アイドル戦国時代と呼ばれるこの時代においても、やはりCランクからのアイドルは芸能人扱いを受ける。
ここでいう芸能人扱いというのは、路上でばれるとサイン攻めにあったり何処何処で買い物していたとか呟かれたり、凡そプライバシーという言葉を異次元に放り投げられたかのような扱いの事だ。
勿論、こういった扱いを受ける事はいくらファンのためだったりするとはいえアイドル達に無駄な負担をかける。
なので、我が3110プロダクションでは積極的に外出するときは帽子や眼鏡などで顔を隠す事を推奨している。
眼鏡をかけるだけでも顔の印象が変わったりするので、度無しの伊達眼鏡も人数分買ってきたくらいだ。
――一度、そう推奨した後にサングラス+帽子+マスクで北斗が出社してきたためだが。
あのイケメンオーラが隠れるととたんに背の高さから来る威圧感で怪しさ満点であった、実際外に出てみれば警官の方がマークしていた。アイドル事務所に入っていったのと合わせて危険な香りがしたからだと思う、北斗本人も
つれて来て説明しなければずっと張り付かれてたかもしれない。
そういう事もあって、ウチの会社ではこちらから変装グッズを提供する事になったのだが……
「――――胸囲の隠し方とか、男の俺に考えろっていうのは酷じゃないですかね」
「もぉー?」
「驚異の胸囲……ふふっ」
「あ、アタシも一緒に考えてあげるからさっ! だからあんまジロジロ見ないのプロデューサー!」
――及川雫、胸囲驚きの三桁の持ち主である。
そんな胸の隠し方なんて俺が知るわけがなかった。
あと、楓さん自重しよう。
事の発端はウチのプロダクション全員分の曲を詰めたCDにつける、特典DVDの撮影現場に向かう所となった時だ。
いつも乗り回してた送迎車が車検切れして、ちょうど撮影現場が事務所の近くだったというのもあって徒歩にて向かうことにした。
これに若干ぶーたれたのは美嘉と翔太だったが(冬だからあまり寒風にあたりたくないのだろう)
マフラー巻いて臨戦態勢の楓さんには勝てなかったようで、すぐに支度を始めた。
と、ここで問題が一つ。いくら顔を隠していたとしてもぞろぞろと向かってはバレやすくなるのだ。
ウチの三人娘とジュピターのオーラが混ざって最強に見える――というのは冗談だが、同じプロダクションで同じCMや雑誌に載ることが多いため、並んで歩けばピンとくる人も出てくるだろう。
そういうわけで二手に分かれて撮影現場まで行く事になったのだが、何の因果かぐっぱで分かれたのにジュピターと三人娘with俺という編成に。 (北斗と楓さん、翔太と美嘉が何かアイコンタクトをしていた気もするが)
まぁ女性だけでいかせるよりは……とそのまま向かう事になったのだが。
あれを音にするならば、まさしく『どたぷ~ん』だろうか。雫の胸の脅威を俺は度外視していたのだ。
元より、眼鏡等で顔を隠してもじっと見続けられればバレるのは明らかである。
そうして見続けられて確信をもたれないように当たりにまぎれるための変装グッズであったが、そんなの関係ねぇ! とばかりに自己主張する胸に、あたりの男性や一部女性の目が向かってしまっては意味が無い。
その後は意を決した男子高校生が「あっあの! もしかして及川雫ちゃんですかサインください!!」と声を張り上げれば否定する間もなく
近くの女子高生が「あーっ! “カリスマギャル”の城ヶ崎美嘉じゃん!」と叫び、
後ろの会社員が「あっ、高垣楓さん! ドームライブ見に行きました俺!」と、明らかに重要そうな書類に向けてサインを強請る。
騒然とした公道から三人の手……は物理的に無理があったので、この中では一段と背の低い美嘉を抱いてから撮影現場まで逃げ出したのはつい最近の事である。
その際色々と美嘉の身体を触れてしまったのは不可抗力なので情状酌量の余地はあるだろう。
真っ赤になった美嘉には聞く耳を持ってもらえなかったが。
「べ、別に嫌だったとかってわけじゃないけどさ……やっぱアタシも女の子としてお姫様だっこは嬉し恥ずかしなんだってば」
少し落ち着いた後での美嘉の談である。外見はギャルだが実に乙女な美嘉らしい。
後ろで手を広げて準備完了している25歳児にも見習っていただきたい所だ。
「……プロデューサー、早く?」
へいへい分かりましたよ楓さん……………軽っ!
