「林間学校?」
「うん。2泊3日でね。クラスのみんなでカレー作ったり、テントでお泊まりしたり、色々するんだよ」
「ふーん」
人間というのは変な生き物だ。自ら都市に住む事を選んだ癖になぜ、自然を恋しく思うのか。全くもって理解し難い。散々、私たちを押しのけた癖に一体、どういうつもりなのか。
「何だか、面白くなさそうだね、ぐっちゃん」
「え? あぁ、そんな事ないわよ、寧ろ、家が静かになってせいせいするわね」
「む!? そんな事言って寂しくなっても知らないからね!」
「そんな事になったら、逆立ちして町内一周してやるわよ」
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そして、林間学校当日。息子は朝5時半に家を出た。そんなに早くに出て、一体どこに行くつもりなのか。
「う〜ん! 自由だ〜!」
ここ最近、家事ばかりしてからか、開放感が身体を包む。窓から入ってくる風が心地良い。久しぶりに公園にでも散歩しに行こうかしら。そんな事を思いながらテレビをつける。いつもの女が何が面白いのかわからないがヘラヘラ笑いながら天気を伝えている。常に笑顔なんて笑っていないのと同じだと思う。
「ふ〜ん、今日は晴れね……」
私は映画でおなじみの吸血鬼ではないので、血が必要でもなければ、陽の光に弱いとか、にんにくが苦手とかそういう事は一切ない。だから、陽の光にあたれば気持ちいいし、餃子ににんにくを入れれば美味しい。
「よし……今日は餃子ね」
考えていたら、無償に餃子が食べたくなってしまった。今日は一人でビールでも飲みながら餃子パーティと洒落込むとしましょう。
「そうと決まれば……」
私は早速、着替えて出かける準備をする。いつぞやのいざこざで人間の服の勉強はしたので、日常の風景に当たり障りのない格好を選ぶ。
最近は頑張って、ご近所さんとやらとも仲良くしようとしている。朝ドラ曰く、そういうご近所付き合いとやらが子供にも影響を与えるらしい。隣にも息子と同い年くらいの子がいるので、尚更、そういった付き合いを蔑ろにしないほうがいいだろう。
外に出ると、夏の日差しが肌を突き刺す。先ほど、家にいた時の心地よさは何処へやら、生ぬるい風と灼熱の太陽が私を襲う。
「……これはビール倍増しね……!!!」
めくるめく黄金の泡が私を待っている。そう決心して、熱されたフライパンのような状態のアスファルトの地面に飛び立つ。この科学物質大嫌い! 何たって、人間はこんな不便なものを道路一面にしきつめるのよ! 土でいいじゃない!
「……」
暑い。とにかく暑い。息子は無事だろうか。ニュースで見たが最近、熱中症というものが流行っているらしい。
「……どっかで、倒れてないといいけど……」
……まぁ、あいつの事だから、どこに行こうが元気にやっているでしょ……というより、何で私はせっかく一人になれたのにあいつの心配をしているのかしら……
「……フンッ」
この間、息子と約束した事が脳裏によぎる。
『む!? そんな事言って寂しくなっても知らないからね!』
『そんな事になったら、逆立ちして町内一周してやるわよ』
「寂しいわけないじゃない……」
そうだ。私は誰だ。天女と呼ばれた虞美人だ。その私が子供一人2、3日いなくなったくらいで、寂しいと思うだろうか。いいや、思うわけがない。
「そうよ……思うわけないじゃない!」
気を紛らわせるように走り出す。そう、私はあの虞美人! 私を縛れるのは項羽様だけ! だから、子供一人いなくなったって全然、寂しくなんかないんだから!
