いつでも自分の信念を突き進むナイチンゲール。だが、最近どこか様子がおかしいようで……?
そんなナイチンゲールを藤丸立香と最近やってきたアスクレピオスが気にかけるお話です。

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ピクシブでも書いてます。お暇でしたら見にきて!
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どこかおかしいナイチンゲールにマスターとアスクレピオスが気づく話

「あなたは何をしているのでしょうか?」

「えっと、婦長? 婦長こそ何をしているの?」

 

 フローレンス・ナイチンゲール。我がカルデアの誇る鉄の女である。軍服をモチーフにした赤い洋服にピンクに近い赤髪を後ろでまとめ、キリッとした目つきと極まった無表情がそのイメージを一層強固なものにする。

 

 そんな彼女がマイルームに戻ったら自分のベッドに座っているのだ。戸惑うのも無理ないというものだ。

 

「私はあなたの帰りを待っていました。おかえりなさい」

「はい、ただいま……」

「ハイ、いい返事です。あいさつは心を豊かにし、健康に直結していきます。これからも続けていきましょう……ところで、あなた、怪我をしていたでしょう?」

「……えっと、それは……」

 

 この人を見るとまるで戦車のように思えてくる。決して止まらないうえに、自分が正しいと思う道を突き進む大戦車だ。そんな彼女に詰め寄られた僕はたまらず、目を逸らすは変な汗はかいてくるは大変な事になってしまう。

 

「私、安静にしていなさい、と言ったはずですが、どういう事でしょうか?」

 

 無表情な彼女がさらに寄ってくるのでジリジリと後退していくが、やがて壁際まで追い詰められる。その状態で顔の両端すれすれを彼女の両手で囲われ、逃げ場を失う。いわゆる、壁ドンというやつだ。

 

「……大丈夫かなって……ヒッ!?」

 

 壁からメリッという音が聞こえてくると共に彼女の低い声が合わさり、恐怖を増長させていく。このマイルーム、度重なる破壊を受け、かなり頑丈になっているはずだが、まだ、改良する余地があるらしい。

 

「……大丈夫かな? ですって……?」

「うん……傷口も塞がったし、身体の調子も良かったから……」

 

 その時、婦長の目が確かにギラッと光った。アサシン、両義式さんのような魔眼は持っていないはずなのに何故だか命を握られた気分に襲われる。

 

「いいわけないでしょう! 傷が開いたらどうするのです!? そこから菌が入ったら? あなた、一体どうするの!? あぁ、あぁ、信じられない、信じられないわ! あれだけ、暫く安静に、と言っておいたはずなのに!」

「ごめん、ごめんってば!?」

 

 手を押し当てていた壁が砕けてしまうんじゃないか、というほどにメリメリと音を立てる。僕は必死に謝りながら、何とかして彼女から逃れようと試みる。だが、首根っこを掴まれたと思うと、次の瞬間、ベッドに放り投げる。

 

「グエッ!?」

「全く! そこで寝ていなさい! 今、治療します!」

「治療!? 治療なのになんで拳銃取り出すの!?」

「安心しなさい。必ず治療してみせます。あなたの命に代えても」

「本末転倒だからね!?」

 

 必死に抵抗するも、サーヴァントの力に勝てるはずもなく、彼女に身体を掴まれる。こんな形で上半身と下半身がお別れする羽目になるとは思わなかったな、と思っていたら、彼女はその取り出した拳銃を脇に置くと特に何をする事もなく、僕をベッドに寝かしつけただけだった。

 

「……えっと、婦長?」

「……安静に、と言ったでしょう? 今のあなたの状態では寝るのが一番だと判断したまでです。ですが、あなたがもっと良い治療法をと、言うのであれば仕方ありません。多少乱暴になりますが……

「いや、良い!? これが一番だから! わー、何だか眠くなってきたなー、凄いや、婦長の言った通りだー」

 

 危うく、僕のビックリ解体ショーが始まるのを何とか回避し、下手な演技を添えて、目をつぶる。今は彼女に従うのが賢明だ。大人しく目を瞑って、眠たそうにしてみせると、彼女も納得したように頷く。

