おれっ娘、ときどきダンジョン   作:センセンシャル!!

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無駄に時間がかかってしまったので初投稿です。
やっぱ真の主人公の出番が少ないと筆が進まないってはっきりわかんだね。


魔法使い君の一日 ~ おれっ娘を添えて

 先日のダンジョンアタックを経て、僕たちは3人パーティとなった。アタッカーを始めて一ヶ月足らずで優秀な斥候を迎えられたのは、非常に運が良かった。

 今後の方針は、週一回ダンジョンに潜り僕とアイカが経験を積むことを重視する。色んなタイプのダンジョンに潜り、さまざまな魔物と戦うことで、ダンジョンアタッカーとして全体的なレベルアップを図る。

 僕たちが十分に強くなったとキモオタさんからお墨付きをもらったら、火力支援が可能な新メンバーを募集し、ダンジョンに潜って連携を試す。

 そして連携が上手くいったら、晴れて僕たちは中層に挑むことができるのだ。ダンジョンアタックで安定した収入を得るにはまだまだ先が長い。

 僕以外の二人は専業アタッカーであり、ダンジョンアタック以外に収入源がない。それを考えるとなるべく収入を増やしたいところだけど、急いてはことを仕損じる。無理なアタックで怪我をするわけにはいかない。

 僕にできることは、このパーティの暫定リーダーを任された身として、少しでも早く中層にたどり着けるように、多くの経験を積めるダンジョンアタックをプラニングすることだ。

 

 

 

 さりとて、僕は兼業アタッカー。本職は商社の平社員であり、平日は会社で勤労に励んでいる。ダンジョンのことばかりを考えているわけにはいかない。

 ダンジョンと会社。二つの全く異なる環境を両立するために、今日も僕は出社するのだ。

 

 これは、なんでもない普通の平日を切り取ったエピソードだ。

 

 

 

 

 

 朝、スマホのアラームで目を覚ます。時刻は6時。出社には早い時間だけど、学生時代からの習慣で、僕は毎日この時間に起きている。

 僕の一日は、トレーニングから始まる。ベッドから出るとジャージに着替え、まだ寝ている両親を起こさないように外に出る。

 朝の静かな空気の中で軽いストレッチをし、母校である小学校の裏山までジョギングをする。うちからだと走りで10分程度だ。

 目的地について5分ほどかけてクールダウンしたら、10分の瞑想で集中力を高める。

 そして集中状態が出来上がったら、いよいよトレーニングの本番――魔法訓練の時間だ。

 

 僕の魔力量は決して多い方ではない。標準より少ないということはないが、それでも平均値よりも若干上程度だ。純粋な魔力量に関して言えば、実はアイカの方が多かったりする。

 彼女の場合、術式の学習があまり良くなかったため、生活魔法以上のものを習得することができなかった。そのために、剣士というバトルスタイルを選んだのだ。

 逆に僕は、運動適性があまりなかった。精一杯頑張って人並み程度だ。アイカとの約束を果たすためには、魔法使い以外の選択肢がなかった。

 子供の頃は何とか魔力量を伸ばせないかといろいろ頑張った。瞑想の時間を長くとってみたり、限界まで魔力を消費してみたり、食べ物を工夫したり。そのどれも成果は出なかった。

 そもそも魔力量というのは、体の成長とともに伸びはするものの、基本的には先天的な要素で決まるものだと後に知った。当時は愕然としたものだ。

 だけど僕は、それであきらめなかった。アイカとの約束を嘘にしたくない一心で、少ない魔力でも十全に効果を発揮できる方法を考え、精度を極限まで高めるという発想に至った。

 

 術式を編む。魔法を嗜む者なら誰でも最初に覚える、弾丸の術式。属性を与えられ形を持った魔力に、撃つという意味を付与する式だ。

 そのまま使えば、ただ属性の弾丸を撃ち出すだけの代物だ。炎や風のような破壊的な属性でも与えられなければ、大した攻撃力は持たない。

 僕の得意属性は光。幻影や目くらましなどを得意とする、本来はどちらかと言えば補助寄りの属性だ。弾丸の術式で与えられる攻撃力など、魔力の質量によるものだけだ。

 他の属性が全く使えないわけではないけれど、やはり得意属性でないと威力がガタ落ちする。たとえば僕が地狼に炎弾を使ったとして、焦げ目をつけられれば御の字程度だろう。

 僕が実用できる魔法は光属性しかなく、光弾で炎弾や風弾を上回る威力を実現しなければならない。

 弾丸の術式をそのまま使ったのでは不可能だ。だから僕は、術式にアレンジを加えている。弾丸を可能な限り圧縮し、魔力の密度を高めるというものだ。

 発想としては単純だけど、これを実用するために必要なのが「極限まで高めた精度」だ。

 圧縮された魔力は、はっきり言って安定しない。ちょっとでも気を抜けば破裂してしまうし、魔力が"重い"せいで狙った場所に着弾させづらい。そもそも魔力を圧縮させること自体が難しいというのもある。

 魔力というのは、定義されていない不定形の物質でありエネルギーだ。圧縮という行為は形を与えられて初めて行えることであり、魔力を圧縮するにはそのための形を与える必要がある。

