撤退はスムーズに行えた。小道を抜けるまでに魔物に遭遇することはなく、「道」に入ってからは善意のアタッカーが手を貸してくれた。ダンジョンアタッカーは自己責任だけど、「助けるな」ということではない。
僕は鎧を脱がされ、ロビーのベンチに寝かされた。手伝ってくれたアタッカーにお礼を言うと、「困ったときはお互い様」と言って去って行った。本当にいい人だった。
だいぶ意識がはっきりしてきた僕の額に、幼馴染の手が当てられる。じんわりと暖かい感覚が広がる。
「……ごめん」
ベンチに腰かけた彼女は、消沈した様子で謝った。あんなことがあったからか、頭が冷えたみたいだ。
まだ体がだるく、僕は目をつむって尋ねた。
「それは、何に対して?」
「……今日のこと、全部。調子に乗って、お前の指示無視して、危ないことして、助けられたから……」
気にしていない、と言ったらさすがに嘘だけど。でも僕は、君がそういう人だということを理解して、織り込み済みでダンジョンアタックに挑んだんだ。
だから、謝る必要なんてないよ。それを言うなら、僕の方こそだ。
「君の鎧。着るのが大変だってわかってたのに、確認を怠った。それで君を危険にさらしてしまった。本当に、ごめんね」
「それはっ……それはおれのせいだろ!? お前言ってたじゃないか、ダンジョンアタッカーは自己責任だって!」
「自己責任って言葉は、仲間を見捨てろって意味じゃない。パーティ全体を見るのが僕の役目だって決めてたんだから、やっぱり僕は確認しなきゃいけなかったんだよ」
たとえ、彼女の体を直視するのが恥ずかしかろうがなんだろうが。それが元で命を落としてしまったとしたら、悔やんでも悔やみきれない。
彼女は、なんだかんだ言っても与えられたロールはこなしていた。前衛として敵を引き付けていたし、僕自身が危なかったことは一度たりともなかった。ロールをこなせていなかったのは……僕の方だ。
「君は自分の責任を果たして、僕は果たせなかった。だから、謝るのは僕の方なんだよ」
「だから、それはおれが勝手に行動したからっ……!」
彼女はそれ以上の言葉を続けられず、黙り込んでしまった。僕は、かまわず続けた。
「僕は、君はそれでいいと思っている。君は、自分の思うままに行動して、結果を出せる人だ。僕のように、小賢しく考える必要なんてない。……少しは懲りてほしいって思うときもあるけどね」
紛れもない僕の本心だ。僕は彼女に変わってほしいとは思っていない。彼女のままでいてほしい。少しの自重を覚えてほしいだけだ。
……彼女と疎遠だった、高校一年から三年までの間。なんだか気恥ずかしくて話しかけられなかったその間に、僕は変わってしまい、彼女は変わらなかった。
何もなかったということはないはずだ。いろいろなことがあったはずだ。それでも彼女は折れず、真っ直ぐなままだった。それを僕は、幼馴染として、誇らしく感じる。
「だから……君が無事で、本当によかった」
「っ! ばかやろうっ!」
彼女は、とうとう泣き始めてしまった。さっきから泣きそうな感じはしてたけど、僕の言葉が最後の一押しになってしまったようだ。……まいったな、こりゃ。
まだ体を動かせない僕は、彼女を慰めることもできないまま、幼馴染の泣き声と「ごめん」を聞き続けた。
3分も泣けば、人は疲れて泣き止む。彼女は、鼻声ではあったけど、とりあえずは気持ちの昂ぶりが収まったようだ。
「……ごめん」
「だからそれは……はあ。わかったわかった、お互い謝って、それでおしまいにしよう。いいね?」
「うん……ごめん」
「ごめんなさい。これでお互いに謝るのはおしまい。君は先に着替えてきなよ」
「わ、わかった……」
顔を合わせてると落ち着かなさそうなので、席を外させる。本当は僕も着替えに行きたいところだけど、ようやく体を起こせるようになった程度だ。しばらくはここで待機かな。
お昼休みで無人になった受付を、ぼうっと眺めた。
「ん? お嬢ちゃんはどこに行ったんだ?」
と、僕に声をかけてくる人が一人。僕の介抱を手伝ってくれたアタッカーさんだ。重鎧を着た大柄の男性で、おそらくロールは「囮」。ダンジョンアタックに行ったんじゃなかったのか。
「着替えに行かせました。あなたは、ダンジョンに行かなくてもいいんですか?」
「なぁに、1時間の遅刻も3時間の遅刻も大差ない。気にすることはないだろう」
いや、それは気にした方がいいんじゃ……その様子だとパーティの人たちも待ってるだろうし。後で怒られるんじゃないですか?
