虞美人、後輩の息子を育てる   作:イサシ

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遅くなってすいません!
楽しみにしてくれている方々、本当にありがとうございます!!


虞美人、後輩の息子と初めての大喧嘩に苦しむ

 家を出て、何処に行こうなんていう考えもなく走り続ける。どうして、あんな事を言ってしまったのか。後悔が脳裏を覆う。

 

『どうせ、本当の親でもない癖に!!!』

 

 ぐっちゃんは本当の親じゃない。それは事実だ。僕の本当の両親は藤丸立香とマシュ・キリエライトであり、僕が小さい頃に亡くなってしまった。そんな僕を育ててくれたのがあの人……虞美人と呼ばれた人だ。

 最初、あの人と暮らし始めたときの僕は酷いものだったと思う。自分ではどうする事もできない悲しみと押し寄せてくる虚無感に押しつぶされて、いつも泣いてばかりいた。そんな僕をあの人はアワアワとしながらも、必死に世話してくれた。

 あの人がいたから僕はここまで大きくなれたのだ。それなのに僕はあまりにも恩知らずな事を言ってしまった。情けなくて涙が出そうだ。

 

 気がつけば僕はこの間、試合した狛澤公園の野球場まで来ていた。いつもの日課のランニングでもここが折り返しだったからだろうか。習性というのは恐ろしい。

 

「…………」

 

 2週間前の試合はいつも脳裏に焼きついていて、毎日のように僕を苦しめる。投げる度に押し寄せてくる痛み、フライパンの上で熱されたかのような暑さ、そして、敗北したときの絶望……それらが一挙にやってきて心を黒に染め上げる。

 もし、あのとき無理をしなければ……こんな気持ちになってはいなかったのではないか。他の誰かが投げて負けたのであればまだここまで落ち込む事もなかったのかもしれない。自分が壊れるまで投げた挙句、敗北を喫した。その事実は僕の心をどこまでも惨めにしていく。

 

 意味もなく、球場の周りを歩いていると、ふと、金網に穴があるのが見えた。中に入ろう。何故かそんな気持ちが湧き出てくる。普段なら悪い事だと、自分に言い聞かせて、そのまま通りすぎるだけだったはずだ。だけど、今日は自暴自棄になっていて、見つかって警察のお世話になったって構いはしない、とろくに考えを巡らせなかった。

 

 金網をくぐると、観客席に向かう階段の下に出る。そのまま、階段を登り観客席に向かう。

 誰もいない観客席は新鮮だった。ここにくるときは試合のときだけだから、必ず保護者か対戦相手の補欠がワイワイと応援していたからだ。

 適当に目についたシートに座る。硬い感触が身体に伝わってくる。いつもこんな座りづらいシートに座って応援してくれていたのかと何故か申し訳なくなる。

 

「…………」

 

 あの人も応援してくれていた。肩が悲鳴をあげ、もう無理だと、監督とみんなに申し出ようと顔をあげたとき、あの人が視界に偶然入ったのだ。あの人はフェンスにしがみつき必死に叫んでいた。あんな必死なところを初めて見た。

 

 何で、あの人はあんなに必死だったのか。

 

 決まっている。僕が心配だったからだ。

 

 そんな義理なんてないのに、あの人はいつも僕を見ていてくれた。

 

 いつでも見捨てることだってできたのに、あの人は僕を育ててくれた。

 

 無償の愛を与えてくれたのだ。

 

 それなのに……あの言葉はあの人をどれだけ傷つけただろうか……

 

「ごめん……ごめん……」

 

 言葉が溢れる。口からも心からも。でも、それは決して届けたい人に届かない。今の僕にそれを言う資格なんてない。あんな恩知らずにもほどがある言葉を吐いたやつが許しを請うなんて、おこがましいにもほどがある。

 

「……今日はここで寝よ……」

 

 季節も夏だし、肌寒いこともない。固すぎるベンチをベッドにするのはいささか抵抗があるが贅沢はいえない。

 小学生のときの林間学校以来の野宿だが、特に気にすることもなく、ベンチに寝転がる。

 寝転がって、星と月を眺め、眠気が来るのを待つ。その間、これまでのあの人との思い出がまるで一つの映画のように脳内に流れ出す。

 