 

「そうですか、何よりです」

 

 しかし、婦長はどこに行くともなく、僕のベッドの備え付けの椅子に座ったかと思うと、僕の顔を凝視し始める。それを薄目で確認した僕は堪らず彼女に苦情を申し伝えた。

 

「……何か僕の顔についている?」

「いえ、そういうわけではありません……ただ、何故かあなたの顔を見ていたかっただけです」

「そう? なら良いんだけど……」

「ええ、私の視線など気にしないで、お休みになられてください」

「うん……」

 

 そうは言われたものの、婦長のあの眼で見られては気にするなというほうが無理な話だ。ひしひしと伝わってくる圧力に耐えかねていると、今度は婦長の方から僕に話しかけてきた。

 

「……起きていらっしゃいますね?」

「……え? うん、まぁ……というより、あんまりその見られると恥ずかしいというか、気が散るというか……

 

 人体のスペシャリストである彼女を狸寝入りで誤魔化す事なんてできる訳もない話だ。観念して、彼女にやめてくれと言う。それを彼女はいつもの無表情で黙って聞いていた。何だか変だ。いつもの婦長だったら、こんなにこちらの話を聞く事などないはずなのに。

 

「……わかりました……この方法では疲れが取れないという事ですね。では次は入浴による治療を……

「あのさ、婦長、何かあった?」

「……何か? というのはどういう事でしょうか。私に何か変なところでも?」

「いや、なんかいつもより、行動に迷いがあるというか何というか……」

 

 そう。あの婦長の行動が一貫していないのだ。拳銃を取り出したかと思えば、何に使うでもなく、ベッドに放り投げても寝かしつけるだけ、僕が苦情を言えば、今度は入浴しようとか言い出す。彼女は確かにバーサーカーでその思考も常人には理解し難い事もあるが彼女には彼女なりの思考があるのだ。それがいつもとどこかずれている。

 

 これがフローレンス・ナイチンゲールでなければ、まぁそういう事もあるだろう、と思うかもしれない。だが、彼女がフローレンス・ナイチンゲール、鋼鉄の白衣とも称される女性である以上、そのずれはどこまでも違和感を与えるものだ。

 

 だが、僕の話を聞いていた婦長は意味がわからないという風に首を傾げるだけだった。それどころか、彼女は握りこぶしを自分の太ももに叩きつけた。

 

「私に迷いが……? 何を馬鹿な……患者を治療するのに私が迷うはずがありません! さぁ、馬鹿な事言ってないで、早く寝なさい!」

「ドハァ!」

 

 結局、婦長は僕を再度寝かしつけ、マイルームを出てしまったのだった。

 

 嵐が過ぎた後のような静けさにようやく、息を吐く。

 

「ふうむ」

 

 さっきの婦長、やっぱりどこか変だ。

 

 あの婦長が患者を見逃した? 目の前の病人は誰であれ何であれ必ず癒そうとするあの婦長が? 

 

 何かあったのだろうか。あの婦長が考え方を変えるようなきっかけが。誰かに相談してみようか。でも、誰に相談すればいいのか。婦長はバーサーカー。基本的に意思疎通は難しい。聞いているようで聞いていない。聞いていないようで聞いているそれが婦長だ。他の言葉を喋れないバーサーカーよりは意思疎通は図れるがそれでも難しい事にかわりはない。

 

 そんな風に悩んでいると、我らが後輩、マシュ・キリエライトが部屋に入ってきた。慌てた様子でベッドに寝ている僕を見て駆け寄ってくる。

 

「先輩、ご無事ですか!」

「やぁ、マシュ。どうかした?」

「先ほど、清姫さんが愛の秘薬入りケーキを作成したとエミヤ先輩から情報を頂きまして、心配になって駆けつけた次第です!」

「……また、何でそんなものを……でも、大丈夫だよ。清姫は来てないから。ありがとう、マシュ」

「そうでしたか、良かったです……あ、こちらに失礼してもいいですか」

「あぁ、いいよ」

 マシュはさっきまで婦長が座っていた椅子に座ると、寝ている僕を覗き込む。

「先輩はどうして寝ているのですか?」

「ん? あぁ、さっきまで婦長がいてね。安静にしなさい、って寝かしつけられた」

 このまま話すのは失礼だと思い、僕は上体だけ起こしてマシュと向き直る。

 

