少し時間が飛んで、後輩の息子は14歳になりました。
虞美人、思春期に直面した後輩の息子に一喜一憂する
「ぐっちゃん、ただいま!」
「あぁ、おかえりなさい」
「また、ぐーたらして、そんなに寝転がってばっかだと太るよ!」
「私は精霊だから太らないわよ」
日常。いつも通りの会話。学校から帰ってきた息子を迎える母親の図。
だが、私は母親ではない。この子の親は別にいる。
私は代役でしかない。でも、それで構わない。血の繋がりなんてなくても、確かにそこに絆があるのだと、私は知っているから。
「最近、遅いわね」
「うん。試合前だからね」
夕飯の支度をしながら、何気ない会話を交わす。息子は中学生になった。
あの魔術師を倒してから、さすがに同じ街に住む訳にもいかず、私と息子は別の街へと引っ越した。新しい環境に適応するのは私も息子も時間がかかったが、今ではまた新たなコミュニィを築いている。
「あんな棒で玉を叩く遊び面白いの?」
「野球! 次、そんな事言ったら、絶交だからね! あと、遊びじゃないから!」
息子は野球部とやらに入った。金属の棒で放たれる硬い玉を叩く球技だ。精霊の私には如何とも理解し難い。
「はいはい、ほら、熱くなってないで、食べなさいな」
「はーい」
今日の夕食は白米、ほうれん草のおひたし、お味噌汁、肉じゃが。ザ・和食である。思えば、すっかり私も日本に馴染んだものだ。
息子は箸を持った瞬間、ものすごい速さで食べ始める。最近、育ち盛りなのか食欲がすごい。これくらいものの5分で食べ終わってしまうだろう。
「ぐっちゃん、おかわり!」
「はいはい、今、よそってくるわよ」
昔だったら、なんで私が、となっていただろう。だが、今は不思議とそれが嫌ではない。この子に頼られている気がして悪い気がしないのだ。山盛りによそってやって、息子にくれてやる。
「ほら、どうぞ」
「ありがとう!」
お礼を言うが早いか、茶碗も一緒に食べてしまいそうな勢いで食べ始める。
見ているだけでお腹が痛くなりそうだ。
「あんた、もう少し、味わいなさいよ」
「え? ぐっちゃんのご飯美味しいよ」
「そ、そうかしら?」
「うん!」
15分後、私が漸く食べ終わる頃には息子はご飯3杯をおかわりし、明日の私のお昼にでも、と多めに作っておいた肉じゃがを平らげてしまった。恐るべし育ち盛り。
「あ〜食った、食った!」
「ゴルドルフの真似なんかしちゃダメよ!」
「はーい!」
食べ終わると、息子はゴロゴロと寝転がり、だらしなく寝そべってテレビを見ている。私はキッチンで皿を洗いながら、小言を言うが、息子は返事だけのポーズ。どこぞの男にそっくりだ。
そんな時、不意にピンポーンとチャイムが鳴る。
「……テレビ消して!!」
私は慌てて、息子に指示して、意識を戦闘状態に変える。私たちの家に用事があるなんて普通ではない。もしかしたら、刺客かもしれない。
恐る、恐る、備え付けの防犯カメラ付き呼び鈴のスイッチを鳴らし、画面を見る。そこに映っていたのは……
「?」
女の子だった。年は息子と同じくらい。髪をおさげにして、真面目そうな印象を与えるが、子供のように活発な印象を与えるそんな子だった。
「えっと……」
とりあえず、敵ではないようだ。そして、制服から察するに恐らく息子の同級生。とりあえず、息子に話してみるとしよう。
「ねぇ、この子、知ってる?」
「え? え〜と、あれ? 衛宮さんだ!」
「衛宮さん?」
「うん、うちのクラスの委員長、ちょっと行ってくるね!」
「え? あぁ、うん」
拍子抜けした私はそんな風に気の抜けた返答しかできない。敵かと思ったら息子の同級生の女の子だった。何というか、力の抜ける話だ。それより、衛宮って……どこかで聞いた名前ね……
そんな事を考えていると暫くして、息子が戻ってくると、手に一枚の紙を持っていた。
「何よそれ?」
「あぁ、僕、明日提出のプリントを机に置き忘れちゃってたみたいで、衛宮さんが届けてくれたんだ」
「そうなの、良い子ね」
「うん、衛宮さんはすごい優しいだよ!」
「そう。仲良くして貰いなさい」
「うん! あ、僕そろそろ部屋戻るね」
「え? あぁ、そう」
「おやすみなさい!」
息子はそう言うと元気良く階段を駆け上がり、勢い良く自分の部屋へと飛び込んで行ってしまった。
「変ね……」