 光弾を圧縮する例で言えば、まず魔力に仮の属性を与え、圧縮を行い、圧縮された魔力に光属性を付与して弾丸の術式を通すという煩雑な処理が必要になる。

 光属性を付与した後に圧縮するのだと、着弾時に爆発的な光を放つ効果になってしまう。先日の鉄猿狩りのときに使った光弾はこれのアレンジだ。

 炎弾や風弾ならそれでも十分な威力になるだろうが、光弾に破壊力を持たせるためには、どうしても「魔力を圧縮する」という工程が必要になるのだ。

 加えて、圧縮率を上げるための制御力も必要になる。多少圧縮した程度で魔物の体を貫くほどの強度を出せるはずもなく、通常は拳より少し大きい弾丸をビー玉サイズにまでしなければならない。

 煩雑な術式の構築、効果を高め維持する制御、それを確実に命中させる運用。すべてひっくるめて「極限まで高めた精度」だ。

 最初は失敗の連続だった。術式の構築が上手くできず発動しなかったり、発動させられても圧縮が上手くできず普通に光弾を使った方がマシというありさまだった。無理やり圧縮して暴発させ、怪我をすることもあった。

 ちゃんとした形の魔法が発動し、狙ったところに当てられるようになるまでは、5年ぐらいかかっただろうか。実用に耐えうる発動速度にするのには、さらに2年かかった。我ながら気の長いことだ。

 ――そのときには、僕とアイカは疎遠になってしまっていた。約束を果たすのはもう無理だと思った。それにもかかわらず、僕がトレーニングを続けていたのは……ただの習慣というだけではなかったのかもしれない。

 

 魔力量の多くない僕は、燃費が良い弾丸系の魔法でもそこまでの数を撃てない。限界まで絞って25発だ。だから、一発一発に集中をする。

 最初の一発は、時間をかけて術式を編む。丁寧に、確認するように、何度も検算を繰り返す。術式の構築だけに1分の時間を費やす。

 魔力を通す。慎重に、過不足なく、威力と効率の釣り合いが取れるところを探る。術式に魔力を通すだけで、やはり1分をかける。

 出来上がった光弾を、さらに1分維持する。不安定な魔力の塊を維持することで、魔力制御のバランス感覚を鍛える。魔法の発動速度と命中率に関係する重要な感覚だ。

 術式構築を始めてたっぷり3分をかけて、ようやく狙いを定める。いつも僕が壁撃ちに使っている大岩だ。これまでに何度も圧縮光弾を受けて、いくつもの穴が開いていた。

 頭の中のイメージと体の感覚が一致した瞬間、僕は圧縮光弾を発射した。瞬きの後、大岩には穴が一つ増えていた。狙いに大きなズレはなかったようだ。

 ふう、と大きく息を吐き出す。夏の朝日で徐々に上がった気温が汗を噴きださせる。……今日は5発ってところかな。

 2発目以降は、術式の構築開始から魔法の発射までの時間を短くしていく。3分かけた時間を1分、30秒、10秒と、徐々に減らしていく。

 そして最後の一発は、今の僕にできる最速で魔法を撃ち出す。術式構築にコンマ1秒、魔法発動に同じだけ、そして狙いをつけて撃ち出すのにコンマ2秒。0.4秒で、狙いから少しずれたところに新しい穴が開いた。

 先日のダンジョンアタックのときより少し遅くなっている。暑さで集中が乱れてしまったようだ。僕もまだまだだな。

 

 その日の調子から割り出した数の光弾を撃ったら、魔法訓練は終了。数をこなせばいいというものでもないし、何よりこの後仕事が待っているのだ。ここで疲れ果てるわけにはいかない。

 5分ほど山の中を散策してクールダウンしたら、ジョギングで帰宅する。家に帰りつく頃には7時となり、母さんが朝食を作って待っていた。

 

 中学生の頃から続く僕の朝のルーティンだ。

 

 

 

 

 

 8時半頃、インターホンが鳴った。この時間に来客ということは、多分アイカだろう。彼女はこのぐらいの時間にうちを訪ねてくることがある。

 

 小学校と中学校、高校の進路課程のときは、一緒に通学するためにもう30分早かった。僕から彼女の家に行くことはなく、いつも彼女がうちを訪ねていた。

 曰く、「おれの方が体力あるんだから、貧弱なリンは送迎されてろ」だそうな。確かに体力の分野では彼女にかなわないが、介護されるほど貧弱ではない。人並みの体力はある。余計なお世話だと言いたい。

 が、彼女は「こう」と決めたらテコでも動かない。異論はあったものの、彼女がそれを望んでいるのだからと受け入れることにした。……別に嫌というわけでもなかったし。

 

 閑話休題。高校卒業後、アイカが訪ねてくる時間は僕の出社30分前に変わった。あまり早く来られても僕の準備が終わっていないし、ギリギリに来られても話す時間がない。僕と相談した結果、この時間に決めたのだ。

 会話の内容はその時々で違うけど、大体は他愛のないものだ。一番多いのは、その日の終業時間について。早く帰ってこれる日は、彼女の家に遊びに行ったり、逆に僕の家に遊びに来たりする。

 ダンジョンアタッカーを始める前だと、土日に遊ぶ計画を立てたりもした。大抵は街の遊戯施設で遊んで、帰りに例のファミレスで一息つく程度のものだ。遠出は1、2回程度だったか。

 あとは……彼女の就職について苦言を呈することも多かったっけ。卒業までに就職先が決まらず、3ヶ月間ニートをしていたのだから、幼馴染として思うところは当然あった。

 今は一応専業でダンジョンアタッカーという職に就いていると言えなくはないけど……ぶっちゃけこれ、自称でしかないんだよね。言うだけならタダというか。資格試験に通ってしまえば誰でも名乗れるものでしかない。

