※今回若干程度ではありますが性的な描写があります。苦手な方はご注意ください。
試着室から衣擦れの音が聞こえる。カーテンでさえぎられているはずなのに、わざと音を出しているんじゃないかというぐらいはっきりと聞こえる。
僕は外で待っていると言ったのに、なぜか試着室前の椅子に座らされていた。……どうしてこうなった。
「ん、と。あー、また胸が大きくなってやがるな。動きづらいからいやなんだけどなぁ」
幼馴染の独り言。僕に聞かせてるんじゃないかと思うぐらいに大きな独り言だった。目を閉じると聴覚に集中してしまうので、全力で目を開きながら般若心経を唱えて心を落ち着ける。
はたから見ると変な人だろうが、背に腹は代えられない。幼馴染の、意図してかそうでないかは知らないが、誘惑に乗るわけにはいかない。あとで絶対からかわれるのだから。
「うわっ、このインナーピッチピチ。めっちゃ体のライン出るなー」
僕は聞いてない。聞いてないったら聞いてない。彼女の割と立派な胸が強調されたピチピチ黒ボディスーツ姿なんて想像してない。
「わー……女物の鎧って、胸のところエロいのな。鎧着けてる方がエロくないか、これ?」
僕は何も聞いてない! それは君の気のせいだ! 気のせいだから僕の逃げ場をなくすんじゃない!
衣擦れの音から、鎧の留め具の金属音に変わる。それで僕の心も平静を取り戻し、深くため息をついた。さすがに金属音に興奮する妙な性癖は持っていない。
衝撃ではずれたりしないように、留め具もかなり多いのだろう。彼女は苦戦している様子だ。軽鎧でこれなのだから、重戦士の人たちは装備の着脱だけで一仕事だろう。
「おーい。悪いんだけど、鎧付けるの手伝ってくれないか? これじゃ時間がかかってしょうがねえ」
「そういうのは店員さんに頼んでよ。すいませーん! ツレのヘルプお願いします」
「はい、わかりました。それでは失礼しますね」
少しだけカーテンを開けて中に入る女性店員。さすがにこれなら彼女も余計なことはできないだろう。
はあ、ともう一度ため息をついた。
ダンジョンアタックの装備を整える場所が普通のスポーツ用品店であることに落胆した彼女ではあったけど、ダンジョン用品売り場を見てすぐにテンションを上げた。
棚に置かれた各種ポーション。ショーケースの中に並べられる剣、槍、弓。マネキンに着せられた女性物の軽鎧、奥に鎮座する金属製の重鎧などなど。
ここにあるのは、間違いなくダンジョンで使用される武器や防具、道具だ。ダンジョンアタックに夢を見ている彼女が再び目を輝かせるには、十分な品揃えだったようだ。
この売り場は、入場にもダンジョンアタッカー資格が必要となる。だから僕も、実際に中に入るのは初めてだった。……これは、確かにすごい。
僕は魔法メインとなるから、必須となるのは身を守る鎧ぐらいのものだけど。所狭しと並べられる武具類を見ると、やはりワクワクしてしまう。男たるもの、一度は憧れるものだろう。
僕と彼女は、しばしダンジョン用品売り場の非日常的な光景を楽しんだ。
陳列された装備や道具を十分に眺めた後、僕は手の空いている店員さんに声をかけた。
「すみません、ダンジョン初心者なんですが。装備についてお聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい、承ります。お客様のロールはなんでしょう?」
「ろ、ロール? ってなんだっけ、試験でやった気がするんだけど……」
「君風に言うと、職業だよ。ゲームの、RPGの」
「ああ、それか! えっと、双剣士、であってたっけ」
「うん。彼女が前衛・双剣士で、僕が後衛・魔法使いです」
「わかりました。在庫を確認してまいりますので、少々お待ちください」
メモに走り書きをして一礼し、彼は奥へと引っ込んだ。初心者用のおすすめ装備とかがあるんだろうな。こっちは何もわからないわけだし、とりあえずはそれを見てみよう。
店員さんが戻ってくるまでの間にポーション棚で必要になりそうなものを見繕う。必須となるライフポーション一本ずつ、念のためにマナポーションを一本でいいかな。バフポーションは、今回は必要ないだろう。
これだけでも結構な値段になる。特にマナポーションが高く、一本で5千円もする。……どうせ今回だけだし、僕が魔力切れで使い物にならなくなってもマズい。安全マージンは確保しておこう。
「……マジでいろいろ金がかかるんだな、ダンジョンアタッカー。ライフポーションとか、なしじゃダメなのか?」
