あれから1日経って。長野から出た三人と一柱はまずは大阪を目指していた。
「まあ、単純に四国へと渡るならこっちからだと近い大都市は大阪だったってだけなんだけど」
「急にどうしたの、うたのん?」
「いや別に。何かあったわけじゃないんだけど」
「そういえば、零花さんの使っていたのは勇者の力なんですか?」
「はい。そうですよ。未来のシステムで組まれた事実上の最新鋭型の『勇者システム』になります」
零花が懐から取り出したのはスマートフォンに見える端末だった。画面には虹色に輝く樹木が映っている。
「『勇者システム』の基幹は調べてみたんですけど、どうやらこの時代に存在しているらしいんです。とはいえ、私が使うシステムとこの世界に残るシステムは別物かもしれませんけど」
「というと?」
「私の『勇者システム』はあくまでもゼロの力を減産させることなく運用するためのものなんです。たぶんですけど、歌野さんに使っていただくとなると兄さんのシステムを流用した方が扱いやすくはあると思うんです」
「そういえば、長野を出る時にも『兄さん』の話題が出ていたけど…」
「はい。私の兄さん──
「そのお兄さんは四国にいるの?」
「たぶん、ですけど」
『『位相システム』の影響がきちんと作用しておれば、な。『位相システム』とは我々が向かう予定の時代の動乱の中心部へと誘われるようになっている。この時代のように動乱の中心部は複数ある時もある。そういった際にきちんとシステムが作用しているのかは、今回の転移によって確定すると判断している』
「ややこしいね、いろいろと」
「っ、うたのん、零花さん、ストップ」
水都の声に会話を止めて足を止める。岩陰から大通りとなる道をのぞき込む水都に、歌野と零花はつられてのぞく。
大通りにはいくつかの白い物体が左右を見回している。何か探しているようにも見えるのだが、さりとて自分達を探しているようにも見えない。いや、あれらの思考は読めないので実際のところはわからないのだが。
「…あんなところで固まって何してるんだろうね」
「ねえ、零花さん。その、そちらの世界ではバーテックスってあんな風にしていることってありましたか?」
「あるにはあった、かな。ただ…、うーんと、あの程度の数がたむろっているのも珍しいんだよね」
見えているのは4~5体。基本的にあの白いやつは数に任せてこちらを押し潰す勢いで動くのがほとんどだ。
あのように少数が見渡しの利く場所にいるというのはなかなか無い。
「私達の時代だとあの白いのって基本的に最低限数十~数百の単位で都市そのものを襲来する…まあ、言い方は悪いけど蝗害のイナゴみたいな感じで…」
「ああ、イメージしやすいかも。言われてみると確かに変、か」
「どうしよう?ここを行くのがいいとは思うのだけど」
「うーんと、今はあまりやり合いたくないんだよね。《大天狗》使っちゃった後だし」
「あの時の?」
「うん。ゼロとの全力はノーリスクで使えるようなものじゃないから。精霊との《一体化》程度なら一回、二回使った程度でどうにかなることもないんだけど…」
『とはいえだ。短期間で連続使用には耐えれぬ。あの数であれば通常の出力である『開花』でなんとかなるが、数が増えてしまえばそうもいってられなくなるやもしれん』
「それに、歌野さんも戦える状況じゃないし…」
「まあ、そうだね」
歌野は昨日の戦いで身体中ボロボロだ。ゼロの診断では肋骨にもヒビが入っているらしい。
本来なら諏訪でしばらく療養してからの方がいいのだが、諏訪の結界、大神達が限界に近かったためにやむなく諏訪を出立している状況なのだ。無用な戦闘はしないに越したことはない。
「しばらく様子見して動かないようなら別のルートを考えましょう。歌野さんに無理させるわけにもいきません」
「ありがとうね、零花」
「気にしないでください」
ひとまず腰を落ちつける場所を見つけて座る。こちらからはバーテックスを確認できるが、向こうからは回り込まないと見えない場所が見つかった。
『しかし、あの個体はなぜあそこから動かぬのだ。近くに動物の類も居らぬはずだが…』
「バーテックスがああして動かないことって珍しいはずなんだよね。何かしら追いかけているものがあるならわかるんですけど…」
周辺を見渡すものの特別バーテックスの興味の引くようなものは見当たらない。しかし、現に当のバーテックスの末端個体は大通りから動く気配を見せていない。
「まさか、見張りとかなんじゃ…」
「バーテックスにそこまでの知能は無いと思うけど」
「あっ、動いた」
バーテックスは浮かび上がると青空の下、見えなくなった。先ほどまで居た場所を見て───歌野は眉を潜め、水都は目を逸らした。
