「あら、芥さん、どうもおはよう!」
「え、あぁ、どうも……」
朝、6時半。一人気ままに暮らしてた時はこんな時間に起きているなんてまずなかった。だが、仮にも保護者である以上、あのおチビのために家事をしなければならない。全くもって人間というのは面倒臭い。
「もうすっかり冬ねぇ、あの子にコート用意しなくちゃ」
「はぁ」
面倒臭い。何で、この私が人間の世間話に付き合わなくちゃならないのだ。それもゴミ捨て場で。そして、何で律儀にゴミの分別に協力しているんだ、私。
藤丸立香、マシュ・キリエライト。彼らは死んだ。何者かにより殺されて。
誰もが悲しんだ。でも、悲しんでばかりではいられない。
彼らには息子がいたのだ。当然、放っておけば間違いなく狙われる。
そう思った、ゴルドルフ所長をはじめとした元カルデアの面々は私をどうにかこうにか探し出して保護するように頼んできたのだった。
最初はもちろん、拒んだ。いくら、あの二人の息子だからって、精霊である私が人間の子供を育てられるはずがない。だが、ゴルドルフ所長のあまりに必死な頼みもあって私は渋々了承してしまったのだった。
そして、現在。私は後輩の息子と二人暮らしでとある街で呑気にすごしているのだ。ちなみに戸籍から住所まで全てカルデアの職員がつくってくれた。
というわけで、私は現在、設定上、一児の母である。
「何他人事みたいな顔してんの、あなたのとこもでしょ」
「え? そうなんですか?」
「そうに決まってるじゃない。いくら元気だからって年がら年中半袖半ズボンじゃ風邪ひいちゃうわよ」
「はぁ」
なので、お隣の奥さんに世間話を振られたって、目立つわけにはいかないので邪険に扱うことはできない。
ちょっと、爆発したくなっても我慢するしかないのだ。
「全く、あなたって美人なのに、どうして、そう洒落っ気がないのかしら」
「そ、そうですかね・・・・・・」
「全くよ、どこに行くにもノーメイクだし、朝はもっさいジャージだし、夜はマフィアの奥さんみたいな格好だし」
「楽でいいんですけどね・・・・・・」
嘘だ。正直、ジャージだって鬱陶しい。精霊の私がどうして人間の決まりに縛られなくちゃならないのか。
「もう、そんなこといつまでも言ってると、息子さんが虐められちゃうわよ。お前の母ちゃん、ゲキださジャージババァって」
・・・・・・何だと!
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「あ、おはよう、ぐっちゃん」
「おチビ」
「どうしたの、そんな怖い顔して」
「わたしの格好って変?」
「・・・・・・えっと、どしたの?」
「いいから」
私の剣幕に押されたのか、息子は顔を引きつらせ後ずさる。が、逃がさないようにしっかり壁へと追い詰め、いわゆる壁ドンとやらをかましてみせる。
「……えっと、あの、怒らない?」
「えぇ、もちろん」
「えっと、じゃあ、変」
「……ゴフッ!?」
「ワァ!? ぐっちゃん!?」
あまりにストレートな物言いに打ちのめされる私を心配してか、背中をさすってくる息子を気にせず、私の頭の中は大混乱に陥っていた。
私は変? そんな馬鹿な!! 項羽さまだって選んでくれたわ! このままで良いって言ってくれたし!! そう、変じゃない、変じゃないのよ!!
「私は変じゃない、はい、リピート!!」
「えっはい!? ぐっちゃんは変じゃない!」
「私は美しくてキレイ、はい、リピート!!」
「ぐっちゃんは美しくてキレイ!」
「よし! 私は項羽さまに選ばれた絶世の美女!」
「ぐっちゃんは項羽さまに選ばれた絶世の美女!」
「良いわ、乗ってきたわ!!」
その後、数分に渡って同じようなことを繰り返し、落ち込んだ心を持ち直した私と付き合わされてぐったりしている息子は朝食の席についていた。
「……で、お隣のおばさんに服装を変って言われたんだ」
「そうよ、全く失礼しちゃうわ。人間風情に私のファッションはわからないのよ」
「えぇ・・・・・・でもやっぱり変だよ」
「なんでよ!? 普通でしょ、ジャージなんてみんな着てるじゃない! 夜だって、水商売の女どもが着てるのとそう変わらないし・・・・・・」
「ジャージは別に変じゃないよ、でも、文字が……」
「何よ、何も変なことなんて書いてないじゃない!」
そうよ、私が項羽さまのことを愛していることに間違いはないのだ。
ならば、背中に項羽さま『♡LOVE♡』 と書いてあったって変じゃないでしょ。
「ぐっちゃん……」
「そんな悲しい者を見るような目で見ないでよ!」
今まで蔑みの目で見られてきたことは何度もあったけどそんな憐れみの目で見られたのは初めてよ! 全く、こんな屈辱初めてだわ!
