おれっ娘、ときどきダンジョン   作:センセンシャル!!

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三人PTの準備回は初投稿です。


おれっ娘たちのダンジョンアタック準備回

 秋元さん……もとい、キモオタさんと顔合わせをしてから数日後の日曜日。僕とアイカにとっては2回目となるダンジョンアタックの日がやってきた。

 本当のところ、僕としてはもう一週間ほど間をあけてからにしたかったんだけど、それだと会社員をやっている僕と違って、アイカとキモオタさんには収入がない。

 アイカは実家暮らしだから、収入がなくてもすぐに生活に困窮するということはないし、キモオタさんはいざとなれば岸峰さんが面倒をみてくれるはずだ。焦る必要はないのかもしれない。

 だけど、やはり収入がないという状況は健全ではない。アタッカーに成り立てのアイカはもちろんとして、キモオタさんも岸峰さんから「働け」と言われているわけだし、すぐにダンジョンに行けるに越したことはない。

 そんな事情を鑑み、また今回は斥候ロールの先輩アタッカーが同行するというアドバンテージを踏まえ、前回より少しランクが上の森林型ダンジョンを一つ選び、そこだけを調査した。

 探せばもっと条件のいいダンジョンが見つかったかもしれないけれど、如何せん準備期間が短い。しかも僕は、日中は会社で仕事をしている。使える時間も家に帰ってからの数時間だけだ。

 ベテランさんは「兼業でもアタッカーはやっていける」って言ってたけど、当然それには相応の困難が伴うということを実感した。……それでもやっていくと決断したのは、僕自身だ。文句を言うつもりはない。

 

 閑話休題。時間的制約によって、最適なダンジョンを見つけられたとは言えないけれど、それでもしっかりと情報の精査はした。魔物を倒すだけなら、僕とアイカでも十分可能なダンジョンだ。

 ただ、それは二人のコンディションが万全であり、しっかりと連携できた場合の話だ。前回と同じありさまでは、魔物と出会えても戦うことすらできないだろう。

 今日のダンジョンアタックの成功は、キモオタさんの働きにかかっていると言っていい。それを見るためのアタックでもあるのだから。

 

「おせえなぁ」

 

 ダンジョン受付のロビーでベンチに座って足をぶらぶらさせながら、アイカがぼやく。僕たちが到着して、既に20分が経過していた。

 別にキモオタさんが遅刻しているわけではない。僕たちが待ち合わせの30分前に到着していたというだけの話だ。

 集団行動において10分前行動は基本であり、初めて行くような場所ではさらに余裕を持って動くのは当然の判断だ。何が原因で遅延が発生するかわからないのだから。

 もちろん(という表現が適切かわからないけど)、アイカは「そんなに早く行く必要ないだろ」とごねたので、あのファミレスのパフェを約束して言うことを聞かせた。安い幼馴染である。

 とはいえ、さすがに30分前は早すぎだったかもしれない。前回よりは街に近いところにあるためか交通の便がよく、予想よりスムーズに移動できた。それでも来るのに1時間半かかったけど。

 集合場所を現地ではなくバスターミナルにすれば、もう少し遅くてもよかっただろうが、アイカが現地集合がいいと言って、僕もそれに賛成した。

 ……理由は、彼の性格で察してもらいたい。岸峰さんが矯正してくれるという話ではあるけれど。

 

「もうそろそろだよ。待ち合わせまで10分もない」

「あと10分もある、だろ。先に行ってもよかったんじゃねえか?」

「ここで待ち合わせってことにしちゃったからね。それは失礼だよ」

 

 これが長年一緒にアタックしたパーティとかだったら、あのベテランさんみたいに別行動でも平気なんだろうけど。駆け出し二人とこの間知り合ったばかりの人のパーティでそれは無理だ。うまく合流できると思えない。

 そもそも僕たちだけで行ったところで、上手く魔物を狩れるとは思えない。前述の通り、今回はキモオタさんありきでプランを組んでいる。時間と体力を無駄にするだけだ。

 前回の反省があるからか、アイカは口では文句を言うものの、それだけにとどめてくれている。御する労力が減って、助かる限りだ。

 