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『で、君は何かね? 寂しくビールを煽ってたら、虚しくなってきたから、私に電話をかけてきた、と……?』
「違う! ちがーうわよう!! ただね、ただ、私はちょっと、ちょっとよ? 話し相手が欲しかっただけよ!」
『それを寂しいと言うのだよ! このポンコツ精霊! 時計塔の連中が知ったら、卒倒しちゃうよ、全く!』
買い物から帰ってきて、計画通り、餃子パーティを決行。午前中意味もなく全力疾走したせいで疲れた身体を癒すため、普段ならありえない、秘儀昼間から酒飲みを敢行。結果、箱で買ったはずのビールは今や最後の一本と化していた。
「何よう!? 精霊がビール飲んじゃいけないっていうの!? 差別よ! 虞美人差別!! 最低ね! カルデア所長が聞いて呆れるわ、このデップリお腹!!」
『ええい! やかましいわ!! わかってはいたがこの精霊、絡み酒だな! 悪いが、君に付き合える者はこの星には存在しないのだよ! あぁ、藤丸、マシュ、帰ってきておくれ……私にこの生き物の世話は無理だ……!』
「あんたに世話された覚えはないわよ!」
『何だとう、この恩知らず!? 君が召喚されたとき、かばってやったのは誰かね!?』
「そんな、大昔の事忘れたわよ、この卑怯者ぅ!!!」
そのまま勢いで電話を切る。全く、人が気持ち良く飲んでるっていうのに、ノリの悪いやつねぇ……ノリが良いのはお腹の肉だけかっての……
「はぁ……これが最後か……ねぇ、おチビ……ねぇ……てばっ!」
話しかけても返事がない。イラついて、いつも息子が座っているソファに目を向ける。だが、もちろんそこには誰もいない。
「……そういえば、林間学校だったわね……」
酔っ払って、そんな事も忘れていた。そもそも私が呑気に昼間から酒を煽っていたのは、あいつがいないからではなかったか……
「はぁ……暇だわ……」
一人きり。こんなの、つい数十年前では当たり前だったのに。思えば、随分と私は誰かが周りにいるという環境に慣れていたようだ。カルデアにいたときも基本はマイルームにいたが、藤丸やマシュが出入りしてたし、何かを食べたくなったら、食堂に行けば、赤い外套のアーチャー達が作ってくれた。
「……そろそろ、寝ようかしら……」
そう思って、席を立ったら、不意にスマホが振動する。……誰よ……こんな時間に……スマホの画面を見ると、書かれていたのはペペロンチーノ。何で、このタイミングでこいつが……
「……何よ、何か用かしら……?」
『ハァイ! 芥ちゃん、元気にしてるかしら! ゴルちゃんから芥ちゃんが一人ぼっちで寂しいって聞いたから電話しちゃった!』
スカンジナビア・ペペロンチーノ。本名、妙漣寺鴉郎。私たちと同じ元クリプターだ。外見は完全に男だが、服装、仕草、口調は女性で、まぁ、所謂、オネエである。その経歴からか、Aチームの時点で、既に私の正体にも気づいていたようで、それを察した私もこいつとは他の奴らとよりは気楽に話せていた気がする。
「うるさいわねぇ……寂しくなんかないわよ!」
『わぁ、スゴイ! あの芥ちゃんがお酒でベロベロよ! ペロペロしちゃいたい!』
「気色悪い! あんた、自分の見た目考えなさいよ! もう良い年齢のくせして!」
『あんらっ!? 失礼ね! 私は永遠の18歳! いつまでもピチピチお肌なの!』
こうやって、こいつと話しているときは何故だか心が落ちつく。Aチームのときもそうだった。こいつとだけは本を閉じて、会話をしたものだ。
暫く、他愛もない会話をして、話題も尽きてくると、ペペロンチーノは急にしっとりとした声で、話題を変えてきた。
『……あなたは随分、変わったわ。芥ちゃん……声だけでわかるもの。凄く素敵な出会いをしたのね』
「……あんたは相変わらずね……ペペ……」
答えになっていない返答をしたが、ペペロンチーノにはわかりきった事だろう。彼は何も言わずにただ、笑ってくれた。
『ふふっ……そうね……こっちもこっちで楽しくやってるわ。あなたも息子ちゃん連れて、今度いらっしゃい』
今、ペペロンチーノはゴルドルフの元でボディガードとして働いている。元はフリーの傭兵だった彼もゴルドルフの元で働くのは気に入っているようだ。因みにカドックも同じく研究者として働いていて、良く二人で飲みにいくそうだ。
「えぇ、そのうちね……」
そして、電話は切れた。再び、一人きりの夜がくる。
「…………はぁ」
酔いはいつのまにやら冷め、冷静な思考が戻ってくる。明かりは点けていなかった。いつもは息子がいるから点けているが本来の私には照明の明かりなど必要なく、カーテンの隙間から入る星と月の光だけで十分だった。
息子は元気だろうか。思えば、あいつと暮らしてから一人の夜はこれが初めてだ。最初あった頃の息子は学校に通えるような状態ではなかったし、通えるようになってからも暫く、他のところに泊まるという事はなかった。