「それで怪我をして動けなくなったら、誰も助けてくれないよ。アタッカーは自己責任なんだから。ライフポーション一人一本は必須って、試験でもやったでしょ」
「いや、でもこの値段見ると……これだけで9千円だぜ?」
ライフポーションがマナポーションより安いのは、需要が多い分供給量も多いから。マナポーションは魔法を使わない限り必要がなく、必須ではないため供給量が少なくなっている。試験勉強の傍ら、調べておいた。
特にマナポーション代がネックとなるため、中層以前を狩場とするアタッカーは、なるべく魔法を使わないように近接戦闘技術を磨くとか。逆に下層に潜る場合、大火力で一掃するためにマナポーションを使うそうだ。
「たったの9千円で安全が買えるなら、安いものだよ。命はお金じゃ買えないんだから」
「そりゃそうだけど……なんか、どんどんイメージからずれてる気がする」
仕事なんてそんなもんだよ。現実の姿が理想通りとは限らない、むしろ違うことの方が多い。社会に出れば、そんなのはザラだ。たったの3ヶ月で僕は思い知ったよ。
彼女は今、3ヶ月前の僕が通ったところに足を踏み入れたのだ。頑張れ、そしてダンジョンで食べていくことを諦めてくれ。
ポーションを見終わったところで、店員さんが戻ってきた。カタログを2冊持っており、赤い方を幼馴染に、青い方を僕に手渡した。それぞれ女性用と男性用が載っているみたいだ。
「マーカーの範囲内がお客様向けの初心者用装備となります。すべて在庫はありましたので、お好きなものをお選びいただけます」
「ありがとうございます。予算は一人10万なんですが、おすすめはどのあたりになるでしょう?」
「そうですね……。それでしたら、こちらのスケイルメイルが人気ですね。値段の割に防御力が高く、動きやすいということで、中層に潜るお客様もよくご利用されています」
スケイルメイルは、一式で8万ちょっとか。低階層の魔物の攻撃程度なら傷一つつかないそうだ。安全ではあるけど、これだと武器代が心もとないな。
「武器代はどれぐらいかかりますか?」
「低階層向けですと、2万程度の武器で十分ですね。お客様は後衛・魔法使いとのことですので、お連れ様の武器に少し性能が良いのを選んでも、20万以内に収められますよ」
それなら、二人ともスケイルメイルにして16万、3万ほどの武器を彼女に買って、残り1万でポーション代にすれば、ほぼほぼ予算通りだ。
「それでいいかな?」と彼女に視線を移したところ、幼馴染は目を回していた。学生気分の抜けない彼女には、カタログに記載された0の多さだけで、想像の及ばない世界だったようだ。
「ちょっと、しっかりしてよ。こんなとこで躓いてたら、ダンジョンアタッカーなんて夢のまた夢だよ」
「ハッ!? だ、大丈夫だ! おれはしょうきにもどった!」
「ふふふ。とても仲がよろしいんですね。ダンジョンアタックにはパーティの信頼も重要ですから、とてもいいことだと思いますよ」
「それでは、試着品をお持ちします」と店員さんは再び店の奥に下がった。最後にこっちを見た彼の視線は、カップルでも見るような生温かさだった。……そんなんじゃ、ないんだけどなぁ。
その後、試着室に案内され、彼女が着替えている間足りてないものの確認でもしようかなと思ったら、感想を聞きたいからここにいてくれと言われ、現在に至る。
……いやいやいや。待て待て。君ってそんなキャラじゃないだろ。服の感想とか、今まで求められたことないんだけど。
だって、普段から上は男物のジャンパー、下はハーフパンツとスパッツで適当に過ごしてるような幼馴染だよ。もっと女の子らしい格好しなよって言っても、「めんどくせえ」って返すような子だよ。
それが、ダンジョン用の鎧を装備するってなったら恥じらいながら感想を求めるとか、それじゃまるで女の子じゃないか。……女の子だったね、君は。
「ど、どうかな……」
試着室から出てきた彼女は、内側に黒のインナーを着込み、胴体に軽鎧と、手足の関節部分にプロテクターを付けていた。素材の割にうろこっぽさはなく、明るい色合いの金属鎧のようにも見えた。
野暮ったくなく、ファッション性もそこそこある。女性が使う鎧なのだから、そういう部分も求められるのだろう。……特に胸がやばい。
おそらく胸を守るのと変に動かないようにするので鎧と密着しているからか、胸のラインがくっきり浮かぶ。彼女は、その、……思ってたよりもだいぶ大きかった。
ずっと子供のときのままの印象だったけど、ここにきて、「僕の幼馴染は女性なのだ」とはっきり意識してしまった。
