旅館の若き女将と小説書き   作:抹茶のぷりん

3 / 6
少しだけですがプロローグを修正しました。
対して変わっていないので内容的には問題ないと思います。


第1章 それは終わりか始まりか
第1話 冬月旅館最悪の日


「すみません神子戸さん。大変見苦しいところを見せてしまいました。」

幸ちゃんが泣き始めてから30分が経ち、少し落ち着きボサボサの髪を整えた幸ちゃんと五月雨、俺はロビーで机を囲んで座っている。

「俺は大丈夫だけど…」

俺は五月雨を見る。

「何があったか言ってもいいか、幸。」

五月雨の問いかけに幸ちゃんは頷く。

「もうここらの旅館には知れ渡っていることだから隠す必要はないって言えばないが、できるだけ口外しないでくれ。下手すりゃウチが潰れることになるかもしれねー。」

五月雨は珍しく真面目な顔をして話し始める。

 

〜1週間前〜

「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!」

うん。今日も幸は可愛い。

今日は女将が外の方へ出かけており、幸が実質女将の代わりになっている。

もちろん他の従業員も働いているが、幸の人気は格別だ。

と言うのもこの時期は雪もだいぶ溶け、スキー目当ての客が来なくなり、高齢の夫婦が大部分を占めるため健気に働く幸を見て癒されるのだとか。すげー分かる。

私が幸を眺めていると幸は私が見ていることに気づいたようで、

「…?和樹さん?どうかしました?もしかして髪跳ねちゃってます?」

そう言って慌てて髪を確認する幸。

いとエモし。

「和樹ちゃん。そんなにニヤニヤするのやめなさいな。女の子なんだから。ウチの夫と同じような顔してるわよ。」

そういうのは私の下宿先の雨宮さん。

実はたまに冬月旅館の掃除もしてくれている。

なんたってこの旅館の部屋数はとても多い。

とてもじゃないけど私達じゃ全ての部屋を毎日掃除するのは難しい。

私も高校通ってるし。

雨宮さんはおまけに料理も上手い。

と言うか主婦の仕事は人より数倍上手い。

幸も時たま家事を教えてもらっているらしい。

「そうは言っても幸は可愛いすから。こればかりはどうしようもないっす。」

私も思う。正直幸を眺めている時の私は他人から見れば完全に変態だ。

そう言えば完全変態ってどっかで聞いたな。授業で言ってたっけ?まあいいや。

「和樹ちゃんの幸ちゃんへの溺愛っぷりは本当に尊敬ものね。それじゃ帰って夕飯の準備をしてくるから。」

そう言って帰っていく雨宮さんを見送りつつ私は問題の部屋へと行く。

問題の部屋へと向かう途中、後ろから可愛い足音がこちらへ走って来る。

私レベルにもなると足音だけでも幸だと分かる。

幸検定一級取れるんじゃないだろうか。

「和樹さん。あの部屋に行くんですか?」

幸は嫌そうな顔をして聞いてくる。

「一応客だし?しょうがねーかんな。」

私の発言でなんとなく分かるだろうが、問題の部屋の客はクレーマーだ。

旅館で働いていると大抵はあるものだ。

今回のクレーマーは『部屋の景色がネットで見たものと違う』という初級クレームだから対応も比較的楽。

だったのだが、なんと面倒なことに宿泊費を返金してくれるまで部屋から出ないと言い出したのだ。

普通のクレーマーの場合は1つ安めのサービスでも無料でやれば満足するものなのだが。

「私もついて行きます。少しは和樹さんに恩返ししたいですから…」

なんと可愛いのだろうか。今ならあの客にも負けそうにない。

そんな私のやる気に反し、外は黒い雲が広がっていた。

 

私と幸の2人は問題の部屋の前へと到着した。

私がノックをすると「どうぞ。」という女性の声がした。

私と幸の2人は顔を見合わせる。

今回のクレーマーは中年の男1人で来ているはずだ。

正確には2人で予約していたのだが、連れが来れなくなったと言っていた。

不思議に思いながらドアを開け、短い廊下を通り襖を開けると、声の主と思われる40代前半くらいに見える女性とクレーマーの男がいた。

クレーマーの男は私達と目を合わさないようにしている。

「ごめんなさい。ウチの主人が。返金しろとか言ってたのでしょう?おまけに私の分までキャンセルしてるなんて…」

話を聞くと、元々男と女性は夫婦で泊まる予定だったらしい。

ウチへ来る際女性は温泉地を観光したかったらしく、男だけで先にチェックインをした。

その時に男は宿泊費を安く済ませようと女性の分をキャンセルしたのだ。

女性がウチに着いた際、部屋に湯呑みが1つしかなかったのを不審に思い、男を問い詰めたところ発覚したそうだ。

「私の分もきちんと払うから、一晩泊めてくださる?」

女性は説明し終えた後遠慮がちに聞いてくる。

「もちろん大丈夫です!元々2人でのご宿泊予定でしたので。」

幸は笑顔で答える。

その幸の笑顔に罪悪感でも生まれたのか、男は頭を下げて謝り、このクレームは解決をしたのだった。

 