 僕たちが職業としてダンジョンアタッカーであると言うためには、やはり中層まで潜る必要があるだろう。彼女を名実ともに就職させるためにも、最低でもそこまでは行きたいものだ。

 

 ダンジョンアタッカーになってからのアイカは、遊びに行く話はしなくなった。僕がダンジョンアタックできる日が土日しかないのだから、遊びに行く余裕がないとも言う。

 代わりに、ダンジョンアタックについて疑問に思ったことや、今後の方針についてなど、真面目な話題が多くなった。やると決めたときの彼女はとても真摯なのだ。

 今日もまた質問があるのだろうかとドアを開ける。我が家の門前に、果たしてアイカはいた。僕の姿を見て、彼女は「よっ」と左手を上げた。

 

「おはよう。今日も元気そうで何よりだよ」

「そっちもな。貧弱そうな見た目してんのに夏バテとかしねーよな、お前って」

 

 夏バテは生活習慣が原因だから。規則正しい生活と適度な運動をして十分な栄養を摂取すれば、まず縁のない話だ。

 というか僕のどのあたりが貧弱そうなのか言ってもらおうか。これでも日々の運動には人一倍気を使っているのだ。

 

「だって、眼鏡してるし」

「眼鏡をしてるスポーツ選手だっているでしょ。目が悪いのと体力は関係ありません」

「でもお前、おれより体力ないじゃん。やっぱ貧弱だろ」

「君と比べれば大抵の人はそうなるよ。君ってばいつも動き回ってるんだから……」

 

 「そんなことはどうでもいいんだよ!」と自分で振った話題を切って捨てるアイカ。理不尽だ。

 

「はあ……。で、今日は何を聞きたいの? 時間がかかる内容なら上がってく? そこまで時間は取れないけど」

「あー。別にお邪魔するほどのことじゃないんだけどさ……」

 

 本題に入ると、アイカは視線を外してもじもじし出した。彼女は最初から右手を体の後ろに隠しており、何やらそれが関係しているようでチラチラ見ている。

 しばしの逡巡の後、彼女は意を決したように口を開いた。

 

「この間のダンジョンアタックで、アタッカーの飯事情について話しただろ。おざなりだって」

「ああ、あったね。でも考えてみると、単に受付の食堂をアテにしてるんじゃないかな。あのカレーおいしかったし」

「そうかもしれねえけど、やっぱおれは自分の飯は自分で用意するべきだって思うんだよ。食堂が使えない可能性だってあるんだし」

 

 それも一理あるかもしれない。前回は食堂に空きがあったから余裕を持って座れたけど、繁忙期(あるのかは知らないけど)とかで人が大勢来たら、食事をするだけでも一苦労だ。

 そんなときに自分たちで用意した食料があれば、食事の心配は必要なくなる。そもそもダンジョンアタッカーは自己責任なのだから、保険を用意しておくのは当然かもしれない。

 なるほど、これは僕の考えが浅はかだった。同時に、ダンジョンアタッカーの自覚が出てきたアイカに感動のようなものを覚える。いつの間にか立派になって……。

 

「確かに、アイカの言うとおりだ。わかった、今夜にでもレーションについて調べておくよ」

「いや、そういうことじゃねえよ!」

 

 感心とともに同意を示すと、なぜかアイカに突っ込みを入れられた。解せぬ。

 アイカは呆れたように息を一つ吐くと、後ろに隠していた右手を僕に突き出した。

 風呂敷に包まれた四角い箱。……これって、お弁当?

 

「言っただろ、弁当作るって。これ食って、感想聞かせろ」

 

 彼女は頬を朱に染めてそっぽを向きながら、ぶっきらぼうにそう言った。予想外の展開に、僕は唖然としたまま弁当を受け取る。作り立てなのか、まだ温かかった。

 いや、確かに言ってたけど。本当に作ってきたの? というか、あれはダンジョンアタックに弁当を作ってくるという話で、僕のお昼ご飯を作ってくれるということではなかったのでは……。

 彼女の行動の意図が理解できず混乱する。何故か顔に血が上り、頬が熱くなるのを感じた。

 しばらく二人とも言葉が出せず黙り込み、沈黙に耐えかねたであろうアイカがまくしたてた。

 

「ほ、ほら! いきなりダンジョンに弁当持ってって失敗したら困るだろ! 練習だよ、練習!」

「え、あ、ああ、そっか」

 

 そ、そうか、練習台だよね。それに彼女の料理の腕が今どのぐらいなのか僕は知らないし、仲間の技術を把握しておくのも軍師ロールの仕事だよね。

 これは必要なことなのだと理論武装し、自己正当化を図る。……何とか気持ちを落ち着けた。

 

「えっと、お昼に食べて感想を言えばいいんだよね。今日は遅くならないだろうし、君の家に遊びに行くのでいいかな」

「おう。晩飯も用意しといてやるから楽しみにしとけよ」

 

 晩御飯も、だって? 一度落ち着けた心が再び乱れる。一体アイカはどうしてしまったのだ!?

 確かに彼女は料理ができると言ってたけど、それが趣味ということはなかったはずだ。まさか、僕の弁当を作ったことで料理の楽しさに目覚めてしまった?