この曜日のこの時間帯は息子の好きなテレビ番組がやっていて、毎週かかさず見ているはずだ。それなのに息子は一目散に部屋に飛び込んでしまった。
何故だ。気になる。とても気になる。何だか、無性にちょっかいをかけたくなる。こう何というか、保護者としての血が騒ぐというか……
「よし、こっそり、見にいくとしましょ」
そろり、そろり、と階段を上がり、息子の部屋の前に立ち、聞き耳をたてる。
すると、何やら、ぼそり、ぼそり、と声が聞こえた。声は小さいが精霊である私には聞く事など造作もない。集中して、息子の声を聞く事にする。
「……さっきはありがと……衛宮さん。うん、うん……気をつけるね……」
どうやら、先ほどやってきた娘に電話をしているらしい。用があるならさっき伝えとけばいいのに、全くそそっかしいたら、ありゃしない。
「え? 明日? 暇だけど……映画? 一緒に!? いや、いや、全然いやじゃないよ! 行く! 絶対行くから!」
明日は土曜日だから学校は午前中に終わる。どうやら、息子はあの衛宮という娘に映画に誘われているらしい。あら……これはいわゆるデートかしら……
「うん? 明日、駅前集合だね!? うん! じゃあ、また明日! 楽しみにしてるね!」
息子は最後にそう言って電話を切った。瞬間、獣の咆哮のような雄叫びが響き渡る。
「うっおぉぉぉしゃーーーーーー!!!!!」
「うっさいわね!!」
……思わず飛び出してしまった。この10年近い生活で染みついてしまったツッコミが勝手に発動してしまったようだ。息子は突然、部屋に飛び込んできた私を呆然と見つめると、引きつったような笑みを浮かべる。
「……もしかして、聞いてた?」
「えっと……うん……」
瞬間、飛んでくるは枕。息子が光速が如く速度で枕を投げたのだ。これぞ思春期のなせる技。思春期は物理法則すらねじ曲げるらしい。
「ぐはっ!」
「なんでだよ! なんでだよ! なんでだよう!!!」
物凄い速度で近づいてきた息子に胸ぐらをつかまれグラングランと揺らされる。本当だったら簡単に避けられるがここは避けるべきでないと判断し、甘んじて息子の攻撃を受け入れる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「やっと落ち着いたわね……」
数分後、暴れに暴れた息子は肩で息をしながら、床に倒れていた。私は呆れながら息子の背中をさする。
「全く……どうしたのよ、一体?」
「……ぐっちゃんにはわかんないよ……」
そう言って、どこか顔を赤める息子。この顔ははて、もしかしたらあれだろうか。あの思春期特有の病……ここは聞いてみましょう……だって、面白いから。
「あの娘の事好きなの?」
「え!?」
「だって、あんた、顔真っ赤じゃない」
「え? いや? いやいやいやいやいや!!!! 違う! 違うって!! 僕は別に……!!! うん、そう、そう!! そうだよ、僕はただ衛宮さんと仲良くなりたいだけで!!」
「それを好きだって事でしょうが」
「ぐはっ……いや、違うよ、実はちょっと熱っぽくて……!!!」
こいつ、まだ、白を切るつもりか。そういえば、こいつの親父もマシュへの好意を指摘された時、こんなリアクションをしていたわね……そんなとこまで遺伝するなんて、あいつの血どんだけ濃いのよ。
「あ〜もう、面倒臭いわね! 男なら堂々としてなさい! 好きなら好きって言うの! わかった!!」
業を煮やした私は我慢できず、息子に向かって声を張り上げる。うじうじするのは我が家の家庭方針に反するのだ。
「そんな事言われても……」
だが、未だにグダグダしている息子。ここまで言ってまだ決心しないなんて……全く中学生なんだから、まさか初恋って訳じゃあるまいし……まさかね……
「……あんた、もしかして、初恋?」
聞いた瞬間、ただでさえ真っ赤だった息子の顔は更に真っ赤に染まり、湯気でもたちそうな勢いだ。つまりは図星。甘酸っぱい初恋という事だ。
「ぷっ、アハハハハハハハ!!! あんた、中学生にもなって初恋だなんて!!! 今時小学生でも彼氏彼女がいるっていうのに!! あぁ、可笑しい! ぷっ、ククク……!!」
込み上げてくる笑いに耐えきれずに更に爆笑を続ける私。だって14歳にもなって、初恋だなんて、昔だったら、結婚していても可笑しくないっていうのに!
