霞んだ視界の中、千景は意識が浮上してきたのを感じる。
「あっ、ぐんちゃん、起きた?」
「…高嶋、さん…?」
頭の中にかかっていた霧のようなものが晴れてくる。そこでようやく千景は自分の状況を理解した。
「あっ、あの…、高嶋さん…。どうして膝枕…」
「えっ?だってぐんちゃん気を失ってたし…。適当に地面に転がしておくのもどうかなぁ、って…」
「べ、別によかったのに…」
「あっ、ぐんちゃん顔が赤くなってる」
「──っ」
恥ずかしくて真正面にある友奈の顔から視線を外すために横を向く。そこにはそれぞれ座っていた。
「…そういえば、結局誰が勝ったの?」
「おっ。千景も目を覚ましたのか。今回の模擬戦の勝者は杏だ」
「伊予島さんが…?」
こう言ってはなんだが杏の武器はクロスボウだ。千景の記憶だと自分や珠子がかなりの近距離まで踏み込んでいたし、精霊が二体いたはず。
あの状況からいったいどうやれば杏が勝てるというのだろうか。
そんな千景の疑問顔を見て若葉は得心したかのように頷いていた。
「千景の疑問もわかる。が、そもそもにおいて今回の模擬戦、勝者が杏になることはほぼ既定路線だったようだ」
「…どういうこと?」
「精霊四体の参戦はそもそも杏の発案らしい」
「──は?」
「杏が精霊達に賄賂を贈って最初から味方へと引き込んでいたようだ。自分が勝った場合にも追加報酬を渡すことまで契約していたようだしな」
若葉の見る先には一体一つ、精霊サイズに合わせたパウンドケーキが置いてあり、四体それぞれが美味しそうにパクついている。
「…出来レースだったということ?」
「ああ…。しかも、ひなたは事前に知っていたようだ」
「でしょうね。でないと、精霊の参戦なんて認めるとは思えないもの」
「ああ。だが、私もそうだが意識を切り換えるにはいい模擬戦だったともいえる」
「どこが?」
「精霊の参戦によって私達は本来の味方同士でさえ全力で立ち向かう必然的状況に陥らされた。普段の模擬戦であれば我々は味方という気持ちもあって全力で倒しにいくということはなかなか起きない」
「…確かにね」
今回の模擬戦では勝者が一つ『皆に何かしらの命令できる権利』を賭けてはいたけれど、それも本気にさせられたかと言われるとそうでもない。
しかし、精霊四体に御剣奏。彼等の参戦によって『命令権』は内輪のお遊びから本気の模擬戦の景品へと変わった。
「とはいっても、精霊四体は最初、やたらと御剣さんを追い回していたのはなぜ?」
「杏曰く『命令権の中は聞かなくてもなんとなくわかりますから』だそうだ。先に倒しておくべきだったから精霊達に任せたんだろう」
よく見れば精霊達の向こうに身体のあちこちがボロボロになった奏がうつ伏せに転がっている。死んではいないようだが、かなり派手にやられたようだ。
「あれ、生きてる?」
「大丈夫だと思う。さっき珠子がつついていたが動いていたしな」
虫の息というやつではなかろうか。千景は身体を起こす。
「伊予島さんは何を命令するのかしらね」
「なんだろうねぇ」
「高嶋さん、膝枕、ありがとう」
「うん。いつでも言ってね」
言えばしてくれるということだろうか。機会があれば頼んでみたいが先ほど赤面を見られた後だ。頼める自分がいる気がしない。
☆
模擬戦から二日。樹海化した中で奏達はバーテックスの侵攻を眺めていた。
「今回は最初から進化体がいるな」
「いるが…、なんだあれは」
見えているのは人間の足を模した進化体が樹海の中を駆けている。星屑と比べると移動速度はかなり速い。
「二足で全力疾走って…。いや、バカに出来ない速さではあるけどよ…」
「ふっふっふっ。でもだ、人型を取ったっていうことはこういう武器も効くようになっているかもしれないってことだ!」
珠子が懐から高らかに取り出したのは──うどん玉だった。意味がよくわからない奏は…
「それが何の役に立つんだ?」
「わからないか?人型ってことは人類の美味しい食事にも興味を持つかもしれないってことだ!だから、これをこうやって使うのだよ!」
どうやら四国勇者にとってはわりと有名なメーカーのうどん玉らしく、珠子が勢いをつけてうどん玉を投げるのを誰も止めなかった。
進化体はうどん玉を──見向きもせずに通り過ぎる。
「…まあ、予想してた通りな気もするけど…」
「かまたまじゃ、なかったからか…!?」
「あのバーテックス、許せん!」
「食への冒涜ね」
謎に怒り出している勇者達を横目に奏はため息をつく。