 いやいや、それならもっと前に料理関係の職業を志していてもいいはずだ。次のダンジョンアタックを見据えている彼女の様子がそれを否定している。

 

「……アイカ、もしかして熱でもあるの?」

「何言ってんだお前。おれが生まれてこの方風邪ひいたことないの、知ってるだろ?」

 

 そうだよね。アイカも僕と同じで、小中高と無遅刻無欠席無早退だもんね。知恵熱は出しても、病気で具合を悪くしたことってないよね。

 じゃあ一体何が原因で彼女はこんな行動を……? 皆目見当がつかない。

 解けない謎に頭を悩ませる僕とは対照的に、やりきった彼女は満足そうだった。

 

「おし、んじゃ帰るわ。仕事、がんばれよ!」

 

 そう言うと彼女は右を向き、通りを走って行った。角を曲がり、アイカの姿は見えなくなる。

 僕は受け取った弁当を手に持ち、ただただ呆然と立ち尽くすのみだった。

 

 しばらくして、出勤する父さんに呼びかけられて正気に戻り、あわてて出社の準備を済ませた。

 予想外の出来事で慌ただしくなってしまったけど……何故かふわふわと心地よい感覚があった。

 

 

 

 

 

 僕が勤める会社は、主に食料品を扱っている商社だ。契約した生産工場からの商品を流通する他に、自社工場も持っているそこそこ大きな会社だ。県内では有名だが全国展開はしていない、そんな規模だ。

 商品の流通システムに興味のあった僕は商品管理部を希望していたんだけど、残念ながら望みはかなわず企画部への配属となった。新商品やキャンペーンなどを提案する部署だ。

 とはいえ、新人にいきなり商品を考えろなどという無茶ぶりは行われない。僕たちの目下の業務は、上司がプレゼンに使う資料の作成補助や過去資料の整理となっている。

 上昇志向の強いような人にとっては苦痛かもしれないけれど、僕はそこそこ楽しんで仕事をしていた。そもそも僕は安定を求めて入社したのだ。無茶な仕事は望んでいない。

 刺激は休日のダンジョンアタックで十分すぎるほど得られるのだから、平日の会社でまで厄介事はごめんだ。僕はそう考えている。

 そしてそれはつまり、そうは考えていない同期もいるということで。

 

「おーっす、魔法使い君。なんか面白い話ない?」

 

 掘りの深い顔をした金髪の男性が、デスクで作業をする僕に声をかけてくる。彼は人事部に配属となった新人、つまり別部署の同期だ。

 チャラそうな見た目で彼女募集中だそうだけど、中身まであっぱらぱーというわけではない。というかそんな人間が人事部に配属されるわけがない。

 彼は、とてもよく人を見る。そして話を聞き出すのがとてもうまい。人事部配属となったことは非常に納得できるし、またその特技で僕に不名誉なあだ名を付けた張本人だ。

 

「特にないよ、マルコス。暇してるなら、資料作成でも手伝ってくれる?」

「休憩中ー。つか機嫌悪いな。あの日?」

「僕は男だよ。そう思うなら、いい加減そのあだ名はやめてよね」

 

 確かに僕は魔法使いというバトルスタイルを持っているけど、彼の付けたあだ名は30歳童貞の隠語も含んでいる。まるで僕が30過ぎても恋人を作れないと決めつけられているようで不愉快だ。

 ……僕自身不安に思っているというのもあるかもしれない。だからこそ、余計に気にしてしまうのだ。

 「怒るなよー」とまるで堪えず笑う彼――マルコス。名前が示す通り、彼はスペイン人のハーフだ。顔立ちと髪色が日本人離れしているのはそのためだ。

 フルネームは、田中マルコス。ハーフではあるものの日本国外に出たことはないらしく、見た目と名前以外は完全に日本人だ。名前もある意味では日本人っぽいかもしれない。

 

「リンタローは真面目だよなー。俺なんか、1時間もデスクに向かったらギブアップだわ」

「それで大丈夫なの、人事部。うちと違って完全にデスクワークでしょ」

「だからこうやって自主的に休憩入れてんの。で、面白い話は?」

「ないって言ったでしょ。僕に何を期待してるのさ」

 

 こんな平々凡々な人間に面白い話なんかあるわけがないだろう。僕のような安定志向ではなく、もっと成長意欲の高い同期のところへ行けばいいのに。彼らならば熱く語ってくれるだろう。面白いのかは知らないけど。

 取りつく島を与えない僕に、しかし彼は、ある意味で僕のウィークポイントを突いてきた。

 

「けど、ダンジョンアタッカーの資格取ったんだろ? あ、人事データの反映終わったから、一応報告な」

 

 彼は人事部所属だ。となれば、僕が会社に申告した資格情報を手に入れるなど朝飯前だ。そもそも申告の際の窓口となったのが彼であるので、一番最初に知った会社の人間が彼となる。

 アタッカーは副業というには微妙なラインだが、それでも収入が発生する以上、税金だとかのややこしいことに関わってくる。会社に黙ってやるということはできない。

 なので、彼がそれを知るのは必然であったと言える。余計な話題を与えてしまった。

 ……最初から詰んでいるとも言う。

 

