人類の敵。神樹の破壊を目的とする存在。バーテックス。
それを迎え撃つのが勇者の役目。今代の勇者は瀬戸大橋にてバーテックスを迎え撃つ。
大赦の中の名家から選ばれた3人の勇者。乃木園子。鷲尾須美。三ノ輪銀。
3人で協力し、これまでも数体のバーテックスを迎撃してきた。しかしそれはいつもバーテックスが1体で来ていたから。
2体のバーテックスと交戦し、その最中に3体目が出現。完全な奇襲をくらい、園子と須美は重傷を負った。
ひとりで立ち向かわないといけない。 こわい
1体でも圧倒的な強さを持つ存在なのに、今日は3体いる。 こわい
いつもなら3人で立ち向かっているのに。2人が側にいたらなんだってできると、心の底からそう思うのに。 こわい
──それでも、今は頑張りどころなんだ
数多の光の矢が前方上空から降り注いでくる。さらに脚に力を込める。地面を蹴るその瞬間まで。足の指先にも意識を伸ばして。
走る速度が上昇し、矢はすべて背後の地面に突き刺さっていく。矢を放っているサジタリウスも角度を下げ、銀を確実に射抜こうとする。その動き出しを見た瞬間に進路を変える。
ちょうど横からもスコーピオンの尻尾が迫っていた。それからも逃げるように跳躍しつつ、一番動きが遅かったキャンサーを斧で切り裂く。再度迫ってくるスコーピオンの尻尾の先にある針を斧で弾き、空中で身を翻して着地。すぐにその場から離れる。サジタリウスが他のバーテックス諸共勇者を攻撃するとさっき学んだから。
「痛かったんだぞさっきの!」
弾いたスコーピオンの尻尾はキャンサーに刺さり、出来上がった『橋』へと飛び乗る。そこから弾かれるように飛び出し、厄介なサジタリウス目掛けて斧を投げる。目一杯投げたからか、斧が刺さるとサジタリウスはバランスを崩した。斧の回収と追撃のためにその体へと飛び乗り、刺さった斧を引き抜いてすぐさま攻撃。
すかさずキャンサーの反射板が迫り、サジタリウスの体から飛び降りて避ける。サジタリウスはバランスを崩していて、スコーピオンの攻撃手段である尻尾はまだ刺さったまま。攻撃手段を残しているキャンサーへと銀は猛烈な攻撃を仕掛けていく。
「お前たちはここから……! 出ていけぇぇぇ!!」
勇者の力の全力を引き出す。戦斧に組まれているギミックは、純粋な火力上昇。それに伴って身体能力も一時的に上がる。コマのように回転しながら斬り進んで行く。
背後から飛来した矢が体を貫いた。
勢いが殺され、落下していく銀をスコーピオンの尻尾が薙ぎ払う。
地面に叩きつけられた。1からのやり直し。いや、重い傷を負ったこの状態では、むしろマイナスだ。
「くっ……そ…………!」
気を抜いたら体に力が入らなくなる。
痙攣を起こす体。流れ出る大量の血。
だが、まだバーテックスを追い返せていない。これ以上進ませるわけにはいかない。自分で引いた線はまだ超えられていない。
文字通り最後の砦だ。突破されたら人類は滅びる。戦場にいるのはひとりだけ。
みんなと過ごした日常を守りたい。明日もまた一緒に笑っていたい。
大好きな家族に「おはよう」って言う朝から始まるんだ。
「おはよう銀。鉄男を起こしてくれる?」
「はーい!」
母ちゃんを手伝って、布団に包まる鉄男を起こして。元気に泣く金太郎の世話をして、こっちも自然に笑顔になるやさしい父ちゃんと笑って。
「それじゃあ行ってきまーす!」
「気をつけて行ってらっしゃい。あなたは特に」
「ねーちゃん行ってらっしゃい!」
手を振りながらそう言われる。アタシもそれに笑顔を浮かべて、元気に手を振り返して登校する。
学校に行くまでの間に誰かの手伝いをして。ギリギリだったりちょっと遅れたりして教室に入る。
「間に合ってません」
「あだっ、今日は行けると思ったのになぁ」