「あ〜〜〜〜〜もう、うるさいな!!!! だから、言いたくなかったのに!!!」
「天国のあいつらにも教えてやりたいわ! あんた達の息子が恋をしましたって!」
「うるさいなぁ! ぐっちゃんってあの虞美人なんでしょ! だったら、アドバイス頂戴よ! できるよね! 天女さまなら!」
「え?」
「何そのリアクション? あんだけ笑ってたって事はさぞ恋愛経験が豊富何だよね!? 教えてよ! ほら、アドバイス頂戴!」
……アドバイス……恋愛経験豊富……誰が……? 私が……? 何で……?
「どうしたの? ねぇ、ぼうっとして! あ、まさか、アドバイスできないんだ! それなのに、僕をあんだけ高笑いしてたんだ!」
「ぐっ……この……」
項羽さま……私をお助けください……私がこの数千年で恋をしたのはあなた様だけ。恋愛経験なんて、あなたとの蜜月の日々以外にあろうはずがありましょうか。いえ、ありませぬ。故に人間の初恋の助言などできるはずもございません……どうか、この虞めをお助けください……
「あぁあ、傷ついちゃったなぁ、僕とっても傷ついちゃったよ。ねぇ、ぐっちゃん、誰のせいかな?」
「んぎぎぎ……」
返す言葉もない私は歯噛みする事しかできず、息子からの口撃を受け入れるしかない。大体、自業自得というのは自分でもわかっている。だが、ここで負けを認めたら虞美人の名が廃れるというもの。私は勝利に向けて宣言する。
「言わせておけば! あんたに完璧な恋のアドバイスを伝授してあげる! 覚えてなさい!」
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「……で、何で、僕にそれを聞いてくるんだよ! 芥!」
カドック・ゼムルプス。元Aチームの同僚だった男だった。私が正体を隠していたときも、たまに話していた数少ない人間だ。
「仕方ないじゃない、私は知り合いが少ないのよ」
「情けない事を自慢げに語るな!」
カドックを除いたら後、私が話す人間なんて、ゴルドルフ、シオン、ムニエルをはじめとしたカルデアの面々とAチームのペペロンチーノくらいだ。色恋沙汰を相談できる相手なんていやしない。ペペロンチーノは話したら話したらで相談には乗ってくれそうだが、その後もしつこく世間話に付き合わされそうで面倒臭い。
「ったく……僕だって、別に……色恋沙汰に詳しいわけじゃ……」
「何よ、ロシアの皇女さまとは良い雰囲気だったじゃない」
「……何年前の話だと思ってるんだ……もう、10年以上前の話だぞ」
「あんたがその10年以上前の事を片時も忘れてないのは知ってるつもりよ?」
この男はどこか藤丸に似ている。外見とか性格ではない。心の在り方が。だから、私はこいつをある程度信用している。私の正体を知っても、以前と変わらない対応をしているのがその証拠だ。
「……まぁ、いい。で、僕は何を教えればいいんだ? 悪いが、僕とアナスタシアはそういう関係ではなかったんだ……だから、あまり期待されても困るんだが……というか、お前、虞美人なら項羽と夫婦だったんだろ? なら、お前の方が余程適任じゃないか」
「私はその……」
「何だよ……?」
「……人外だから……余り、参考にならないでしょ」
私は精霊で項羽さまは機械。とても14歳の少年に教えられる色恋模様ではない。時代が違いすぎるし、どうしても血生臭さがついてまわる。
「そうか……悪かったよ」
「いえ……それよりあんたの話を聞かせて」
「あぁ……でも、話半分にきいてくれよ」
「わかったわ」
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「これで話は終わりだ」
