沈まぬ太陽、消えぬ笑顔   作:粗茶Returnees

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3話 乃木園子

 

 三ノ輪銀が満開した。

 そう聞いた時、日彩は思考が止まった。それが起きるはずがないと思っていたから。

 しかし戦闘のデータでは間違いなく銀が満開を使い、3体のバーテックスを1人で撃退していた。戦闘データの確認を終え、完全停止した思考をなんとかして動かす。真っ先に浮かんでくるのは「なぜ」という疑問。

 

 なぜ銀は満開が使えたのか。それは一言で済ませれば「実装されていたから」。

 

 ではなぜ実装されていたかのか。それは、日彩が伝えたことに起因している。

 

 勇者たちが行った合宿。その最中で銀は「バーン! と超必殺を授かるイベントとかないのかね!」と鷲尾に話していたという。その場に日彩はいなかったし、合宿自体にも同行していない。

 後日、合宿を終えた園子が日彩にその事を話し、それをそのまま日彩が大赦の『勇者システム開発部』に伝えたからだ。

 

「君は君の仕事をした。我々も我々の仕事をした。それだけだよ」

 

「……まだ未完成のはずですよね?」

 

「……巫女様からの指示だ。神託が下り、早急に半分だけ実装した」

 

 満開というシステムは、勇者が戦闘でゲージを溜め、そのゲージを一気に放出するというものだ。放出量は凄まじく、さながらダムの決壊と同じ。バーテックスを圧倒する力が振るわれる。

 そのゲージの溜め方は2通り。単純に攻撃と防御だ。どちらかといえば、防御の方が溜まりやすいのだが、危険が伴うのも必至。そのため、勇者のサポートとして『精霊』が実装されることになっていた。武器の性能向上と敵の攻撃を防ぐバリアを張る。それが精霊の役割。

 

「実装したのは精霊ではなく満開の方だったと」

 

「そうだね。精霊の方は間に合いそうになかった。だから満開を実装したのだよ」

 

「それもまだ未完成(・・・)だったでしょ! 短期決戦したからよかったものの、あれがあと数分長引いてたら……!」

 

「結果は勇者様に死者は出ていない。バーテックスを圧倒できると実証された。実験台といえば聞こえは悪いけど、私達だって勇者様を死なせたくはないんだよ」

 

「……っ!」

 

 人類に余裕などない。完璧な対応などできない。いつも綱渡りでやってきたんだ。およそ300年間ずっと。

 満開はまず検討すらされていなかった。銀の発言を日彩が大赦に伝えたから開発へと動いた。銀の満開の使用の原因は、元をたどれば自分にある。自分でそう言い聞かせることで、ぶつけどころのない激情を抑え込んでいく。

 

「君は本来ここの一員ではない。責任を感じることはない。それは我々大人が背負うものなのだから」

 

 大赦を後にして帰路に着く。下を向いていてもアスファルトの地面ばかり。上を見上げても神樹が作り上げた擬似的な空だけ。

 

「くそっ!」

 

 抑えられなくなった激情に任せて我武者羅に走る。

 頭の中に浮かんでくるネガティブな言葉を振り払いたくて。

 何もできない現実から逃げるように。

 

「くそっ、くそっ……!」

 

 父親はあの部署の一員だ。かと言ってその子供も必ずそこに準ずるわけじゃない。どうするかはその家庭と本人次第。日彩は父親から仕事のことを聞いていた。

 森脇家は乃木家の先祖にして初代勇者「乃木若葉」に出雲大社で助けられた者の1人だ。その恩を忘れず、代々乃木家のために大赦でサポートしている。というのが代々伝えられてる話で、誰も知らない300年前の真実としては、「上里ひなたに惚れたら乃木家のために動けと言われたから」である。

 

 それはさておき、どの部署に着くかはその時の時勢と本人の能力次第。父親は勇者システムの開発に携われる才覚があった。

 その父親が階段を踏み外して入院。1人抜けたところで体制に問題はないのだが──「息子と園子様は同級生で交流ありますので、勇者様の意見を聞くのに最適かと」という言葉を残したことで、日彩は勇者の代弁役として大赦に携わるようになった。

 

「俺は……何もできない……!」

 

 携わったところで、子供に何ができるわけでもない。システムのことは難しく、勇者からレビューを聞いて伝えたり、要望を聞いて伝えたりと完全に伝書鳩状態だ。

 自分が大赦に伝えなければ銀は満開しなかった。しかし満開がなければ銀は命を落としていた。日彩は正しいことをした。ただ、その正しいことをした結果、銀は利き腕が動かなくなった。そこに責任を感じるのに、その責任は大人が背負うという。

