その日の夜。若葉は一人、とある扉の前に立っていた。決意したように真一文字に口元を引き結び、扉を叩く。
少しして、中から現れたのは奏だった。
「ああ、乃木さんか。どうしたんだ?」
「少し、いいだろうか」
「…ここで話すか?」
「いや、少しついてきてもらえるか?」
「わかった」
若葉について歩いていくと道場のような場所へと到着した。奏は目を輝かせて見上げている。
「すごいな。道場なんて文献の中でくらいしか見たことなかった!」
「…話をしてもいいか」
「おっと、すまない。どうぞ」
向かい合うように立つ二人。
「お前は、言ったな。未来に討つ『カミサマ』との戦いのためについてこいと」
「ああ。言い方は少し違うがそう言った」
「もし私達がここから離れたら四国はどうなる」
「…そうだな。話すべき話であることはわかっている。だが、こんな言い方は悪いとは思うが俺には説明しがたい。こういう次元関連の話は詳しいやつがいる。そっちから説明してもらった方が手間が省けると思う」
「それで、納得しろと?」
「俺としては、な。だが、納得できないから乃木さんはわざわざ俺を呼び出したんだろ?」
「ああ──」
一瞬の間が空いて、若葉は勇者服を身にまとう。生大刀を構え──
「私はまだ仮ではあるがリーダーの役割を拝命している。みんなを危険にさらすわけにはいかないんだ!」
「…わかるよ。だが、力で納得させようってんなら──相手になるぜ」
奏は脱力状態にこそなるが武器を構える様子はない。
「なぜ『あの力』を使わない」
「うーん…。乃木さんを見くびっているわけではないんだけどさ。『アレ』はほいほい使えるものじゃないんだ」
「慢心していると、痛い目をみるぞ」
「そんなつもりはないさ。さあ、やろうか」
奏は左半身を前に、わずかに肩を上げて拳をゆるく握る。若葉は息を吸い──呼気を止めると同時に心臓を貫く突きを──
「──っ」
「ぬるい…」
奏は正確無比の反応をもって突き出された右手の中指と薬指で突きを挟んで止めるという離れ業を見せる。
「─っ、まだまだぁ!」
距離を開けることなく上段、下段の二連突き。逆袈裟からの袈裟斬り。胴薙ぎに転じると見せかけて下段からの薙ぎ払い。手加減などなく、怒涛の連戟を若葉は振るう。
(───だと、いうのに…!)
対峙している奏は冷静だ。時には刀の腹を叩き、峰を押さえ、受けられぬと判断した時のみ刀を避ける。
冷静に、平静を崩さぬままに若葉の攻撃を捌いていく。
(そんな…、こんな力量差が…!)
振るう攻撃は当たらない。的確に、正確無比に捌かれる攻撃に若葉は歯噛みする。力量差はまさに天と地ほどの差が生じている。
「──それでも!」
「っ…!」
更に若葉の攻撃が加速する。常人には捉えられない『勇者』としての力。それをもってしてもわずかに数撃。頬や手の甲を浅く切る程度にしか届かない。
お互いに距離を取り、荒れた息を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「・・・」
頬から流れる血を軽く指先で拭い、左手に何かを取り出した。
「…驚いた、と言っておくよ。俺自身、人間の領域なんてとっくの昔に置いてきたつもりでいた。だから『神石』を使うまでもないと思っていた」
軽く宙に放られた石──『
「俺の使うこの石。これは実は使うのに多くの制約がある。一つ、『勇者』が近くにいること。一つ、俺に力を貸してくれる神様・精霊が存在していること。一つ、『神石』を砕くこと」
左手に持つ石をもてあそびながら奏は視線を少し上に上げる。そこには一体の精霊が姿を現していた。
炎をまとう
「力を使うにあたっての問題は解消された…が、だ。俺はできれば使いたくない。先ほどの制約とは別に使いたくない理由がある。それでも──今、乃木さんが刀を納める気が無いというのなら、使うしかないだろうな」
──試されている。
若葉は直感的にそう感じた。今なら力を試しにきた、それだけで退いてやろうと。
だが、なお戦うというのなら──手加減はしない。そういうことなのだろう。だから──若葉は刀を構え直す。
「…それが乃木さんの答えか?」
「ああ。貴方が強いのは認めよう。私よりも遥か高みに至っていることも理解しよう。だが、私の方から刀を納めるわけにはいかない」
「そうか。なら──示すしかないな」
神石が握り砕かれる。視界を覆うほどの光が放たれ、若葉は目をすがめる。
「勇者の力はあくまでも神様や精霊の力を擬似的に模倣しそれを人の身で扱えるように調整されたもの──と、俺達の世界の技術者の話だったが、どうやらもう少し複雑なようだ」