連絡簿でぽこんて弱く頭を叩かれるんだ。教室のみんなはいつものことだと笑ってて、園子と須美も笑ってる。須美は呆れ笑いだろうな。
アタシの前の席に座る日彩には小言を言われて。それなら2人一緒に登校したらいいのにって園子が茶々を入れる。脱線して話をすると決まって先生か須美に注意される。
休み時間とか放課後はいつも3人一緒なんだ。イネスにだってこれからもずっと通い続ける。絶品ジェラートのしょうゆ豆味。いつか2人にも味が分かってほしいな。日彩は好きだと言ってたけど、アタシほどじゃない。
訓練もあるだろうけど、今は訓練の時間も充実してる。真面目にしないと駄目だけど、楽しいと思ってるのはアタシだけじゃない。
家に帰ったら「おかえり」って言われる。大好きな家族がいてくれて、晩御飯を食べながらいろんな話をして。夜には「おやすみ」って言ってまた明日を迎える。
そんな"日常"を守るんだ──!
こんな奴らに奪わせたりなんかしない! 誰も! 何もかも!
『なぁ銀。俺の立場で言うのもおかしいけどさ。無理するな、なんて言えないけど──』
当然のことであったとしても。そんなの当たり前だと言い返さない。
日彩との約束を守れなかったら、園子に顔向けできないし。
約束したんだから、こんなところで……誰が死ぬもんか!
ふらつく脚に徐々に力が入っていく。上がっていた息も少し落ち着いてきて、霞んだ視界もクリアになる。
「帰るんだ……! 守るんだ!!」
体の内側から力がこみ上げて来る。駆け出そうとしたその時、その込み上げ方がいつもとどこか違うことに気づいた。
それについて考える時間などなく、白い光に包まれたと思った瞬間
大輪の牡丹の花が咲く。
光に満ちたそれが収まると、銀の勇者装束はいつもの赤いものから純白な白へと変わっていた。白無垢を彷彿させる穢れ無き白。羽衣のようになった装束はその色を基調とし、端々に山吹色があるのみ。
いつも片側だけにつけていた髪留めは、全く同じものが反対側にも現れ対となり。満開の影響で伸びたは後ろに一本に纏められている。その髪を束ねる箇所には牡丹の花が装飾としてあしらわれ。背には大きな輪が現れている。
銀は地面には立っていない。満開によって現れた攻撃システムの背に乗っている。生物のどれでもなく、肉食獣を彷彿とさせる
獅子は大きく、立ち上がればバーテックスとの体格差も完全になくなるのではなかろうか。もっとも、銀が背に乗っていることから、二足歩行での戦いはこの攻撃システムで想定されていないのだろうが。
「なんだ……これ…………」
銀はこの機能を聞かされていない。須美と園子も聞いていないのだが、そこまでは銀も知らない。なんにせよ、絶体絶命のこの窮地に。無意識のうちに切り札たる満開を発動した。
「超カッコいいなこれ!!」
困惑してもおかしくない展開で、銀は目を星々に負けぬほど輝かせた。元よりヒーロー物が好きな女の子だ。今も時間が合えば弟と一緒に特撮を見るし、リアタイで見られなかったら録画した分を見る。鉄男もまた、「ねーちゃんと見る」と言って我慢しているのも理由だが。
テンション上げ上げな状態を、頭を横に振ってなんとか落ち着かせる。バーテックスが3体いることに変わりはない。そこで一つ気づいた。満開の影響の一つか、負傷していた傷が塞がっている。痛みまでは完全に消えているわけでもなく、傷ついたときの体力の消耗もそのまま。あくまで傷が塞がっただけ。
「それで十分!」
獅子の背に乗る銀の近くには、山吹色の球体が2つある。直感的にそれが操縦するためのものだと理解し、巨躯の獅子を駆り出す。
動き方は銀の予想通り。見た目からしてわかるように、獣の如く動いている。銀の予想とは違ったのは、予想を遥かに上回る移動速度だ。不思議と移動による風圧を感じないが、感じていたら銀は背から落ちていただろう。