 人類を守る組織に携わりながら、最前線で戦う友人たちを応援することしかできない。

 

「何のために俺は……」

 

「私たちのためでしょ?」

 

「っ!?」

 

 街路樹に思いっきり拳を打ち付けようとしたところで、背後から声をかけられた。その声に驚き、拳は木に当たる寸前で止まる。声で誰かは分かるし、今会いたくない人のひとりだ。振り返らず、上がった息をそのままに駆け出そうかと思ったものの、その前にその人物がひらひらと舞う足取りで前に回り込む。

 

「じゃじゃ~ん。乃木さん()の園子で~す! ハローひーろー」

 

「……ヒーローって呼ばないでよ。あと今夕方」

 

「ヒーローじゃなくてひーろーだよ。前みたいに園ちゃんって呼んでくれたら他の呼び方考えるけど?」

 

「……」

 

 お気に入りのぬいぐるみ「サンチョ」を抱えながらふにゃりと園子が笑う。10歳になった時、気恥ずかしさも感じるようになって日彩は園子のことを「園ちゃん」とは呼ばなくなった。その気持ちを汲むものの、園子としては寂しさもあるらしい。

 

「……なんでこんなところに? 出歩いてていいの?」

 

「あはー。心配してくれてるんだ~」

 

 表情が完全に溶ける園子を見てると頭が痛くなる。その緩さに和まされる時があるのは認めるも、今はそれが腹立たしくて、そう思う自分に嫌気が差す。

 最も重傷だったのは銀だ。満開を使用した際に傷口が塞がっていたものの、一度横腹を貫かれたことに変わりはない。療養のためにも入院している。

 それほどではないにしても、園子と須美も重傷だと言える傷を負ったはずなのだ。服から覗く包帯がそれを物語っている。それを見ると痛感させられる。守っているのは彼女たちで、自分は本当に何もできないのだと。

 

「そんなことないよ」

 

 思考を読んでいる。そうとしか思えないほどタイミングよく園子が否定する。

 1歩ずつゆっくり近づき、日彩を逃さないように服を掴む。サンチョを落とさないために2人で挟む形となり、嫌でもその距離は至近だ。

 

「ひーろーはいっぱい頑張ってくれてる」

 

「……どこがだよ。全部やってるのは園子たちじゃないか! バーテックスと戦ってるのも! そのために訓練に時間を費やしてるのも! みんなに秘密で人知れず死地に立ってるのは園子たちだ! いつ死んだっておかしくない! 今回なんて一番危なかった! なのに俺は終わってから知るしかないんだよ!」

 

「でも、ひーろーがいたからミノさんは生き残れたんだよ? 私たちと大赦の架け橋になってくれるから」

 

 園子の手がそっと日彩の頬に添えられる。ほぼ変わらない身長で、透き通るほどに綺麗な瞳が真っ直ぐ見据えてくる。優しくて強い目。日彩は園子にそうやって見られるのが嫌いだった。同い年のはずなのに、そう感じさせない強さを持つ目の園子が。

 

「だって…………そんなの……」

 

 声が震える。

 湿っぽい声になり、瞳からすっと静かに涙が溢れだす。

 

「そんなのっ…………、園ちゃんが言ってたヒーローじゃないから……! こんなのじゃ銀も鷲尾さんも守れない!」

 

「っ!!」

 

 小学校に入る前からの付き合いだ。

 園子の両親が一度園子を試すために薬を服薬して芝居を打ったときもその場にいた。その頃から、日彩は園子に頼られるヒーローであろうと幼子ながらに思っていた。女の子に頼られるのだから、そのために頑張るのは男の子の(さが)というもの。

 だけどその時、日彩は何かできたわけじゃない。泣いた園子を必死にあやしながら、どうしたらいいのかと混乱していた。結局その場を乗り切ったのは、園子1人の力。そのための行動をする時、決まって園子は目の色が変わる。

 

 その頃から、日彩はその目をする園子が嫌いだった。自分の無力さを認識して。『かっこいい自分』になれなくて。助ける側でいたいのに逆にさせられる。

 よわい自分なんかでいたくない。

 だから園子が言うヒーローになりたかった。

 

『ヒーローはね~。困った時とか危ない時にぜったい助けてくれるんだよ~』

 

『それくらいは知ってるよ』

 

『あはは、そうだよね~。だからー、私のヒーローになってね』

 

 「園子の持つヒーロー像のヒーローになる」という解釈違いを起こしているものの、日彩はそれになりたかった。

 

 だけど園子は呆気なくそれを暴いてくる。

 今も昔も。方法や状況は違えど結果は同じ。

 何もできない弱い自分が見えてくるだけ。

 

 だから園子のことが嫌いで。

 

