クリスマスが近い。誰も彼もが浮かれたつそんなイベントだ。
だけど、私みたいな人外にとっては何の関係もないことであり、今までもこれからもずっとそうだと思っていたのだ。
それなのに……
「サンタさん、今年も来てくれるかな!」
どこまでも真っ直ぐな瞳でそんなことを言われては無関係ではいられないではないか。
この子は我が後輩、藤丸立香とその妻、マシュ・キリエライトの息子だ。
顔は母親に良く似た顔立ちだが、父親に性格が似てしまったせいか、マシュのような理知的な雰囲気はなく、年相応のわんぱくさが滲み出ている。父親同様、年齢を重ねようと落ちつくことはないだろう。
「サンタ? そんなものいるわけ」
そう言いかけて、すんでのところで思い留まる。どこかの文献に書いてあった子供は無条件でサンタなる存在を信じるものだという記述を思い出したからだ。
「あのね、ぐっちゃん」
「もう訂正するのも疲れたわ……何よ?」
「お父さんとお母さんはね、クリスマスの日にはお母さん特製のご馳走を作ってお父さんは大きなケーキを買ってきてくれたんだ! それでね、夜、良い子にして寝てると、サンタさんが来て好きなものを置いていってくれてたんだ!」
息子は楽しそうにクルクルと回りながら、藤丸家のクリスマスの思い出を話す。そこに無理して明るく振る舞っているような素振りはなくただ純粋にダイヤモンドみたいにキラキラした思い出を私に話したいという思いが伝わってきた。
「……楽しそうね、本当に」
できるだけ平静を装い、返事をするが自分でもわかるくらいにぎこちない返事になってしまう。
だって、どんなに楽しくて綺麗で温かなものであってももうこの小さな子供がそれを手にする事はないのだから。
藤丸とマシュはもういない。協会の刺客によってこの世を去ってしまった。
この子供が両親の温もりを手にすることはもうないのだ。
私はどうしたら良いのだろうか。この子にどうしてあげるのが正解なのだろう。この子は徐々にではあるが、両親の死を乗り越えようとしている。だが、まだ10歳にも満たない子供なのだ。そんな子がある日一人取り残され、私みたいな人外の怪物と二人暮らしをしていたら、この子の人生にとって大きな損失を与えてしまうかもしれない。
「うん! だからね、今年もきっと来てくれるよね、サンタさん! 僕、良い子にしてたもん!」
私の悩みはどこへやら息子は無邪気な笑顔をこちらに向ける。私は思わず目を背けてしまった。私には少しその笑顔は眩しすぎる。
そんな笑顔を向けられてはとてもクリスマスを祝わないなんて言えないではないか。
「……そうね、楽しみにしてなさい。私がサンタを連れてきてやるわ」
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クリスマス当日。手は尽くした。息子が喜ぶかどうかは神のみぞ知るといったところか。
「すごい!? これどうしたの?」
「作ったのよ」
「こんな、ご馳走を? すごい、ぐっちゃん、すごい!」
食卓に並んでいるのはこの日のために勉強したクリスマスを彩る料理だ。七面鳥、ピザ、コーンスープ、グラタン、サラダ等、色鮮やかな品の数々。我ながら実にクリスマスらしいと思う。
「そうよ、褒め称えなさい。普段、気安くしている分私をもっと敬うのよ!」
「ハハァ」
私の高笑いとともに息子がひれ伏す。こういうときだけ調子良いのは間違いなく父親譲りだ。
「ぐっちゃん様」
「気分が良いわ、何かしら?」
「シャンパンを開けてもよろしいでしょうか?」
「ダメよ、後輩たちが許していても、私は許さないわ。お酒は二十歳になってからね」
「え〜、ケチ。ぐっちゃんのケチんぼ」
「好きに言いなさい。あ〜、ほら足をジタバタさせない! ちゃんと座る!」
漸く大人しくなった息子と共に手を合わせる。
「あ、今日はいただきますじゃないよ」
「どうして?」
「だってクリスマスだし、メリークリスマスだよ」
「……そうだったわね」
そういえば、カルデアにいた頃も毎年のように乱痴気騒ぎをしていたのを思い出す。当時は騒々しくて慌ただしくてバカバカしいくだらないイベントだと思っていたものだ。