「仮にバーテックスが食に興味を示したとしても茹でてもいないうどん玉渡されたら俺でも困惑するわ。近くに氷水かお湯があるなら話は別かもだが…」
「それは、確かにそうだ…!?」
驚愕に目を見開いている珠子に奏は再びため息が出る。頭を軽く振ってから改めて状況を確認し直す。
「うどんのことはひとまず置いといて…。あの進化体、とにかく神樹を攻撃するために全力疾走って感じだな。水乙女の力だと足止めはできたとしても倒せるかはわからんな…」
「とにかく追うぞ!」
若葉を筆頭に進化体を追いかける。だが、星屑が行く手を阻むべく集まりだす。
「くっ…!?」
「これじゃ追えない…」
「…仕方ない。道は俺が造ろう──」
奏を中心に水が渦巻く。膨大な水を集め──
「水よ、行く手を阻むものを退けよ!」
構えた右手を中心に進化体を越えてまっすぐに水のドームが造り上げられる。
「これ、って…!?」
「お前らだけでも先に行けよ!ここの星屑は、俺がどうにかしてやる!土居、盾を構えろ!」
「えっ、こうでいいか!?」
珠子が盾をこちらへと構えるとほぼ同時──大量の水が珠子の盾を押して、勇者達を水のドームが砲身となって樹海の空を射ち出す。
ウォータースライダーでも乗っていた最中に放り出されたかのような速度で宙を加速して飛んでいく。
「無茶苦茶すんなー!?」
「それの方が圧倒的に速いだろうよ。…さて」
奏が振り返る先には視界を埋め尽くすほどの星屑。
「来いよ。テメェらの相手は俺が引き受けてやるよ」
★
砲弾よろしく大空を舞った勇者達は地上を走る進化体を悠々と通り越して神樹と進化体のちょうど間辺りに着地した。
「無茶苦茶されたが、なんとか進化体を止められそうか」
「とはいえ、あれって走ってるってことは当然避けるよな?」
「そうだな。となると、奴を仕留めやすいのは珠子か杏にな。千景、私と組め。奴の侵攻ルートを限定する」
「わかったわ」
「私も手伝うよ!」
飛び出していった若葉達を見ながら珠子は旋刃盤を軽く撫でる。
「飛び道具なら狙いやすいってことなんだろうけど…」
若葉や千景、友奈の攻撃をサイドステップやバックステップ、時にはジャンプして避けていく進化体を見ながら──
(なんとかなるのか…?)
「タマっち先輩?」
「うん?」
「急に黙って、どうかしたんですか?」
「ああ、うん。あいつを、タマがどうにかできるかってな。確かにタマも遠距離戦はできるけど杏ほどの自由度は無いからな」
「そうですね。でも、やり方次第だと思います」
「そうだな」
進化体が近づいてきている。珠子は進化体の動きを注視する。
「…そうか。杏、頼みたいことがある」
「何か思い付いたんですか?」
珠子は自身の考えを伝える。杏は頷き──
「確かに…。それならいけるかもしれませんね。無理だったとしても、若葉さん達なら気がつくと思います」
「うし!じゃあ、作戦開始だ!」
駆けてきた進化体に対峙するように珠子は駆け出す。旋刃盤は射ち出すことなくバッシュ──盾として殴りかかる。
それを進化体はバックステップで距離を開けようとし、珠子はそこから腕を振り抜いて旋刃盤を放つ。そこからサイドステップで珠子から見て左へと避ける。
「杏…!」
「はい──!」
杏から放たれた矢が旋刃盤のワイヤーに当たって旋刃盤を強引に進化体へと曲げる。それを──進化体は跳躍をもって避ける。
「そこです!」
空中であれば回避はできない。杏が二の矢を放つ。矢が当たり、進化体の片足が吹き飛ぶ。進化体はまともに着地できずに地上をころがっていくが、すぐに立ち上がろうともがいている。
「そこまでよ」
「終わりだ!」
進化体が立ち上がる前に、若葉と千景の刃が進化体に振り下ろされた。
光となって消滅していく進化体を見ながら、珠子は腰を落とした。
「なんとかなったな」
「タマっち先輩、お疲れ様です」
「おう。杏もいい狙いしてるな」
「それほどでもないですけど…」
「しかし、なんでまだ樹海化が解けないんだ?」
「あれのせいじゃないですか?」
杏の指差す先には星屑の群れの中を水のヴェールを纏いながら飛び、ウォーターカッターや砲弾上の水を打ち出して撃破している奏がいる。
しかも群れから離れてこちらへと向かおうとする星屑を優先的に撃破しながら、群れを統率するように引き連れて戦っている。
「加勢した方がよさそうだな」
「そうですね。いきましょう、タマっち先輩」
「おう!」
勇者達が介入したことで星屑は瞬く間に駆逐されていった。