 それ以上に園子がかっこよく見えて、嫌いの何倍も好きになる。

 

「戦うだけがヒーローじゃないんよ」

 

 ぼたぼたと涙を流す日彩にその言葉が届いているのか分からない。

 だけど今言うしかないんだ。きっと今以上に良い機会というのは訪れない。なんとなくだけど、それは絶対にそうだと自分の中で確信があった。

 

「ひーろーは、私たち……わたしのいつも(日常)を守ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひーろーは何でも背負おうとする。男の子はみんなそうなのか分からない。特にひーろーのことは。私女の子だし、小説はいっぱい読むけどそれでひーろーのことが分かるわけじゃない。小説を書いたりしてるけど、想像の域を出ないんだからやっぱりひーろーのことは分からない。

 お父さんとかお母さんに聞くのはなんだか違う気がして、ひーろーのお父さんかお母さんに聞くのもなんだか恥ずかしい。

 でも、いつか分かる時だって来るんだと思うんだ。

 

 その日が来るまで世界が続いていてほしい。

 そのためにも私は頑張るし、私たち勇者はバーテックスを追い返す。

 

「ひーろーは私の日常(世界)だから」

 

 頑張る理由はこれが一番だ。

 

「わっしー、ミノさん大変だよ! 壁の外がね!」

 

「待ってくれ園子! こっちも大変なんだ!」

 

「あなた達誰ですか?」

 

「…………え?」

 

 わっしーは勇者の変身が解けてる。満開したらどこかおかしくなるのは知ってたけど、3体のバーテックスと戦うのに満開を使わずにっていうのは無理があった。一番デカイやつが別格で、変な門から巨大火の玉マシュマロがいっぱい出すから。

 結局満開するしかなくて、私は3回。わっしーは2回。ミノさんは1回満開した。私は左手と右目と心臓。ミノさんは見た目じゃわからないからどこか。

 そしてわっしーは両足と

 

「ここはどこなんですか! 街は!? 森脇くんは無事なの!?」

 

「……ッ、わっしー!」

 

「須美……お前……」

 

 記憶なんだね。どこまでの範囲か分からない。

 だけど、ねぇ……私から取らないで。わっしー。

 知らなかったよ。ミノさんも私も気づけなかった。今さらになってやっと知った。だから理解した。

 

 ひーろーは私とかミノさんくらい仲良くなった人を下の名前で呼ぶ。だけどわっしーだけはずっと名字呼びだった。わっしーは硬いイメージあるし、そのせいかなって思ってたのに。

 わっしーがひーろーを目で追うことがあったのも、どうやって名前呼びにさせるか悩んでたのかと思ってたのに。

 

 いやだ。いやだいやだ! いやだいやだいやだ!!

 

 ひーろーは私の──ッ!

 

「なんだあの数……!」

 

 ミノさんの声にハッとする。振り向いたら壁の向こうから大量のバーテックスが侵入してきてた。20体くらいかな。

 ……あれを全部なんとかできたら、ひーろーも褒めてくれるかな。ミノさんのも好きだけど、ひーろーに頭を撫でて貰うのが一番好きなんだ。

 

「大丈夫。あとは私たちがなんとかする」

 

 わっしーは友だち(恋敵)。複雑な気持ちになっちゃったけど、わっしーのことも大好きだから。記憶を無くしたのならもう戦う必要なんてない。

 わっしーが手で握ってくれてるリボンは私が渡したやつ。それをわっしーの手首に優しく結んであげる。

 

「私は乃木園子。あなたは鷲尾須美。この子は三ノ輪銀。あの人は森脇日彩。私たちは友だちだよ。ズッ友だよ。……負けないんだから

 

 バーテックスにも。わっしーにも。

 全部勝ちたい。初めての気持ちで、ずっと持ってる気持ちなんだもん。

 

「また会えるから」

 

「またね」

 

 ミノさんと一緒に軽く手を振ってわっしーに背を向ける。

 橋が無くなったし、わっしーがいるここに来させるわけにもいかない。残された手段は空中戦。満開したらいける。

 

「変なとこ日彩に似てるな」

 

「へ?」

 

 ミノさんが呆れた感じに笑いながら私の左手を握ってくれる。大好きな笑顔を浮かべてくれて、すぐに頼りがいのある顔へと引き締めた。ひーろーみたいで好きな顔。

 

「バーテックスまで近づけたらアタシも戦える。バーテックスを足場するさ」

 

「おぉ~! ミノさんワイルド~」

 

「へへっ、ロックだろ?」

 

「うん。それじゃあ行くよ」

 

「ああ!」

 

 

 ねぇ、ひーろー。

 

 お願いだからこれが終わったら──。

 

 

 

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