「ありがと。資格を取ったからって、面白い話があるとは限らないでしょ。僕なんて、レジャー目的の人たちと大差ないよ」

「いやそれはねえだろ。新歓のときに見せた魔法の腕前なら、いろんなパーティから引っ張りだこなんじゃねえの?」

「魔法が上手かったからって、ダンジョンアタックはそれだけじゃないよ。索敵に連携、探索能力なんかも重要なんだから。しかも僕の魔法って火力ないから、アタッカーからしたらはずれ扱いだと思うよ」

 

 「そんなもんなのかねー」と納得したようなしてないようなマルコス。彼はダンジョンについて詳しいわけではないようで、しかし僕の自己申告に疑問を持っているようだ。

 だが僕の分析は間違っていない。僕が口にしたのは事実のみだ。「今の」僕では、ダンジョンアタッカーとして活動を続けるのは難しいだろう。

 ダンジョンアタックとは無関係の彼に僕らの目標を話す必要はない。また不名誉なあだ名をつけられるのがオチだ。

 

「でもダンジョンアタックはしたんだろ? 履歴見たら2回ってなってたし」

「……一応そういうのは個人情報だから、あんまり大きな声で言わないでよね。君は人事だからしょうがないけど」

 

 今の僕の能力を話したところで引き下がってくれるマルコスではなかった。彼の周りにはアタッカーがいないのだろう、僕にダンジョンの話題を求めているようだ。

 再三になるけど、ダンジョンアタッカー人口というのは1000人に1人ぐらいの割合だ。少なくはないが多くもなく、知り合いにアタッカーが一人もいないということだって十分あり得ることだ。

 そう考えれば彼が僕に執着するのも理解はできるけど、業務の邪魔を許容する理由にはならない。

 

「昼にでも話してあげるから、今はこの作業に集中させてよ。面白い話の保障はできないけどね」

「お、マジで? いやー、言ってみるもんだな。んじゃ、昼な!」

 

 そう言って、マルコスは鼻歌交じりに去って行った。厄介な同期に目を付けられてしまったものだとため息をつく。

 ともあれ、今は目の前の仕事をこなすことが先決だ。これで業務が滞って約束を守れなかったら、それをネタに何を話させられるか分かったもんじゃない。

 マルコスに話しかけられたことで止まっていた手を動かし、新商品案プレゼンのためのスライドショー作りを再開した。

 

 ――業務に戻ることばかりを考え、今日の昼ご飯に特大の爆弾が転がっていることをすっかり忘れていた僕だった。

 

 

 

 そうして昼。社内の休憩スペースにて、マルコスと二人で席に着く。彼はコンビニのおむすびとパンに野菜ジュースと、とりとめのない組み合わせだった。「栄養バランスは考えてる」らしいけど。

 僕の方は、アイカからもらったお弁当。二段重ねの下に海苔ご飯、上はから揚げと玉子焼き、野菜にごぼうとにんじんのマヨネーズサラダ、さらに僕の大好物のコーンスープが小さなスープジャーに入っていた。

 一瞬、自分の目を疑った。本当にこれをアイカが作ったということが信じられなかった。とても手間のかかった豪華な弁当だ。

 

「リンタローの弁当、うまそうだな。から揚げもらっていい?」

「全部取ったら怒る。から揚げと玉子焼き一つずつならいいよ」

 

 「グラシアス!」と言ってマルコスはおむすびのうちの二つを進呈してきた。いや、いらないよ。米はたっぷりあるんだから。

 彼は早速にから揚げを頬張る。表情からして、味もいいようだ。

 

「うーん、サクサクかつジューシー! リンタローのママって料理上手だよな!」

「ああ、いや……」

 

 つい言いよどんでしまう。確かにうちの母さんも料理は上手だけど、今日の弁当は母さん作ではない。いつもは母さんの弁当を持ってくるから、彼は今日もそうだと思ったらしい。

 ……考えてみると、母さんは昨日の時点でアイカがお弁当を持ってくることを知ってたんだな。今日は父さんの分しか用意してなかったし。教えてくれればあんなに驚くこともなかったのに。

 僕の反応にマルコスははてなを浮かべた。……嘘をつくのははばかられる。相変わらず人から話を引き出すのが上手いことだ。

 観念し、僕は正直に説明した。

 

「これ、母さんじゃなくて幼馴染が作ったやつなんだよ。一緒にダンジョン潜ってる子」

「へー! それすごいな! ダンジョンだけじゃなくて、料理もできる幼馴染かー」

 

 言いながら玉子焼きを口に入れるマルコス。こちらもおいしいようで、彼は上機嫌だ。

 

「探せばそんな人もいるんじゃないかな。僕が初回お世話になったアタッカーさんは、クリーニング屋と兼業だったし」

「まあそれ言ったら、リンタローは会社員と兼業だしなぁ。もしかしたら料理人やってるダンジョンアタッカーもいるかも?」

「かもね」

 

 僕はごぼうとにんじんのサラダから手を付ける。それぞれの異なった甘味がマヨネーズで調和され、これもおいしい。これだけでご飯が進みそうだ。

 

「けど、その幼馴染がなんでまたリンタローに弁当作ったんだ? 今までなかったよな」

「ダンジョンアタッカーの食糧事情を憂慮して、だそうだよ。ダンジョン受付に食堂があって皆そこを利用するんだけど、使えなかったときの備えを考えたらしい」

「あー、なるほどね。本番前の練習ってことか」

 

 首肯で答え、コーンスープの蓋をあける。さすがに時間が経ちすぎて冷めてしまっているけれど、それでも十分おいしそうだ。……僕の好物、ちゃんと覚えてたんだなぁ。

 幼馴染の成長をかみしめ、しっかりと味わう。うん、おいしい。味付けも僕好みだ。

 

