-side:零花-
日々の日常の中では三人は年相応だ。バーテックスとの戦闘は危なっかしくも見えるけれど、そもそもバーテックスと戦うために鍛えていた歌野達と比べるわけにもいかない。
自分や奏も戦闘についてはさんざんに鍛えた側だ。この子達はおそらく『勇者』となってから鍛えている。
『すごく非効率に見えるんだけどなぁ…』
思わず神樹様の方を眺めながらため息が出る。実際、実戦を経るごとに三人は強くなってはきている。だが、それはバーテックス側が未だに連携を取っている気配がないからだ。
西暦の丸亀城戦の時のような連携を図ってくるようになれば、彼女達では抑え切れないのではないか?
『まあ、時代のせいもあるのかも…』
未来でも『勇者システム』をまともに扱えたのは自分と兄の二人だけだった。自衛隊が使えれば今みたいに過去へ力を集めに来る必要もなかっただろうから、このシステムにはいろいろと制約が多いということだろう。
──そして、その時は訪れる…。
三人が樹海化した大橋を陣取って待つ先に見えるのは三体のバーテックス。
当初、三人が連携をもって攻撃することでバーテックスは押されるように後退していた。しかし、無数の針のようなものが他のバーテックスの羽根のような板が弾き、攻撃の方向が定まらなくなったことで状況が一変する。
予測のつかない攻撃に翻弄され、気がつけば三人が同じ場所へと追い込まれていた。そこへ蠍の尾のようなものが一閃。三人が吹き飛ばされた。
『…そんな…。こんなの、この子達だけじゃ…』
乃木園子は意識を失っているのかピクリとも動かない。鷲尾須美も痛みに呻くばかりで立ち上がれそうにない。唯一、三ノ輪銀だけが武器である戦斧を杖に立ち上がる。
「園子、須美っ!」
『…っ、三ノ輪銀、逃げて!』
「──っ!」
雨の如く降りそそぐ矢を避けながら三ノ輪銀は鷲尾須美と乃木園子を抱えて後退する。バーテックスはゆっくりと進む中、三ノ輪銀は橋の袂の陰に二人を寝かせる。
「…あたし一人で、やるしかないか」
銀は立ち上がると須美が薄目を開ける。意識は朦朧としているのか、銀の方こそ向いてはいるが視線が定まっていない。
「ぎ…、ん…」
「…またね」
銀が駆けていくのを見送るように須美は意識を失う。銀はバーテックスを待ち構えるように少し後退した場所で武器を構え直す。
そして、地面に線を引き、その前へ歩み出す。
「ここから先へは絶対に行かせないっ!」
バーテックスへと挑みかかる銀を眺めるしかないのか…。零花は口の端が噛み切れるほどに噛みしめ、歯が鳴る。
『…どうやったら、いいの…』
血だらけになりながらもバーテックスへと立ち向かう銀に、零花は思考する。関わる方法を、自分がここへ呼ばれた理由を、零花にしかできないことを──
自身の身体を見下ろして──思いつく、この世界へと干渉する方法を。
『そうだ。今の私は魂しかない。世界へと干渉するほどの密度が無いのが原因なんだ。だったら──』
零花は一度振り返る。そこに見えるのは──神樹様。
『本当はこんなこと赦されない。けど、私はこのまま指を咥えて見ていられるほどに冷酷無比でもない──!』
零花は地面へと手を当てる。
『神樹様、貴方は知らないでしょうけど、私は貴方と親和性が著しく高いんだよ!』
結界から零花へと莫大なエネルギーが流れ込んでいく──
★
-side:銀-
何度地面を転がっただろう。身体の痛みなどすでに感じない。手に持つ武器の感触と、見える目だけが未だに私が生きていることを教えてくれる。
バーテックスは未だに三体ともに健在。多少ダメージは与えたがそれでも侵攻が止まる様子はない。
(…まだ。まだ、やれる…!)
最早言葉を紡ぐ余裕などありはしない。全霊をもって立ち向かう以外に銀の中に選択肢はない。
力が入っているのか定かですらない足で、銀は走り出す。叩きつける一撃を跳躍して回避、叩き落とそうとする羽根の攻撃を武器で弾いて方向転換。バーテックスの身体に着地。だが、針が飛んできたことで飛び降りる。
バーテックスの一体にそのまま針が突き刺さることで動きが止まる。
(…よし。同士討ちは狙える!)