「これなら!」
サジタリウスの矢を真横に避ける。スコーピオンの体が盾となり、サジタリウスの矢が刺さっていく。スコーピオンはそれを気にすることなく、矢が刺さったことで攻撃面積が広がった尻尾を繰り出してくる。斜め前にすり抜けながら尻尾を引っ掻くと、スコーピオンの尻尾があっさりと引き裂かれた。元々火力重視だった銀の満開は、その火力を飛躍的に上昇させたもののようだ。
本人ですら一瞬唖然としたが、戦闘中だと瞬時に切り替える。尻尾を切断されたスコーピオンは戦闘力が半減したと言っていい。その体躯による突進は変わらず威力はあるが、それしか手段がないのだから対応しやすい。
「うぇっ!? そんなのありか!?」
スコーピオンの背後で矢が不意に上昇しだしたかと思えば、上空にキャンサーの反射板があり、角度が調整されて銀へと降り注ぐ。
一旦獅子を後ろへと下がらせ、着地と同時にキャンサーの方へと向かう。スコーピオンを先に倒したいところだが、この満開が逆にそれを阻んでいる。
満開の大きさだ。健在のキャンサーはもちろんのことながら、スコーピオンも変わらずその場にいる。それが障害となり、後方にいるスコーピオンを先に狙えない。
「あの浮いてるのが厄介なんだけどなぁ……」
サジタリウスの矢の進行方向が、キャンサーの反射板によって自在に変えられてしまう。上だけでなく左右からも、前だけでなく後ろからも狙うのは簡単だろう。
反射板をすべて壊せばその心配もなくなるわけだが、生憎とこの獅子でそれを狙うのは悪手だと理解している。向こうは自由に宙を動き回るが、こちらは地上に限られる。跳躍したところで空中では動きを変えられない。
「急がないとな」
3体ものバーテックスとの戦いが長引けば、それだけ現実への影響も出てくる。1体のバーテックスでも出るというのに、3体ともなれば単純に考えると被害が3倍となりかねない。
それだけでなく、銀はこの満開の長期使用ができないことを悟っていた。説明など一切なく、こういうものが実装予定だとも聞いていない。それでもなんとなしに分かる。
「ヒーローも3分が限界だもんな!」
ありがとうアニメーション。ありがとう特撮。
その在り方に影響を受けちゃった純粋な女の子が、そのおかげで判断を間違えずに済む。制作会社は誇っていい。
3分が限界な彼がヒーローという括りなのかどうなのか。それは専門家に判断を任せるしかなく。
なにはともあれ銀は早期決着のために行動する。
「いっくぞぉぉぉ!!」
全力を引き出す。体の内側から存分に引き出し、それが獅子にも伝わる。爪から炎が発せられ、それが四肢全体を包み込む。
大地を蹴るとその反動で橋が揺れる。地震とすら勘違いさせるほどの揺れが起きた一歩。その一歩でスコーピオンとキャンサーの間に割り込み、両方の前足で2体の体を引き裂く。
それを読んでいたのか、はたまた噛み合っただけなのか。2体の後ろに控えていたサジタリウスは銀の正面。その大きな口は無数の矢が放たれるのではなく、強力な一撃を放つために開かれていた。
「っ!!」
切り裂くために使った前足は下がり始めている。今からの防御では間に合わない。だから後ろ足だけで跳んだ。前方斜め上。それによってスレスレでサジタリウスの矢を躱すことができた。
考える暇はない。
銀はサジタリウスの動きを認識する前には獅子へと指示を出していた。経験による危険察知。
「なっ!?」
それでもバーテックスは一枚上手をいった。体の半分を失ったというのに、キャンサーは反射板を動かすことができていた。幸いにも狙いを定めるのは間に合わなかったようで。矢は銀に当たることはなかった。
しかし獅子の左前足が大きく欠損し、バランスが崩れる。
(やばいやばいヤバイ!!)
