緊急事態宣言が出ようが出勤しなければならない職務に就いた自分を呪う日々を送っております。
この作品が少しでも、お家で過ごす方々の力になればと思います。
「……夢よね……」
目を覚ますとそこはいつもの天井。どこにもあの生意気な後輩はいない。
当然だ。死んでいるのだから。藤丸立香は10年以上前に死んだのだ。
先ほどのはあくまでも私の頭の中で構成された藤丸の幻想。決して本物ではない。息子との関係に悩む私の脳がすがる対象としてあの後輩を選んだにすぎない。
でもそれで構わない。夢でも何でも先ほどまでの記憶は確かな色彩を施された状態で私の脳にどこまでも焼きつき、私に確かな未来を与えてくれていた。
「全く……私らしくもない……」
もう悩むのは止めだ。このままグダグダと悩んでいては天国にいる藤丸とマシュに顔向けできない。
私はまだ息子と喧嘩することができる。だが、あの二人はもうそれすらもできないのだ。顔を突き合わせて怒鳴りあい、衝突しすれ違う。そんなどこの家庭にでもありふれたそんな当たり前すらも享受することができない。
だから、私は決めたのだ。残りどれくらい息子と一緒に暮らせるかはわからない。ある日、別れは唐突にやってくるのかもしれない。
でもそれでもその別れの瞬間まで、私はあの子から逃げないと、あの子の思いを全て受け止める、と。
そう決めたのだ。親愛なる後輩に誓って。
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「朝か……っつうぅぅぅ……」
目を開けるとそこには青空が広がっていた。僕史上、初の野宿達成である。だが、その代償は大きく硬いベンチに寝たせいで、身体の節々から起き上がるのも嫌にないるような痛みが発せられる。
「……」
起き上がることを一旦、諦め、視界に広がる青空を眺めていると、小さい頃、死んだ父さんと母さんが良く話していた昔話を思い出した。
その昔話は少年と少女の物語。数々の冒険の中で多くの人との出会いと別れを重ね、そして旅路の果てに青空を取り戻す、そんな物語だ。今思うとこれは父さんと母さん自身の物語だったのだろう。
僕はこの話が好きで、何度も何度も話してとせがんでいた。懐かしさに頬を緩めるが同時にもうその話を直接聞くことのできない虚無感に襲われる。
その虚無感は今までも時折、なんの前触れもなく僕の心を何度も襲ってきた。朝、目が覚めたとき、昼、授業を聞いているとき、夜、ベッドで一人寝ているとき……でも、その度にあの人との思い出が僕をその虚無感から引っ張り上げてくれたのだ。
謝ろう。酷いことを言ってごめんなさい、と。許してもらえるかどうかはわからないが、誠心誠意謝るしかないだろう。
あの人にそばにいて欲しい。僕の成長を見ていて欲しい。あの人に喜んでもらいたい。気恥ずかしくてとても本人の前では言えないが心からそう思う。
起き上がり、伸びをする。身体のあちこちから軋むような音が聞こえてくる。視界にグラウンドが飛び込んでくるが、2週間前の記憶はもう僕の心を締め上げることはなかった。
球場を後にして、公園を歩く。狛沢公園はとにかく大きい公園で、朝の7時だというのにジョギングをする人たちで賑わっていた。そんな人たちを横目に家を目指す。
この人たちの全員に家族がいる、もしくはいるのだ……そんな当たり前のことがどこか新鮮に感じてしまうのは僕の心が良くも悪くもセンチメンタルな、心持ちだからか。
みんな、どんな風に家族に接しているのだろう。その人の人生のなかで一番近くにいる別の個体。そんな人たちに対してこの人たちはどのように関わっているのだろうか。
途中、自販機でコーヒーを2本買って、それを手に家に向かう。家は公園から15分程だが、今日は妙に遠く感じた。それでも、次の角を曲がれば家だ、というところまで辿りつくと、一度、足を止める。
あの言葉であの人はどれくらい傷ついたのか……僕には想像もできない。もしかしたらもう二度と僕と口を効いてくれないかもしれない。だが、僕が酷いことを言ったのだからそれは関係ない。
だから、まずは心の底から謝ろう。
そして、その後、伝えよう、感謝の言葉を。
僕を救ってくれて、ありがとう、と。
決心を固め、角を曲がる。家が見えた。
「おかえり、遅かったわね」
あの人はベランダで布団を叩いていた。
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「……で、あんた、昨日どこで寝てたわけ?」
「狛沢公園……」
ベランダにいるあの人を見上げる。僕のせいでどこか陰のあった顔つきは明るげで生気が戻っていた。覚悟を決めてきた身としてはどこか拍子抜けしてしまうが、何かあったのだろうか。
「ぐっちゃん……あの……」
「家、入んなさい。このままじゃ話しにくいじゃない」