 初めてあの人に会ったとき。

 あの人の涙を初めて見たとき。

 一緒にクリスマスを祝ったとき。

 授業参観にきてくれたとき。

 虐められていた僕を励ましてくれたとき。

 10歳の誕生日を祝ってくれたとき。

 魔術師に立ち向かったとき。

 一緒に星と月の下を歩いたとき。

 

 たくさんの思い出が流れていく。かけがえのない僕とあの人との思い出が。

 

 大切な思い出はいつしかいくつもの雫となって、朴を濡らす。

 

 眺めていた星と月が霞んでいく。でも、対して気にしない。

 

 だって、あのとき、あの人と一緒に見た星と月は今日の何倍も綺麗だったから……

 

 

✳︎*********************************

 

 時計は23時を回った。息子はまだ帰ってこない。探しにいこうか迷うが身体は言うことを聞いてくれない。あの言葉は一撃で私の心と身体を粉砕してしまった。

 一人、ソファで寝転がり、無為に時を過ごす。

 

 本当の親じゃない。わかっている。わかっていてもどうしようもないこと。いつかは言われるんじゃないかと思っていたその言葉は本当に唐突に本人に突きつけられた。

 思えば、息子と本気で喧嘩したのはこれが初めてだ。今まで何度も言い争うことはあっても、どちらかが大抵は折れて、亀裂が生じることもなく終結していた。だから今回のようなとき、どうしたらいいのか見当もつかない。ただモヤモヤとした雲がかった何かが私の心を迷わせ、さらなる奥底へと誘って行く。

 

 思えば、私はあいつと暮らしてから悩んでばかりだ。特にあいつが中学生になってからは。やれ、風呂に入っているときにいきなり開けるな、だの、部屋のゴミ箱を勝手に捨てるなだの……そんなに汚れたティッシュが気になるなら、トイレにでも流してしまえばいいのに。

 それはともかくとして、何もする気もおきないのでせめて自室に行こうかと立ち上がったとき、タイミングよく固定電話が鳴った。普段滅多に鳴らない固定電話がこの時間のこのタイミングで鳴る。そこに違和感を感じるが、少しでも気を紛らわしたいこともあり、電話を取ることにする。

 

「はい、芥ですけど……?」

『夜分遅くに申し訳ありません……あの、衛宮と申しますが……』

 

 電話の主は例の少女だった。息子の初恋のあの子だ。声だけ聞くと、カルデアにたくさんいた奴らと聞き分けができやしない。

 

「……そうだけど、どうかした? 息子なら今はちょっと……」

『あぁ、いえ、あの、芥くんに用事があるわけじゃないんです……実はおかあさんにご相談が……』

「私に?」

 

 衛宮の娘の話はこうだった。肩を壊した息子の違和感を娘は感じとったのだ。いつも通りを演じていた息子の違和感を彼女は感じ取り、ずっとどうするべきか悩んでいたという。そして、今日、遅くなら息子も部屋にいるだろうということで以前教えてもらった固定電話で私に電話をかけてきたということだ。

 

「……あいつ、学校でもあんな感じなんだ……」

 

 学校での息子の話を聞き、ため息が出る。息子のことを知らない人間からしたらいつも通りなのかもしれない。だが、いつも通りだからこそおかしい。そこに気づいたこの娘はきっといつも息子のことを見ていてくれたのだろう。

 

『私……怖くなっちゃって……どうしたらいいのか……』

 

 電話越しから涙ぐむ声が聞こえてくる。我慢してきたものを誰かに伝えたことでタガが外れたのだろう。まったく、あいつは父親に似て、女を泣かすんだから……

 

「……あなたはいつも通りでいてあげて……それがあの子の救いになるから」

『でも……』

「大丈夫よ。あとは私が何とかするから」

 

 励まし元気づけるために大人ぶった言葉を伝える。それでも、泣き止まない小娘を暫く宥めていると、電話越しから急に大人びた女の声が聞こえた。

 

『えっ…… ママっ!? あ、すいません……電話切りますね!?』

 

