いつものファミレスで、幼馴染がテーブルに突っ伏している。僕はそれを無視し、コーヒーのお替りを注文した。
彼女はガバっと身を起こす。
「おれもコーヒーお替り!」
「この子は水で結構です」
「は、はあ……承知しました」
店員さんは困惑しながら、オーダーを通しに引っ込んだ。
幼馴染を見る。彼女は野生動物みたいにグルルとうなった。
「なんでおれの分は水なんだよ!」
「自分の胸に手を当てて聞いてみたら?」
「な、なんてこと言うんだよ、この変態!」
そういう意味じゃないよ。……ああもう、突っ込む気力も起きない。
「……資格試験代、タダじゃないんだけど」
「うっ」
僕の冷たい視線を受けて、彼女はシュンと縮こまる。素直なのはいいことなんだけどね。
ダンジョンアタッカー資格試験は、一人一回一万円。高いと言うほどではないけれど、決して安い金額ではない。
僕の月収は35万で、同年代の中では高い方だ。それを考えれば目くじらを立てるほどの額ではないけれど、そういう問題でもない。
「僕は一回で通ってって言ったよね?」
「……はい」
「できましたか?」
「……できませんでした」
「コーヒー1杯抜きで済ませてるんだから、むしろ感謝してもらいたいよ」
彼女の周りには、やけ食いのパフェやケーキの残骸が散乱している。代金を持つのは、当然僕。彼女にはいまだに収入の当てがないのだから。
自分の面倒見の良さに自分で驚いている。これが他の人だったら「自己責任だから」で切り捨てていることだろう。なんだかんだ、彼女は古い付き合いの幼馴染なのだ。
「もう一週間、面倒を見てあげる。それで突破できなかったら、ダンジョンアタッカーはあきらめて、他の仕事を探してもらうから。ここまでするんだから、文句は聞かないからね」
「わ、わかった! 次は絶対合格するから! だから見捨てないでくれぇ!」
見捨てないってば。そんな捨てられた猫みたいな顔をしないでよ。……まったく、ずるい子だなぁ。
「それで。今回どこで落としたかって、自分で把握できてる?」
「えっと、その……多分だけど、ひっかけで……」
あれほど注意しろって言ったのに。素直なのは美徳かもしれないけど、単純まで行くとさすがに短所だ。
僕も今回の試験は受けてたわけだし、内容は大体把握している。そんな難しいひっかけなんてあったかな……。
「じゃあたとえばだけど、この問題。「ダンジョンで怪我をした人を見つけました。あなたはどうしますか?」ってやつ。なんて答えた?」
「え? 1の「救助する」だけど……」
……。まるで成長していない。
「ダンジョンアタッカーは自己責任という大前提を忘れるなって言ったでしょ」
「いや、だってこれ、「怪我をした人」って書いてあるぜ? アタッカーかどうかわからないじゃん」
「ダンジョンの入口は専門の公務員がガチガチに警備してるんだよ。アタッカー以外の人がいたとしても、それはヤバい類の犯罪者だよ」
「なんだよそれ! ひでーひっかけだな!」
ひどいのは君の単純さだよ。対策問題でやった内容のはずなのに、ちょっとでも文言が違ったらわからなくなるなんて……。
この分だと、他のひっかけ問題も微妙な文言の違いでやらかしてるくさいな。ちゃんと読み解ければ、十分試験はパスできたわけで……。
「ここの代金持つのやめようかな」
「ちょ!? 待ってくれよ、おれこんなに払えねーよ!」
「君が一発で通ってたら、全然お釣りが来る額なんだよなぁ……」
財布に余裕はある。だけど無駄に一万を捨てたかと思うと、やはりやるせない……。
はあ、とため息をつく。彼女は「見捨てないでくれぇ」と涙目になって、相変わらず捨てられた猫のようだ。
「見捨てる気はないけど、ほんとに頼むよ? 僕の財布だって無限じゃないんだから」
「わ、わかってるよ! ほんと、絶対、次は合格するから!」
彼女はもう必死だ。必死で捨てられまいとしている。そんなことしなくても、僕は見捨てるつもりはないから安心しなよ。文句は言うけど。
まったく……本当にずるい幼馴染だ。
一週間の勉強は、主にひっかけ問題対策に費やすことに決めた。知識量に関しては、完全とは言えないまでも、試験を突破できる程度には詰め込ませたのだ。
要するに、今回彼女に足りなかったのは「詰め込んだ知識を正しく使用する能力」だ。そういう意味で言えば、ダンジョンアタッカー資格試験に落ちたのは妥当だとも言える。