30分話して、カドックはそう言うと、ふぁ、とあくびをする音が聞こえた。時間は23時半。人間にはそろそろ就寝の時間だろう。
「そうね、参考になったわ、ありがとう、カドック」
「あぁ、何かの役に立てたなら幸いだよ」
「えぇ、今度、息子にも会いにくれば? 確か、一回会ってるでしょ」
「まあな……でも、赤ん坊の時だし、覚えてないさ……それに僕があの子に会う資格はないよ」
「そんな事ないでしょ。あの子だって、あんたが父親の友人だと知れば会いたがるわよ」
「言っておくが僕はあいつの友人なんかじゃないからな! ただの腐れ縁というやつだ」
「それを友人っていうのを私はここ10年で学んだわよ」
「……ふんっ」
それで電話は切れた。カドックのことだから、そのうち日本にやってくることだろう。あいつは未だにクリプターとして動いていたことを負い目に感じているのだろうが、当の藤丸たちはとっくにカドックのことを仲間と思っていたのだ。敵だと思っているやつに子供を見せるわけがないというのに。
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「おチビ、今、いいかしら!」
「うわ! 何どうしたの!?」
カドックから話を聞いて私はすぐに息子の部屋に突撃を敢行していた。息子は自分の机でスマホを弄っていた。勉強するために買った机だというのに、息子の机はとても勉強できる状態ではない。だが、今はそんなこと気にしている場合ではない。
「昨日のリベンジよ、おチビ! 私が恋愛のなんたるかを教えてやるわ!!」
「……あぁ、いいよ……もう、それは……」
今こそ反撃のとき、と意気込んできたというのに、息子のテンションは低い。何というか、拍子抜けである。
「何よ、なんかテンション低いわね……」
「そう? いつも通りだよ……」
「いや、そんなわけないでしょ。何かあった?」
もしかして、また苛めだろうか。一瞬、不安になるが昨日、あの少女がプリントを届けに来たことからそれはないと判断する。どうせ、今日のデートが上手くいかなかったとかそんなことだろう。
「……今日のデート、失敗したんでしょ?」
こちらを向かない息子の肩がビクッと跳ねる。どうやら、図星のようだ。一体、何をやらかしたのやら……
「ぐっちゃんには関係ないでしょ……」
「関係ないなんてことはないでしょう。あんたの保護者は私何だから!」
「うるさいなぁ! もう、放っておいてよ! どうせぐっちゃんに恋愛事、相談したって無駄じゃん!」
そう言って、振り向いた息子は半泣きになっていた。余程、散々な結果に終わったのだろう。ここは茶化さないで真面目に聞いてあげた方がいいだろう。
「無駄なんてことないわよ……いいわ、茶化さないで聞いてあげる。吐き出しちゃった方が楽になるわよ」
「本当に? 馬鹿にしない?」
「ええ、しないわ。本気で悲しんでるやつを馬鹿にする趣味は私にはないのよ」
「……」
それから、ポツリ、ポツリ、と息子は話し始める。簡単に言うとこうだ。
初デートで告白した。そして、まずはお友達から発言。すなわち、玉砕である。
「……」
「……」
「……えっと……」
「な、何か言ってよ! 黙られたら恥ずかしいじゃないか!」
「……あぁ……そうね、ごめんなさい、ちょっと呆気に取られてたわ……」
まさか、息子が初デートでいきなり告白するなんて、思いもしなかった。どうせ父親同様、お手手繋ぐのに4年以上かかるようなヘタレ野郎だと思っていたのに……
「あんた、やるわね……初デートでいきなり告白なんて……」
「……本に書いてあったから……恋の勝利条件は先手必勝だって……」