「良かったですね。無事解決して。」

私と幸は来た廊下を通りロビーへと戻る

「クレームがないのが1番いいんだけどな。」

私も幾度となくクレーム対応をしてきたが、やっぱり特殊な人もいるわけで私の思った通りにはいかない。

そろそろクレーム対応マニュアルを作り替える頃合いだろうか。

ロビーに戻った時ふとテレビを目にした。

この時間は大抵ニュース番組が多いため、お笑い好きの私にとってはつまらない。

しかし今日はそのニュースに見入ってしまった。

ニュースの内容は高速道路での玉突き事故。

ここからそう遠くないところで起きたようだ。

死者は確認されているだけでも12人、重軽傷者は15人。

近年稀に見る大事故である。

こういう事故のニュースは見ていて心を痛めることはあるがそれ以上は無い。

だが、何故かこの事故のニュースからは何か変な胸騒ぎを感じた。

「怖いですね。こういう事故は。」

隣にいる幸も同じ胸騒ぎを感じているのだろうか。

少し不安そうにしているようにも見えた。

その時突然フロントの電話が鳴り始めた。

私達の位置からは遠く、取ったのは他の従業員。

「はい。こちら冬月旅館です。ー」

その従業員が話し始めるのを見て私は再びニュースを見る。

「はい。ウチは冬月旅館で間違いないです。ーーーーーーーえっ?女将が⁉︎」

その従業員の声に私と幸は振り向く。

「ーーーーーーはい…………………すぐに向かわせます…」

従業員の声は最後の方へかけてだんだんと窄んでいく。

「お母さん……女将に何かあったんですか?」

幸は不安そうに従業員に聞く。

「幸ちゃんは和樹ちゃんと石江病院に向かって。仕事は私達がなんとかするから。」

私も幸も病院と言う単語を聞き、全ては分からずとも女将に何かがあったことだけは悟った。

 

石江病院自体はそう遠い距離ではない市街地へと出ればすぐに着く。

市街地も10分もあれば着く位置だ。

だが私にはその時石江病院までの道のりはとても長く感じた。

普段なら気にならない赤信号の待ち時間も無限のように感じられた。

石江病院に着いた時外は大雨だった。遠くで雷も鳴り始めている。

けたたましい救急車のサイレンが遠くから聞こえてくる。病院内に入るとかなり慌ただしい様子だった。

受付を訪れるとすぐに1つの病室へと通された。

「お母さん!」

病室に入るや否や幸は白い布を全身に巻かれ、人工呼吸器をつけた女将の元へ走った。

女将は幸の声が聞こえたのか薄く目を開き、顔を傾ける。

私の後ろからついて入ってきた医者は悔しそうな顔をする。

私はその時点で女将の死を悟った。

「最善を尽くしました。尽くしたつもりです。だが力が及ばなかった…」

私はこの医者の異常なほどに悔しそうな姿に驚いた。

医者は何人もの患者を相手にするため1人1人に感情移入していれば拉致が開かないものだ。

だからここまでは悔しがらない。

「私は救えるかもしれない命を救えなかった。医者として失格だ。」

それだけ言うと医者は病室を去ろうとした。

「先生は最善を尽くしたんすよね。なら、立派な医者っすよ。こんな女子高生に何が分かるのかって思うだろうすけど、私は知ってるんすよ。」

最悪の医者、失格どころではない悪魔のような医者を。

「だから、やめようなんて思わないことっすね。」

その医者は私の言葉に何かを感じたのか。はたまた何かを思い出したのか。

医者は手術室の方へと走り出していった。

事実、女将が今少しの時間でも生きているのはさっきの医者のお陰だ。

「…………………幸…」

女将は声を絞り出す。

「お母さん…もう喋らなくていいから!」

幸は涙を目に浮かべ女将の手を握る。

女将は私の方へと顔を向ける。

「かず…ちゃん…さち……を………よろし…くね…』

そう言うと女将の手は幸の手から溢れ落ちた。

心電図の緑の直線。これを再び見ることになるとは思わなかった。

 