「ただ、ダンジョンに持っていくことを考えると、やっぱりレーションとかの方がいいかもしれない。一人分の弁当箱でも結構かさばるし、食べる場所の確保も難しいだろうし」

「アタッカーの食事がおざなりな原因ってそこなんじゃないかね。俺だったらこんな弁当大歓迎なんだけどなー」

「まあ、僕も進んでレーションを食べたいとは思わないけどさ。食べるならこっちの方が断然いい」

 

 ごぼうサラダとごはん、コーンスープでローテーションができる。ついつい好きなものに手が伸びてしまう人間のサガだ。

 海苔ご飯が半分ぐらいになり、ようやく玉子焼きに手を伸ばしたところで、マルコスが意地悪く言った。

 

 

 

「しっかし……なんだよリンタロー、彼女いるんじゃん」

 

 ピシリと硬直する。一瞬、頭が彼の言葉を理解することを拒否した。すぐに再起動した僕の頭に浮かんだ言葉は「何故?」だった。

 僕は、幼馴染の性別について話したことはない。ダンジョンアタックの履歴を閲覧していたとしても、会社と関係ないアイカの分は見れないはずだ。

 にも関わらず、マルコスは僕の幼馴染が女の子であることを看破した。一体、どうやって。

 

「お、図星? やっぱこの弁当作った幼馴染って女の子なんだな」

「……趣味が悪いよ。カマをかけただけか」

「一応、ある程度確信はあったぜ? さっきリンタロー、「ダンジョンに潜ってる子」って言っただろ。俺たちの歳の男に「子」って表現はあんまり使わないよな」

 

 どうやら僕が気付かないうちにボロを出していたようだ。人をよく見ている彼が気付かない道理はないか。

 僕の反応で確信を得たマルコスは、興味津々な様子で身を乗り出した。

 

「で、で。いつから付き合ってるんだよ。最近か? それとも彼女いないって言ってたのが実はブラフ?」

「勘違いしてるみたいだけど、あの子は本当にただの幼馴染だよ。そういう関係になったことはない」

「まったまたー。ただの幼馴染がこんな気合入った弁当作ってくれるかって。これ絶対、昨日から仕込みやってるぜ」

「あの子は専業のダンジョンアタッカーだから、それに関わることに全力を出すのは普通だと思うよ。それに、コレって決めたときの凝りようは人一倍すごい子だから」

 

 マルコスは僕とアイカをカップルに仕立て上げたいようだけど、僕はあれこれと理屈をつけて回避する。慣れたくないことだけど、慣れてしまったことだ。

 僕たちをカップルとして見ようとするのは、彼が初めてではない。これまでにも何人かそういう人はいた。幼馴染の距離感故に勘違いしてしまうのだろう。

 別に彼女のことが嫌いなわけではない。嫌いだったら、小学校に入る前から今に至るまで友達をやってはいない。ただ、彼女のことをそういう対象として見たくはないのだ。

 何と言ったらいいのか……禁足地に足を踏み入れるような忌避感がある。それをしてしまったら、大事なものが壊れてしまう。そんな予感があって、僕は彼女を「女性」としては見ないようにしている。

 ――僕はもう二度と「大事な友達」を失いたくないのだ。あんな気持ちを味わうのは、一度だけで十分だ。

 何度目かの問答の末、マルコスは呆れたようにため息を吐いた。

 

「リンタローって頑固だよな。そんなにその子と恋人になるのが嫌なのか?」

「さすがに断言はしないけど、少なくとも今はそんな気になれないよ。あの子にしっかり稼がせるので手一杯なんだから」

「……ん? ってことはリンタロー、本格的にダンジョンアタックするってことだよな。なんだよ、全然レジャーじゃないじゃん」

 

 ……しまった。アイカ関連を回避することばかりに集中して、マルコスの注意がダンジョンに向いてしまった。いやまあ、元々はその話をする目的でお昼を一緒に食べることにしたんだけど。

 アイカとのことを延々聞かれるよりはマシかと切り替え、内心で嘆息した。

 

「今はまだレジャーと変わらないよ。目的意識を持ってる分、集中はしてるけど」

「追々ってことか。で、ダンジョンの中ってどうだった? やっぱ暗い洞窟なのか?」

「僕たちは初心者だから、森林型にしたよ。それでも十分大変だったから、洞窟型に挑めるのはだいぶ先だね」

 

 その後はマルコスが気になるダンジョンアタッカー事情について、質疑応答の形で話した。と言っても、経験の浅い僕が話せることなんてそう多くはないけれど。

 そんな僕の経験談でも彼にとっては十分な刺激だったのか、終始満足そうな顔をしていた。

 

 ……なお、気付いたらから揚げと玉子焼きはすべてマルコスに平らげられてしまっていた。満足そうな顔をしていたのはそういうことか。

 さすがに怒ったら彼は素直に謝り、明日のランチをおごってくれるということになった。謝罪されて怒り続けるのも大人気ないので、僕もそれで許すことにした。

 

「でも僕のから揚げと玉子焼きはもうないんだよ。わかる? この罪の重さ」

「いやほんと悪かったって。リンタローが幼馴染ちゃんの弁当楽しみにしてたのは十分伝わったから。もう絶対しないって」

 

