虞美人、後輩の息子を育てる   作:イサシ

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皆様、お久しぶりです。遅くなり申し訳御座いません。何とか、地道に投稿していきますのでどうぞよろしくお願いいたします。


虞美人、後輩の息子とその彼女の逢瀬を盗み聞きする

 旅立ちのとき。別れを惜しむ者、新しい出会いに思いを馳せる者。悲喜こもごもの感情が入り乱れる季節。

 私にとってそんなのは関係のないことだと思っていた。私の生において、別れを惜しむ人間なんてのは両手で数えるほどしかいないし、季節など関係なく彼らは私の目の前から姿を消したからだ。だから、私には春なんてものは別に関係のないものであった。

 

 だが、今年は違う。今まで春という季節にここまで複雑な感情を抱いたのは記憶する限り初めてのことだ。もう去年の秋頃からずっと早く来て欲しいような、欲しくないようなそんな心持ちで私はこの半年を過ごしてきた。はたからみたら私の行動におかしなところは多々あったことだろう。事実、ゴルドルフからは電話するたびに君、大丈夫、と心配されたほどだ。そのたびに何がよ、と強がってはいたものの正直、私にだって自分が変だってことはわかっていたので、あまりゴルドルフに強く言うことはできなかった。

 

 でも許して欲しい。なんせ、この春、息子は家を離れるのだから。

 

✳︎✳︎✳︎*********************

 

 最初にその知らせを聞いたとき、とても信じることができなかった。なんせ、プロ野球チームが入団して欲しい新人選手を決めるドラフト会議にて息子が指名されたというのだ。

 それがどれだけ凄いことかなんてここ3年で野球を覚えた私でもわかるというものだ。

 アマチュアからプロへ。一度怪我をした息子にとっては縁遠い話だったのかもしれない。だが、息子はあの怪我から再起した。ピッチャーで駄目ならバッターで。その思いで息子はバットを振り続け、ついには高校球児たちの夢、甲子園にまで辿りついたのだ。

 私にとってどこまでも誇らしい息子。藤丸とマシュの墓参りに行くたびに息子の近況について話したものだ。きっとあいつらも天国で喜んでいることだろう。

 ともあれプロ球団に指名された以上、今後は家を離れ球団の寮に入らなければならないという。実のところ、寮に入るのは冬からなので、もう既に引越しなどは済ませてはいるのだが、気持ちの問題として、この春、3月15日が息子にとっての旅立ちの日となった。この日、開幕前の最後の休暇として息子は家に戻ってきたのだ。

 

「あぁら、これおいしいじゃないぃ……

「だからって、食べ過ぎでしょ……」

「うっさいわねぇ……あんたに言われる筋合いないわよ……! このスカポンタン!」

「何で、昼間から飲んでるのさ……」

 

 昼間から息子の土産のミミガーをつまみにビールを浴びる私。それを呆れ顔で眺める息子。自分で言うのもなんだが、余り人に見られたくない光景だ。息子が活躍して、インタビューを受けたらどうしよう。流石にこの光景を映されたら不味いのはわかる。

 

「あんた……インタビューされたら、ちゃんと私の事は普通の人って言いなさいよ」

「じゃあせめて最後くらいちゃんとしてよ!?」

「何よ!? いつもちゃんとしてるじゃない、このガキンチョ!!」

「どの口が言ってたんだよ!?」

 

 暫く終わりのない口喧嘩をしていると、不意にピンポーンとチャイムが鳴った。宅急便かしらと席を立とうとすると、息子が慌てて僕が出るよ、と勢いよく玄関に向かっていく。

 

「……気になるわね」

 

 いつも、家にいるときなんてチャイムが鳴ったって出やしない癖に。なんで今日に限って……怪しい……ミミガーを咥えながら抜き足差し足で玄関へと様子を伺いにいく。

 玄関に息子はいなかった。門扉で対応しているのだろうか。ドアを開けてそっと外を覗き見る。

 

 そこにいたのは……

 

 

  ✳︎✳︎*******************

 

 好きな人がプロ野球選手になる。それを聞いたとき私はとれも嬉しかったのです。だけど、それと同時にどんどん彼は別の世界に行ってしまうようで嬉しさと同時に一抹の寂しさを覚えた私はきっと悪い子です……

 

 彼と付き合い始めたのは高校3年の夏休み直前、ちょうど彼が甲子園の切符を勝ち取った次の日の事です。

 

 僕と付き合ってください。

 

 その真っ直ぐさに心打たれ、私は何の迷いもなくその言葉に返答してしまいました。当然でしょう。私も彼の事がずっと前から好きだったのですから。

 彼と初めて会ったのは中学1年のとき。最初は特に恋愛感情もなく普通の気の合う友人というだけでした。

 

でも、中学2年の際、転機が訪れます。なんと、彼が告白してきたのです。まだ、恋のこの字も知らない私は動転して、適当な返事をして全力疾走で逃げてしまいました。その場にポツン、と一人残された彼の心情を思うと今でも申し訳ない気持ちで一杯です。