「でも、アイカは先に鎧ぐらいつけた方がよかったかもね。時間かかるでしょ?」

「それなら大丈夫だぞ。あの後、例のスポーツ用品店行って、鎧着る練習したからな。2分あれば着替えられる」

「え、普通に早くない? 僕の鎧でも、着替えってなったら3分はかかるのに……」

「コツがあるんだよ。留め具を一つ一つ止めるんじゃなくて、3つぐらいいっぺんにやるんだと。男物なら店の人は1分で着替えてた」

 

 僕の知らない間に、彼女はアタッカーとしてレベルアップしていた。僕の幼馴染は、やると決めたときの集中力はすごい子なのだ。

 時間つぶしに、僕と彼女の雑談は進む。こうしていれば10分なんてあっという間だ。

 

「そういうお前は、マナポーション買ったのかよ。ここで買うと高いだろ」

「ネット通販があったよ。サイズとか効果とか選べて、値段もいろいろだった。あんまり効果が悪くても嫌だから、前回より少し安い程度のにしたけど」

「ふーん、便利なんだな。あ、じゃあお前が嫌がってた味についても、フレーバー付きとかあったんじゃないか?」

「あったけど、レビューが尽く低評価だったからやめた。マズいのは変わらないらしいし、効果低くなるし、値段も結構高いし」

「味の研究、進んでないのか? 結構大事だと思うんだけどなー」

「そうだけど、やっぱりアタッカーにとって大事なのは効果の方だから。アタックの成果や、もっと言えば命に関わってくるものだし」

 

 アイカとの何気ない会話で、まだまだ完全とは言えないアタッカー業界の現状を共有する。人の命が関わっている関係でしっかりしたサポート体制が整っていると感じたけど、それでも完全とは言えない。

 もしかしたらそういうところにビジネスチャンスが埋まっているのかもしれないけど……一会社員が考えるようなことでもないか。

 

「そういや、前回は気にしてなかったけど、ダンジョンアタック中の飯ってどうすんだ? 今日も何も用意してないけど」

「低階層でやる場合は、受付に戻って食堂を使うみたいだね。中層まで潜る場合は携帯食糧を持参したり、深層になると野営のための準備なんかもするらしいよ」

「なーんか、話聞いてるとアタッカーの食事事情っておざなりだよな。弁当作ってきた方がよかったかな」

「えっ、アイカ料理なんてできたの? ……痛い痛い、叩かないで」

「うるせー、このバカリン!」

 

 頬を膨らませたアイカにパシパシ背中を叩かれる。少なくとも僕の知る中学までのアイカは料理なんてできなかったのに……彼女も、成長してるんだなぁ。

 

 

 

 そんな感じでぐだぐだしていたら5分が経ち、入口の自動ドアから見知った顔が現れた。相変わらず見た目だけはイケメンだからとても目立つ。

 彼はすぐに僕たちを発見し、人の好い笑顔を浮かべた。……ほんと、見た目だけならいいのになぁ。

 アイカが立ち上がりファイティングポーズをとって警戒する。さすがにそれは失礼なので嗜めつつ、僕も立ち上がる。

 

「やあ、倉橋ど……さんに小鳥遊どn……さん。絶好のダンジョンアタック日和でござ……ですね!」

 

 ひくひくと頬を引き攣らせながら、それでも何とか爽やかな笑顔を保ちつつ、何度か言い間違えながらも挨拶をするキモオタさん……秋元さん。過剰なアクションもなく、ごくイケメンの好青年だった。

 ……なんだろう。本来はこれがあるべき姿だと思うんだけど、ファミレスでの一幕があまりにも強烈だったせいで、「誰だお前」って感想が拭えない。

 

「誰だお前」

 

 アイカなんて口に出して言っちゃってるし。秋元さんは気を悪くした様子もなく、引き攣った爽やかな笑顔を維持している。

 

「せっs……私ですよ、秋元です」

「いや、そりゃ見りゃわかるけど。キャラ違いすぎて逆に気持ち悪い」

「アイカっ。あの、岸峰さんの言ってた「矯正」の結果だと思いますけど、大丈夫ですか? 明らかに無理をしてる気が……」

「無理なんてしてないでござr……してませんよ。ハハハ」

 

 爽やかな笑顔の中、彼の瞳だけは虚ろだった。心ここにあらず、何とか今のキャラを崩さないように必死になっている証だ。

 ……このままでは、ダンジョンアタックにも差し障る。多大な労力を支払ったであろう二人には悪いけど。

 