「そうだったんですか。相変わらずですね、ナイチンゲールさんは。さっきも吐血した沖田さんを抱きかかえて医務室に直行していましたよ」

「パワフルだね。でも、何か違うな、ってさっき思ったんだよ」

「そうなのですか?」

「うん。それがねさっき、婦長、僕を見逃したんだよ」

「え? ナイチンゲールさんがですか?」

「うん。変だよね。マシュ、何か知らない?」

「……そうですね……ですが先ほども特に変な様子はなかったと思いますが……」

 

 マシュは指を顎に押し当て、考えるが特に何も思いつかないようで、すいませんと頭を下げる。

 

「いや、いいんだ。僕の気のせいかもしれないし。それより、清姫は愛の秘薬なんてどこで手に入れたんだろう」

「それがアスクレピオスさんから貰ったそうです」

「アスクレピオスから? 持っていてもおかしくないけど何でそんなものを清姫に渡したんだろ……」

「それはわかりません……先輩気をつけてくださいね」

「うん」

 

 この後、普通にしては僕が食べてくれないと判断した清姫が秘薬入りケーキをカルデアキッチンのケーキブースに紛れ込ませるという事件が発生するがそれはまた別の話だ。

 

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「あ、アスクレピオス」

 

 数日後、廊下を歩いていると、医神に出会った。いつも通り、黒い手術服を身に纏いペストマスクを被っていて、何やらキョロキョロと辺りを見回している。

 

「何だ、マスター。怪我か? 病気か?」

「いや、健康体だよ」

「つまらん……」

「本当にがっかりしないでよ」

「……全く、最近は僕を何でも屋の薬売りとでも思っている輩が増えてな。あの、水色の髪の娘なんてうるさくてかなわん。お前の後ろにいたりしないだろうな?」

「いないと思うよ……あ、そうだ。清姫に愛の秘薬渡したでしょ」

「あぁ、弱いものだがな。あの娘、嘘には気づくと聞いていたからな。渡したものは本物だ。これなら嘘ではあるまい」

「さすがだね。医神様」

「ふん。いつの時代だって、患者とは愚かで困る。言う事など聞きはしない。全く……」

 

 アスクレピオスはそう言って肩を落とす。彼はいつだってそうだ。常に医療の発展を目指し、研究をやめない。そして、患者であれば絶対に根治するまで、諦めようとしない。彼が召喚されたお陰でカルデアの医療レベルは更に上がったのだ。

 

「婦長やアスクレピオスがいれば、どんな病気も怪我も平気だね!」

「ふんっ……ところで、最近、あの看護師は息災か?」

「え?」

「いや、少しな……」

「何かあったの?」

「まぁ、些細な事かもしれんが、何かいつもと違う気がしてな……だが、僕の全くの勘違いかもしれん」

「いや、そうだよ! そうなんだよ! 僕もそう思っていたんだ!」

「そ、そうか……」

 

 思わぬ同意者に勢いよく飛びつくがアスクレピオスからは少しひかれてしまう。

「何というか婦長にしては遠慮しているな、って思うんだけど、どう思う?」

「遠慮か……まぁ、そうだな。それもあるか。だが、遠慮っていう割には昨日、ジルとかいう魔術師の目玉を押しつぶそうとしていたぞ。あれでも遠慮しているのか?」

「……まぁ、それはどうだろうか……」

「何にせよ医療の現場というのは数が重要だ。僕以外にも医療に携わるサーヴァントがいてくれて助かっているのは事実だ。手を抜かなければ、僕は構わんよ」

 

 アスクレピオスはそう言うと、そろそろ研究の時間だ、と言うので別れる事にする。別れ際、彼は何か思い出したのか僕を呼び止めた。

「あ、そうだ、マスター。あの女の事で一つ思い出したんだが、僕に魔術による治療を教わりにきたんだが……」

「え? 婦長が?」

「そうだ。だが、あいつはバーサーカーな上に現代に近い人間だろ。魔術なぞ習っても役に立たんと言ったんだが聞かなくてな。追い返すのに苦労したよ。久しぶりにパンクラチオンを使う事になってしまった」