 そう言い残して電話が切れる。まぁ、用件は終わっていたので私としては別に構わなかったが、あの慌てぶりは一体、何だったのだろうか。

 電話が切れると、再び静寂が私を包む。小娘にああは言ったが特にこれから取るべき解決策が思いついたわけではない。だが、なぜだか電話の前よりも幾分か気分は明るくなった気がする。きっと、息子のことを思ってくれているのが私だけではないという事が実感できたからだろう。

 

 思えば、学校での息子の事なんて私はほとんど知らなかった。たまに本人から話を聞くぐらいのもので、積極的に学校行事に関わる事もなかったので、息子の友人なんて、あの小娘くらいにしか会った事がない。

 でも、きっとあいつは楽しく人生を謳歌していたという事はあの試合やこうして小娘から電話がくることからもわかる。

 当然の事だが、私の知らない輪の息子は入っているのだ。それが嬉しいと同時にどこか一抹の寂しさを覚える。

 そんな自分に苦笑いしながら、時計を見るともう深夜0時。結構長い時間、あの小娘と話していたようだ。

 息子が帰ってくる気配はない。今日はきっと帰ってこないだろう。心配だが、探しても連れ戻せる自信はない。いっそ、警察でも何でも補導してくれれば、無理やりきっかけがつくれるというものだが。

 

「ふぁあ……」

 

 色々、考えすぎて眠気が酷い。人間の生活に慣れたせいで夜はしっかり眠いのだ。

 そのまま、ソファに倒れこむように寝転がり、目を瞑る。このまま考えてもらちがあかない。

 夢に項羽さまが出てきて私を導いてくれないかしら……

 そんな思いで、私は意識を手放した。

 

✳︎✳︎********************************

 

「ぐっちゃん、久しぶり!」

「……チェンジ!!!!」

 

 目の前に藤丸がいた。おそらく夢だろう。夢ならなぜ項羽さまじゃないのか。至急、私の脳に問い合わせねば。

 

「ちょっと、こいつじゃないわよ!! 項羽さまを出しなさい!!」

「久しぶりに会ってそれは酷くないかな!?」

 

 以前と変わらない、ツンツン頭に人懐っこい顔立ち。それに透き通ったような綺麗な青い目。私の今、目の前にいるのは紛れもない人理の救済者、藤丸立香だ。とはいえ、所詮は夢。私の脳が都合よく解釈した偽物にすぎない。

 

「会ったって言っても、これ私の夢の中じゃない……私の作り上げた幻想よ、幻想」

 

 そうだ。所詮は幻想。夢、幻。目が覚めれば藤丸はいない。

 

 死んだのだ。10年以上前に。藤丸は。

 

 私もほとほと焼きが回ったものだ。未だにこんな精巧な人間を夢の中とはいえ作り出すことができるなんて。

 

 私と藤丸以外、何もない真っ白な世界。いかにも心の中といった具合だ。その世界で私と藤丸は向き合っていた。

 

「……あんたが死んで、私は大迷惑よ……」

 

 ちょっと、文句の一つでも言ってやろうと口を開いただけだった。でも、その一言目は自分の声とは思えないくらいに低く項垂れていた。

 

「突然、子育てはさせられるし、人間に紛れて生活しないといけないし……挙げ句の果てには知らないガキンチョにぐっちゃん呼ばわりよ……カルデアとクリプターの連中とは縁が切れないし……」

 

 口が動いていく。止まらない。お腹の中から吐き出されていくように言葉が溢れていく。それを藤丸は黙って聞いてくれていた。

 声はかすれ、どんどんと声は大きく、そして、自分でもわかるくらいの涙まじりに変わっていく。

 なんで私は泣いているのだろう。なんでこんなにも……

「この間なんて、あのおバカ、無茶して大怪我して……ほんと、誰に似たんだか……それが原因で今日なんてあいつの事……あいつの事……」

 

 そこで言葉が途切れる。口が動かない。思い出すのは息子の顔を張ったときの感触。初めて、息子に痛みを与えたときの心の痛み。それを実の親に告白することへの拒否感。

 

「いいんだ、いいんだよ……ぐっちゃん……」

 そんな情けない私の話を藤丸は優しい表情で静かに見守ってくれていた。

「ありがとう、今まで、あの子を育ててくれて」

「……でも、私はあの子の親じゃない……本当の親じゃないのよ……」

 