 一応しつこく釘も差しておいたので、次は大丈夫だろう。次があるのかは知らないけど。

 

 

 

 

 

「……そんなわけで、から揚げと玉子焼きは同僚に取られて味を見れませんでした。ごめんなさい」

 

 夜、アイカの家に弁当箱を持っていき、経緯を説明して謝罪した。彼女も早起きして準備をしてくれただろうに、本当に悪いことをしてしまった。

 もちろん「全部食べるな」と言ったのに食べてしまったマルコスは悪いが、油断してしまった僕も悪い。彼がノリと勢いで生きていることは、同僚として知っているのだ。

 課せられた役割を果たせず申し訳ない気持ちで彼女に頭を下げた。だけどアイカは、特に気にした様子はなかった。

 

「そんなことになるかもとは思ってたよ。一番気合い入れたコーンスープはちゃんと飲んだんだろ?」

「ああうん、それはもちろん。大好物だし。おいしかったよ」

「ならよし!」

 

 にししと笑う幼馴染。文句を言われる可能性も考えていたので、気を悪くしないでくれたなら助かった。

 

「それと、から揚げと玉子焼きを食べちゃった同僚からの感想。おいしかった、また食べたい、だって」

「いやそいつに作ってやるわけじゃねえんだけど。まあ、リンのことだからどうせ食わせてやるんだろ」

「君がまた作ってくれるなら、だけどね。アイカはいつまで練習するつもりでいるの?」

「お前がほしいって言うならいつまででも作ってやるよ。ダンジョン行かない日はどうせ暇だしな」

 

 ……本当にアイカはどうしちゃったんだろう。以前の彼女だったら、絶対こんな面倒なことはしなかったはずだ。彼女自身が関係するダンジョンに持っていくためならまだしも、僕の会社に彼女は無関係だ。

 まさか、本当に料理の楽しみに目覚めたというのだろうか。だとしたら、一応確認はしておこう。

 

「ねえ、アイカ。もし君が料理人になりたいって言うなら、僕は応援するつもりだよ」

「何言ってんだお前。別にそこまで料理に興味があるわけじゃねーよ。おれがやりたいのは、お前と一緒にダンジョンアタックすることだよ」

 

 うーん、やっぱりわからない。彼女の第一義がダンジョンアタッカーであることに変わりはないようだ。僕の理解の及ばない何かによって、彼女は料理を続ける意思を見せている。

 考えてもわからないのだから、そういうものらしいと割り切っておこう。僕が納得する必要はないのだろう。

 頭を切り替え、今回の弁当の目的についての考察を話す。

 

「じゃあダンジョンアタックについてなんだけど、やっぱり弁当を持っていくのは難しいと思う。あの荷物の中に三人分の弁当箱が加わるんだよ。重量だってバカにならない」

「別にダンジョンの中に持ってく必要はないだろ。ロッカーにしまっておいて、休憩のときに受付に戻って食えばいい」

「それじゃ弁当の意味があんまりないと思う。余程混んだりしない限り、食堂は使えるだろうし。アタッカーはダンジョンアタックに集中しろっていうことなんじゃないかな」

 

 ダンジョン受付というのは、ダンジョンを管理する施設であり、ダンジョンアタッカーを支援する施設でもある。受付の手が回らない部分をアタッカーに任せる代わりに、彼らはアタッカーをバックアップする。

 アタッカーが全力でダンジョンアタックに臨めるように、設備を整えているのだ。ならば、レーションのような非常食ならともかく、わざわざ弁当を作って持っていくというのは、アタッカーのすることなのだろうか。

 

「もちろんレーションよりは弁当を食べたいけど、しないんじゃなくてできないんじゃないかっていうのが、僕と同僚の意見だよ」

「……いろいろややこしいんだな。けど、作っちゃダメってことではないんだろ?」

「それはそうだろうね。アタッカーの規約にも書いてないし、レジャー目的の人たちなんかはダンジョンの入口で食べるだけのために弁当を用意するらしいし」

 

 一応、ダンジョンに弁当を持っていくことがあるのかはネットで調べた。僕が見た限りでは、それはすべてダンジョンレジャーのブログだった。ダンジョンで狩りをしない、採集もしない、「空気を味わうだけ」の人だ。

 アタック目的でダンジョンに潜る人は、食事についてはほぼ触れていない。あったとしても「どこの受付の食事がおいしかった」とか「どこのレーションはクソマズい」とか、そんなのだ。

 名実ともに「アタッカー」について言及するならば、少なくとも弁当は主流ではない。とはいえ、やはりどこかには弁当持参でダンジョンアタックをする人もいるかもしれない。

 

「アイカがどうしても作りたいっていうなら、僕は止めないよ。無駄になるものではないし。ただし、それを言い訳にしてダンジョンアタックがおろそかになるのはなしだからね」

「んなことするかよ。……けどまあ、そういうことなら余裕があるときだけにしとくか」

「それが無難だと思うよ。本音を言えば、今日食べ逃したから揚げと玉子焼きのリベンジもしたいし」

「おし、じゃあ次のダンジョンアタックにはその二つは入れてやるよ!」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 その後、アイカと彼女の母親とともに晩御飯をいただいた。小鳥遊家でご飯を食べるというのも、割と久しぶりだ。中学以来じゃないかな。

 朝の宣言通り、晩御飯もアイカ作だそうだ。焼き野菜と焼きベーコンを乗せたそうめんという、さっぱりしつつガッツリ食べられる一品だ。

 僕は初めて見たけど、小鳥遊家では夏によく食べるらしい。一昨年アイカの父親が考案したんだとか。

 

