杏と千景から力を借りられる確約を得られてから一日。
奏は寮の近くの広場にて、ラフな格好で珠子と向かい合っていた。
「…いくぞ」
「…来い!」
珠子が一息で距離をゼロにする。奏の腰に手を回すように掴みかかるが、奏はそれをいなす。
「まだまだぁ!」
「……シッ!」
掴み・投げをメインに戦いを組む珠子といなし・カウンターを軸に戦う奏。端から見れば二人は舞いでも舞っているかのように見えるのかもしれない。
その実、一瞬の油断も許されない全力同士のぶつかり合い。頬を掠める拳や足払いからの追撃など、お互いに相手を確実に仕留められる戦い方だ。
奏が珠子を投げ飛ばす。しかし、珠子は空中で体勢を立て直すと着地と同時に両手刈りを仕掛ける。それを跳躍で避ける。
「「──っ!」」
視線が一瞬交錯する。奏は身体を捻っての回し蹴り、珠子はそれに合わせたように下から抉るような右アッパー。蹴りとアッパーが交差し、お互いを弾き飛ばす。
すぐに体勢を立て直す二人。お互いに向かい合って──頭を下げた。
「「ありがとうございましたっ!」」
お互いに礼を交わすとタオルや水筒を持って木陰へと座り込む。
「にしても、なんでいきなり組手に誘われたんだ俺は…」
「いやー、杏から聞いたんだけどさ。杏と千景って未来行、了承したって」
「うん?ああ。来る次の大侵攻を防衛できればって条件付きだけどな。俺も大侵攻を放っておく気はなかったからいいんだけど…」
「杏から聞いた。この前の大侵攻の時に御剣さんが使った大技は私達が使う『切り札』よりも数段上のリスクが伴ってるって」
「ああ。でもまぁ、出し惜しみできる状況じゃなかったしな。俺が死ぬ気になれば少なくともあの大侵攻は止められると判断してあの手段を使っただけだ」
「死ぬのが、怖くないのか?」
「うーん…」
水筒の中身を飲み干して奏は周りを見渡す。
「他の勇者は来てないみたいだし、土居さんにだけはバラしてもいいかな。その代わり、他の勇者には他言無用だからな?」
「ああ。約束する」
「俺と妹が過去に戻る時、未来の世界はおそらく神様に滅ぼされている。それに、神様との戦いで俺や妹は幾度となく心臓止めてるしな。臨死体験はわりとしてるんだ」
「…は?」
「死ぬのが怖くないのか?と聞いたな。怖くないわけがないが、死ぬ気になってもなお倒せない奴等と散々戦ってきてるんだ。今さら『死ぬかもしれない』ってだけで切り札を切れないようなまともな精神構造してねーよ。『死ぬ気になれば勝てる可能性がある』なら死ぬ覚悟持って切り札切るさ」
「それで本当に死んじゃったらどうするのさ…」
「その時はその時だな。運がなかった。まぁ、最期の一瞬まであがくけどな」
「・・・」
なぜか呆れた表情でこちらを見ている珠子。少ししてため息をつかれる。
「なんだよ?」
「…いや。御剣さんって最初に話した時はしっかりした人かと思ったんだけど、本当はいろんな意味で無茶苦茶な人だと思っただけ」
「ハッ!今更だな。頭おかしくないやつは神様に挑もうなんて考えないし、勝てないからって過去の英雄に力を借りようなんて考えないさ」
「いや、本当に…。今聞いたら凄くぶっ飛んだ思考だって思った」
「それで、組手して何か決まったのか?」
「うーん。よくわからん!」
「おい…」
「…でも、御剣さんが本気で私達の力が必要だってことがわかった」
「ああ…」
「だから、この珠子様も未来についていってやる!それと、私を『タマ』と呼ぶ権利をやる!」
立ち上がって胸元に指差し格好をつける珠子に奏は驚いたように見上げたまま固まっていた。だが、少しして笑顔を浮かべる。
「ああ、心強い話だ。よろしく頼むよ、タマ」
「ああ、タマに任せタマへ!」
「…悪い。やっぱり珠子って呼ぶわ。実家にいた猫思い出しちまう…」
「おい」
寮の方へと帰っていった珠子を見送って奏はそのまま市内の方へと走り出す。特にどこかへ行くとかは決めていない。