昨日のことを謝ろうとすると、ぐっちゃんは家に引っ込んでしまう。仕方ないので、家に入る。昨日の夜以来の我が家だが、どこか懐かしさを感じてしまう。
「コーヒー飲む?」
「買ってきたよ」
「たまには缶コーヒーもいいわね」
手にあった缶コーヒーを1本、手渡す。ぐっちゃんの好きな微糖だ。ちなみに僕はブラック。別に厨二病だからという理由ではない。
いつものソファに並んで座って、コーヒーを飲む。苦味が口に広がっていく。その苦味が僕のなかなか開かない口を開かせる。
「……ごめん」
切り出したのは当然、僕だった。それが筋というものだろう。
「酷い事言って、ごめんなさい」
「…………」
ぐっちゃんは何も言わない。神妙な顔つきのまま微動だにしない。やはり怒っているのだろうか。僕は続けて言葉をつむんでいく。
「僕がどうかしてたんだ。あんな事もう二度と言わない……だから……これからも……」
「良いわよ」
「え?」
予想外の言葉に素っ頓狂な声を上げる。
「もう良いって言ってんの……私もあんたの気持ちも考えてなかったし……」
「でも……!?」
絶対に言ってはいけない事。あまりに恩知らずなその言葉。ぐっちゃんが傷つくとわかっていた。わかっていて僕は言ったのだ。それがどんなに衝動的なものだったとしてもとても許されることではない。
それなのに、ぐっちゃんは僕を許すどころか自分も悪かったと言っている。そんなわけないのに。
「良いわけないじゃないか!? 10年以上育ててくれたぐっちゃんに僕は……」
「だ・か・ら! そんな事もうどうでもいい!」
詰め寄る僕を突き飛ばすようにソファから立ち上がると、見下ろすようにして僕を睨みつける。
「藤丸とマシュがあんたの親であると同時に、私はあんたの親!!! それでいいじゃない!! 本物だとか偽物だとか関係ないのよ!」
「何だよそれ! それじゃ悩んでた僕が馬鹿みたいじゃないか!」
「えぇ、馬鹿よ。大馬鹿よ! あんたも私も本当にただの馬鹿よ! とっくに私たちは家族だっていうのに……いつまでもうじうじして、本当に馬鹿みたい!」
昨日までのどこか沈んでいたぐっちゃんはどこにいったのか。ここにはすっかり元どおりのぐっちゃんがいた。いつでも、一直線で言いたい事ははっきり言うそんな僕の大切な人が。
思えば、初めてかもしれない。ぐっちゃんが僕に面と向かって親や家族を自称してくれたのは。今まではきっとお父さんとお母さんに負い目を感じていたのだろう。でも、それも吹っ切れたのかぐっちゃんは当たり前のように自分と僕は家族だと言ってくれた。
でもだからこそ、だ。そう言ってくれたからこそちゃんと謝らなければならない。
「……ぐっちゃん、ごめん」
「だから、謝るのは禁止よ! 今はごめんっていうときじゃないわ」
「……うん、ありがとう……だけど、言わせて……もうあの言葉はもう二度と言わない、本当にごめん……
『本当の親じゃない』その言葉はどこまでもタブーで僕とぐっちゃんにとっては呪いのような言葉だった。
でも、そうじゃなかった。
『本当の親じゃない』、だからこそ、だ。
そこに血の繋がりはない。僕とぐっちゃんを繋ぐ明確な証拠なんて何処にもない。だけど、確かにあるんだ。僕とぐっちゃんには。DNAだとか血液型だとか戸籍だとか、そんなものなんてどうでもよくなるような確かな絆が。
僕とぐっちゃんが歩んできた確かな思い出という軌跡が僕たちの後ろには敷かれているのだ。
そして、その軌跡はこれからも続いていくという事を僕は知っている。たとえ、今回みたいな事が起きたって、必ずその軌跡に僕たちは戻ってくるのだ。
なぜなら、それが家族というものだから。
これが僕が選んだ答えだ。昨日、星空を眺め、考えた結果だ。だからこそ、僕は謝ってもう一度ぐっちゃんと一緒にいたかった。一緒に星を眺めたかったのだ。だが、肝心の本人の気持ちはわからなかった。だが、いざ謝ってみればぐっちゃん自身も同じ考えに至っていたようで、すっかりいつもの状態に戻っている様子だ。
一人、しょぼくれている僕を尻目にコーヒーを飲み終わったのか、空きカンをゴミ箱にシュートするべく狙いを定めてる有様だ。それを見てるとなんだか自然と顔がほころぶ。
「お、やっと、笑ったわね」
「え? 前から笑ってたよね?」
「心からって意味よ……さぁてと、あんた、どうせ学校サボるんでしょ! 家の掃除するから手伝いなさい!」
「え? あ、ちょっと……!! 学校には行くつもりなんだけど!」
「うるさい! たまにはいいでしょ! たまには家の手伝いしなさい! 私とあんたは家族なんだから!」
そう言ったぐっちゃんの笑顔はどこまでも晴れやかでそしてとても穏やかだった。
読んでいただきありがとうございました! 以上で中高生編は終わりとなります。エピローグまで後数話といったところですが、最後までおつきあいしてくださると幸いです。