「もういいわ、おチビなんて知らない。さっさと学校行きなさい!」
「言われなくても行くけどさ……」
いつの間にか朝食のパンを食べ終わっていた息子は食器を片付けるとランドセルを持って玄関へと向かってしまった。それをなんだかんだ送ろうと身体がついていく。仕方ない、もう、身体が慣れてしまっているのだ
「グヌヌヌヌ……」
「もう、そんな怖い顔しないでよ」
「別にそんな顔してないわよ」
「鏡見てよ」
「いつも通りの美人じゃない」
「いや、そうだけどね……」
「何よ……?」
「いえ、なんでもないです」
もうさっきの話は終わりよ。蒸し返したら爆発してやるわ。そんな覚悟の
私を見兼ねてか息子はそれ以上話すのをやめて靴ひもを結ぶのに集中した。
だが玄関を出て、見送ろうとすると、最後に息子がこんな爆弾発言をよこしてきたのだ。
「あ、そうだ、来週、授業参観だから、変な服で来ないでよ」
「え?」
授業参観? 何それ?
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『授業参観というのはだね、子供が普段どのように学校で生活しているのかを親が見にいく場面なのだよ。かくいう、私も最近、参加してね……ふふふっ、あの子ときたら、全員の前で『パパ、大好き』なんて、言ってしまってね…… ハハハッ! 参った、参った!』
電話をする相手を間違えた。これなら隣の奥さんに聞いた方がまだマシだった。何が悲しくてこの男の馬鹿話を聞かなければならないのか。
男の名はゴルドルフ・ムジーク。カルデアの所長だった男だ。最初は受け入れられなかった藤丸たちも異聞帯を攻略していく中で、気づけば誰もが彼を所長と認めていた。魔術師のくせに妙に人間味があるのが信頼を得たのだろう。だが、今回は聞く相手を間違えたようだ。
「……で、それにおチビが来週来いって言うんだけど」
いつまで、続くかわからない話を打ち切り本題に切り出す。本当に人間というやつは面倒臭い生き物だ。本題にいくまでがまどろこっしいのよ、全く。
『何? 君が授業参観に……? 嘘でしょ?』
「予想通りの反応ありがとう、太っちょ。でも、本当よ。だから相談してんじゃない」
誰が用もないのに好き好んで人間に連絡なんかとるもんですか。だいたい、この電話というもの嫌いなのよ。取るのを強制されてるような気がして。
『……いや、絶対だめだよ、君ぃ! 自分の立場わかってるのかね! 精霊だよ! 万が一正体バレたら大騒ぎじゃないか!』
「……わかってるわよ、そんなの」
そうだ、そんな事は分かっているんだ。私は精霊で、おチビは人間。所詮は相容れない。人間の集まりに私が入りこむなんて何が起こるかわかったものじゃない。大騒ぎになれば代行者の連中だってやってくるかもしれない。
でも、それでもだ。それでも、私は悩まなければならないのだ。
『……分かってるならどうしてそんな事を聞く? 虞美人君、こんな事は言いたくはない。言いたくはないが立場上、言わせて貰おう。……君は親ではない。親ではないんだよ』
親ではない。その言葉が今の私には酷く重い。おチビの親はあくまでも藤丸とマシュだ。私はその代わりでしかない。本物にはなれないのだ。
『君にあのボーイを任せたのは他でもない私だ。奴ら相手に守れるのは人間ではない君くらいしかいないと、思ったからね。その点では君には最大限感謝しているし、これからもよろしく頼みたい。だがね……あまり深入れしない方が良い……別れの時が辛くなるだけだよ』
「わかってるわよ!」
ゴルドルフは悪意があってそんな事を言ってるんじゃないって事くらい、いくら私でも察せる。彼があくまでも依頼という形でいた方が良いという事もこのうんざりするくらい長い生で経験してきた事だ。
項羽さま、長恭、藤丸、マシュ。全員、逝ってしまった。
失う度に広がっていく心の大きな穴、埋める事なんて不可能。生き続ける限り。死ねばなくなるけど、私は不死身。一生、その穴を眺めるしかないのだ。
だが、それでも、だ。それでも、私は後悔しない。否、後悔するわけにはいかないのだ。だって……
「……どなってごめんなさい……でもね、私はもう決めたの。決して後悔しないって。最後に別れがくるとしても、その出会いが間違いであるはずないんだから」
『……随分、変わったね、君は』
「……別に変わってないわよ」
『ハハハッ! 今のセリフをカルデアにいた頃の君に聞かせてやりたいよ!』