「キモオタさん。今日は素で構いません。岸峰さんには僕の方から言っておきますので、安心してください」

「えっ。いや……しかし……」

「お二人が僕たちに気を使ってくれたのはとてもありがたいことなんですが、キモオタさんのロールは斥候です。パーティの生命線なんです。キャラを維持することに集中を割く余裕なんて、ないはずですよね」

「それは、その……」

「まあ、そうだよな。おれたちはこれからダンジョンに潜るんだ。余計なことに気を回して本来の仕事がおろそかになるんじゃ、いる意味ねーよな」

「アイカが言えたことじゃないでしょ。僕もだけど。……ここにいるのは、未熟者二人です。キモオタさんに頼ってしまうことになりますが、だからこそ、キモオタさんは先輩として、もっと堂々としているべきですよ」

 

 本心を交えて説得する。事実として、この中で一番頼りになるのは、最も経験を積んでいるキモオタさんだ。だからこそ僕も、彼にリーダーをやってほしいと思ったんだ。結局僕がやることになってるけど。

 キモオタさんの瞳に光が戻ってくる。笑顔は爽やかなまま、苦笑へと変化する。

 

「……いやはや、後輩から教えられることは多いでござるな。確かに、気もそぞろにしてアタックに挑むなど、ダンジョンに失礼でござった」

「いや、別にダンジョンに失礼とかは思ってないけど……やっぱ変なやつ」

 

 でも、こっちの方がキモオタさんらしい。そう思うと、僕も何となく苦笑が浮かんだ。

 

「キャラの矯正自体は、今後パーティを探す上で役立つことだと思うから、継続してもいいと思いますよ。ただ、もっと長期的にやらないと無理なくできるようにはならないんじゃないですか」

「然り。岸峰殿にもそう伝えよう。しかして倉橋殿。拙者は倉橋殿たちのパーティに入るつもりでござるが?」

「えー。おれたちは二人でやっていくつもりなんだから、お前は他所を探せよ」

「だからそれは無理だって言ったでしょ。少なくとも、経験を積むまでは二人アタックなんて無謀以外の何物でもないよ。……キモオタさんを加えるかは、今日の結果次第ということでお願いします」

「ふむ、俄然やる気が出てきたでござるな!」

 

 「ホァアアアア!」と謎の雄叫び(高音)を上げるキモオタさん。やる気を出されるとこっちがついていけないので、彼の場合はむしろやる気は出さない方がいいのではないだろうか。

 もし彼のテンションをいい塩梅に収めることができたなら、僕としては組むことにやぶさかではない。アイカの説得は必要になるだろうけど、その程度で斥候が手に入るなら、惜しむような労力ではない。

 僕も彼をコントロールできるように頑張ってみようかな。そう思って……やっぱり全然楽になってないなぁと小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 受付を済ませ、ロッカーのキーを受け取って更衣室へ。男性と女性で更衣室が別なのはもちろんだけど、その中にさらに試着室のような小部屋があり、装備品の入ったロッカーはそこにある。

 ダンジョンアタックの装備は、魔法使いでなければ武器が必要になり、人の身長より大きなものもある。そうでなかったとしても鎧は必須であり、これも場所を取るものだ。

 物を置くにも装備するにも、それなりのスペースが必要となり、仕切りなしでは人同士の接触などトラブルの元となってしまう。装備品がどれも高価なこともあり、盗難の問題もある。

 なので、僕とキモオタさんが同じ更衣室を使うからと言って、一緒に着替えるわけではない。そんな誰得展開はない、いいね?