動かなかった理由は明白にあった。バラバラになって、パーツの欠損した屍。おそらくどこかしらに生き残りがいたのだろう。
「襲われた、みたいですね」
「これだけ荒廃した場所でも生き残りは居たんだね。気づいていれば、無理をしてでも奴等を──」
「歌野さん。無理は駄目です。気づけていたとしても彼等を助けることは不可能だったでしょう」
少なくとも自分達が来た頃にはすでにバーテックスはあそこから動いていなかった。悲鳴も聞こえなかった以上、襲われたのはもっと前だったはず。
あの場で助けに入ったところで結果は変わっていなかったはずだ。
「にしても…。この時代のことは私達の未来には未曾有の大災害として伝わっていたけれど…。これほど酷い事態だったなんて…」
「未来の、零花が産まれた頃はどうなってたの?」
「私が半神となった頃には大地として残っていたのは北欧の一部と日本の四国の二県、あとはアメリカのハワイ諸島辺りだけだったって聞いてます」
「えっ…?たったそれだけ…?」
「はい。うーんと、私の知っているかぎりの知識として…日本は神様からの力を借りる方法が失われて久しく、古来より神を討つ者──『勇者』たる存在にたどり着くまでに数年。この期間で四国・九州の一部を除く本土のほぼ全域を喪失したと聞いています」
「勇者に、たどり着く?」
「はい。『勇者』たる人物の選定やその方法などのあらゆる情報は失われていたんです。一説には『大赦』と呼ばれる組織が管理していたと記述こそ残ってはいても、『大赦』がどうなったのか、元々はどこにあったのかなどが散逸していたんです」
どうやら遠い未来では『勇者システム』そのものは失われた遺物だったらしい。零花が使えている以上、何らかの方法によってサルベージはされたのだろうが…
「大変な時代があるんだね…」
「まあ、この時代から見ると軽く千年は先の未来なんですけどね」
『お前達、話はそれくらいにしておくといい。先ほどのバーテックス、どこかしらに飛んでいきおったようだ。今ならば安全に抜けられるだろう』
いつの間にか見張り役をしていたゼロが、先ほどのバーテックスが空高くへと消えていくのを見ていた。
「さて、じゃあ日が落ちるまでは頑張りますか!」
「そうですね。行こう、ゼロ」
『うむ』
三人と一柱は再び街中を歩いていく───
★
時間は少し戻り、場所は四国・丸亀城──の屋根の上。
「…とりあえず、転移は成功したとみるべきか」
一人の青年が屋根に寝転がっていた。身体を起こし、眼下の景色を眺めていたが──不意に風が止まる。
「なるほど。これが『大赦』に残されていた情報にあった『樹海化』か」
景色は一瞬のうちに木の根が絡みつくような空間へと変わり、少し先には五人の人影が見えている。
「そして──彼女達がこの四国を守護している『勇者』というわけか」
距離があるためか何を話しているかまでは聞こえない。しかし、なにやら言い争いをしているようで──
(大丈夫なのか、アレ…)
様子を見ていたが一人の勇者が見えつつあったバーテックスの群れへと跳んでいく。遅れて二人が先行した勇者へと続き、残りの二人も少し躊躇している様子が見えていたが、すぐに戦線へと飛び込んでいった。
「すごいな…。これが、歴戦名高き四国の勇者、か…」
青年は腰に付けているポーチから何かを取り出した。それは虹色に輝く石。そして、青年の肩辺りに小さな何かが姿を現した。
「…ありがとう。力を貸してくれるんだな?」
『───』
それは三つの足を持つ烏。肩に着地して翼を広げて遠目に見えているバーテックスを威嚇しているようだ。
「──行こうか。力を、貸してくれ」
『───』
烏が
卵のようになった光は弾け飛ぶと、漆黒の巫女服をまとい、烏の翼をはばたかせて《ソレ》は空を駆ける。
戦場を縦横無尽に戦っていた勇者達は大型のバーテックスを前に動きを止めていた。だが、そこを漆黒の《ソレ》が切り裂く。
「なんだ!?」
下にいた勇者の一人が声をあげたのが聞こえるが《ソレ》は無視して目の前のバーテックスと対峙する。
「───黒刃」
《ソレ》は手に漆黒の刀を握る。バーテックスは羽根のようなもので《ソレ》を圧し潰そうと──
「──斬羽」
───幾度振るわれたかはわからない。《ソレ》は残心を取り、大型のバーテックスが崩れ去るのを背に、ゆるりと五人の勇者へと向き直る。
勇者達は突然の存在に構えを解こうとはしていない。警戒を最大限にしていた勇者達の前に《ソレ》は着地すると、光を発して──先ほどの青年と烏が姿を現した。
「はじめまして、四国の勇者。俺は、