光の中から声が聞こえる。光が薄れていく中から『ソレ』は姿を現す。
「まあ、勇者の力の解説は今は要らんよな。『神石』の性質は単純明快だ。超高純度に圧縮された神気の結晶体である『神石』を砕くことで人の身に神や精霊を降ろし、それをこの世に顕現させる。人の身には過ぎた力で一日に最大でも二回、三度使えば死する可能性のある言葉通りの力」
最初に見えたのは竜の頭を模した兜。竜の鱗を模した鎧と竜のごとき腕。その鱗の隙間から炎が溢れ、その姿を茜色に染め上げている。
「二回目だがこうして見せた以上は味わってもらおうか。その力、その目と身体に焼きつけろ」
両手にそれぞれ赤と白の剣が握られる。
「いくぞ──」
「──っ!」
身構えた若葉は──とっさに床へと伏せた。遅れて響くは轟音と伏せた自身すら吹き飛ばす衝撃波。
派手に転がり、すぐに体勢を立て直して見た先──道場のおよそ半分が融け落ちていた。
「・・・」
『呆けていると死ぬぞ?』
「っ!?」
聞こえた声は耳元。身体を捻ると同時に振るった生大刀から金属を擦るような音と…横腹に響く打撃音。
再び地面を転がり──しかし意識的に視界を上げて見やる。二振りの剣を払う姿を見て、若葉は地面を滑りながらも向き直る。
「──いい反応だ。俺の世界の奴らならさっきの追撃で動きを止めていただろうな」
「──っ…」
傷は見れていないが右の脇腹から激痛が続いている。軽傷ではないのだろう。本当ならいますぐにでも意識を手放してしまいたい…それぐらいの激痛だ。
「わかったか、使わない理由が…。人外たるバーテックスに振るうならこれは強力な力だ。だがな、人に振るうには過ぎた力なんだよ。初撃に手加減をミスったらあのありさまだ」
剣先で示されるのは今なお焼け落ちていく道場跡。地面には溶岩のように融けた部分もある以上、脇腹に入れられた一撃は加減されたのがわかる。
「こんな力を振るったところで一人や二人では『カミサマ』には届かなかった。一方的に世界を滅ぼされて終わりだ。だから、過去にいるだろう『力』を持っている者を誘う理由は単純にそんなところだ」
「…ずいぶんと、勝手な言い分だな」
「そうだな。でも、だからこそ急いではいないのさ。少しでも多くの力を集めたい俺達にとってはな。…まあ、そのあたりのことはいい。どうする?まだ、続けるのか?」
「…当然だ」
痛みはひどいが退くのはごめんだとでもいうように生大刀を構える。
「国を、四国を護るという意思を貫けなくなるぞ」
「わかったかのように、諦めたら…私は立ち直れなくなりそうでな」
奏は瞑目する。目を開け、剣を構える。いざ──飛び込もうと深く構えた刹那、奏は若葉とは別の方へと飛んだ。
遅れて、地面を叩く音が二つ響き、誰かが着地する音が二つ続く。
「…まあ、あれだけ派手に道場吹き飛ばせばさすがに来るよな」
奏が顔を上げた先には、奏が先ほどまでいた場所に拳を突き立てた友奈と珠子。若葉を護るように並んで立つ千景と杏。
「まさかその日のうちに若葉を亡き者にしようとするとはタマにも読めなかったぞ!」
「大丈夫、若葉ちゃん!?もう大丈夫だからね!」
「えっ、いや…あの…」
「ひどい火傷…。傷が残るかも…」
「…それで?勇者4人、同時に相手取る自信はあるかしら?」
若葉を護るように4人が並ぶ。奏は固まっていたが、すぐに大笑いしだした。急に笑い出した奏に4人が構えるが…。
「あー、笑った笑った。わかったわかった、わかりました。俺はこれ以上やり合う気は更々無いから早く乃木さんの手当てをしてやるといい…と言いたいが、普通に治療してたら時間かかるしな」
奏は力を解除すると
火蜥蜴を見下ろして固まる4人に火蜥蜴は困ったように奏へと振り返る。
「乃木さんをベッドに寝かせるなりして火傷の場所に火蜥蜴を乗せておけ。火蜥蜴の炎は攻撃に使われるが火傷などには治癒にも使える。一晩あれば傷痕一つなく治るはずだ」
見上げてくる火蜥蜴を千景が抱きあげる。火蜥蜴は目を閉じてふわりと火の粉を飛ばしだすが…。
「熱くない…。むしろ温かいくらい」
「火蜥蜴は害意なく人を傷つけることは絶対にないからな。むしろ精霊種としてはかなり温厚な部類だ。そいつに治してもらうといい。俺は部屋に帰るから説明よろしくな、乃木さん」
帰っていく奏を見送るしかなかった4人だが、全員が若葉へと振り返る。
「…説明してもらえるかしら?」
火蜥蜴を抱いた千景の声に、若葉は顔を逸らすしかなかった。火蜥蜴は目を閉じて寝始めていた。