「そういえばおじさんって次はいつ帰ってくるの?」

「おれは聞いてねえけど。母さんは知ってるか?」

「調査が終わったらって言ってたけど、いつになるかはわからないわね。帰りが近くなったら連絡してくるでしょ」

 

 僕がアイカの父親と顔を合わせたのは数えるほどだ。おじさんは一年のほとんどを海外で過ごしているため、滅多に会うことがない。

 聞いた話では考古学者なんだそうだけど、どういう分野の研究をしているのかは聞いたことがない。僕が考古学は全くの無知なので、聞いてもわからないからだ。

 年末年始には帰ってきてるそうなんだけど、その期間は僕も家族と過ごしているため、やはり会う機会がない。時々不定期に帰ってきたときに偶然顔を合わせるぐらいだ。

 とはいえ、会ったところで取り立てて話すこともなく、話題に上がったので気になっただけだ。

 

「おじさんはアイカの近況を知ってるの? ダンジョンアタッカーって危険を伴う仕事なんだし、報告するのが筋かなって思うんだけど」

「おれからは何も言ってないけど、別に気にしなくていいんじゃないか? おれたちだってもう子供じゃないんだからさ」

「こういうのは子供とか大人とか関係ないの。報連相は仕事の基本だよ」

「??? なんでほうれん草が仕事の基本なんだよ」

 

 文脈的に野菜の方を想像しているようなので、意味を説明する。それでも、組織に所属して労働しているわけではないアイカは、実感を持てなかったようだ。

 

「おれがアタッカーやってるからって親父が飛んで帰ってくるわけでもないし、必要ねえだろ」

「……娘さんこんなこと言ってますけど、おばさんから伝えてもらえますか」

「大丈夫よ、凜太郎君。もう伝えてあるから。特に問題はないみたいだから、安心していいわよ」

 

 おばさんはしっかりしてる人で助かった。まったくアイカは、もう少しおばさんのこういうところを見習ってもいいのに。

 おじさんも、少し話した印象だけど、豪放磊落ではあってもざっくばらんではなかった。アイカのこの性格は誰に似てしまったのだろう。

 ……パーティを組んでいる身として、僕からも直接話をしておきたいところだ。次の彼の帰国時には呼んでもらおう。

 

「おじさんから帰国の連絡があったら、僕にも教えてください。何とか時間を作って顔を見せに来ますので」

「あら、いいの? 凜太郎君はうちの子と違って忙しいんだし、無理しなくてもいいのよ?」

「おれと違ってってどういうことだよ!」

「いえ、大丈夫です。僕が見てるから大丈夫だって、ちゃんと安心させたいので」

「……ふふふ。凜太郎君は本当にしっかりしてるわね。安心してうちの子を任せられるわ」

「母さんっ!」

 

 無視されたからか、アイカは顔を真っ赤にして抗議した。おばさんは「はいはい、わかってるわよ」と優しく彼女を宥めて、どこか楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 夕飯の後、アイカと少しゲームで遊んでから帰宅した。時刻は10時少し前。彼女の家に行くときは、大体こんな感じだ。

 帰宅してすぐ、母さんが用意してくれたお風呂に入る。今日も暑くて汗をいっぱいかいたから、風呂に入らないという選択肢はない。風呂上りのストレッチも忘れずに行う。

 体のコンディションを明日に備えて整えたら、1時間ほど調べ物を行う。仕事で気になったことだったり、最近だとダンジョンについての情報を集めることが多い。

 週末までには次のダンジョンを決めてアイカとキモオタさんに連絡しなければならない。使える時間がこのぐらいしかないのは、兼業アタッカーのつらいところだ。

 次回のアタックは森林型以外にしたいと考えている。しかし洞窟型だと難易度が上がりすぎるし、平野型や山岳型は難易度のバラつきが大きいようでよくわからない。かと言って簡単にし過ぎても経験にならない。

 やはり考えることは多い。候補となるところをリストアップしてキモオタさんにメールし、意見をうかがうことにした。

 調べものを終えたら、30分ほどの瞑想をはさみ就寝。今日は日付が変わる前に眠ることができた。

 

 これが僕の平日だ。




こんな内容に二週間もかけちゃってさぁ……恥ずかしくないのかよ(自戒)
日常回なので少し短いですが今回はここまで。



Tips

進路課程
高校の4、5年目のカリキュラム。それぞれが進む進路希望に従って、より専門的な知識や技術を身に着ける期間となっている。クラスによっては学校にいないこともある。
1~3年は教養課程で、我々の世界の高校と似たようなもの。高校一年~三年と言った場合この期間を指し、進路課程を高校四年、五年とはあまり言わない。学業というより職業訓練と認識されるためである。



登場人物

田中マルコス ♂ 非アタッカー(ただし剣技能あり)
凜太郎と同期入社の新人。人事部所属。スペイン人のハーフで顔立ちは西洋系。日本から出たことはない(親族も日本在住)ため、文化とノリは日本人。
対人折衝能力が高く、人事以外に営業もできそうではあるが、外回りはだるいと思っているので人事を希望した。でもデスクワークも苦手。
祖父からレイピアを仕込まれており、ダンジョンアタッカーではないものの戦闘技能持ち。そのためのスペイン設定(活用するとは言ってない)

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