たとえどれだけの知識があったとしても、ダンジョン内でそれを正しく使えなければ、最悪命を落とすことだってある。ダンジョンは、危険と隣り合わせなのだから。
もちろん低階層なら危険はほぼないと言っていい。遭遇する魔物は大した強さを持たない。ナイフを装備しただけの子供でも何とかなるだろう。
だが、階層を進めることは誰でもできてしまうのだ。階層が進めば、それだけ危険度は増す。セーフティまでの距離も増す。自分の実力を見誤れば、簡単に命を落としてしまうのだ。
だから、資格試験がある。ダンジョンに潜っても、命を落とさないための判断ができるかどうか、ふるいにかける。ダンジョンアタックの心構えを教える。そういう性質のものだ。
僕も、幼馴染が試験を突破することばかり考え、「彼女がダンジョンアタックをする」という認識が甘くなっていた。これは、僕が反省すべき点だろう。
もちろん、僕が知識と魔法をもって彼女を守る。だけどダンジョンアタッカーは本来、自分の身は自分で守るものだ。彼女にも、その心構えは絶対に必要だ。
たとえ一回の挑戦で心を折るためのものだったとしても、その一回で怪我をさせるわけにはいかない。危険を冒させるわけにはいかない。
だから僕も、心を鬼にして幼馴染の教育にあたった。
「そうじゃない。地狼は動きは素早いけど攻撃力はとても低い。カウンターを安全に狙えるから、十分引き付けてから倒すのが正解だ」
「……な、なあ。多分これ、試験の範囲超えてると思うんだけど」
「もし低階層のモンスターについての問題が出てきたらどうするの。ダンジョンアタックをする以上、まだまだ覚えることはたくさんあるんだからね」
「ひ、ひい!? 誰か助けて!」
多少ヒートアップしすぎて、明らかに実践レベルの内容までやっちゃったけど。誤差だよ誤差。
努力のかいもあって、彼女は次の試験ではちゃんと合格できた。
だというのに、幼馴染殿は先週同様ファミレスのテーブルに突っ伏している。僕はそれを無視し、コーヒーのお替りを注文した。
彼女はノロノロと手を上げる。
「お、おれもコーヒー……」
「砂糖とミルクもつけてあげてください。やればできる子なので」
「は、はあ。承知しました。……変なカップルね……」
先週と同じ店員さんは、やはり困惑しながらオーダーを通しに下がった。
「おめでとう。これで君もダンジョンアタッカーだ」
「お~……、なしとげたぜ……」
テーブルに肘をつきながら、疲労困憊の様子で身を起こす幼馴染。この一週間、本当に頑張ったからなぁ。
「お疲れ様。今日は好きなものなんでも頼んでいいからね」
「お、おう。気前いいな。やたらイイ笑顔してるし」
「君が頑張ってくれたからね。僕もうれしいよ」
「そ、そうか」と照れる幼馴染。ああ、なんと素晴らしい達成感。あのダメな子が、ここまで立派になるなんて。
もしかしたら、僕は教師とかそっちの仕事が向いていたのかもしれない。まあ、うちの家計で大学進学なんて無理だっただろうけど。奨学金を取るほどの熱意もなかったし。
「んんっ! それにしても、ようやくお前もダンジョンアタックに乗り気になってくれたんだな。まったく、素直じゃないやつだぜ」
「あ、それはどうでもいいかな。君が資格を取れたのがうれしいだけだし」
「なんっでだよ!」
いやあ、そもそもダンジョンアタックするのだって、君の目を覚ますためだし。僕は今の会社に満足してるし。なんで危険な橋を渡る必要なんかあるんですか。
店員さんが運んできてくれたコーヒーを笑顔で受け取り、一口飲む。安物のコーヒーって、なんか癖になるよね。
満足顔の僕とは対照的に、幼馴染は不満顔だ。僕とダンジョンアタックしたいらしい彼女からすれば、そうなるだろうね。
「……そんなにおれとダンジョンアタックするのが嫌なのかよ」
「そうは言ってないよ。なんだかんだで、僕もそれは楽しみにしてるらしい。だけどやっぱり、それを本業にする気は起きないってだけ」
「いいじゃねーかよー。おれと一緒にダンジョンで一山当てようぜー」
「完全にダメ人間の台詞だからね、それ」
やってみないことには何とも言えないけど、確かに僕と彼女が組めば、彼女の言うとおりいいセンは行けるんじゃないかと思ってる。魔法使いと剣士の組み合わせは相性がいいからね。