やっぱり彼は「気にするな」と言って、僕に冷たい飲み物を渡してきた。どうやらこれを買うために席を外していたようだ。ほんとにいい人だな。
「お嬢ちゃん、ずいぶん思いつめた顔をしてたからな。私がいなくても回せないことはないパーティより、悩める若人の様子を見た方がいいだろう」
「は、はあ……」
見た目通り、ベテランアタッカーのパーティなのだろう。だけどそれにしたって割り切りすぎというか、自分の興味を優先しすぎというか……。
なんだか幼馴染に通じるものを感じて、もしかしたら彼女もダンジョンアタッカー向きの性格だったのでは?と血迷ったことを考えてしまう。
彼は僕の隣に座り、ずいと身を乗り出した。
「ところで少年。君は、何か悩んでいるのではないか? 私でよければ、相談に乗るぞ」
「いや、悩んでるってほどでは……あと少年って歳じゃないです」
「そうなのか? 女の子みたいな顔してるから、てっきり中学生ぐらいかと思ったよ」
……それ、気にしてることなんでやめてください。おかげで高校時代はひどい目にあったんだから。っていうか身長的に中学生はないでしょう。170cmはあるんですよ。
「これでも社会人です。……こんなことを言うと気を悪くされるかもしれないんですが、僕は彼女にダンジョンアタッカーになってほしくないんです」
「ふむ。危険を伴う職業ではあるから、気持ちがわからないわけではないよ。しかし、それならどうして今日はここに?」
「彼女に、ダンジョンアタッカーを諦めてもらうためです。危なくて、割に合わないっていう現実を見せて、諦めてもらいたかったんです」
今日初めて会った人なのに、なぜか僕は胸中を語っていた。誰かに聞いてもらいたかったのか……それとも人の良さそうな雰囲気のなせる業か。
「多分、今日のことで彼女もわかったと思います。ダンジョンアタッカーで食べていくのがどれだけ厳しいことなのか。……だけど、それでいいのかと思っている自分も、いるんです」
「ほう。というと?」
「結局、アタッカーになってほしくないというのは、僕の意見の押し付けです。彼女は……僕も昔はそうでしたけど、ずっとダンジョンで冒険をしたくて、剣を鍛えたんです。それを否定することにならないか、って」
言葉にしているうちに思考がまとまる。心のどこかに引っかかっていたものが、確かな形になる。
そうか、僕は……彼の言うとおり、悩んでいたのか。今の僕の合理的な判断と、昔の僕と彼女の夢と、その狭間で。
「彼女は、とても真っ直ぐな子です。男の子みたいなしゃべり方をしたり、悪乗りが過ぎて誤解されることが多いですけど……とても真っ直ぐな、女の子なんです」
彼女は、女の子なのだ。男の僕とは違う。だから僕は……彼女に傷ついてほしくないと思ったのだ。
「アタッカーを生業にすれば、怪我をするときは必ず来るでしょう。だけど、彼女のアタッカーへの憧れを否定することが正しいかもわからなくて……」
「そういうことか。なるほどな……」
僕の葛藤を聞き、ベテランアタッカーさんは深くうなずいた。
「つまり、愛だな!」
「…………んん?」
何言ってだこの人。
「少年。君は彼女を愛するが故に彼女の夢を尊重し、だが愛するが故に傷ついてほしくないのだな! 素晴らしい!」
「少年ではないです。愛でもないです」
スパッと突っ込む。だが彼は聞く耳を持たない。ああ、やっぱりこの人、彼女と同じタイプだ。頭の中の冷静な部分が彼に評価を下した。
「ならば少年! 君が守れば良い! 彼女とともにダンジョンへ行き、彼女を守れるようになれば良い! 強くなるのだ、少年!」
「だから少年じゃないっつってるでしょう。あと僕は、ダンジョンアタッカーになる気は……」
「本当にそうか?」
一瞬だけ。本当に一瞬だけ真面目な顔になり、僕に問いかける歴戦のアタッカー。ずくんと、僕の心臓がはねた。
――本当にそうか、って? 当たり前だ。僕はもう就職してる。安定した収入がある。わざわざ不安定なダンジョンアタッカーになる必要なんて……。
僕の冷静な部分が反駁する。にもかかわらず僕の心臓は、違う、そうじゃないと、拍動をやめない。
「少年、君はまだ若い。急いで結論を出す必要はない。既に職を持っていたとしても、アタッカーと両立することだってできる。現に、私がそうだ」
「えっ」
驚く。この人、どう見てもベテランアタッカーなのに。他の仕事をしながらでも、そこに至ることができるのか?