 

「倉橋殿、着替え終わってござるか。スケイルメイルとは、良いセンスでござるね」

 

 個室を出ると、既にキモオタさんは待っていた。さすがに先輩アタッカーだけあって準備が手早い。

 彼の装備は、迷彩柄のアンダーにレザーアーマーという、防御力よりも機動力と隠密性を重視した、まさに斥候と感じるものだった。

 それだけでなく、アーマーのあちこちに小さなポケットがついており、剥ぎ取り用と思われるナイフや、鉱石採取に使うであろう小型ドリル、プラスチック製の容器に入った薬品など、武器以外の装備も充実している。

 たかがスケイルメイル一つを着るのに3分もかかっている僕とは段違いの手際の良さだ。自分がアタッカーとして未熟であると、改めて実感する。

 

「お店の人のお勧めに従っただけですよ。正直、本当にこれで最適なのかはわかりません」

「いやいや、汎用性という意味で言ったら、それ以上の装備はござらんよ。自分のスタイルを見つけるまでの装備として、今の倉橋殿に最も適してござる」

 

 「わからないままでなく、ちゃんと調べられるのも軍師適性高いでござる」とのこと。僕としては、そのうち軍師は誰かに丸投げしたいんだけどなぁ……。

 ただまあ、キモオタさんの言うこともわからないではないし、軍師を見つけるのは斥候よりも難しいと思っている。何せ「アイカの個性を尊重できる軍師」でなければならないのだから。

 軍師というロールは、言ってしまえば「パーティの方向性を決定するロール」だ。ダンジョンアタックそのものという戦略面から、魔物との戦闘という戦術面まで、パーティ全体の行動を決める役割なのだ。

 それを踏まえて、アイカの我の強さは多くの軍師にとって扱いづらいものだろうと、僕は思っている。15年来の幼馴染である僕ですら扱いきれていないのだ。

 なので、斥候は絶対必要と考えてはいるものの、軍師については当分の間は僕が務めなければならないと覚悟は決めている。

 

「僕のスタイル、か。……正直、後ろから魔法を使う以外に思いつかないですね」

「それにしたって、いろいろとやり方はあるでござるよ。前衛に時間を稼いでもらって大火力で一掃するか、逆に前衛の補助として牽制を行うか、それだけでも装備は違ってくるでござる」

「……僕の場合、どっちでもあってどっちでもないような、微妙な感じですね。動きとしては後者になると思いますけど、小技をピンポイントで当てる形なので」

「いやはや、顔合わせのときも見せてもらってござるが、初心者とは思えない技量でござるな。制御だけならベテランレベルなのでは?」

「さすがにそれは言いすぎでしょう」

 

 そんな感じで、先輩アタッカーからのアドバイスという形の雑談をしながら、ロビーにたどり着く。

 前回とは違って、アイカは既に着替え終えて待っていた。……相変わらず目に毒な鎧姿だ。

 

「ごめん、待たせた?」

「1分も待ってねーよ。……そいつの、鎧じゃねーじゃん。大丈夫なのかよ」

「レザーアーマーっていう皮製の鎧だよ。動きやすさを重視した鎧なんだよ」

「斥候の嗜みといったところでござる。……ふむ、小鳥遊殿もスケイルメイルでござるか。悪くはないでござるな」

 

 さっきとは違い、ちょっと含みを持たせた言い方をするキモオタさん。視線を向けられ警戒態勢を取るアイカだけど、彼は全く動じず冷静な表情を崩さなかった。

 

「小鳥遊殿は倉橋殿と違って、既に自分のスタイルを確立してござるな? となれば、他の選択肢も十分可能でござる」

「そうなんですか。……ちなみに、どうしてそう思ったんですか?」

「小鳥遊殿の武器でござる。ダガー二本ということは、双剣士でござろう? 双剣士というのは、言わば速度重視の剣に特化した剣士でござる」

 

 装備を見ただけでそこまでわかってしまうのか。やはり経験の差というのは非常に大きい。彼の持つ深い知識も、これまでのパーティで「能力は非常に優秀」と評価を受けたことに頷ける。

 真面目に返されるとは思ってなかったのか、アイカは面食らった様子だ。彼女の拳から力が抜けるのがわかった。

 

「候補としてあげられるのは、拙者のようなレザーアーマー。ただしこれは防御力に難があるので、前衛を務める小鳥遊殿には少々心もとないでござるな」

「……別におれは、このままでいいんだけど」

「スケイルメイルも決して悪くはないでござるよ。しかして、最適かと問われれば否でござる。軽鎧とは言え、やはり重量は無視できぬし、手足の可動範囲は間違いなく狭まってござる」