「うっさいわねぇ……」
わかっている事をいちいち口に出すんじゃないわよ……自分でもわかってるのよ。自分が変わった事なんて。
あのおチビのせいよ、全部。おチビのせいで嫌いな人間の中に飛び込む羽目になったんだから。
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「まぁ、こんな感じでしょ……」
あれから、1週間後。お待ちかねの授業参観日だ。ファッション誌を漁りに漁り、何とか納得いくものに仕上がったと我ながら思う。
モデルが誰かは最早、わからない。とりあえず黒髪で長髪のモデルの服装を片っぱしから見たからだ。おかげさまでここ1週間はろくに家から出ていない。
昨日なんか、一歩も家から出ていない。太った気がするが後で爆発すれば元どおりだ。
「さてと、時間は10時だったわね……」
おチビは朝から行っているので、一緒ではない。この服装を見たらどんな顔するだろうか。今から楽しみで仕方ない。
早めに到着するために9時半には家を出る。学校までは歩いて10分だから、
十分すぎるだろう。
1日ぶりの外は寒い。雪でも降りそうな雲行きである。コートを着て正解。 ちなみに今の私の格好はブーツに黒のスカート、いつものセーターの上に白いコートを着ている。どれも古着だが一級品のブランド物らしい。らしい、というのは私がそういう人間の物に興味がないからだ。以前、カルデアにいた頃、どこぞの軍師に貴重品を粗末に扱うな、と怒られたものだ。
学校に到着しおチビの教室前までいくと、私と同じような保護者がちらほらいた。皆、誰かしらと固まって話しているが、もちろん、私には知り合いなんていないので、一人で寒い廊下で待つ。
「……なんか、視線が気になるわね……」
他の親から見られている。視線には敏感なのですぐに気づいた。おかしい。どこか変だろうか。やっぱり着る前に誰かに見せるべきだったんじゃないか。
別に人間にどう思われようがどうでもいい。でも、おチビがそのせいでいじめられる事なんかになってしまった暁には目も当てられない。
私がそんな不安に思考を巡らせているとキーンコーンカンコーンと大きな音がなる。何事かと思っていると、そろそろね、と他の親の声が聞こえてくる。時計を見ると9時55分。先ほどの大きな音は時報だったようだ。
「あっ! ぐっちゃん!? 本当に来てくれたんだ!」
声のしたほうを見るとおチビが教室から出てくるところだった。家と全く変わらずの元気っぷりだ。
「……」
だが、私の姿を認めて近くに来たのは良いがその後、おチビは惚けたようにこちらをぼうっと眺めている。
「……何よ、その顔は?」
やっぱり私の格好どこか変なのかしら。不安が再び再燃する。1週間程度の付け焼刃では世間とのずれは修正できなかったか。
「…………」
「い、言いたい事があるなら早く言ったら良いじゃない……」
どうせ、私は……世間知らずの精霊様ですよーだ。別に人間ごときに馬鹿にされたって構いやしないんだから。
……別に強がってないわよ。
「……ぐっちゃん」
「な、何よ……?」
「キレイ!!」
「……え?」
予想外の反応に戸惑う私を放っておいて、おチビはワイワイと周りで騒ぎ立てる。
「すごい! モデルみたい! メチャクチャキレイだよ、ぐっちゃん!」
「そ、そう……?」
「うん! ねぇ、見てよ! みんな!」
「え! この人、芥のお母さん!? キレイ!?」
「ハリウッド女優みたい!?」
何処からか湧いてくる子供達が私を囲んで好き勝手にワイワイ騒ぎ立てる。正直言って、うっとおしいがおチビの保護者として来てる身としては邪険に扱う訳にも行かず、好きにさせるしかない。
「あ、こら、この! 服を引っ張るな!?」
「わーい! ぐっちゃんはキレイ! ぐっちゃんは美人!」
「この人、ぐっちゃんっていうの! わぁ、可愛いお名前!」
「ぐっちゃん! ぐっちゃん! ぐっちゃん!」
「馴れ馴れしいわね! コイツら!!」
……本当に全く……
……私は変わってしまった。昔の私ならこんなに人間に囲まれたら間違いなく癇癪を起こすだろう。だが今ではどうか。こんなに人間に囲まれて笑顔さえ浮かべているのだ。
昔の私を知っている者が見たらなんて言われるかわかったものではない。
だけど、それは決して間違いなんかじゃない。
だって……
「ぐっちゃん!!」
この子が笑っているのだから。