「それにしたって、大したものよ……」
普通、いくら本に書かれていたからってそれを実行するなんて、なかなかできることじゃない。ましてや、初恋の相手になんて……藤丸なら会話もままならないこと間違いなしだ。
「相手の反応はどんな感じだったのよ?」
「……顔を赤くしたと思ったら、突然、ごめんなさい、まずはお友達からって言って、走って逃げちゃった……」
「そう……それはなかなかきついわね……」
「うん……衛宮さんがあんなに速く走るの初めてみたよ……」
そう言った息子はそのときの情景を思い出したのか、うるうると涙を滲ませる。好きな相手にまるで怪獣でも見たかのような速度で逃げ出されたら、トラウマになるのも無理はない。私も項羽様にそんなふうに逃げ出されたらと思ったら、想像しただけで、卒倒しそうになる。
「……まぁ、とりあえず、お疲れ様……コーヒーでも入れてくるわ……」
「うん……砂糖たっぷりでお願い……ほろ苦い過去を甘さで誤魔化したいんだ……」
「……あんた、厨二病にかかるのは勘弁してよね」
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それから15分後、コーヒーを入れて、息子の部屋に戻ると、彼は今度はスマホを眺めていた。
「……寝転がってスマホを見ちゃダメよ」
「……コーヒーありがとう」
しぶしぶとばかりに起き上がって、折りたたみ式の机に座る。今は傷心中の身だから文句を言わないであげる。それにしても部屋が汚い。そこかしこに読みかけの雑誌が散乱している。……今週のジャンプ、まだ読んでなかったわ……
「はいはい、で……これからどうするのよ?」
コーヒーを飲んで一息いれる。暫く無言の時間が続いたが、私はそんなに我慢強いほうじゃないので、我慢できず切り出す。
「どうするのって?」
「あの娘にもうアタックしないのかってことよ」
息子は目を伏し、ブルブルと頭を振る。
「……もうしない……」
「何でよ……?」
「絶対、嫌われたから……」
「嫌われたから、何もしないっていうこと?」
「うん」
息子が頷いた瞬間、私は彼に手元にあったジャンプを彼の頭に叩きつける。
「痛っっ……!!!」
「あぁ、もう!! 面倒臭いわね!! 我が家はウジウジするのは禁止! 特攻するなら、最後まで!!」
ズカズカと息子の近くまで寄っていって、胸ぐらを掴みブンブンと揺らす。この頭か!? この頭がそんな根性なしの言葉を考えるのか? だったら、シェイクしてやるわ! そうすれば根性なしも少しは治るかしら!?
「ちょ……ぐっちゃん、……はな、……離して……苦し……」
「いいえ! 離さないわよ! あんたの捻くれた根性が治るまで!」
「わかっ……!! わかったから……!! まずは離し……離してよ!!」
どうにかこうにか私の束縛を抜けた息子は肩で息をし、私を睨みつけた。
「何すんだよ! 殺す気か!」
「殺しても治らないわよ、そのヘタレは! 親父にそっくりよ、まったく!」
「……お父さんにそっくり……?」
「えぇ、そうよ! あいつもさっさと付き合えばいいものをいつまでもグダグダ……牛歩どころかナマケモノよ! やっと付き合ったと思えば、半年経っても、まだ手も繋いでないし……あぁ、もう思い出しただけでイライラしてきた!!」
全く、カルデア職員総出で、お膳立てした告白タイムをものの見事にスルーしたときはさすがに堪忍袋の尾が切れたわ……あそこまでして、何で、今日の朝ごはんと天気の話で会話を終わらせるのよ!! あの後、藤丸は男に、マシュは女に散々説教をされたのを今でも覚えてるわ!