 

 婦長が魔術を教わりに? 魔術による医療行為なんてバカな事と言っていた彼女が? それが原因なのか? 何か思う事があったのだろうか。

 

「……ちょっと聞いてみるよ。ありがとう。アスクレピオス」

「あぁ、またな。次は治療させろよ」

「そこは無事な事を祈ってよ」

 

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「婦長いるー?」

「はい、なんでしょう。怪我でしょうか? それとも熱?」

「いや、今日は何でもないよ。ちょっと、婦長と話したいなって思っただけだから」

「私と、ですか? まぁ、いいでしょう。ちょっと待っていてください。この書類を片付けたら、すぐに」

「ああ、いいよ。本でも読んでいるから」

 

 そう言って空いていたベッドに座って読みかけの文庫を読み始めると、婦長も納得したのか、途中の書類に集中する事に決めたようで机に向かう。

 

(本当に綺麗な姿勢だよな……)

 

 何気なく婦長の仕事している姿を眺めていると、その姿勢の綺麗さに驚かされる。背筋をピンッと伸ばして、お手本のような座り方をしている。黙っていると彼女がバーサーカーであることをたまに忘れそうになる。

 フローレンス・ナイチンゲール。クリミアの天使。その信念を元にこの世界に看護と衛生を根付かせた偉人。彼女がいなければ、先の大戦で一体どれだけの死者が出たかわからない。

 

「お待たせしました」

「いや、全然」

 

 数分後、婦長が仕事が終わったようなので、治療用の椅子に座る。彼女と話す時の指定席だ。

 

「さて、今日はどうような御用でしょうか?」

「うーん、まぁ、そんな大した用事じゃないんだけど……最近、調子はどう?」

「調子? そうですね。上々です。ですが、最近はインフルエンザなるものが流行しているといいます。あなたもレイシフトから帰ったあとは?」

「うがい手洗いだよね」

「……結構、覚えているようですね」

「あれだけ言われればね」

 

 ある日、いつものレイシフトを終えて帰った際、余りに疲れてうがい手洗いを怠って食堂に直行したことがある。それを婦長に見つかったのだ。エミヤ特製定食をそのままに医務室に連行。うがい手洗いの重要性を峠が超えるまで説教されてしまった。あれ以来、僕はレイシフトを終えたあとにうがい手洗いを忘れたことはない。忘れれば、今度は何をされるかわかったものではない。

 

「……婦長はさ。アスクレピオスの事、どう思っている?」

「ミスターアスクレピオスですか?」

「うん。医神様」

「そうですね……尊敬できる方だと思います。あの技術と知識、人間の領域をはるかに超えたものと推測します。日頃から話を聞きたいものです」

「うん、そうだようね。でも、この間、アスクレピオスに魔術の事について聞いたんでしょ?」

「えぇ、そうですね。ですが、その一回きりです。あれ以来忙しくてなかなか彼に話を聞く事ができていません」

 

 アスクレピオスがいつも違う気がする、というのはこの事ではないだろうか。あの婦長が時間を言い訳に研鑽を怠るはずがない。

 

「あはは……でもさ、婦長、魔術なんて、って、前言ってなかったけ?」

「そうですね。ですが、あの方は医神と呼ばれる方。そうであるならば、彼の技術の根幹にその不可思議な魔術があるというならそれを学ぼうというのは一現場の人間として当然の義務です。貴方も学ぶべき事が多いのでは?」

「……そうだね。でもさ、最近、婦長、どこかおかしいな、って思うんだけど?」

「私が……? 何を根拠に言っているのでしょうか?」

 

 無表情に彼女が首を傾げる。目はずっとこちらを見ているので、人形がこちらを見ているようでなんだか怖い。彼女に気圧されないように負けじと彼女に訳を話す。

 