欠損により消耗が加速。獅子は電池切れのおもちゃのように動きを止め、発せられていた炎も霧散している。そして眼前には
無数の光の矢で放たれて串刺しにされる。背筋が完全に凍ったが、その気配がない。咄嗟に視線をサジタリウスの体全体へと移す。近すぎて見える箇所も少ないが、もう一つ口があることを今やっと理解した。
「ここだぁぁァァ!!」
獅子の背に乗っていた台座を思いっきり蹴る。予想通り、今空いてる口は強烈な一撃用。もう一つが速射用。満開を解き、両戦斧を構えてもう一度勇者の力を引き出す。両戦斧を炎で包み込みながら閉じ始める口の中へ。
「これが人間様の勇気と!」
中は暗く、口が閉じ始めているため光も次第に差し込まなくなる。
「根性と!」
そんなものはお構いなしに、銀は手当り次第に中からサジタリウスを切り裂いていく。
「魂ってやつよぉぉォォ!!」
切って。裂いて。また斬った。
スタミナの続く限り。
バーテックスを追い返すために。
思い体を引きずって歩く。流れ出る血は止まっていて。乾いた血が体に張り付いている。
バーテックスに弾き飛ばされた際に強打した肩を抑えつつ、隣にいる園子は自分の槍を杖代わりにして足を進めていく。
2人揃って気を失っていた。予想外の3体同時襲撃。自分たちの中で間違いなく過去最大の窮地だったというのに、銀ひとりに任せてしまった。気を失う前の軽やかな口調と、平時と変わらぬ笑顔を浮かべた銀を思い起こして背筋が凍ったのはつい先程のこと。
目を覚した園子もすぐに状況を把握し、顔を青ざめながらもすぐに歩き出した。
「ミノさーーん!」
園子が声を張って呼びかけるも返事がない。
離れた場所にいるのか。それとも……。
嫌な予感をすぐに否定する。彼女の強さは自分たちが一番わかっているのだと言い聞かせて。
「あっ、わっしーアレ!」
「ぁ……」
銀が使う両戦斧。それが地面に突き刺さっていた。
園子と顔を見合わせ、少し軽くなった足を必死に動かす。2本並んで刺さっていた戦斧を回り込むと、それに持たれて目を閉じている銀が視界に映った。
「銀……?」
「ミノ……さん……。おみやげは……」
「そ、そうよ……。鉄男くんが……待ってるのよ……ぎん……!」
ダラっと下がっている銀の右手を包み込むと、その手がひとりでに活発に動いた。その動きに反応できず、頭が完全に混乱しているのだが、それを無視して銀の手は小学生離れした須美の胸を掴んでいる。
「オヤジぃ、その桃もくれ」
「じゃあ私はこっちもらうね~」
「へ? え? ……え?」
銀と園子が2人で須美の胸を揉み始める。園子は銀を見てすぐに気づいていた。ちゃんと生存できていたことを。呼吸で胸が上下に動いていたから分かりやすかったとか。
状況をまったく掴めていない須美はその場に硬直し、流れかけていた涙もどこへやら。
「クラス一番どころか中等部にも勝てるんじゃないかこれ!」
「わっしーはもっとグラマラスになると思うんよ~!」
「ふ……2人ともー!!」
理解が追いついてくると羞恥心もようやく機能し始めて。顔を真っ赤にした須美が2人に本気でゲンコツを叩き込んだ。
「わっしーいたいぃ……」
「自業自得よ」
「みんな重傷なんだし、加減はしてほしかったな……」
「…………それは、ごめんなさい」
妙な展開もしっかりと区切りがついた。なぜか一番反省して落ち込む須美を、銀と園子は顔を見合わせて同時に笑いながら抱きしめた。