心臓の鼓動は、痛いほどに強くなっていた。
「ご覧のとおり、私は盾役になることしかできない不器用な男だ。それでも、実家のクリーニング屋を受け継ぎながらも夢を追い、仲間とともに中層へと至った。少年ならば、私などよりもよほどできることは多いだろう」
「僕は、そんな……」
「君が彼女に運ばれてきたときの症状。あれは魔力切れだろう? 初心者でありながら魔法を使いこなし、彼女を守ってみせたのだろう。将来有望過ぎて、私のパーティに勧誘したいぐらいだ!」
「はっはっは」と豪快に笑って見せるアタッカーさん。……本当に、いいのか?
僕は、ダンジョンアタッカーを目指しても、いいのか?
アタッカーさんは席を立つ。言いたいことは言ったと。そうして今度こそ、ダンジョン側の出口に向かう。
「少年。迷ったときは空を見ろ。空は晴ればかりではない、雨のときも曇りのときもあるだろう。だが、空は常にそこにある。たとえダンジョンの天井しか見えずとも、空はあるのだ」
「雨が止み、虹がかかった空が、私は好きだ」と言い残して、彼は去った。
……意味はさっぱり分からなかった。だけど、何となく頭に残る、そんな言葉だった。
「お待たせ……もう立っても大丈夫なのか?」
「え? ああ、うん」
彼の残した謎の言葉が頭の中でリフレインして立ち尽くしていたら、彼女が着替えて戻ってきた。いつもの、男物のジャンパーにハーフパンツという姿だ。
彼女は……僕の幼馴染は、まだ表情が優れてはいなかった。暗くはないが、気持ちが沈んでいるのがありありと見て取れた。
「なら、お前も着替えてこいよ。……今日はもう、帰ろうぜ」
ここから離れたい。そう言っているかのようだ。だけど僕は、すぐには動かなかった。
ただダンジョンの方角を見続ける僕を、彼女は怪訝な表情で見る。
「どうしたんだよ」
「いや、あの、さ。変なこと言うかもしれないけど、いい?」
「なんだよ」と彼女は小首をかしげる。なんだか決まりが悪くて、だけど口に出さずにはいられず。
「その……僕が、またダンジョンに潜りたいって言ったら、君はどうしたい?」
彼女の目が、見開かれた。僕からそんな言葉が出てくるとは思ってなかっただろう。……僕も、思ってもみなかった。
だけどさっきのアタッカーさんの言葉が頭から離れなくて、言わずにはいられなかった。
彼女は、驚いた。驚いて――僕の手を取った。
「絶対、一緒に行く! 絶対、ぜったいだからな!?」
「う、うん。そんなに強調しなくても、君は絶対に誘うよ。僕一人じゃ無理なんだし」
「他の奴と行くときでも、おれは絶対一緒だからな! ハブったら泣くからな!?」
「わ、わかったから! わかったからとりあえず手を放して!」
僕は手を放してもらえず、彼女は「へへへ」と笑いながら、目の端に涙の粒を作った。
……まったく、現金なものだ。彼女のその表情を見られただけで、この選択をしてよかったと思ってしまうのだから。
「けど、どうして急にあんなこと言い出したんだ? お前、ずっとダンジョンアタックに否定的だったのに」
素材を換金して、帰りのバスの中。隣に座る幼馴染に、そう尋ねられた。
僕はどう答えたものかなと考え、ふっとバスの天井を見た。
「そうだね。言うなれば……いつしか雨は止み、そこには虹がかかるから、かな?」
「……何言ってだお前」
僕と幼馴染のダンジョンアタックは、まだまだ続く。
あと1話か2話で第一章的な話は終了です。続くかは知りません。
Tips
囮・重戦士
まとめて「タンク」と呼ばれたりする。魔物の攻撃を一身に受けて耐える、パーティの盾役。低階層では必要ないが、中階層以降では重宝される。
ぶっちゃけこのロールというだけでベテランの証だったりする。
虹
いつしか雨は止み、そこには虹がかかるんだよなぁ……