「この間、ベッドに寝かしつけられた時も何だか一貫性がなかった気もするし、アスクレピオスもどこか様子がおかしいって言ってたよ」

「……なんでしょうか? 思い当たる節がありませんが」

「婦長もしかして、焦ってるんじゃないかな?」

「焦ってる? 私がですか?」

「うん。アスクレピオスっていう医術の神とまで呼ばれる英霊がきて、今までの当てにしてこなかった医療魔術の極致を目の当たりにして」

「そんなはずありません! 確かに私は魔術という神秘的なものを認めてこなかった! そんなものがあるなら、そんな奇跡のようなものがあるなら、あの地獄は生まれなかった! なのにあの地獄は生まれ、そして、人を業火の渦に晒した! その思いで私は今までやってきました!」

「うん。でも、魔術はあるよ。そして、それは神秘でもなんでもない。紛れもなく人の力だ。だからこそ、婦長はアスクレピオスに魔術を教わろうとしたんでしょう?」

「……えぇ……ですが、使えなかった。元がただの人間である私に魔術の素養はなく、よって、私にその技術を習得する事はできませんでした。ですが、それで私が焦るなんて事はありません……」

 

「じゃあ、何で時間がないなんて言い訳したの?」

 

 普段の婦長ならその言い訳はありえない。ありえるはずがない。生前、自らの命を投げ打ち、そして、他人の人生までも犠牲にした彼女が時間がない、なんて言い訳をするはずがないのだ。

 

「……私だって、そう言いたくなる時だってあります……

「そうかもね、でも、それは僕が許さない。マスターである僕がそんな言い訳を婦長がする事を許さない」

「……何を言っているのです、あなたは?」

「婦長はさ。少しくらい弱くなってもいいんじゃないかな? 確かに婦長は魔術を使う事はできない。医神であるアスクレピオスを真似する事はできないよ。でも、それでいいじゃないか。アスクレピオスはアスクレピオスで、婦長は婦長だ」

 

 無意識下のうちに彼女は焦っていた。アスクレピオスという医神が召喚された事。魔術を使う事ができない事。医療と衛生の発展に用いる事のできるツールを使用する事ができない事。これらの事が彼女の霊器を痛めつけたのだ。彼女は本来、英霊たる器であるものの、サーヴァントとして該当するクラスがなかった。そのため、彼女の逸話や信念からバーサーカーとして現界しているという経緯がある。

 そのため、以前も危うく消滅寸前までいく事があった。今回もその無理な現界が原因だろう。

 医療と衛生の発展を祈る彼女の信念とその発展をもたらす魔術を使えないという現実のズレがバーサーカーとして現界した彼女の心に異変をもたらしたのだ。今は小さな違和感かもしれない。でも、それはやがて大きなズレとなって彼女の心を蝕む事だろう。

 そうなってからでは遅い。今、ここで彼女の迷いを払拭しなければならない。

 

「……確かにここ最近の私は迷っていたのかもしれません。心のどこかでもっと良い方法があるんじゃないか、彼、ミスターアスクレピオスならこうするんじゃないのかという事を。ですが、私は納得できません。私が焦って、手を抜いていたなんて……」

「僕も婦長が手を抜いていたなんて事は思わないよ。でも、ただ怖かったんじゃないかな?」

「怖かった?」

「うん。自分ができないという事を切り捨てる事が」

 

 

「……どういう意味でしょうか」

「そうだね。婦長は僕が魔術をカルデアの力がないと使えない事は知ってるよね」

「えぇ、もちろん」

「うん。僕はどうしようもなく平凡な人間だし、今でも僕じゃない誰かが代わりにここにいても、カルデアは大丈夫だって思ってる。でも、それは僕がこれ以上、強くならなくていい理由にはならないんだよ。魔術がもっと使えるようになれればもっと色々な人を助ける事ができるんじゃないかなんて事を毎日のように思ってる」

 

 僕がもっと強ければ。そんな後悔を幾度となくした。あの人もこの人も……救う事ができたのに……その思いは涙となり、まくらを濡らす。だが、どんなに願ったところで僕が魔術をサーヴァントたちのように使う事なんて出気はしないのだ。

 

「でもさ、カルデアの皆が言ってくれたんだ。僕には色々な人と仲良くなれる力があるって。それは誰にでもない僕だけの力だって」

 