だけどそれで十分な収入が見込めるかと言うと、わからない。アタッカーで生活していくためには、最低でも中層まで潜る必要があるらしいけど、それがどの程度の実力を必要とするのか、僕は知らない。
さらに言えば、下層にたどり着くでもしない限り、確実に今の仕事の方が収入がいい。危険を冒して収入を減らすなんて、バカバカしい話だ。
「週一回のレジャー感覚でダンジョン、とかだったら考えるけど。ガチアタックは僕には無理だね」
「この分からず屋! ちくしょー、こうなったら来週のダンジョンアタックで、絶対考えを変えさせてやる!」
はいはい。君の考えが変わらないといいですね。
「それで、今日はこの後どうすんだよ。うち来るか?」
「女の子がそういうこと言わないの。来週のアタックに備えて、装備を見なきゃ」
不満顔でコップを指ではじいていた幼馴染が、途端に目を輝かせる。こういうのほんと好きだよね、君。
「そっか、そうだよな! ダンジョンアタックするなら、装備を整えなきゃな!」
「僕の手持ちを考えるとあんまり高いのは無理だけど。そうだね……二人合わせて20万でそろえられればいい方かな」
ぶっ、と幼馴染が噴き出す。飲み干そうとしていた水が、口の端から垂れている。ああもう、はしたない。ハンカチを取り出して拭いてあげる。
「に、20万……? あ、20万ジンバブエドルか! それなら何とかなるよな!」
「今ないよ、それ。普通に20万円だよ。一人当たり10万円。言ったでしょ、ダンジョンアタックの準備にはお金がかかるって」
しかも、10万でそろえられるものなんて最低限だ。命を守るための装備なのだから、素材にもそれなりのものを使うわけだし、値が張るのも当然だ。
幼馴染の顔から血の気が引き真っ青になる。そんなにかかるとは思ってなかったらしい。……彼女らしいと言えば、彼女らしいか。
「とりあえず今回は試験を頑張ったご褒美ってことで、あとから払えとか言わないから。ケチったりしないで、ちゃんといいものを選びなよ」
「いや……でも……」
さすがに金額が大きすぎたのか、いつもはガハハ系女子の彼女も、すっかりしおらしくなっている。……いつもそうしていれば、かわいらしい女の子なのに。
とはいえ、こんな幼馴染は僕の調子が狂う。やはり彼女は、ガハハ系女子であるべきだ。
「どうしても気になるっていうなら、ダンジョンで一山当てて、出世払いで返してよ。それなら、10万なんて大したことないでしょ?」
「っ、……ああ! もちろんだとも!」
「わかってるじゃねーか、おっさななじみ~!」と僕の背中を叩く彼女。うん、やっぱりこの子はこうでなくちゃね。
「じゃあ、先外出てて。お会計済ますから」
「おう! よーし、歴史に名を残すような名刀を買ってやるからなー!」
そんなもの10万じゃ買えないよ。
「それで、装備はどこで買うんだ? 武器屋か? 防具屋か??」
「ゲームのやりすぎ。そんな店、街の中で見たことないでしょ」
ルンルン気分で僕の周りを駆け回る幼馴染。この間は猫のようだった彼女だけど、今は散歩に出た犬のようだ。豪快な性格をしているくせに、行動パターンは小動物だ。
武器屋や防具屋みたいな専門店をやっても、利用者はせいぜいがダンジョンアタッカー。それでは採算が取れないだろう。
ダンジョンアタッカーというのは、そこまで数が多くない。1000人中1人ぐらいだろう。昔は多かったらしいけど、今の時代は他に選択肢がいっぱいある。
だから、他大勢の人たちが利用するような店に、ダンジョン用装備も置いてある。
それが。
「ほら、ここだよ」
「……スポーツ用品店……」
非情な現実に、幼馴染の瞳から、光が消えた。
あ、普通にここ日本です。ファンタジーだけど。
Tips
大学
モラトリアムではない。ガチの研究機関であり、専門技術・専門知識を学ぶ場所。進学する人はあまり多くない(現実の大学院ぐらい?)
この世界は高校が5年間あり、社会に出る心構えもここで学ぶ。主人公たちの年齢を20歳にしたかったのでこうしました。
ジンバブエドル
ハイパーインフレのせいで商取引にとんでもない額が必要になった通貨。2009年に発行停止。2015年に回収終了。
この世界の年代がどうなっているのかは決めてない。ふわっとファンタジー。