おチビが学校で苛められている。それが発覚したのは担任の教師からの一本の電話からだった。
「……最近、元気がなかったのは、そう言う事ね……」
担任が言うには苛めているのはクラスでもリーダー的な存在のガキンチョとその取り巻きたち。私を虐げてきた奴らもこんなやつだった気がする。
奴らはいつだって自分の意に沿わない人間は排除したがるものだ。今回も例に漏れず、そのガキンチョにおチビが逆らった事で苛めが始まったらしい。正確な事情も聞いた。学校は社会の縮図だと言うがまさにその通りと言いたくなるような内容だった。
だが、どうして相談してくれなかったのだろうか。疑問だ。
「ま、直接聞くのが早いわね」
ちょうど、おチビは帰ってきて部屋で遊んでいるところだ。茶でも持っていて事情を聞こう。そんな軽い気持ちでお盆に茶を乗せ、ドアをノックする。
「おチビ、ちょっといいかしら?」
「……今、忙しい」
覇気のない声が聞こえてくる。無視して、ドアを開ける。
「失礼するわよ」
おチビはベッドで寝転がってジャンプを読んでいて、私が入ってきてもこちらを振り向こうともしなかった。
「全然、忙しくないじゃない」
「……出てってよ」
「……担任から話聞いたわ」
「え?」
「苛められてるんだってね」
おチビの顔が強張る。そんなに私に知られたくなかったのだろうか。
「何で知って!? いや、違!? 苛められてなんかないよ!」
「言ったでしょ? 担任から聞いたって」
「……うぅ」
「どうして相談してくれなかったのよ」
これでも保護者だ。子供の相談くらいいくらでも乗るのに。それとも、私ではやっぱり駄目なのだろうか。
本当の母ではないから。
「だって……格好悪いじゃん……」
「え……?」
「苛められてるなんて……格好悪いよ……」
おチビの目から涙が一雫。絞り出すような声と共に溢れた。
「だって、苛められるって事は弱いってことじゃん……僕がもっと強ければ苛められるなんて事ないもん……」
……格好悪いね……確かにおチビは弱い。同年代に比べて身体も小さいし顔もマシュに似たために遠くから見たら女の子と見間違う程だ。
でも、だ。
「あんたは格好悪くないわ」
泣くおチビを優しく抱きしめる。
「苛められてた子を助けたんだってね……頑張ったじゃない、さすが、藤丸とマシュの息子ね……勇敢さはあいつらそのものよ」
彼らの旅はまさに挑戦の日々だった。立ちはだかるのはいつも自分より強い者たち。どうやったって勝ち目はないだろうと思わされる者たちばかりだった。だが、彼らはそれでも勝ち続けた。
何故か。
それは勇気だ。決して折れない鋼鉄の意志だ。それが彼らを勝利へと導いたのだ。ちっぽけな彼らにとってそれは最大の武器。弱者でも誇れる最強の矛だ。
それがこの子にも備わっている。
なら、大丈夫だ。
「あんたは弱くなんかない。だって苛められている子を助けようとしたんだもん。誰でもできる事じゃないわ」
「……でも、でも……僕、負けちゃって……」
「勝敗じゃないわ……あんたは立ち向かった……それが強さの証拠よ……それにほら、まだあんたは負けてないわ……」
「……え?」
「負けを認めた奴がそんな号泣するわけないじゃない」
本当に諦めた時、それは涙すら出なくなった時だ。何もかも諦め、全てがどうでもよくなった時、人は敗北する。項羽さまを失った時、私はそれを実感した。
「悔しいんでしょ?」
「……うん」
「むかつくんでしょ?」
「……うん!」
「全員、ぶっ飛ばしたいんでしょ?」
「うん!!」
返事は徐々に強くなり、おチビは立ち上がり、笑顔で言い切った。
「ぐっちゃん、見てて! あいつら絶対ぶっ飛ばすから!」
「やってやりなさい!」
「うん!」
おチビはそう言って部屋を飛び出していく。私は結局飲まなかった茶を一人すすりながらそれを見送った。
先ほどの笑顔を思い出しながら。
藤丸とそっくりだった。後、10年もすればますます似てくるだろう。
なんだかんだであいつと暮らし始めて数年が経った。
10年。この調子だとあっという間だろう。
そうすればこの暮らしも終わる。大人になればやがて彼も自分の家庭を持つだろう。
一抹の寂しさを覚える。認めるのは癪だが彼と暮らした数年は私の人生に新しい色彩を与えてくれた。
でも、それはいつかなくなるものだ。彼がいなくなれば。
……あぁ、だけど、それまでは彼の成長を見守りたい。
私は強く願った。