 皆がいってくれたのだ。これだけのサーヴァントと契約を結んでいられるのは間違いなく才能である、と。僕に特別に何かをしたという自覚はない。ただ必死に皆の話を聞き、皆の思いを受け止めてきただけだ。

 

「だったら、その力をもっと活かそうって思えた。他の事はできなくてもその力でもっと皆の役に立てるはずだってそう思えたんだ。魔術が使えなくても他の人たちに役に立てる事はたくさんあるんじゃないかってね」

「……」

 婦長は黙って僕の話を聞いてくれている。じっとその綺麗な赤い瞳で僕を見ていてくれる。彼女が僕を信頼してくれている証だろう。その信頼が僕にもう一押しの勇気を与えてくれる。

 

「婦長はロマンがいなくなった後も医療室をずっと支えてくれたじゃないか。あなたがいてくれなきゃ、亜種特異点もクリプターとの争いも乗り越える事なんてできなかった。どこかで確実に終わりを迎えていたよ」

 

 彼女たち、医療班がいてくれたから、僕やマシュは無茶ができた。死ななければ必ず助けてくれると信じていたから僕らは小さな勇気を振り絞れたんだ。

 

 だから、そんな婦長に戻って欲しい。自分の信念を突き進み、僕らを救ってくれた婦長に。彼女に迷いなんて言葉は似合わない。だから……

 

「……これからも力を貸して、フローレンス・ナイチンゲール。あなたの知恵と信念で僕たちを守って」

 

 これが僕のマスターとしての言葉。彼女に送る心からの言葉だ。彼女に届いているかはわからない。僕の空回りで終わっている可能性だってある。でも、それはない、と、僕は彼女を信じる。それが僕のできる事だから。彼女を信じる事が僕の今できる唯一の事だから。

 

「……一つ、いいでしょうか。ミスター・フジマル」

「うん」

「私はそんなにもおかしかったでしょうか? どこか決定的な過ちを犯したりは?」

「そういう事はないよ。ただ少し違和感があったかなって思っただけだし」

「そうですか……それだけで、私の異変に気付いたと。ふふっ」

 

 そう言って、ナイチンゲールは小さく笑う。彼女の笑顔は何というかとても綺麗だった。

 

「ありがとうございます。あなたの声、確かに届きました……そうですね、確かに私はどこかで迷い、焦っていました。このままの自分でいいのか、と。ですが、それは間違いだった。私は私であり、私でしかない……私がフローレンス・ナイチンゲールである以上、私にできる事は自分の信念を曲げず突き進む事。ただ、それだけだった」

 

 ナイチンゲールは僕に向かって片手を突き出す。

 

「握手をして頂けますか? ミスター・フジマル。」

「それが密かな楽しみ、だったね」

「えぇ、覚えていてくれて何よりです。これからもよろしくお願いします、マスター」

 

 僕は喜んでその手を握った。

 

 

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 「ぎゃー!? 沖田さんのこれは霊器に刻まれたものなので治す事なんてできないって何度も言ってるじゃないですかぁ!」

「いけません、諦めては! さぁ、今日こそ私に見せて。あなたの病巣を取り除いて見せます!」

 

 あれから、数日後。今日も元気に婦長は治療をしていた。話をしたあとの婦長はそれまで以上に患者と思う人に突っ込んでは治療を試みていた。沖田さんなんて、今日だけで2回目の検診だ。

 

「なんというか、元に戻ったという感じだな」

「あ、アスクレピオス」

 声をかけられると、ペストマスクを珍しく外した、アスクレピオスが立っていた。彼は振り返った僕の顔を見て舌打ちする。

「あぁ、マスター……ちっ、何だ今日も健康体か……」

「その会うたびに健康だと舌打ちするのやめた方がいいよ」

「ふんっ……最近、患者が少なくてな、困っていたところだ」

「いい事じゃない。健康が一番だよ」

「まあな」

 

 アスクレピオスだって本気で僕に病気になって欲しいわけじゃないだろう。ただ、彼には彼の信念があり、曲げる事のできないものがあるのだ。

 