しばらく走っていると丸亀城が見えてきた。なんだかんだとかなりの距離を走って寮の近くまで帰ってきていたらしい。近くで見つけた自販機で飲み物を買って一息。
「御剣さん?」
「うん?」
声のした方からボストンバッグを持ったひなたがこちらに向かって歩いてきていた。
「どっか出かけるのか?」
「大侵攻の対策のために大社に呼び出されました。2、3日留守にしますが気にしないでください」
「そうか…」
ひなたはこちらを見たまま固まっている。謎の沈黙に奏は耐えきれず──
「そういえば、上里さんは乃木さんと幼馴染だったか?」
「えっ?ええ、そうですよ」
「なら、少し聞きたいんだが…乃木さんはどうして時折あんな感じになるんだ?」
「あんな感じ、とは?」
「乃木さんは戦況の把握などいろんな面で他の勇者より突出しているのは戦い方を見ていればわかる。だが、すぐに頭に血が上ったように最前線へ──下手したらこの前みたいに孤立がちになる」
「…御剣さんはなぜかわかりますか」
「…ああいう状態になったやつは幾人も見てるからな。あれは『復讐に取り付かれた』戦い方だ」
「…はい。若葉ちゃんは生大刀に選ばれて勇者となった日に目の前で学友を失っています。若葉ちゃんの戦う理由の一つにはそういった面があります」
「なるほどな。だが、それは諸刃の意思だ。いつか、その意思が彼女を殺すぞ」
「…それは…」
「わかってはいるが口出しはできない感じか」
「私は皆さんのように戦えるわけではありませんから」
顔が俯くひなたに奏は優しく頭に手を置いた。驚いたように顔をあげたひなたに奏は笑いかける。
「バカやろう。お前が帰るべき場所としているから乃木さんはまだ死んでないんだろうが。お前がいなかったら乃木さんはおそらくとっくにくたばってる」
「…そんなこと」
「あるさ。護るべきものがあるからこそ人は強くなれる。今は頭からすっぽ抜けてるだけですぐに思い出すさ」
「そんなものでしょうか…」
「ああ。乃木さんならきっとちゃんと立ち直るさ。俺みたいなバカでもできたことだからな」
「御剣さんも経験者ですか」
「たぶん、乃木さんよりは数段上のな。大丈夫。上里さんは心配せずに対策を考えてきてくれ。俺の方でも何かできないか考えておくよ」
「…はい。よろしくお願いします」
ひなたの視線が下向きになり少し頬が赤くなる。
「どうした?」
「あの、御剣さん…。私はいつまで撫でられているんですか?」
「おっと…。すまん、ついクセで…」
「クセ?」
「妹がいるって言ったろ?あいつのご機嫌取りの時は頭撫でてないとよくならないんだよ」
「…ふふっ、そうですか」
小さく笑ったひなたに奏は両手をあげて降参のポーズを取っていた。
「次の大侵攻までにあいつが合流できれば戦力アップできるんだがなぁ」
「妹さんは結局どこに行ってるんですか?」
「うーん、内緒だ。ただまあ、あいつ一人が俺に合流するならこんなに時間がかかるとは思えないからな。俺とあいつは今も賭けに勝てていると確信しているよ」
「何かはぐらかされた気がしますね…」
「悪い…。でも、ぬか喜びが一番徒労だろ?」
「言いたいことはわかりますけど…」
「大丈夫だ。あいつは必ず来るしあいつは俺よりも強い。とはいえ、戦略に組み込もうにもいつ来るかわからんやつは数に計上できないしな」
「…わかりました。その妹さんが間に合うことを祈りながら大侵攻に備えるようにします」
「すまないな。別に秘密主義を気取りたいわけじゃないんだ。ただ、説明が苦手でな」
「それはなんとなくですがわかります」
「まあ、大侵攻に注力するようにするさ。上里さん、そっちの上役の方はよろしくな?」
「ええ。あの人達のお世話は任せてください」
お互いに拳をぶつけ合う。苦笑を交わして、二人はそれぞれの方向へと歩き出した。