「……くすっ」
「……? 何がおかしいのよ?」
私が現実だけでなく記憶のなかでも腹を立てていると、不意に息子がクスクスと笑い始めた。……頭、振りすぎたかしら……
「いや、きっと楽しかったんだろうなって……カルデアってところは」
息子には全てを話していた。カルデアのこと、父親と母親のこと、そして、私の正体も……彼はそれを全て知ったうえで受け入れ、私と暮らすのを選んだ。そして、父と母の正体を知って、彼は笑った。僕のお父さんとお母さんはヒーローだったんだね、と。
だから、彼は今も笑ったのだろう。彼がそこに一緒にいたかもしれない未来に思いを馳せて。
「ええ……そうね……」
楽しかった。私はあの一瞬、一瞬を確かに楽しんでいた。私にとっては一瞬でしかないあの時間を。数千年の生のうちのほんの数年だったかもしれない。それでも、項羽さまと過ごした時間に勝るとも劣らない時間だった。
「僕、もっと、お父さんとお母さんの話聞きたいな……」
「今度、ゴルドルフの家にお邪魔しましょ……あそこなら、今もカルデアの職員が働いてるわ」
「え!? いいの!?」
「えぇ。追っ手もあの魔術師を倒してから何の動きもないってシオンのやつが言っていたから大丈夫でしょ」
数年前、戦ったあの魔術師はどうやらなかなかの大物だったようで、あいつが倒されたなら誰が挑んでも無駄だ、という風に話が進んでいるらしい。その
調子で息子のことなんて忘れてくれるといいのだが……
「じゃあ、今度のお盆! 僕も練習休みだから行こうよ!」
「えぇ、連絡しておくわ」
✳︎*******************************
今回のオチというか、後日談。あれから息子の恋の行方がどうなったか。結論から言えば、未定だ。
付き合ったとも言えないし、振られたとも言えない微妙な関係が続いている。
あの後、暫くして、例の少女から逃げてしまったことへの謝罪の連絡が息子のスマホにかかってきて、その後も休日はよく二人で出かけているという。それで付き合ってないというのだから、意味がわからない。
きっと、周りの連中も早く、付き合えとヤキモキしていることだろう。いっその事、親同士でそんな場面を作ってしまおうか。
そうだ。あの娘の親と言えば、衝撃の事実が判明したのだ。衛宮という名前に聞き覚えがあると思っていたがそれもそのはず。なんと、あの娘の親はカルデアにいた赤い外套のアーチャーの生前の姿だったのだ。おまけに母親の方は同じくカルデアにたくさんいたサクラ顏とか呼ばれていたやつらのオリジナルときた。
偶然もいいとこだ。初めて会った時は開いた口が塞がらなかったわ。
「ぐっちゃん、出かけてくるね!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
そんなこんなで、今日も元気に息子は出かけていく。今日はプロ野球の観戦に行くらしい。あんな遊びにプロも素人もあるのか、と思うが口に出したらまた息子がうるさいので言わないでおく。
ポストに入っているチラシを取りにいくついでに息子を見送ろうと玄関まで行く。
「今日は何時?」
「うーん、20時くらいかな、ご飯食べてくるかも」
「そ。まぁ、精々楽しんで来なさい」
「うん、じゃあ、行ってくるよ!」
そう言うと、背中を向けて息子は家を出ていく。思わずその背中を追いかけるように見てしまう。
「……あいつ、あんなに大きかったけ……」
そんなことを思いつつ、閉まっていくドアを暫く眺める。そして、ポストを漁り、チラシを取り出す。
窓から入ってくる日光が眩しい。今日は快晴だ。でも、天気予報では風が強いから気をつけるようにとか言ってた気がする。息子は知っているだろうか……まぁ、いいか、あいつももう子供じゃないし。
リビングに戻り、ソファに座ってチラシを眺める。すると、気になるものが一枚。よく行くスーパーのチラシだ。
「今日、特売じゃない……」
そんなつぶやきも流されるように私たちの日常は今日も過ぎていくのであった。