「お前があの看護師を気付かせたんだってな……さすがは僕のパトロンといったところか」

「いやいや、婦長が勝手に気付いてくれただけだよ。僕はそれを手助けしただけ」

「それができる人間がそういないという事をお前は知るべきだ。それがお前の才能だって事を、な。」

「ありがと、アスクレピオス」

 

 皆が僕を褒めてくれる。その事が僕に勇気を与えてくれる。僕が話しているのは世界に何らかの影響を与えてきた偉人たち。本来なら僕のようなちっぽけな小市民が彼らに何か意見を言うのなんて身の程知らずもいいとこなのかもしれない。でも、身の程知らずで結構。僕が彼らと話していく事で何かに気付いてくれるならそれでいいのだ。

 

「ところでお前の食べているそれは何だ?」

 

 暫く、婦長と沖田さんの戦闘という名の戦闘を眺めていると、不意にアスクレピオスが僕の食べていたクレープを凝視していた。

 

「え、これ? 食堂で売ってたクレープだけど」

「ふむ。うまそうだな、一口よこせ」

「え? あぁ、いいけど」

 

 彼らの時代にはなかったからだろうか。好奇心旺盛な彼は口元を僕の手にあるクレープに寄せ、大きく口を開け頬張る。

 

「……ふむ。美味いな、これ」

「そう? じゃあ、今度一緒に行こうよ」

「いや、今だ。今食べに行くぞ」

「そんなに気に入ったんだ」

 

 いつもの気難しい顔をどことなく緩ませた彼に思わずクスっと笑ってしまう。クレープを頬張る医神様なんてなかなかお目にかかるものではないだろう。

 

「あなた、今、何をしましたか?」

 

 だが、そこを阻む者が現れる。先ほどまで、話題に上がっていた、フローレンス・ナイチンゲールその人である。

 

「何ってクレープを食べていたんだが……」

「何て、不潔な! ミスター・フジマルが食べていたものを食べるなんて! もし彼が病気だったらどうするのです!? 医者の不養生という言葉を知らないのですか!」

「僕を誰だと思っている……マスターが健康であるのなんて、あったときに……って、おい、何をするよせ!」

「いいえ、離しません。治療するので、医療室へ参ります!」

 

 面倒くさそうに顔を顰めるアスクレピオスを婦長が担ぎ上げる。アスクレピオスがジタバタするが彼の力では到底婦長の腕力から脱せるはずがない。

 

「……くそっ、この馬鹿力が……! おい、マスター、見てないで助けろ!」

「できるならそうしてるけど……」

 

 この時の婦長に手出しできるわけがない。僕は連れて行かれるアスクレピオスをただ手を振り見送るしかなかった。

 

「痛い! おい、看護師、背骨が! 背骨が悲鳴を! 離せ!」

「動かないで、安静に。ドクター・アスクレピオス。あなたの健康は私が守ってみせます。あなたの命に代えても」

「それは本末転倒だ!」

 

 どこかで見たやり取りを見送っていると、難を逃れた沖田さんが息をついてこちらにやってきた。

 

「いや〜、助かりましたよ。あの人、全然、人の話、聞いてくれないんですもん。森くんの方がまだ話がわかりますよ……」

「ははっ、でもいいじゃん、元通りって感じで」

「元通り、ですか? ナイチンゲールさん、どこか変でしたっけ」

 

 そういえば、気づいてたのは僕とアスクレピオスくらいだった。他に気づいているといえば、何だかかんだと彼女を気にかけているエドモンくらいかもしれない。

 

「いや、何でもないよ。それより沖田さんこれから、暇? マイルームでお茶でもどう?」

「お、いいですね! 丁度、ノッブにドタキャンされて暇だったところです。行きましょ、行きましょ!」

 

 こうして、カルデアの日常は過ぎていく。フローレンス・ナイチンゲール、彼女もまた、掛け替えのないカルデアの日常を彩るピースだ。彼女がどこかおかしいと僕が気付けたのもそんな大切なピースがはまらなかったからなのかもしれない。これからもこの日常が続きますように。僕は願う。

 

〜了〜

 


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