「全く……私も焼きが回ったわ……」
精霊である私が人の子供を心配するようになるなんて……人間は今でも憎い。それは変わらないはずなのに。奴らが私たちにしてきた仕打ちを忘れるつもりはない。
でも、私は知ったのだ。人間の中にも確かに価値ある者がいるのだと。その者たちまで、憎むというのは筋違いだ。
「項羽さま……」
貴方様を貶めた輩を許すつもりは決して御座いません。ですが、どうか、お許しください……人間である子と共にこれからも暮らす事を……あの子には何の罪も御座いません。故に、私は彼の子の行く末を見届けたく、そして、守護したいのです。それがあの逝ってしまった我らが主にできる最後の恩返し……項羽様と再び逢瀬をさせてくれた恩義に報いることだからです……ですから、どうか……もう少しお待ちを……貴方の元にいつか必ず……
脳裏に浮かぶのはありえない情景……私はクスリと笑い、その情景を眠りにつくまで脳裏に焼き付けた。
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翌日、息子がいなくなって二日目。私が何をしていたかというと、もがいていた。迫りくる二日酔いに苦しめられ、頭は痛いは、吐き気は10分単位でくるわの大騒ぎ。息子と暮らしてからはしていなかった爆散も考えようかと思ったが、せっかくの我が家を血肉に染めては息子が帰ってきたとき、何の言い逃れもできやしない。私は必死にリビングのソファとトイレを行き来しながら、時がすぎるのを待った。
「おえっ……気持ち悪い……」
ゴルドルフから支給されてきた薬箱に入っていた二日酔いに効くとかいう薬も使ってみたが、効果なし。文句の一つも言ってやろうかと電話をかけてやったが、缶ビール24本飲みきる身体に効くわけないだろう!と切られてしまった。会ったときが楽しみだ。
そんなこんなで二日目は終了。文字通り、ゲロまみれの1日と言える。
そして、3日目。
「ぐっちゃん、ただいま!」
「おかえりなさい」
お昼頃、息子が帰ってきた。3日見ていなかった息子は日焼けして肌の色が黒くなっており、やんちゃ坊主といった印象を強くしていた。これで坊主なら完璧だったのに。
「アンタ、随分日に焼けたわね」
「うん! 2日間、丸々快晴だったからね!」
「そ。楽しかった?」
「うん!でも、疲れた! ぐっちゃん、お昼!」
「はいはい、準備できてるわよ」
玄関に靴と重たい荷物をほっぽり出し、息子はリビングに駆けていく。玄関に残された靴を綺麗に揃え、私も遅れてリビングへ向かう。
「クンクン……なんか臭わない?」
「え? き、気のせいじゃない? ほら、家の匂いを忘れてるのよ、きっと………」
危ない、危ない。昨日の惨事を思い出し、思わず、また、戻すところだったわ……一応、もう一度、消臭スプレーをかけといた方がいいだろう。あんな状態の私を息子に知られるわけにはいかない。
「ほ、ほら、そんな事より、今日はそうめんよ。アンタ、好きでしょ」
「やった! 僕、流しそうめんしたい!」
「それは今度ね」
茹でてあったそうめんをざるにおろし、机に持っていき、息子に準備させた麺つゆに漬けて食べ始める。
「……」
美味しい。そうめんってこんなに美味しかっただろうか。と、自分を誤魔化すように言い聞かせてみる。だが、無駄だった。
目の前には息子がズルズルとそうめんをすすりつつ、林間学校の楽しかった思い出を私に笑って聞かせる。
私はそれに相槌を打って、息子の笑顔を眺める。
ご飯は誰かと食べた方が美味しい。そんなありふれた台詞。癪だが認めてやろうじゃない……
「……ところでさ、ぐっちゃん、約束覚えてる?」
「へっ? 何の事よ?」
私がそんな事を呑気に考えていると、不意に息子は話題を変えてきた。
「だから、あの約束! ほら、僕がいない間、寂しがったら、町内逆立ち一周ってやつ」
「あぁ、あれね。ははん、なら、私の勝ちね。だって、私、別にあんたがいなくても、別に寂しくなんかなかったし」
「……全く、嘘つきだなぁ、ぐっちゃんは」
勝ちほこる私に対して、やれやれと首を振る息子。
「何よ……その態度……なら、私が寂しがってた証拠でもあるわけ?」
「ゴルドルフおじさんから、聞いたよ。ベロベロに酔っ払ったぐっちゃんから電話がかかってきたって」
「……ぐはっ!!!!」
「林間学校行く日の前におじさんに電話してたんだ。ぐっちゃんが電話かけてきたら教えてって。まさか、酔っ払ってかけるなんて思わなかったけど」
勝ち誇った笑みを浮かべた息子が、ニンマリと種明かしをする。どうやら、私の行動はこの小学生に全てお見通しだったらしい。
「じゃ、約束通り、逆立ちで町内一周ね!」
「……おのれ〜〜〜!!!!」
「ギャァァ!!! ぐっちゃんが暴れ始めた!!」
こうして、私と後輩の息子の日常は騒がしく再開されるのだった。
〜了〜