夜が開ける。仮眠室の窓の光で私は目覚める。

女将が息を引きとった後医者から詳しい話を聞いた。

死因はニュースでやっていたあの事故。

嫌な予感というものは当たってしまうものだ。

しかし、客には関係のないことと言われればそれまでだ。従業員総出で対応に追われている。

私は少ない時間ながらも仮眠を取ったが、幸は眠らずに従業員の人に指示を出していた

幸はお手伝いをしていただけとはいえ女将の仕事は覚えている。

母である女将から大体のことは教えてもらっている。

女将亡き今、冬月旅館は臨時休業をせざるを得なくなった。

客には事情を話し、他の旅館に移ってもらうしかなかった。

仮眠室のドアが開く。

そこには青い顔をしてフラフラと入ってきた幸がいた。

目の下にはクマができていて、感情の死んだ目をしている。

いつもの可愛い幸とは真反対だ。

「和樹さん…10分間だけ寝かせてください。」

今にも消え入りそうな声で言う。

そして次の瞬間にはソファに倒れ込んだ。

幸には悪いが、10分間じゃ女子小学生の睡眠時間は満たされない。

私にも幸ほどではないが少しくらいなら指示を出せる。

私は仮眠室から出て仕事へと戻る。

幸が起きたのはそれから5時間後のことだった。

 

「そこから通夜、葬儀と終えて幸は疲れて部屋に引きこもってしまったってことだ。」

俺が幸ちゃんを見ると確かに疲れた顔をしていた。

思い出すのも酷なものだろう。

だが俺はそれだけではない冬月旅館の違和感感じていた。

「他の従業員はどうしたんだ?いくら臨時休業とは1人や2人掃除というか旅館の維持に来ているものだと思ったけど。」

俺が聞くと五月雨は目を伏せた。

「他の従業員の方は葬儀の後にほとんど辞めてしまいました。しょうがないといえばしょうがないことなんですが…私みたいな頼りない女将じゃ…」

非情なものである。いくら前女将に助けてもらったとしても自分の人生がかかっている。幸ちゃんの言う通りしょうがないことなのかもしれない。

冬月旅館の次代の女将は幸ちゃんということで前女将が生きている時から既に決まっていたらしい。

他の従業員にできないこともないが、仕事をきちんとこなせるかどうかは五分五分だそうだ。

「お母さんがせっかく残してくれた旅館だし、和樹さんや他の残ってくれている人にも悪いですけど、もうこの旅館は続けられないかと思います。」

幸ちゃんの言葉に五月雨も悔しそうな顔をする。

「まさか幸ちゃん。この旅館売る気じゃないよね?」

幸ちゃんは下を向いたままで否定をしない。

俺としても1度しか泊まってはいないが、この旅館が無くなって欲しくはない。

どうすればこの旅館を救えるのか。

俺の小説を書く脳しか無い頭ではそれを考えるのは無理な話だ。

「幸。私は絶対に続けていきたい。この旅館は私にとって生きがいだから。」

五月雨は顔を上げ、強くも悲しい表情で幸ちゃんを見る。

幸ちゃんも顔を上げるが、その表情は今にも泣き出しそうだ。

「でも、私にはどうすることもできないんです…再開するには従業員数が圧倒的に足りない…」

どうすることもできない自分がもどかしい。

その時、旅館の自動ドアが開かれる。

「幸ちゃん、和樹ちゃん今日はロビーに集まってるのかい?……その人は?」

ドアから入ってきたのは40代くらいの女性だった。

「雨宮さん…お久しぶりです。この方は一度ウチにお泊まりいただいた神子戸さんです。」

幸ちゃんによるとこの女性は雨宮橙子さん。

五月雨の下宿先の人らしい。

「幸ちゃん。幸ちゃんは冬月旅館を続けたいんだね?」

雨宮さんは冬月旅館の現状を知っているようだった。

「それはもちろん続けたいです…」

その幸ちゃんの言葉に雨宮さんは少し考え、なぜか俺を見る。

「神子戸くん。冬月旅館で働いてくれないかな?」

 




次の更新はかなり先になると思います。
それとあらすじはこの話が投稿される頃には書いてあると思います。

登場人物紹介に雨宮さんを追加!(謎の!)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。