 思えば、私は今日まであの子にきつく当たったりすることはなかった。それはあの子が善良な人間だったこともあるが、私は無意識のうちに怖がっていたのだろう。あの子にあの言葉を言われることを。少しでも仲が悪くなれば、嫌でも思い出すことになるあの言葉。それは私とあの子の脳裏に無意識のうちに強く焼きついていたのだ。私はあの子と離れれば居場所を再び失う。あの子は私がいなくなれば、育ての親を失う。そんな共依存の状態だったのだ。

 我ながら情けないものだ。数千年生きて、すがる先が二十歳にもならない子供だなんて。仙女が聞いて呆れる。

 

「あんたとマシュだったら、こんな喧嘩しなかった……あんたとマシュならきっと今回のことも上手くやれてた……」

 

 そんなありえないことまで口から零れる。藤丸とマシュが死んでいなければそもそも私とあの子は一緒に暮らしてないのだから。

 

「私じゃダメなのよ……私じゃ、あの子を」

「ぐっちゃん」

 

 強い男の声が私の戯言を遮る。一瞬、誰が発声したのかわからなかったが、ここには私と藤丸しかいなかった。

 

「ぐっちゃん、それ以上は駄目だよ、言っちゃ駄目な言葉だ」

 藤丸はまっすぐこちらを見据えて私の肩を掴むと優しく抱き寄せてくる。今の私にそれに抵抗する力はなく、ただされるがままになる。大人の男の匂いがした。初めて会ったときは情けなさそうなガキだったくせに……

 

「それ以上は貴女の行為を否定することになる。貴女のこの10年を否定なんかしちゃ駄目だよ、虞美人」

 

 いつもの砕けた口調ではなく、どこまでも真面目にだけど優しく藤丸は私に語りかけてくる。いつのまにやら、いつものぐっちゃん呼びもなくなっていた。

 

「僕はね……嬉しいんだよ。貴女とあの子が一緒にいることがたまらなく嬉しいんだ。生きていたときの大切な先輩と最愛の息子が仲良く暮らしているのをいつも天国で見てきた。貴女とあの子はいつも楽しそうに笑っていたよね……それを貴女は否定できる?」

 

 できない。

 

 できるわけがなかった。

 

 決めたではないか、あの子と共に生きていくって。

 

 星と月が照らす道を一緒に歩くと。そう決めたではないか。

 

 それなのに、私は危うく弱気の余り、あの子との10年を否定する言葉を吐こうとしてしまった。

 

「それにさ…… 僕だって喧嘩くらいするよ? マシュと一緒に暮らし始めたときなんてそりゃもう……」

「……それはあんたが悪いんでしょうが……」

 

 どんなに辛いことがあってもどんなに苦しくても共に歩いていく、それが家族だ、と何かの本に書いてあった。それならば、一回の喧嘩でこれまでの10年を否定しようなんて馬鹿げてるにも程があるではないか。

 こいつとマシュだってそうだったのだろう。あんだけ、ずっと寄り添っていても、カルデアにいたときだってしょっちゅう喧嘩していたのだ。二人で暮らし始めたりなんてしたら、毎日が喜怒哀楽にあふれていたことだろう。

 

 きっと、そういった喜怒哀楽の感情を乗り越えて、家族はできるのだ。

 

 いつのまにやら涙は止まっていた。ずっと靄がかかった心はどこかスッキリとしている。そんな様子を察したのか藤丸は抱き寄せる力を弱めて離れようとする。

 だが、今度は私が首に腕を回して、藤丸を強く抱きしめた。

 

「えっと……ぐっちゃん……? 恥ずかしんだけど……」

「うっさい。後でマシュに怒られなさい」

 

 私は強く抱きしめる。こいつに感謝を言葉で伝えるのは癪だったから。

 

 ありがとうの代わりに、抱擁を。

 

 親愛なる後輩へ、心の底からの感謝を込めて。

 

 ありがとう、藤丸。私はこれからもあの子と生きていく。

 

 

 




読んで頂きありがとうございます!

次回で喧嘩編はラストになります!
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