 その後、なんやかんやで二人で映画に行ったり海に行ったりはしたものの最初の失敗が尾を引いていたのかどちらからも恋愛関係に発展するような展開にはなりませんでした。

 だから、彼は決めていたそうです。もし、甲子園に出れたら告白をしよう、と。そういう彼だからこそ私は彼が好きなのでしょう。そんな一見、無茶な条件でもそれを現実に変えてしまう彼の姿がどこまでも愛しく思えてしまうのです。

 付き合いはじめてからはそれまでのなぁなぁの関係を払拭するかのように、残り少ない高校生活の多くを彼と一緒に過ごしました。この半年間は私にとって、中学、高校6年間の期間のなかで一番、キラキラと輝く時間だった、と断言できます。

 そして、今日、3月15日。プロ野球選手になる彼が旅立つ日、私は彼の家の前にいました。本当は夜に会う約束をしていたのですが、恥ずかしながら待ちきれず、家を飛び出してきてしまいました。パパと買い物に行ってあげる約束でしたけれど、どうでもいいことです。

 彼は2月頃からキャンプに行っていたので、会うのは約1カ月ぶりです。たかが1カ月、と思う方もいるかもしれませんが乙女にとって1カ月というのは途方もなく長い時間だというのを言っておきます。恋人たちにとっての会えない1カ月というのは100年と同じことなのです。

 彼の家の前に着くと、私は大きく深呼吸。化粧ポーチから小さい手鏡でチェック。よし、大丈夫。今日も可愛いぞ、わたし。

 そっと、彼の家チャイムを押して、数秒、大好きな人の声が聞こえてきます。

それだけでわたしの心臓はドクンドクンと際限なく早くなってしまうのです。我ながら恥ずかしい限りですが、乙女ですから仕方ないです。

 暫くすると、家のドアが開きます。出てきたのは大好きな男の子、芥くんです。わたしは思わず彼の名前を呼んでしまいます。

 

「芥くん!」

「衛宮さん! 本当に来てくれたんだ! ありがと!」

「うん! どうしても会いたかったから!」

 

 久しぶりの彼はなんだか大人になっていました。肌も前より日焼けして身体つきも随分がっしりした気がしますし、何より雰囲気が明らかに違います。高校生特有のやんちゃな感じではなく、大人の男の人の醸し出す落ち着きのあり、近くにいる人を安心させるものを感じさせました。たった1カ月程度でこんなにも変わるものなのかとわたしは驚きを隠せません。

 

「え、えっと……あの……」

「? どうしたの?」

 

 最初は勢いで誤魔化していたものの冷静になると彼の成長ぶりに見惚れて何も言えないわたしを芥くんは不思議そうに見ていましたが、やがてニッコリと以前と変わらぬ人懐こい笑顔で笑いかけてくれます。

 

「久しぶりだと、何だか緊張するね」

「そ、そうだね……」

 

 その笑顔にわたしの心臓のエンジンは更に唸りをあげ鼓動を加速させていきます。自分でも顔が真っ赤になっていくのがわかる程でした。思わず、顔を隠すために俯いてしまいます。

 

 どうしましょう。何も言葉が出てきません。勢いで来訪したので特に何のプランも立てていないのです。わたしとしたことが……あれだけママに男の子とのデートの仕方を教えてもらったのに何も思い出せません……と、とにかく何か話さないと……変な娘だと思われちゃう……

 

「「あ、あの…!?」」

 

 声が重なりました。彼と……そっと、彼の顔を見上げると彼の顔も真っ赤に染まっていました。きっとわたしも彼と負けないくらいに真っ赤に染まっていることでしょう。

 

「ふふ……芥くん、顔真っ赤……!!!」

「な……!? そういう衛宮さんこそ……!? 顔、真っ赤じゃないか!?」

 わたしが軽くからかうと芥くんはさらに顔を真っ赤にして反論してきます。そんな様子も可愛らしくてたまりません。

「えぇ、芥くんの方が赤いよ!」

「そんなことないよ!?」

 

……あぁ、幸せ、ただ話して、一緒に笑っているだけなのにどうしてこんなに幸せなのでしょう……彼と一緒に話すだけでどうしてこんなにも胸の内側がキュッとするのでしょう……どうしてこんなにも幸せな気持ちになれるのでしょう……わたしはこの一ヶ月本当に生きていたんでしょうか? 彼と会えなかったこの一ヶ月は本当に存在していたのでしょうか?

 そんなちょっと怖い想像もしてしまうくらいわたしの気持ちは高ぶっているのです。今、彼との逢瀬を邪魔するものがいればわたしは容赦なく罵声を浴びせてしまうかもしれません。だから、誰も邪魔しないでくださいね。誰もわたしと彼の愛を邪魔しないでくださいね。

 

……ドアの陰でこっそり、覗いている、お母さん? 

 

あなたのことですよ……?

 




中途半端ですいません! 読んで頂きありがとうございました!
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