「じゃあ、ぐっちゃんも一緒に、メリークリスマス!!」
「め、メリークリスマス……」
「ハハハ! ぐっちゃん照れてる」
「て、照れてないわよ!」
ただ、良い歳して気恥ずかしいだけだ。
30分後、あれだけあったご馳走を二人で平らげ(殆ど息子が食べたのだが)、食べ終わり満足げな息子にさらなる追い打ちをかけるべく冷蔵庫からケーキを取り出す。ただのケーキではない。べにちゃん直伝特製ショートケーキだ。
「ほら、御望みどおりのケーキよ」
「え!? すごい!! でっかい!! ぐっちゃんが作ったの!?」
「ええ、もちろん。こら、テーブルに乗らないの。ケーキは逃げないわよ」
「早く、早く!! もう待てない!」
美味しそうに食べている息子を見ていると顔が綻ぶのを自覚する。
いつからだろうか。私がこんなになったのは。
気がつけば私はどうしようもなく……
「どうしたの、ぐっちゃん?」
「え? あぁ、なんでもないわよ。 ケーキ美味しい?」
「うん! 美味しいよ! お母さん!」
「え?」
瞬間、沈黙が包む。息子は暫く自分が何と言ったか気づいていないようだっただが、ケーキをもぐもぐしている間に漸く気づいたのか、その小さなほっぺたを真っ赤に染めていく。
「ご、ごめんなさい、ぐっちゃん…… 変な事言って……」
「……別にいいわよ」
先ほどまで賑やかだった夕食は気まずい空気に包まれたまま、終わりを迎えてしまった。美味しそうに頬張っていたケーキも残したまま、息子はお腹いっぱいと言って自分の部屋に戻ってしまった。
私は静まりかえった夕食の席を一人片付けてる。
(お母さんね……)
マシュ。マシュキリエライト。私とあの子では顔も性格も在り方も似ているところなど何一つない。それでも、息子は言い間違えた。
お母さん。初めて言われた。何千年も生きてきて初めて。
息子は私の事をどう思っているのだろうか?
わからない。わからない。母親と思っているのだろうか。
それともただの世話してくれるだけのおばさんなのか。
考えても無駄という事はわかっている。そんなの当人にしかわからないのだから。
ん? 当人?
「あ」
私は何を迷っているのだ。私らしくもない。
「直接、聞けばいいじゃない」
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そうとわかれば猪突猛進。突き進むのだ、私。
「失礼するわよ!」
息子の部屋はすでに暗い。寝ているようだ。はしゃぎすぎて疲れたのだろう。
先までの気持ちをどこにやったらいいかわからない私はなんとなく寝ている息子の顔を覗き込む。あどけない、人間としての悪性などまるで感じさせない清らかな寝顔。
認めよう。
私は人間は大嫌いだが子供は好きだ。
「まったく……」
子供は自由だ。素直で純粋で、なによりも無垢だ。
そこに私は惹かれる。
だからか。この子にお母さんと呼ばれた時、胸が高鳴ったのは。
嬉しかったのだ。この子にお母さんと呼ばれて。
「はぁ……」
でも、それは駄目だ。私はこの子の母親にはなれない。
だってこの子は藤丸とマシュの息子なのだから。
私が入れる領域なんてない。
所詮、私はただの怪物。人外の化け物だ。
だから、この気持ちはこれで最後。
こんな感傷に浸るのはこれで最後にしよう。
そう思っていたのに。
「お母さん……」
息子のその言葉で再び心は乱された。
その言葉を投げかけられているのは私ではない。
その言葉を受けとめていいのは私ではない。
わかっている。わかっているのに。
「どうしてよ……」
私は息子の寝ているベッドのそばでへたれこみ、ただ息子のあどけない寝顔を眺める。
どんな夢を見ているのだろう。
夢の中でくらい藤丸とマシュに会えているだろうか。
「幸せにね……」
現実には藤丸もマシュもいない。だからせめて夢でくらいは会わせてあげたい。
駄目なのだろうか。これくらい思うことは。
母親ではない私では駄目なのだろうか。
息子の頭を優しく撫でる。
願う。願い続ける。
サンタさん。この子に幸せな夢を、と。