虞美人、後輩の息子を育てる
「ねぇ、叔母ちゃん、叔母ちゃん」
「誰が叔母ちゃんよ!」
私の腰ほどの高さの位置からの声に思わず怒鳴る。だが、その声の主はニコニコと笑い、また叔母ちゃん、叔母ちゃんと繰り返す。全く誰に似たのやら。
サラサラの黒髪で片目を隠し、整ったこの顔立ち、顔は完全に母親似だろう。
だが、性格は完全に父親似だ。この人懐っこさとイタズラ好きは間違いなくあの生意気な後輩のものだ。
「叔母ちゃん、腹減った!」
「さっき食べたじゃない!」
「おやつ! おやつの時間!!」
時計を見ると15時。子供にはお待ちかねの時間だ。このお子様、普段は時間なんて気にしないくせにおやつの時間だけは正確なのだ。
「はいはい、じゃあ、今日はチョコケーキよ。今出すから待ちなさい」
そう言って、冷蔵庫にあるチョコケーキを出すためにキッチンにいく。
藤丸とマシュは逝った。カルデアを出て10年。協会の連中の手にかかって。
みんなが悲しんだ。みんなが泣いた。
どうして、あの二人が。誰もがそう思った。
でも、もうカルデアはない。サーヴァントもいない。
いたのは、私のような特殊も特殊な怪物のみ。
結果として、私はどういうわけかあの二人の息子を預かることになった。
藤丸の両親に預けては両親に危機が及ぶ。そう考えた昔のカルデア職員たちは私をどういう手段を用いたのかわからないが見つけて私に彼らの息子を預けたのだ。
当初の息子は酷いものだった。常に無表情で喋りもしない。一切の感情をなくしたような有様だった。無理もない、突然両親を亡くしたのだ。幼い子供に耐えられるはずがない。
だが、それでも、息子は私との生活のなかで感情を取り戻してくれた。息子の両親を殺したのは人間だから怪物である私には心を開いてくれたのかもしれない。
「はい、お待たせ」
「わーい! 叔母ちゃん大好き!」
「だから、叔母ちゃんはやめなさいって……」
「え〜、じゃあ、ぐっちゃん」
「……ホント、あんた、父親そっくりね」
そう言って失敗した、と思う。息子の前で言うべき言葉ではなかった。思い出して、泣いてしまうかもしれない。
「だって、お父さんの子供だもん!」
だが、息子は気にした様子もなく相変わらずのニコニコとした笑みでチョコケーキを頬張りながらそう言った。
「……そうね」
そんな息子を見て、どこか胸の奥が温かくなるのを感じた。この気持ちにどういう言葉をつければいいだろうか。
「叔母ちゃんどうしたの?」
息子が心配そうに私の顔を覗き込む。
「え? 何がよ?」
「どうして泣いてるの?」
「え?」
手を目元にやる。泣いている。私は泣いているのだ。
「何か嫌な事でもあった?」
チョコケーキを食べるのをやめ、私の元にトテトテとやってきて、その小さな手を私の膝に置く。
(ああ、本当に……)
初めてやってきた頃の面影はもうない。その成長が嬉しい。両親の死を乗り越えた息子の成長が私はひたすらに嬉しかったのだ。
「なんでもないわ」
涙を拭い、その小さな手に手を置く。こんな小さな身体に反して彼が背負う業は余りに重い。とても息子一人では背負いきれないだろう。
そう思っていた。でも息子はそれでも何とかして背負おうとしているのだ。その成長を見届ける義務が私にはある。
それがあいつらのために私ができる最後のお節介なのだから。
「……ねぇ、今度アンタの父さんと母さんの若い頃の写真見る?」
「え!? 見たい!? どこにあるの!」
「秘密よ。アンタがいい子にしてたら見せてあげる」
「本当に? 約束だよ!?」
「えぇ、約束。だから、今は席についてチョコケーキを食べましょ」
「うん!!」
ねぇ、藤丸、マシュ。アンタたちの息子は元気よ。
でもアンタたちの息子って事は何するかわからないから、暫くの間、私が見守ってあげる。
だから、安心して見てなさい。アンタ達の息子が元気に生きる姿を。
私が必ずアンタ達の息子を守るから。