その内容を聞いて、途端に大樹の目が一段と輝き始める。
「と言っても、それは僕の学生時代の頃の話で、まだモビルスーツも発売され間もない頃だから、今とは……、あれ? 大樹君!?」
しかし、それが二三年ほど前の話であり現在とは状況が違う、と注釈を加えようとしたのだが。
その前に、既に大樹の姿は、ホワイトベースの店内にはなかった。
大樹は、急いでホワイトベースを後にすると、全速力で自宅への帰路についていた。
自身も、ハロを拾って手に入れる為に。
本作品をご愛読いただき、本当にありがとうございます。
なお、この小説に登場するのは、同姓同名のそっくりさんです。