再び走り出そうとして──身体が膝から崩れ落ちる。片膝立ちの姿勢のまま、銀は動けなくなった。
(…ヤ、バ…ッ)
──見えたのは、自身へ向かって尻尾が槍のごとく突き出される瞬間。
(…ごめん、須美、園子…。勝てなかった…)
せめて最期まで諦めたくなかった。尻尾が自身を貫く──それを遮る者が現れなければ。
(───ぇ?)
そこに立つのは一人の女性。右手一つでバーテックスの尻尾を払い、弾き飛ばした。
『──やっと、干渉できた』
女性はこちらへと振り返ると歩いてきて手を差し伸べる。銀は反射的に手を伸ばしてその手を掴み──身体に何かが流れ込んでいくのを感じて手を引こうとする。
だが、女性は優しげに微笑むとそのまま銀を抱きしめる。
『三ノ輪銀。貴女に力を貸してあげる。せめてこの戦いにだけでも勝利できるように。貴女に悔いが残らないように──』
「あなた、は…?」
『零花。今は、貴女に力を与える者』
目映い光が二人を包み、それを蠍型のバーテックスが光に向かって尻尾を振り下ろす。光から現れた戦斧が尻尾を弾き飛ばし──
「…傷が、治ってる?」
無傷の銀が姿を現した。思わず自身の身体をあちこち見る銀に──
『私が降りたからね。半神状態になったから傷が無くなったように見えてるだけだよ』
「えっ!?頭に声が響く?!」
『驚きすぎ。言ったでしょ。力を与えるって』
「えっ?いや、こんな風って思わなかったし…」
『まあ、今はとやかく言ってる場合じゃない。目の前のあいつらをなんとかしないと』
「…ああ」
銀が見上げる先にはバーテックスが近づいてきていた。
『…銀。貴女はきっと死んでしまうわ』
「うん。わかってる」
『それでも、戦うの?』
「ああ。須美や園子を見捨てるなんてできないから」
『そう。…なら、私が全力でサポートするから、貴女はただ戦いなさい』
「それでどうにかなるの?」
『どうにかするのよ』
「…わかりやすくて、いいな!」
銀が駆け出す。振り下ろされた尻尾を紙一重で避け、尻尾を駆け上がる。そこへ針が降ってきた。
「くっ…!」
『ダメッ!!』
避けようとした銀の身体を零花が無理に尻尾を駆け上がらせる。針は次々と尻尾へと突き刺さるが銀の身体は徐々に加速する。
『飛ぶよっ!』
「えっ?えっ?」
銀の意識とは裏腹に身体は跳躍し針を打ち出していた射手座バーテックスの側面に戦斧を突き刺す。そこに針だらけの尻尾が振るわれるが、戦斧を足場に再び跳躍。
尻尾が叩きつけられてもう一体のバーテックスを巻き込みながら横倒しになるのを確認しながらも残った戦斧を両手で構え直し──
『全力で──』
「──振り下ろす!?」
頭に響く零花の声に合わせて銀が振り下ろした戦斧は尻尾を振り抜いて無防備になっていた蠍座バーテックスへと突き刺さる。さらに力を込めていくとそのまま縦に両断。
バーテックスが光になりながら散っていくのを見送りつつ銀の身体は再び駆け出す。
「スゲー!」
『まだ気を抜くな!あと二体!』
「わかってるっ!」
横倒しから起き上がろうとしているバーテックス二体を見やりながらに銀は三度、その身体を跳躍させる──
★
バーテックスの全てが光となって散っていくのを銀は見送る。
「…へへ…っ、やったね」
『三ノ輪銀…』
「銀で、いいって。ありがとう、零花さん…。力、貸してもらわなかったら…、何もできなかったと思う…」
『ううん。きっと、銀なら一人でもなんとかしたと思うよ。私が、保証する』
「エヘヘ…。誰かに誉められるって、思ってなかったから…、嬉しいな…」
『ねぇ、銀…』
「なに…?」
『二人とは会えなくなるけど、生きられるなら生きてみない?』
「…できるの、そんなこと」
『うん。銀が、OKしてくれるなら』
「…わかった。私は、ここでリタイアするんだろうけど」
『…ごめんね』
「いいよ。須美と園子を守れた」
誰かが泣く声が聞こえた。
──半透明の零花と銀の振り返った先。戦斧を杖に、仁王立ちした銀の立ち姿を見て、大声を上げて泣く二人の少女の姿が見えた。
その姿を見て、涙を流す銀の横──零花は優しく銀を抱き寄せていた。