身長俺と殆ど変わらないのに……
「楓さん、今度俺と食べに行きましょう」
「えっ……ど、どこへですか?」
「どこかバイキングのあるところで。楓さん軽すぎます、もう少し食べないと」
「……ホテルのフルコースなら、考えてあげます」
「むくれながら高いご飯頼まないでくださいよ……経費で落ちないよなぁ」
アイドルの体調管理もプロデューサーの仕事、という事でなんとか経費で落とそうそうしよう。
ともあれ、撮影には無事間に合って帰りには自分の車を出してきて事なきを得たのだが。
流石に毎回自家用車を出すわけにはいかず、俺と女性陣とはその驚異の胸囲――いかんな、楓さんに毒されている。
雫のおっきなおっぱいの隠し方について議論する事になった……この言い方もひどいな。
ちなみに何故俺がいるのかというと変装用の服は会社の経費で落とすからだ。
雫だけ自腹というのもあれだからな。
と、いうわけで。
まず雫が言うように衣装の方から胸元を隠すタートルネックの服を借りてきたが……
「ちょっときついですー」
きついっていうか、胸ががっつり服を伸ばしてしまっていて逆に胸が強調されてしまっている。
こんな女の子隣におったら凝視するってレベルじゃないくらいに。
「っていうか、タートルネック系の服だとボディーライン強調するから逆効果でしょ!」
「そうなんですかー? 私ツナギが多いから良くわからなくて、とりあえず胸元が隠れそうなものを選んだのですけどー」
「流石カリスマギャル、服に関する知識は当てになる。」
……最初から美嘉に頼っておけばいいのではなかったのだろうか。
そうは思ったが、口には出さない俺であった。
――――数時間後。
ジュピターのマネージャーとしてファストフードのCM撮りの送迎を終え、楓さんの新曲の収録へ向かう。
そのために事務所に戻ってきたのだが……
「何で雫は俺の服着てんの?」
「ぴったりですー」
「私たち、普通の女性と比べると背が高いので。だから、美嘉ちゃんのオススメする服が……」
「全部、入らなかったと」
「うう……背が高いだけならいいものあったのにぃぃ……」
戻ってきた俺が見たものは膝をついて落ち込んでいる美嘉と、俺の上着とコートを着てご機嫌の雫。
そして何故か自分の服の上にワイシャツを羽織るという良く分からないファッション状態の楓さんだった。
本当に、わけがわからないよ。
「普段着がツナギだって聞いたので、それならいっそのこと男物のシャツならって思ったんです。
それと、インナーを着るようにしてみました」
「はぁ、確かに丈は長いですから隠せますけど……それと楓さんが俺のシャツを羽織っているのと何の関係が?」
「……ふふっ、ぐっときません?」
「出来たらワイシャツ一枚でやってほしいですね」
「それは……恥ずかしいので」
恥ずかしくなかったらやってくれたんだろうか。
そんな軽口を叩く前に楓さんはさっとワイシャツを脱いでバッグにしまい……っておい。
「なにしてんですか楓さん」
「結構、あったかかったので……部屋着にしようかな、と」
「いや、俺のなんですけど……それ、三枚ワンセットの奴ですから普通に買ってくればいいですよ」
「じゃあ、今度同じの買ってきますから」
「意地でもそれは奪い取るつもりですかそうですか」
まぁ、大して愛着があるわけでもない。
時間もおしているので落ち込んでいる美嘉もレッスンのために連れ出す準備をさせなければいけないし、
ここで押し問答をしている場合ではないだろう。
「分かりました、差し上げます……代わりのシャツはちゃんと買ってくださいよ」
「ありがとうございます」
そう言って薄く笑う楓さんは神秘的な美貌が増す。
が、その笑顔もさっきまでの子供じみたやり取りの後では神秘度が半減しているので俺がその笑顔に見とれる事はなかった。
それに収録に向けて作曲家の先生にも会わなければいけない、あの先生はだらしの無い格好が嫌いな潔癖症なのだ。
俺はネクタイの曲がりが無いか確認するために更衣室に向かった。
――――ふふっ、プロデューサー。 大事にしますよ。
呟くような声が聞こえた気がした。
――おまけ。楓さんを現場に送り美嘉のレッスンについていく途中の話だ。
「ちなみに美嘉、雫にどんな服着せようとしてたんだ?」
「アメリカンスタイルって感じの、いっそ隠さずに見せ付けたほうが逆に浮かないって思って」
「……美嘉のステージ衣装みたいな感じ?」
「あれよりちょっと露出少ない感じ? でも、肝心のそういう服が……外国から流通待ちって……」
「海外級のスタイルって事か……アメリカツアーとかあったら、その時に買ってくるしかないか」
だが、そもそもアメリカツアーを計画できるような資本力が我がフロダクションには無い。
結局雫の変装スタイルは俺の服という事になった。
……私服を増やす事にしようと思う。
アニメ二期のオープニングのはるかっかみたいにアイドル達の変装事情考えてたら出来た。
でも実際雫ちゃんとか隠しようが無いよね。