「それは、確かに。魔法で戦う僕は気になりませんけど、実際に手足を使うアイカにはマイナスになってますね。けど、そんな都合のいい鎧なんてあるんですか?」

「意外とあるんでござるよ。中でも拙者一押しなのが、ゲル状鎧、通称スライムアーマーでござる。多少値が張るのと、見た目が良くないので敬遠されがちでござるが、実は優秀な子なんでござる」

 

 熱弁をふるうキモオタさん。何故彼がオタクを自称するのか理解した。ダンジョンに関することが好きなんだな、この人。「ダンジョンオタク」ってことだ。

 スライムアーマーは柔らかいため体の動きを阻害せず、また弾力のおかげで防御力も確保できるそうだ。重量もスケイルメイルより軽く、確実にアイカの戦力はアップするだろう。

 問題となる値段と見た目だけど、一着30万だそうだ。素材自体は大したものを使っていないんだけど量が必要となり、また加工技術も結構高度なものを使用しているため、値段が跳ね上がってしまうらしい。

 また、弾力で防御を実現する関係で、どうしても分厚い装甲になる。太った人に見えてしまうため、特に女性アタッカーからは毛嫌いされているのだとか。

 そもそもスライムアーマーの存在を知らなかった僕としては、キモオタさんからもたらされる情報にただただ感心するばかりだった。

 

「ベテランタンクも使ってたりする、割と破格の装備なのでござる。スライムアーマーはもっと評価されるべきでござる。見た目も、見慣れれば結構可愛いやつなのでござる!」

「あ、あはは……。でも、30万か。何とか手が出ないことはないけど、結構財布が痛いな……」

「いや、だからおれはこのままでいいってば。なんで買う方向で考えてんだよ」

「でも、それでアイカの安全が確保できるなら、そっちの方がよくない? 前回みたいなことだってあるわけだし……」

「気を付ければいいだけだろ! おれはこのままでいいの!」

 

 アイカががなる。テコでも動かないモードになってしまった。……まったく、そんなにスケイルメイルが気に入ったのかな。

 キモオタさんの目がギラリと光り、いつぞやのアルカイックスマイルを浮かべた。

 

「おっと、これは余計なお世話だったでござるな。ああ~、尊いんじゃあ……」

「……なんかまた気持ち悪くなったぞ、こいつ」

「うん、まあ、そういう人だから。僕は諦めることにしたよ。実害はないし」

 

 自分の体を抱きしめて悶えるキモオタさんは、率直に言ってキモかった。

 

 その後、アイカの装備状態を確認した。前回はこれを怠ったために彼女を危険に晒してしまった。彼女は「大丈夫だ」と言ったけど、確認を怠っていい理由にはならない。

 彼女は恥ずかしそうに鎧を見せて……僕も恥ずかしかったけど、抑え込んで確認を行った。今回は、鎧が外れるなんてことはなさそうだ。

 恥ずかしさを誤魔化すように「うん、大丈夫だ」なんて大きく頷くと、彼女の方も羞恥を紛らわせたかったのか、「お前のも確認させろ!」と飛びついてきた。

 そんな感じでわちゃわちゃしてる間、キモオタさんは終始悶えていた。

 

「なんだこのパーティ」

 

 見ていた受付さんの困惑も、無理はなかった。

 

 

 

 

 

 気を取り直して、ダンジョン突入である。斥候であるキモオタさんを先頭に、アイカが続き、しんがりを僕が担当する。

 今回のダンジョンは前回の表層部と同じ森林型だが、ダンジョン全体が森林で構成されるタイプだ。つまり、階層の境目がわかりにくい。

 それもあってか、前回とは違って「道」の部分が狭く、ところどころで途切れていた。僕とアイカでは、進行するだけでも一苦労だっただろう。

 

「ここから足場が悪くなるので、注意して着いてきてくだされ。少し進めば、また「道」に出るでござる」

「おう。……最初とは別の意味でキャラ違いすぎじゃね?」

 

 アイカの感想通り、ダンジョンに入った瞬間、キモオタさんの雰囲気がガラリと変わった。これまでが「動」だとしたら、今の彼は「静」、または限りなく「無」だ。

 すぐそこにいるのに、少し目を離したら見失ってしまいそうな空虚な気配と言えばいいのか。斥候として、この環境に溶け込んで周囲を探っているのだろう。

 彼の足運びは一見すると大胆であるが、地面に足を着けたときに音がしていない。少なくとも、僕には聞き取れなかった。呼吸の音も、鎧の音も二人分だ。

 これが本職の斥候。……当たり前だけど、技術面においても僕とは比較にならないぐらいの腕前だった。警戒をしつつ、僕たちへの注意も怠っていないのだから。

 