「えっと、その……」
おかげでうまく言葉が出てこない。普段の僕だったら、「いいんじゃない」とか「動きやすさはどう」とか、軽い言葉がポンと出てくるのに。
やっとのことで、感想を捻り出す。
「に、似合ってる……んじゃ、ないかな」
「そ、そうか? ……やったぜ。へへへ……」
はにかみながら小さくガッツポーズをとり、笑顔になる彼女。……おかしい。なんでこんなに幼馴染がかわいく見えるんだ。彼女は、ただの幼馴染のはずなのに。
機能性だとか、サイズだとか、いろいろ気にしなきゃいけないことはあるはずなのに。しばしの間、僕は彼女を直視することができず、何も言葉を発することができなかった。
彼女の着替えを手伝った女性店員さんは、とてもいい笑顔で、僕たちを見ていた。
数分ほどして何とか気持ちを切り替えた僕は、彼女に確認すべきことを伝えた。鎧が軽いおかげで動きにくさは全くなく、サイズも既製品でぴったりだったようだ。
続いて僕も試着する。男性用のスケイルメイルは女性用ほどファッション性はなく、The・軽鎧という感じの簡素なものだった。僕がファッションを求めてどうなるって話だし、それでいいんだけど。
「魔法使いなのに、鎧なのか? こう、三角帽子とローブの方が雰囲気あってよくないか?」
「それでどうやって身を守るのさ。君はゲームのやりすぎ。ダンジョンアタッカーは基本的に鎧を使うの」
もちろん、彼女が想像するような装備がないわけじゃないけど。それは下層に潜るようなガチアタッカーのための、魔法強化鎧だ。そんな高価な装備は、それこそ専門の業者じゃないと取り扱っていないらしい。
間違っても僕らのような素人日曜アタッカーが使う代物じゃない。またしても彼女の夢を壊すような話だけど、今度は彼女も「そんなもんかー」と割り切れた様子だった。うん、成長してるね。
防具はこれでOK。あとは、彼女が使う武器のみだ。とは言っても、これは既にあたりを付けている。
「よーし、おれの伝説の始まりにふさわしい魔剣を探して……」
「すいませーん。このステンレスダガー2本で」
幼馴染の世迷言を無視して、店員さんに注文する。
軽くて丈夫で素材回収にも使える優れもの。ダンジョン由来の素材を使っているわけでもないから、鎧に比べて非常に安く、一つ1万3千円。まさに初心者向けナイフだ。
「おいっ! なんだよそれ、ステンレスって包丁かよ!?」
「ステンレスを甘く見ない方がいいよ。ダンジョンだけじゃなくて、軍用ナイフにも使われてるような素材なんだから」
「マジかよ!? ステンレスすげーな!」
あっさり手のひらを返す幼馴染。広く使われている素材ということは、相応の理由があるのだ。
これにて、僕と彼女の初ダンジョンアタックの装備はそろった。装備品は店に預けて、事前にアタックするダンジョンを伝えて輸送してもらうというシステムだ。
せっかく購入した装備品を持ち帰れないことに文句を言う幼馴染ではあったけど、「こんなもの家に置く場所あるの?」と言ったら、何も返せず黙った。
帰り道。彼女は上機嫌だった。なんやかやあったけど、ダンジョンアタックが現実味を帯びて、テンションが上がったみたいだ。僕の背中を無遠慮にバシバシ叩き、僕は苦笑を返した。
これが、僕たちの関係なんだ。店で感じたあの気持ちは、ただの錯覚だ。
僕は自分にそう言い聞かせた。
ホモは正直。ノンケは嘘吐き。だから魔法使い君はノンケ、Q.E.D.(証明終了)
Tips
ダンジョン用品売り場
一般には大型のスポーツ用品店に併設されている。ダンジョンアタッカー専門店もあるにはあるらしいけど、そっちはガチ勢向け。初心者が入るような場所ではない。
アタッカー資格がないと入れない。また、防犯の関係で店員は一定以上の戦闘力を持っている。作中で出てきた彼らも、実はソロで中層まで潜れる実力者だったり……。
装備預かりシステム
購入した装備を店の倉庫で預かり、アタックするダンジョンまで輸送してくれるシステム。月額1,000円でメンテナンスまでしてくれる。
置き場所の問題もあるけど、やっぱりこっちも防犯理由。街中で刃物振り回されても困るからね。
ステンレス
クロム、またはクロムとニッケルを含む、錆に強い鋼鉄。一般家庭の包丁から、サバイバルナイフなんかにも使われている優秀な金属素材。
この世界ではダンジョンアタックの初心者向け素材としても利用されている。さすがにダンジョン由来の素材には劣るものの、低階層では十分な威力を発揮する。