「どれだけ簡単なダンジョンであったとしても、本気で挑まないのはダンジョンに失礼でござるからね。この時ばかりは拙者もオタ芸封印でござる」

「いや、だからダンジョンに失礼って何なんだよ。ダンジョンが怒るのかよ」

「ふむ……まだ近くに魔物はいないようでござるし。では質問でござる。「ダンジョンとは何ぞや」」

 

 唐突に講義が始まる。キモオタさんは周囲への警戒はそのままに、僕たちに問いかけた。

 

「定義を答えるなら、「魔物の生存・発生領域」でしょうけど、そういうことじゃないんですよね」

「然り。禅問答のようなものでござる。倉橋殿と小鳥遊殿、それぞれにとってのダンジョンを答えてほしいでござる」

「んなもんロマンだろ、ロマン。大物をぶっ倒して、世界におれたちの名前を轟かせて、伝説を作ってやるんだ!」

 

 アイカらしい答えに、キモオタさんはちょっとだけこちらに表情を見せて、柔らかく微笑んだ。

 僕にとってのダンジョン、か。……上手く言葉にできるかはわからないけど。

 

「子供の頃は、アイカと同じようなことを考えていました。でも高校時代に色々と現実を見て、僕は就職の道を選びました。アタッカーって安定とは程遠い職業ですからね」

「ははは、率直にござるな。そして、倉橋殿の言うとおり、アタッカーとは不安定なものでござる。獲物にありつけなければ収入にならんでござる」

「こうしてダンジョンアタッカーを始めた今でも、その考えは変わってません。だから兼業というやり方になったわけだし。……でも、ダンジョンが何かって言われると、よくわからないです」

 

 子供の頃は憧れた。大人になるにつれて、興味を失った。そして今、僕はこうして、自分の意志でダンジョンに潜っている。

 ベテランさんに言われ、僕は「ダンジョンアタッカーを目指してもいいんだ」って思った。僕は……興味を失くしたふりをして、見ないようにしていただけなのかもしれない。

 それもまた珍しい話じゃないだろう。子供の頃に憧れた職業だからと言って、皆がなれるわけじゃない。大多数は現実と折り合いをつけて、生活のために職を選ぶ。僕もその一人だったというだけの話だ。

 そして……そうやってダンジョンから目を背けてしまった僕に、明確な答えはなかった。

 

「憧れは、残ってるのかもしれない。だけど危険も感じている。できれば今すぐ帰りたいし、だけど手ぶらで帰るのももったいないような、……やっぱり、上手く言葉にできないです」

「倉橋殿らしい慎重さでござるな。それもまたダンジョンでござる」

「意味わかんねえよ。……で、お前にとってのダンジョンってのは何なんだよ」

「「恵み」でござる」

 

 淀みなく、キモオタさんは答えた。彼はアイカと僕が通りやすいように草をかき分け、やはり音はしなかった。

 

「拙者たちダンジョンアタッカーは、必然的にダンジョンから恵みを受けてござる。魔物素材にしろ、薬草や鉱石にしろ、すべてダンジョンが生み出したものを得て、日々の糧にするのでござる」

「……言われてみると、確かにそうですね。そういう考え方はしたことなかったです」

「無論、拙者と同じように考える者もいれば、そうでもない者も、この考えを唾棄すべきと言う者もいるでござろう。ただ、拙者がそう考えているのでござる」

 

 ダンジョンが大好きなこの人らしい答えだと感じる。この人にとってダンジョンとは、「共存する隣人」なのだろう。

 魔物という「相容れない存在」を生み出すダンジョンを共存対象とする考え。彼の言うとおり、反対意見を持つ人もいるだろう。

 だけど僕は、納得できる答えだと思った。……こういうのが、「自分なりの答え」というものなんだろう。

 

「ただ漫然とダンジョンに潜るのではなく、ダンジョンとは何か、何のために潜るのかを意識すれば、自ずと自分が磨くべきものが見えてくるでござる。……と、先輩風を吹かせてみるテストでござる」

 

 これまでの話を総括し、キモオタさんはオチを付けた。最後はおどけてみせたけど、とてもためになる話だった。アイカはよくわかっていないようだったけど。

 

「つまり、あれか? 海の幸や山の幸に感謝する的な」

「ぶっちゃけるとそんな感じでござる。ダンジョンの幸というと、途端にマズそうでござるな」

「うわー、感謝する気起きねえ……」

 

 そう言いながらアイカが浮かべた表情は、苦笑だった。いつの間にかキモオタさんと普通にしゃべれていることに、彼女は気付いているだろうか。

 気を使ってくれたことに小さく頭を下げると、彼はやはり微笑んで返した。

 

 

 

 何度か小さな「道」を経て、狩場となる広場を見つける。ここまでは前回と同じだ。ベテランアタッカーのブログから収集した情報なのだから、それもそうだろう。

 キモオタさんはその辺に生えている植物の葉っぱを鎧にこすり付けながら、僕に尋ねた。

 

「確認でござるが、今日の狩り対象は"鉄猿(くろがねざる)"でよろしいか?」

「はい、合ってます。難易度と、コストパフォーマンスを考えて選びました」

 

 鉄猿という魔物は、文字通り鉄のように金属的な光沢を持つ黒い猿。強さ的には前回の地狼と差はないが、動きが段違いに厄介だ。

 猿なので、当然木を伝って移動することができる。地狼ほどではないが素早さもあり、近接攻撃を当てるのが難しい。攻撃方法はひっかきのみだが、素早い三次元的な動きのせいで防御が困難となる。

 おまけにこいつは、ある程度こちらに攻撃すると逃走するという、アタッカーにとって最も嫌な行動パターンを持つ。

 それと関係しているわけではないだろうが、こいつから取れる素材は割と高額で、爪と牙と毛皮を合わせて1匹当たり四千円前後になる。地狼の四倍だ。

 安定して倒せるなら、強さの割にとてもコストパフォーマンスの良い魔物だ。倒せるなら。

 先に述べた通り、近接攻撃を当てづらく時間をかけると逃亡するという性質のせいで、魔法や弓などの遠距離攻撃がないパーティではまず倒す手段がなく、あったとしても素早いせいで当てるのが困難だ。

 これらの特徴により、ネットでは「クレーンゲームの景品」という俗称で揶揄されていた魔物だ。

 キモオタさんもそれは知っているだろう、「ふむ」と顎に手を当てる。

 

「以前言った通り、拙者はスリングを使った牽制しかできぬでござる。必然、とどめ役は倉橋殿となるでござるが」

「あ? おれだって倒せるだろ。前だって、地狼を二体倒してんだから」

「アイカ、木の上にいる敵に攻撃届く?」

 

 「そういうことかよ」と彼女は渋々ながら納得した。ただでさえダガーは攻撃範囲が狭いのだから、木の上の猿に攻撃なんて望むべくもない。

 

「動きを止めさえしてくれれば、光弾を急所に当てられます。ネットで見た情報通りの防御力なら、一撃で倒せるはずです」

「……普通、弾丸系の魔法一発では魔物って倒せないはずでござるが。倉橋殿の言葉なら、無根拠ではないのでござろう」

「そうなのか? こいつ、魔力切れの状態から地狼の頭撃ち抜いて普通に倒してたけど」

 

 「えぇぇ……」と理解に苦しむ表情のキモオタさん。いや、あのときは無我夢中だったから……もう一度やれと言われてもできる気がしない。

 僕がやってきたのは、魔法の精度を高めて狙ったところにピンポイントで当てる訓練だ。とにかく魔力の消費を抑えるために、手数を少なく確実に仕留める技術を磨いてきた。

 だから、止まっている魔物ならば訓練のときと何も変わりない。光弾の攻撃力を一点集中して穿つだけ。最低階層の魔物程度は問題なく倒せるはずだ。

 逆に言えば、止まっていなければ当てられず、当たらなければ意味がないということだ。

 

「基本的に、動いてたら当てられません。前回はたまたま当たりましたけど、あんなものただのまぐれです。地狼の動きを読んだわけでもないですし」

「……倉橋殿は、いろいろと拙者の知ってる魔法使いとは違うでござるな。普通は攻撃型の魔法使いと言ったら、大火力の魔法で一掃するものでござるが」

「おれの相棒が普通なわけないだろ。なんてったって、リンだからな!」

 

 何故かアイカがドヤる。褒められてるかも怪しいから、その反応もどうかと思うけど。あとなんで僕だと普通じゃないのさ。

 結局のところ、僕がやってきたのは、少ない手札をいかにうまく回すかということだ。魔力量には恵まれず、得意属性も攻撃的とは言い難いものだった。だから、効率をひたすらに高めたのだ。

 もし今後ダンジョンアタッカーを続けて、中層以降まで行くとして、いつか絶対にボロが出るだろう。僕に大火力の魔法という選択肢は持てないのだから。

 ……今考えることじゃない、か。

 

「ともかく、条件さえ整えれば十分に倒せる相手です。問題は、どうやってその状況に持っていくかですけど」

「そこは拙者の出番でござろう。魔物への嫌がらせは斥候の得意分野でござる。まあ、見ていてくだされ」

「……おれの出番は?」

 

 攻撃が当てられないということで憮然とした表情のアイカ。確かに攻撃はできないかもしれないけど、今回君は最も重要で、最も危険な役割なんだからね。

 

「アイカは囮になってほしい。鉄猿の動きを止めるにしても、攻撃対象となる人が必要だ」

「なんかパッとしねえな。他にできることなさそうだし、やるけどさ」

「……ごめんね、危険な役回りを任せちゃって」

「いいって。おれがやりたくてやってんだから」

 

 彼女はニカッと笑って見せた。それを見ただけで、少し重くなっていた気持ちが立ち直る。……我ながら都合のいい性格をしていることだ。

 キモオタさんは僕たちを見てアルカイックスマイルを浮かべたものの、ダンジョン内だからか、それ以上のアクションはなかった。普段からそうしてればいいのに。

 

 

 

 

 

 確認を終え、キモオタさんは森の茂みの中へと姿を消す。やはり僕には音すら聞こえず、もはや彼がどこにいるのか知る術はなかった。

 僕はいつでも魔法を使えるように集中を整え、アイカもダガーに手をかけて深く呼吸をした。

 

 ――狩りの時間が始まる。




三人に勝てるわけないだろ!(二度ネタ)
短いけどキリがいいのでここまで。



Tips

レザーアーマー
ないよりマシな皮鎧。一応ある程度は防御力があるので、地狼の攻撃を防ぐ程度はできる。なお地狼の攻撃力は最低クラスである。
どちらかと言うと斥候用の道具入れとしての側面が強い。他の鎧に比べて加工がしやすいため、大抵は道具用のポケットが大量についている。

スライムアーマー
ゲル状鎧。一部の魔物が持つ粘液を素材としており、ネタ味ある外見とは裏腹に優秀な防御力を持つ。素材量の多さと加工の難しさから、安くても30万と値が張る。
ちなみにこの世界にはスライムという魔物は存在しない。スライム状の魔物は存在するかもしれない。



登場人物

倉橋凜太郎 ♂ Age:20
ロール:後衛/軍師・魔法使い
得意武器:魔法(光)
装備:スケイルメイル、マナポーション、ライフポーション
STR:12 VIT:13 AGL:9
DEX:25 INT:25 PSY:12

小鳥遊愛花 ♀ Age:20
ロール:前衛/囮・双剣士
得意武器:短剣
装備:ステンレスダガー×2、スケイルメイル、ライフポーション
STR:15 VIT:11 AGL:18
DEX:13 INT:10 PSY:20

秋元颯太 ♂ Age:22
ロール:斥候・投擲使い
得意武器:スリングショット
装備:手作りのスリングショット、小石×20、レザーアーマー(小道具・バフポーション各種)、ライフポーション
STR:18 VIT:20 AGL:25
DEX:22 INT:19 PSY:5

※ステータスの数値は一般人平均を10とする
STR……腕力(近接攻撃力に関係)
VIT……丈夫さ(体力、身体的な防御力に関係)
AGL……敏捷性(移動速度、行動速度、一部の攻撃力に関係)
DEX……器用さ(弓や投擲武器の命中精度に関係)
INT……知性(学習能力、魔法の制御能力に関係)
PSY……霊感(魔力量に関係)
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